LF対談

ブレイクスルーの可能性は自由な交流から生まれる No.2(1991.3)

マサチューセッツ工科大学教授
利根川 進 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

転換期にきた日本、眠れる人的資源の活性化が今こそ必要!

至る所で閉塞状況を呈する日本の大学の現場。
この状況を打開するために、いま何をなすべきか。
今回は、マサチューセッツ工科大学教授・利根川進氏を迎え、
日米比較に立った人的資源の活かし方、
サイエンティストに必要な交流のあり方に焦点を当て、方策を探ってみました。

ポスト・ドクを育てるアメリカの底力

岡田 若い研究者をのびのびと研究させ、新しい芽を育てたいと念願しているんですが、日本の現状は残念ながらその逆で、新しい芽を枯らしてしまうような、シラケさえ垣間見える状態です。戦後すぐの頃ならともかく、経済大国になった今、大変アンバランスで不思議な現象と言わざるをえません。その点アメリカの場合、若手を育成するシステムがうまく機能していますよね。そのへんからまず紹介してくれませんか。

利根川 まず、ポスト・ドク(ポスト・ドクトラル・フェロー)のフェローシップですね。ポスト・ドクっていうのは、博士課程は修了したけどまだ一人前のサイエンティストじゃない人ですから、ある研究機関に所属しながら修業を積むわけです。でも職員じゃないから給料は出ない。そんなポスト・ドクを支えるのがフェローシップです。僕もポスト・ドク時代には受けてたけど、アメリカにはフェローシップ専門の財団だけでも大小何十とあるわけね。そういう民間財団と政府とで、非常に多くのフェローシップを出しています。そのへんがアメリカの底力とも言えますね。

岡田 金額的にはどのくらいですか。

利根川 1人当たり年間2万5千ドルから3万5千ドルで、期間は2年ないし3年です。ある財団では毎年150人分出しているというから、円に換算すると年間5億円から7億円はフェローシップに使っていることになります。

岡田 それだけの保障があれば、思いきり研究に専念できるわけだ。

利根川 で、30歳くらいでみんな独立してアシスタント・プロフェッサーになって出て行くのね。つまり、誰の指図も受けない独立した研究グループのリーダーになるわけです。

日本の大学院生は教授の手足?

岡田 アメリカは先生と弟子の関係がベッタリしてないから独立するのもあっさりしたもんだけど、日本はそうはいかないところが問題ですね。

利根川 僕はね、サイエンスにも市場経済と同じように競争原理をある程度導入すべきだと思うんですね。日本の社会は競争を避けて通る傾向があるから難しいかもしれないけど、いつまでも弟子が弟子では困るんですよ。早く一人立ちさせる制度があるべきだと。
で、独立したら、師弟関係にあった研究者の場合は、かつて同じことやってたから競争相手になりやすいんだけど、そこで先生を凌駕しないと発展なんかありませんからね。先生にとっても、年をとるとサイエンスの能力が落ちますから、ちょうどいい励みになるんです。

岡田 日本でもポスト・ドク制度がつくられましたが、その施行上に問題が残っていて、プロジェクトチーム計画の予定には入れにくいんですね。だから普通どおりに教授、助教授、助手に大学院生を加えて計画することになる。

利根川 大学院生というのは、教授の研究成果を上げるために手足のごとく使われ、いわばチームの歯車として組み込まれているけど、本来は、手足のごとく使っちゃいけない人たちなんです。まだ一人前の研究者じゃないんだから、教育に力点を置くべき時期なんですね。
千代の富士は「いい相撲取りになるには練習さえすればいい」と言ってるけど、大学院生の場合、プロジェクトのある部分を与えて、朝から晩まで見よう見まねで研究や実験をさせても、それだけではだめ。独立したとき自分のアイデアがなければ一人前の研究者とは言えない。そのために基礎から系統立てて教えるのが、大学の先生の役目だと思うんですが。

岡田 日本の大学院制度は、大学という建物の屋上に、大学院というプレハブ住宅を建てたようなものだ、と山村先生がある会議で言われたことがありますが、制度の運営組織も、カリキュラムそのものも整っていない。

