LF対談

若い研究者たちには 「越境する好奇心」を 抱いてほしいと思います。
 No.109(2026.10)

公益財団法人 川崎市産業振興財団 副理事長・ナノ医療イノベーションセンター センター長
片岡一則 氏

公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
審良静男 理事長

師から「世に役立つことを」
医工融合で自分の立ち位置を知る

審良 今回は、日本におけるドラッグデリバリーシステム(DDS)研究のパイオニアである片岡一則先生をお迎えしました。よろしくお願いします。

片岡 こちらこそよろしくお願いします。

審良 片岡先生は、東京大学工学部の合成化学科を卒業されているのですよね。

片岡 ええ。東大ですので教養学部からその先へと進むのですが、生物か化学かなと考えていました。なかでも化学は、公害問題で叩かれていたけれど、役に立つ学問と思っていたのです。大学の説明で、環境とも産業ともつながっていると聞き、行こうかなとなりました。

審良 すると就職をめざされたのですか。

片岡 なりたい職業はいろいろあったのですが、大学に入学してから研究者になろうと思いました。
修士課程までアニオン重合という反応機構を学び、このテーマで博士課程に進もうと恩師の鶴田禎二先生に相談したのです。すると意外な答えをいただきまして……。

審良 どういったものでしたか。

片岡 「今後の化学を考えたら、もっと別の方向があるんじゃないか」と。例えばと聞くと、「世に役立つことをやりなさい。とくに医用高分子は未到分野でおもしろい」と。そうして背中を押され、博士課程から医用高分子の研究に取り組んだのです。

審良 博士論文は「アミノ基を有する機能性ポリマーの合成とその生物医学的特性の評価」というテーマだったそうですね。

片岡 ええ。いわば、合成化学と医学をドッキングさせたようなものです。アミノ基は、鶴田研究室の伝統的テーマの一つ。このテーマが、後につながっていきました。

審良 東大を修了されてからは、東京女子医科大学に進まれたのですね。

片岡 はい。東大では工学研究科なのでなかなかバイオを研究できない。鶴田先生に、先生の知人で人工心臓を研究され、東京女子医科大学に移られた桜井靖久先生を紹介されたのです。人工心臓を生体に入れても血栓ができない材料をつくることが桜井研究室の目標でした。私は「未開の荒野を往く」といった感じがしていましたが、周囲からは「なにがおもしろいんだ」と。私からすれば「なにもわかっていないからおもしろい」わけでして。東京女子医科大学に10年いさせてもらいました。

審良 人工心臓は医学も工学も関係すると思いますが、研究室はどんな感じでしたか。

片岡 私は化学専攻でしたが、機械工学の人、電気工学の人、それと流体が関わるので航空工学の人などが、早慶や薬科大学などから大勢きていました。夜は毎晩のように酒盛りをして。すごく影響されましたね。
いつか研究が役立てばと思っていました。でもある日、机がとなりだった心臓外科医の方から、ふと言われたのです。「患者はあすにでも死んでしまうんだよ」と。
私にとってあの場所はいわば異分野だったわけですが、そこに身を置くと、自分の無知がわかりました。それと同時に、相手の人たちも、私の化学の分野については無知なわけです。そうすると自分や人の立ち位置を客観的に見られるようになるんですね。それを経験できたことが大きかった。

審良 分野のちがう人たちと10年間、濃密な時を過ごされたのですね。その後、片岡先生は東京理科大学に移籍されました。ご自身の研究室をもたれたのでしょうか。

片岡 はい。工学出身なので、東京女子医科大学で医学系の教授職に就くのはむずかしい。そんな折、東京理科大に基礎工学部が新設され、材料工学科に移りました。工業技術院(現・産業技術総合研究所)から移ってこられた加藤政雄先生と共同で研究室をもちました。テーマや指導する学生は別々で、自由にやらせてもらいました。

