LF対談
「機能なきタンパク質はない」という言葉がいつも頭にありました。
No.108(2026.6)
東京科学大学 総合研究院 特別栄誉教授
一條秀憲 氏
公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
審良静男 理事長
TGF-β受容体のクローニングをめざしスウェーデンへ‥‥‥
審良 今日は「ASK」の研究で知られる一條秀憲先生におこしいただきました。
一條 今回は第108号とお聞きしました。「煩悩の塊」みたいな回におよびいただき、ありがとうございます(笑)。
審良 そういえばそうですね(笑)。
一條先生は、東京医科歯科大学(現・東京科学大学)の歯学部に入られましたが、当時から研究の道を志されていたのですか。
一條 入試の時は理想より煩悩に従いましたが(笑)、入学してみると同じ野球部の同級生が皆医学部だったこともあり、医学部の方がおもしろそうだなとも思いました。でも結局、そのまま大学院でキャリアを積もうと歯学研究科の口腔外科に進みました。入ってみると所属した研究室は世界で初めて口腔扁平上皮がんの細胞株がつくられたころで、臨床の科でありながらもとにかく基礎研究の重要性を叩き込まれました。同時に「この細胞を使って論文を書けるな」とも思いました。「なにをやろうか」と思いつつ、基礎分野の「修行」として、医局の先輩から紹介された生化学の研究室に出入りしはじめました。
審良 臨床で習いながら、基礎も学ぶといったところですね。
一條 はい。その生化学の助手だった先生が、骨誘導タンパク質(BMP)の研究をされていて、お手伝いで肉屋から大量のウシの骨(無料!)を車に乗せて研究室まで運んだりしました。粗精製したBMPを骨芽細胞に振りかけても期待された反応が見られなかったのですが、ある時気まぐれに、先ほどのものを口腔扁平上皮がんや正常上皮細胞に振りかけてみました。すると、正常細胞の増殖がピタッと止まったのに対して、がん細胞の増殖は抑制されなかったのです。「これは発見だ!」と思っていたところ、当時ちょうどBMPがクローニングされ、トランスフォーミング成長因子β(TGF-β)の類縁分子であることがわかりました。粗精製したBMPの中にTGF-βが含まれていたこともわかり、TGF-βが細胞増殖抑制機能をもっていると言われはじめたころでもあり、「TGF-β抵抗性をもっていることが、がん細胞が無限増殖するメカニズムなのかも」という妄想が膨らんでいきました。
そこで、口腔扁平上皮がん細胞におけるTGF-β受容体の同定をめざしました。コネも何もないので、当時TGF-β関連の総説を書いていらっしゃった先生方のところに押しかけて行って、「技術を教えてくれませんか」と頼んだものの、「できない」と。ところが、お一人から「最近、スウェーデンから帰ってきた宮園さんなら、そのあたり知っているかも」と言われたのです。
審良 TGF-β研究で著名な宮園浩平先生(現・東京大学卓越教授)ですね。
一條 はい。宮園先生に事情を電話すると、「がん学会で会いましょう」と言われ、学会場で初めてお話しました。私のデータを見せると「おもしろいから、明日からきてください」と言われ、所属先の東大医学部第三内科に迎えてくださいました。結局、私の博士論文のテーマは、その延長上の「TGF-βのヒト口腔扁平上皮がん細胞に対する生物学的効果および結合特性」となりました。学位を得てそろそろ臨床に戻ろうかと思っていたとき、宮園先生から「スウェーデンに戻るんだけれど、ポスドクでこない?」と誘ってもらえたのです。
審良 それで、スウェーデンのルートヴィヒがん研究所に行かれたのですね。向こうで一條先生はどのようなご研究を‥‥‥。
一條 TGF-β受容体を精製しクローニングするという最もやりたかったプロジェクトを、宮園先生とカール・ヘンリック・ヘルディン所長からあたえられました。ブタの子宮の膜画分で挑みましたが、2年ほどやってやっとクローニングできたのは分泌タンパク質。受容体ではありませんでした。
審良 そうでしたか……。
一條 そのとき、ヘルディンさんからこう言われたのです。“Hidde, there is no protein without function.”と。「どんなタンパク質であっても、その機能を突きつめたらよいではないか」というメッセージと捉えました。ポスドク仲間にこの話をすると、「機能がわかるまで仕事しろっていう意味じゃないの」と言われましたが(笑)。ヘルディンさんの考えは慧眼だったと思います。
そうこうしているうちに、アメリカのグループが、TGF-βの2型受容体のクローニングに至りました。一方、私の所属していた宮園グループでは、ピーター・テン・ダイクという優秀なポスドクが中心となって、2型受容体とヘテロ複合体を形成する1型受容体のクローニングという大きな成果を上げました。私も共著者の一人に加えていただきましたが、とても自分の仕事とは言えず、いわば失意のまま帰国することになりました。それでも「機能なきタンパク質はない」という言葉はいつも頭にありました。
審良 東京医科歯科大学に戻られて、助手として、また歩みはじめたのですよね。
一條 はい。口腔病理の教室でしたが、分子生物学の技術導入と引き換えに病理duty免除(!)という破格の条件で自由にやらせていただきました。それで、スウェーデンから持ち帰った複数の新規キナーゼの部分配列から全長クローニングしてみたところ、その一つの構造がMAP3K(MAP kinase kinase kinase)様でした。これが、ASK1だったのです。
JNK経路およびp38経路
初のMAP3K「ASK1」を発見