利根川 まず、大学の先生の環境を整備しなきゃいけませんね。たとえば秘書をつけるとかね。とにかくサポーティングスタッフは絶対必要です。先日寄ったある大学なんかね、足の洗い場をどう改造するかで委員会を開くから集まれ、ということやっとる(笑)。こんなこと筆頭セクレタリーが決めればいいことなんですよ。

岡田 そんな雑用させるから教育にしわ寄せが行くんだよね(笑)。

澱んでいては画期的なブレイクスルーは起こらない

利根川 いつも僕、思うんだけど、日米を比較すると、第一線でやってる人の平均年齢がアメリカは若い。独立してどんどん入れ替わってますからね。サイエンスには年齢制限があるというのが僕の持論なんですが、これどういうことかというと、ある分野でみんなが壁にぶつかってしまったとき、それをブレイクスルーできるのは、60歳の高名なプロフェッサーより30代の若い研究者のほうがはるかに確率が高いということなんですね。
このオリジナリティの高いブレイクスルーを第一フェーズの発見と言ってるんですが、年をとってからでもできる第二以降のフェーズは、第一フェーズの発見がないと存在しえないという意味で、非常に重要なものなんです。
この第一フェーズの発見の確率を高めるには、若い研究者の能力が発揮できる制度になってないと難しい。

岡田 第一フェーズに直接関与した研究者が出るとみんなうれしくなるんですが、第二フェーズばかりだとね、雰囲気が重くなりますよ。それにつけても、アメリカの研究者は若々しいですね。ところが日本は実年齢とは無関係に、変に老成している。

利根川 アメリカのサイエンティストの場合、40歳くらいまではかなりあちこち異動(移動)します。何か新しいことを思いつくには、文化や背景や価値観の違う、専門のスキルでも少し分野の違う人に囲まれた環境というのがとてもいいんですね。同じ環境にずっといたら思考が堂々巡りしてヒントが得られなくなりますからね。10年も同じところにいたら、みんな同じような考え方になっちゃう。人間のイマジネーションは貧困ですから、周囲の人間によって大きく影響されるんです。

利根川 進 氏

利根川 進 氏

マサチューセッツ工科大学教授

1939年、愛知県生まれ。63年京都大学理学部卒業。68年カリフォルニア大学サンディエゴ校博士課程修了。ソーク研究所、バ−ゼル免疫学研究所を経て、81年マサチューセッツ工科大学教授。94年同大学学習と記憶研究センター所長。87年「抗体の多様性生成の遺伝学的原理の解明」で日本人初のノーベル生理学・医学賞受賞。90年代前半からは脳研究を手がける。受賞は他に文化勲章ほか。米国学士院会員。

もっと情報入手のテクニックを磨け

利根川 それと、情報入手のテクニックをトレーニングすることも大事です。たとえばシンポジウムのようなフォーマルなプレゼンテーションでは、サイエンティストは結論とか解釈とかまとまったことしか言わない。そこに至るまでの紆余曲折やメンタルな経緯こそ若い人には価値があるんだけども、そういうことは個人的に知り合うとかしなければ聞き出すことはできません。
そこで情報入手のテクニックが必要になるんですが、日本人の場合、一般に討論が下手ですからね。行儀がいいというか、おとなしすぎるというか。おかしいと思っても、相手に遠慮して本当のことが言えない。その上、相手が外国人なら言葉のバリアもあるしね。
だから積極的に話しかけるトレーニングを日常的にやらなきゃいけないんだけど、研究室の上下関係が厳しくて若い人が自由にものを言えない雰囲気があると、なかなかトレーニングもできない。

岡田 言葉のバリアということに関しては、若い人はだんだんよくなってきてますよ。今はまだ日本の研究室で英語を公用語として使ってるところはないんだけど、ヨーロッパあたりはどうですか。

利根川 スイスも一流の研究室は英語を使ってますね。サイエンスは歴史的にも現状でも欧米が断然優位に立っていますから、英語がしゃべれないというのは明らかに不利です。数式で十分通じるといっても、そのレベルの情報交換では限度がありますからね。