DDSの研究を展開
高分子PIC型ミセルを開発

審良 東京女子医科大学から東京理科大学へ。このあたりの時期に片岡先生の代名詞であるDDSと向きあい始めたのでしょうか。

片岡 ええ。東京女子医大にいた時期、私は、古巣・東大の鶴田先生の後任者である井上祥平先生とひきつづき共同研究をしたいとお願いしました。井上先生からは「新たなテーマを」と提案され、井上先生の研究テーマだったアミノ酸の重合をもとに医療材料の開発をめざすことになったのです。
当時の1984年ごろ、DDS研究はすでに始まっていました。一方、私は井上先生との研究で、少量で機能を出せる材料を探っていたなか、大学院生時代にドイツのヘルムット・リングスドルフにより発表された高分子薬設計についての総説を読んだり、東大で開催されたセミナーに出席したりしたことをふり返りました。そこから二つの疑問をもったのです。「DDSで用いられる脂質微粒子は直径数百nmもあるのに、どうして血管壁を透過して組織に浸透するのか」と。そして「血中に投与したらただちに異物として処理されてしまうのではないか」と。これらを薬学の先生方に質問しましたが、明確な答えは返ってきません。
一方、米国のエイブ・アブチョウスキーたちにより、タンパク質をポリエチレングリコール(PEG)化して血中投与すると血中半減期が延長し、免疫原性もなくなるとの報告が1977年に出されていました。その論文を1982年ごろ読み、「PEGとポリアミノ酸を使って新たな送達システムができるのでは」と考え、ノートに「PEG-修飾 酵素・抗体 ブロックポリマーのミセル形成」とメモしました。抗体薬をPEGで囲ってミセル型の抗体薬にすれば、沈澱しないし、血中で滞留性が上がるし、粒径も大きくないし、免疫原性もない。こう考えたのです。

審良 薬を囲えるミセル粒子を、PEGとポリアミノ酸でつくるという考えですか。

片岡 そうです。親水性であるPEGと薬物担持能をもつポリアミノ酸を重合させたブロック共重合体を集合させ、高分子ミセル粒子にするわけです。こうしてつくった高分子ミセル薬を、ヒト胃がん移植マウスに全身投与したところ、抗がん剤のアドリアマイシンよりも抗がん活性を発揮しました。

審良 粒径も、効き目に関わるのですか。

片岡 はい。熊本大学の前田浩先生により1986年に提唱された「EPR効果」と関係します。EPR効果は、高分子化合物は正常な血管内皮細胞の小さな隙間を透過しないが、がん細胞の周囲の血管内皮細胞の広くなった隙間は透過できるため、高分子薬ががん組織に選択的に届きやすいというもの。前田先生の講演を聞いて、私のつくった高分子ミセルでも、EPR効果を得られるのではと考えました。ありがたいことに大塚電子という企業から上市したばかりの粒径分析装置を使わせてもらえることとなり、測定の結果、粒径は40nm。EPR効果を得られる大きさでした。

審良 なるほど。片岡先生の高分子ミセルの「ここが特長」というのは……。

片岡 外側が親水性で生体に適合すること、内部に薬を入れられること、標的に結合できるパイロット分子をつけられること、ウイルスと同様のサイズで組織浸透性が高いことなどを挙げることができます。
もう一つ特長といえる大事な点は、DDSとしての高い汎用性を見いだせたことです。ミセルの形成は、疎水性の部分が内部に集まる疎水性相互作用によって起きるという基本概念がありますが、それ以外の相互作用でもミセル形成は起きます。私の場合、正と負の電荷をもつ高分子電解質の水溶液を混合してつくるポリイオンコンプレックス(PIC)を用いたPIC型ミセルの着想に行きついたのです。PIC型ミセルにすることで、静電相互作用により核酸医薬品、遺伝子、タンパク質などを入れてデリバリーすることができます。
高分子PIC型ミセルの形成では、このミセルの構成要素となるブロック共重合体どうしが、相手の鎖長を認識します。鎖長が揃って電荷の数が合うとミセルを形成しますが、鎖長が不揃いだと形成しません。こうした特徴を見いだせたことも、PIC型ミセルによるDDSの展開で役立ちました。

審良 DDSの機能性を高めるための課題はどんなものでしょう。免疫系に異物と認識され排除されてしまわぬよう粒子を設計する「ステルス化」が大切と聞きますが……。

片岡 ステルス化なしにドラッグデリバリーはありえません。つまり第一に生体適合機能がなければならない。第二は生体内バリアの克服です。血管から標的組織に移行し、さらに標的細胞を認識するというところです。第三は環境応答機能ですね。標的組織や細胞内の変化や外部信号を検知して薬物や遺伝子をはたらかせるところです。

片岡一則 氏

片岡一則 氏

公益財団法人 川崎市産業振興財団 副理事長・ナノ医療イノベーションセンター センター長

1950年、東京都生まれ。1979年東京大学大学院博士課程修了(工学博士)。79年東京女子医科大学助手、86年同講師を経て、88年同助教授。89年東京理科大学基礎工学部助教授、94年同教授を経て、98年より東京大学大学院工学系研究科教授。2004年より同大学院医学系研究科教授を併任。16年東京大学を定年退職し、東京大学名誉教授。引き続いて21年3月まで同未来ビジョン研究センター特任教授。15年より現職。専門分野はナノ医療。ナノキャリア研究およびドラッグデリバリーシステム(DDS)研究の第一人者として知られる。おもな受賞歴は、Clemson Award, Society for Biomaterials、Founder's Award, Controlled Release Society、NIMS Award、フンボルト賞、江崎玲於奈賞、高松宮妃癌研究基金学術賞、クラリベイト引用栄誉賞(Citation Laureate)など。全米工学アカデミーおよびフランス医学アカデミー国際会員。独マインツ大学名誉博士。

がん・変形性関節症などの治療へ
核酸デリバリーの進展

審良 PIC型ミセルにたどり着いたのが大きかったという印象をもちました。その後の展開はいかがでしたか。PIC型ミセルでは、核酸医薬品などを含めることができるとのお話でしたが……。

片岡 はい。一つは、オリゴ核酸とブロック共重合体の鎖長マッチングにより形成される複合体を開発しています。再発乳がんや悪性脳腫瘍を対象とした臨床第I相試験にそれぞれ進むことができました。この複合体は、ブロック共重合体のポリリシンの正電荷数と、オリゴ核酸の短鎖干渉RNA(siRNA)の負電荷数の比率が1対1になると自動的に形成されるのです。
もう一つ、高分子PIC型ミセルにメッセンジャーRNA(mRNA)を内包させて、変形性関節症の治療に応用しようとしています。軟骨誘導性転写因子をコードするmRNAを関節内投与するというものです。いま大阪大学ご所属で医学系の研究をされている位髙啓史先生と取り組んできました。東大で私が工学系研究科と併任していた医学系研究科で博士課程の大学院生だった方で、共同研究がつづいています。

審良 核酸を細胞内の標的まで届けるには、エンドサイトーシス、つまり細胞内への取り込みがされたあと、エンドソームから出て細胞質へと向かっていく過程を実現することが鍵となりそうですね。エンドソームが壊れて、なかのRNAなどの核酸がすっと放たれるしくみが大事なのでしょうね。

片岡 そうです。ウイルスではそれが上手くいっています。ミセルではどうするか。結果的に、側鎖カルボキシル基にジエチレントリアミン(DET)を導入したポリアスパラギン酸誘導体〔PAsp(DET)〕をPEG誘導体として用いることに行きつきました。

審良 どういうメカニズムになるのですか。

片岡 細胞に取り込まれる前のpH7くらいでは、プロトン化されたアミノ基が1個のみとなっています。けれども、細胞に取り込まれてエンドソームに入ると、pH5ぐらいになってプロトン化が2個になり、これによりエンドソーム膜をうち破って脱出できるのです。しかも都合がよいことに、PAsp(DET)は冷蔵保管する4℃では壊れないけれど、体内温度である37℃では加水分解により徐々に分解してくれます。私たちは、カニクイザルの実験で毒性がないことも確かめました。さらに調べると、PAsp(DET)は基本的な遺伝子(Housekeeping gene)の発現量には影響をあたえないので、ねらった遺伝子の発現のみを効率的にひきだせることが分かりました。

審良 変形性関節症の治療を視野に入れているとのお話ですが、どういった課題に取り組んでおられますか。

片岡 細胞質内pHでのリボヌクレアーゼ耐性を保つこと、それに翻訳効率を高めることなどです。おもしろいことに、導入するアミノエタン構造の繰り返し数で、それぞれの効果に差が出ました。結果、「3回」がちょうどいいのです。リボヌクレアーゼ耐性では奇数回で優れた安定性を示し、一方、翻訳効率では3回以上になるとキャップ構造が露出して翻訳開始因子と結合します。こうしたことで3回が、変形性関節症の治療効果をもっとも示すとわかりました。
いまは位髙先生を中心に炎症を抑制するだけでなく、関節の構造そのものに作用して病気の進行を遅らせる疾患修飾性治療薬の開発を進めています。医工のチームでやってこられたのがよかったと思っています。