それにしても日本は遅れている……

岡田 若い人のエネルギーの引き出し方が、日本はどうもまずいですねえ。アメリカはそこをうまくやってるから第一フェーズの層も厚くなる。

利根川 第二以降のフェーズでもやっぱりアメリカが強い。アメリカでは基礎科学に使っているお金が日本の数倍ですからね。博士号の数もやっぱり10倍に近いでしょう。ところが工学士になると1対1。日本の大学は企業のエンジニア養成に重点が行きすぎているんですね。

岡田 今、発展途上国では若い優秀な人はみんな工学部へ行きたがってるけど、若い人がどこの学部を志望するかは、その国の位置づけを反映しているのね。その意味からいうと、日本はアメリカと少なくとも10年の差はありますね。

利根川 それはもっともなことですね。日本が本当の意味でサイエンスやりだしたのは明治以降ですから、それだけの歴史しかない。

岡田 ヨーロッパのほうはどうなのかな。

利根川 今、一番昇り調子なのがドイツですね。昔はヒエラルキーの厳しいシステムだったけど、ここ20年くらいでボスト・ドクもアメリカ並みになったし、フェローシップも取りやすい。ドイツは改革をやったと思いますね。このあいだの東西ドイツの統合でもわかるように、ドイツというところは非常にドラスティックなことを短期間にやっちゃう国民性があるんですよ。それにしても、日本は変わり方が遅いですねえ。

岡田 今、ようやく転換のギリギリのところに来ていると思う。この転換を加速するために何か工夫をしなきゃいかんと。そのパイロット・プロジェクトとして千里ライフサイエンスを進めていこうということなんですよ。

閉塞状況打開のキーを持つ〝サロン〟

利根川 この財団は大きくなりそうですが、アクティビティとしてはどんなことをやっていくんですか。

岡田 まず、財団の柱の一つであるサロンをどんなにするかを考えています。経済界には経済同友会という組織があって、財界人が個人の資格で参加して自由に討論し、自然に煮詰まってきた問題を提言するという場があるんですが、このサロンをそういう場にできそうだと思うんですね。今、日本には、研究者や文化人が気軽に集まって座談する場があまりないんですが、日本が抱えるライフサイエンスの諸問題に提言できる、政界や財界から一歩離れた組織があってもいいんじゃないかと思うわけです。
もちろん、研究者相互の研究交流の場を提供しようというのがサロン計画の初心ですから、まず、千里にあるいろいろな研究所に所属する人たちの相互交流をめざします。これが軌道に乗れば、交通の便利な場所にあるので、全国の研究者の方々にも利用してもらえるでしょう。それと、自然科学の進展と一般の人たちの理解との乖離が今後大きな問題になりますが、サロンを通してその隔たりを埋める作業ができないか、とも考えています。たとえば、ライフサイエンスに関係する外電が入ったとき、ジャーナリスト、研究者、文化人を含めた集団でその評価を考え、一般にもその情報を流していけたら面白い、と思っています。

利根川 なるほど、わかりました。ところで、お金を使うほうは主に何をやるんですか。

岡田 現在の日本に必要なのは、現場での横つなぎを積極的に促進させることで縦型の社会制度の行き詰まりをカバーする機能なんですが、その機能を、本財団はライフサイエンスの分野で果たしたいと思っています。そのため、研究の現場で自主的に生まれた重要なプロジェクトを、財団は組織化し、積極的に支援したいと思っています。
今、具体化したいと願っているのは、霊長類の脳研究、特に前頭葉機能の観察を軌道に乗せることです。このプロジェクトに関するかぎり、研究者の密度、研究設備、研究施設、研究対象などすべてを含めて、世界で最も地の利に恵まれているのがこの千里地区だと判断できるからなんです。当面は老人ボケを中心テーマとして具体的な計画を立て、財団の建物が完成する平成四年後半からスタートさせたいと思っています。

利根川 それはいいですねえ。僕もね、財団のアクティビティとして、何が日本のサイエンスにとって重要かという観点で、大きなプロジェクトを一つか二つにしぼるというのは大賛成です。そうすることで大きなスケールでサポートしていけるし、それにプロジェクトと財団のイメージが結びつくということは大事なことだと思うんですね。みんながハッピーになるようにお金をばらまいてしまうと、結局、何やってる財団かわからなくなってしまいますからね。

岡田 おっしゃるとおり、同感ですね。今日は予定外の長時間をいただきまして、ほんとにありがとうございました。

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