医工看共創で「体内病院」めざす
研究に「越境する好奇心」を

審良 片岡先生は、2015年に神奈川県川崎市に開設したナノ医療イノベーションセンター(iCONM)の初代センター長に就かれていますね。どういった研究施設でしょう。

片岡 産学官のオープンイノベーションで、革新的課題の研究やその成果の実用化に取り組む施設です。審良先生もぜひいらしてください。4階建ての棟の中央が吹き抜けになっていて、メンバーやゲストが自由に意見交換できる雰囲気になっています。1階に微細加工・材料評価、2階に有機・高分子合成、3階にin vitro評価、4階にin vivo評価ができる実験室があります。
運営する財団のスタッフがいて、装置や機械を維持管理しています。規制対応もしているので、たとえば新たに参画した企業の方が、申請資料などを書かなくても、翌日から実験を始められます。いまは花王や日東電工などの大きな企業のほか、スタートアップも多く参画されています。それに三井化学が大口の共同研究相手になってくださっています。

審良 海外の研究者が40%もおられるとか。

片岡 そうなんです。羽田空港から橋を渡ってすぐのところにあるし、積極的に海外との交流を深めようと、米国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)をはじめ複数の海外研究機関と提携しています。日本を含め世界18か国の50名が在籍していて、外国籍の方は4割ですね。

審良 この研究施設で、片岡先生はじめ研究メンバーは、2045年をめどに「体内病院」を実現させようとしていると聞きます。新しい概念と思いますが、どういったものか教えていただけますか。

片岡 DDSの発展型としての次なるターゲットが「体内病院」です。DDSでは、薬剤を標的の場所にデリバリーしたら役割完了となります。一方、「体内病院」では、ナノマシンを体内に入れて検出・診断・治療を自動的におこなえるようにします。
薬剤を目的地まで送ればよいということでなく、目的の細胞に入って細胞内の信号を検知し、構造を変化させて疾患を治療するわけです。たとえば、iCONMでは、脳内に抗体を送達し、アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβを除去する高分子ミセルを設計しています。マウスに絶食をさせたうえで、グルコース搭載の高分子ミセルを投与すると血液脳関門を通過させることができるので、さらに脳実質で還元環境への応答により抗体を放出させ、アミロイドβに結合させます。これでアミロイドβを除去するといったしくみです。

審良 「体内病院」とは、サイエンス・フィクション(SF)の世界みたいですね。

片岡 ええ。実際、ハリウッド映画の『ミクロの決死圏』のようだと評されますが、原点には手塚治虫の『38度線上の怪物』という漫画作品があります。手塚の作品は、結核菌と戦うため医者を小さくして体内に入れるというもの。結核患者が超えると危険な体温38℃と、当時の朝鮮戦争での北緯38度線をかけた作品名といいます。

審良 iCONMの研究費などはどう確保しているのですか。

片岡 東大薬学のご出身で自身でベンチャーキャピタルを立ちあげた木村廣道先生と立ちあげ期からやってきましたが、まず文科省の補正予算がついてiCONMの建設が可能になりました。開所2年前の2013年度から9年間はおもに、「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」による予算です。よく採択されました。2022年度からは後継プログラムのCOI-NEXTに採択され、10年間にわたり予算をいただけます。「医工看共創」による大きなプロジェクトにまで発展できていると思っています。

審良 壮大なご構想ですが、そうした方向で進んでいくにちがいないと感じました。
最後に、ライフサイエンスの若い研究者たちにメッセージをお願いできますか。

片岡 一言で表すと「越境する好奇心」を抱いてほしいということですね。
私の場合、鶴田先生に背中を押され、化学の中心から周辺のほうへと行きました。それで大変なこともあったけれど、自分の立ち位置を客観視できるようになりました。
「新しいことをやっている」といっても、その分野内での新しいことにとどまっていることは多い。若い人たちには、思い切って分野ごと超えていってほしいと思います。知らないことに出合うことから新しいものが見つかってくるでしょうから。

審良 今日はありがとうございました。

(対談日/2026年6月22日)

EYES

ドラッグデリバリーシステムの先に「体内病院」を見据える

独創的な高分子ミセルの開発を研究・開発の起点に

体内の届けたい部位のみに、必要十分な薬を届けるよう開発されたシステムをドラッグデリバリーシステム(DDS)といいます。通常の飲み薬などは、投薬量のわずかしか目的の部位に届かないため、大量の投薬を必要とし、副作用を伴いがちです。一方、DDSであれば、こうした問題を抑え、効率的に投薬することができます。

DDSの歴史の源流には、1960年代の薬の成分が徐々にゆっくりと体に吸収されるようにした徐放性製剤や、薬を微視的な大きさに包み込んだマイクロカプセルの開発があります。その後、薬の運搬体である「キャリア」の開発が進み、その種類は多様化していきました。現状では、抗体薬物複合体(ADC)、脂質ベースキャリア、高分子ベースキャリア、無機ナノ粒子、ウイルスナノ粒子、エクソソームに大別されます。これらキャリアの粒径は10nmオーダーあるいは100nmオーダーのものが中心です。現状ではADCや、脂質ベースのリポソーム製剤が、がん治療に実用化されるなどしています。

DDSの進展に、独自の構造をもつ高分子ミセルなどのキャリアの研究・開発で大きく貢献してきたのが、前述の対談に登場する片岡一則氏です。高分子ミセルとは複数の高分子が自発的に会合して出来る微粒子のこと。片岡氏は、専門としていた高分子化学の知見をもとに、1980年代中盤より、キャリアが生体内の免疫系などに破壊されないようにするための高分子材料を追求してきました。その結果、水溶性のポリエチレングリコール(PEG)と、疎水性のポリアミノ酸(PAA)からなるブロック共重合体が個々に集合して形成する高分子ミセルを開発するに至ったのです。この高分子ミセルは全体としては球状で、PEGが外殻をなして生体適合機能を発揮し、PAAが内核をなして薬を包含します。また外殻表面に、標的に結合するためのパイロット分子をもたせることもできます。1988年には、ヒト胃がん移植マウスに対して、全身投与による抗がん活性を確認するに至りました。

1990年代に入ると片岡氏は、抗がん剤などの薬だけでなく、プラスミドDNAやRNAといった核酸分子を目的の部位に届けて治療効果を得るためのDDS研究を展開します。プラス・マイナス反対の電荷をもつブロック共重合体どうしでは、鎖長が一致するものにかぎって集合し、ミセルを形成することを発見しました。このようなプラス・マイナス反対の電荷をもった2種類の高分子電解質の水溶液を混合して形成される集合体は「ポリイオンコンプレックス」(PIC)とよばれます。片岡氏は、核酸分子がマイナスの電荷を帯びていることに着目し、PAAのほうにプラスの電荷をもつ塩基性アミノ酸を用いることで、核酸分子を担持させた「PICミセル」のキャリアを実現したのです。核酸デリバリーシステムの開発という本成果をもとに、近年では、がん治療や、変形性関節症治療の実現を共同研究者らとめざしています。

片岡氏のビジョンは、DDSの普及にとどまりません。DDSを進歩させた先として「体内病院」の実現を視野に入れています。「体内病院」とは、ウイルスサイズのナノマシンが、体内の微小環境を自律的に巡回し、常に治療・診断をおこなうシステムのことです。ナノマシンが標的細胞を検出し、内部へと侵入する。生体内外からの信号となる物質を検知して、動的構造変化を引き起こす。そして、細胞内の目的地で診断・治療をおこなう。こうした技術により、キャリアをナノマシンに“進化”させ、DDSを体内病院に発展させることを構想しています。また、ナノマシンが疾患部位でのみ搭載の触媒で薬をつくったり、光などの刺激に応じてタンパク質を複製したりする技術も、「体内病院」の一環として共同研究者らとともに考案しています。

「体内病院」の実現に向けた拠点となっているのが、片岡氏がセンター長をつとめているナノ医療イノベーションセンター(神奈川県川崎市)です。アカデミアや企業から国内外研究者たちが会し、オープンイノベーションのもと研究・開発をおこなっています。大きな目標は2045年の「誰ひとりとして取り残さないインクルーシブなライフスタイルの実現」です。

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