審良 一條先生の代名詞といえるASK1の発見に至ったのですね。ASK1研究では、後藤由季子先生(現・東京大学大学院教授)らと共同で進められたと聞きます。
一條 はい。まず、宮園先生が再帰国し、癌研究会癌研究所の生化学部部長に着任されました。またしてもお声がけいただき、医科歯科で一緒に研究していた大学院生たちと共に癌研に移りました。ASK1の仕事に専念していたなか、1995年9月に長野県蓼科で「第1回『先端がん』若手カンファレンス」があり、後藤さんや入江賢児さん(現・筑波大学教授)らとお会いしまして。後藤さんたちはTGF-β活性化キナーゼ(TAK1)の仕事をされており、TGF-βについて興味をお持ちでした。私は、MAPキナーゼについて知りたかった。お互いのポスターを行き来しながら「一緒にやりましょうか」となって共同研究を始めたのです。これにより、JNK経路とp38経路を特異的に活性化する初めてのMAP3KとしてASK1をクローニングし、1997年に『サイエンス』に報告できました。
審良 私のいまのイメージでは、ASK1は下へ下へと進んでいく経路の上流にあるというより、横にたくさん並ぶMAP3Kの一つとしてあるという感じがしていまして……。
一條 おっしゃるとおりです。JNK経路とp38経路に至るASK1の直下には、MKK4/7、MKK3/6の計4個のキナーゼがあるだけですが、ASK1とおなじ最上流のMAP3Kは現在20種類以上あるとわかっています。種類の多さは、さまざまな刺激やストレスに対応する受け口としてMAP3Kが各種用意されているからだろうと考えています。
審良 その一つ目となったASK1で、どんなストレス応答の機能を見つけたのですか。
一條 酸化ストレス応答の機能です。酸化ストレスによりASK1は活性化されやすいことがわかってきました。機構を解明しようと、米国帰りの川畑正博さん(同じく癌研生化学部研究員)にタンパク質とタンパク質の相互作用を調べるための「ツー・ハイブリッド法」を教えてもらい、ASK1がどのような複合体を形成しているか調べたのです。すると、ASK1のN末端にチオレドキシンというタンパク質が結合しており、二つを共導入するとASK1の活性が低下することがわかりました。つまり、チオレドキシンはASK1の活性を阻害するはたらきをもっていると考えられました。実験を重ねて解明できたのは、酸化ストレスでチオレドキシンのシステイン残基が酸化すると、チオレドキシンの構造が変わることでASK1との結合が外れ、これによりASK1が自己リン酸化して活性化するという機構です。チオレドキシン自体が酸化ストレスを感じる最初のセンサーであり、酸化ストレスでASK1との結合が外れると、ASK1の活性化、ひいてはASK1による細胞死の誘導を引きおこすことを実験で解明できました。
審良 チオレドキシンの酸化が、ASK1の活性化に重要だったわけですね。
一條 はい。この発見では、大学院生だった斉藤正夫さん(現・山梨大学教授)の貢献が大きなものでした。通常は試験管内でASK1とチオレドキシンの結合を見ることができるのですが、ある頃から結合が見えなくなったのです。「なんでだ?」となり、斉藤さんが調べてみると、チオレドキシンは溶液中に放置すると非常に酸化されやすいことに気づきました。チオレドキシンが酸化してしまうと、ASK1に結合できなくなっているのではと考え、古くなったチオレドキシンを還元剤で処理してもらったところ、チオレドキシンはまたASK1に結合するとともにその活性を抑制しました。この経緯はチオレドキシンセンサーモデルを思いつく上で極めて重要でした。
SOD1変異型ALSの原因を追究
結合部は「露出」する
審良 ASK1関連では、病気の治療に向けた研究も進めてこられたと聞きます。
一條 はい。ASK1の仕事から派生したものとして、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に関する研究をしてきました。ある特定のタイプのALSでは、ASK1の活性化が惹起されて、最終的に神経変性が生じる要因の一つとなります。ALSの発症原因をめぐっては、1993年、家族性ALSの原因として、活性酸素を分解する酵素であるスーパーオキサイドディスムターゼ1(SOD1)の遺伝子変異が発見されました。その後、SOD遺伝子変異型ALSの発症原因は、SOD活性の単なる低下や増強でなく、細胞毒性機能の獲得にあると考えられていましたが、メカニズムは諸説あり不明でした。当時、私は、癌研から医科歯科大を経て東京大学薬学系研究科に移籍し、自分なりに仕事を広げていたころでした。そうしたなか、研究室メンバーの西頭英起さん(現・宮崎大学教授)が、変異型SOD1が細胞質で生じると、小胞体膜上のDerlin-1という分子と特異的に結合することを発見したのです。
審良 結合するとどうなるのでしょう。
一條 小胞体がその内腔に貯めこんでいた不良タンパク質を処理できなくなってしまうのです。つまり正常な「小胞体ストレス応答」に支障をきたしてしまうことになります。Derlin-1は、小胞体にできる不良タンパク質を細胞質側に放りだして分解する通路を形成していますが、変異型SOD1が結合してしまうと、不良タンパク質を分解処理できなくなってしまうのです。結果、イノシトール要求性酵素1(IRE1)受容体というタンパク質が活性化し、さらにその下流に存在するASK1が活性化して、最終的に神経炎症や神経細胞死を引きおこすことを見いだしました。これが、変異型SOD1によるALS病態分子メカニズムのあらましです。
この成果から、変異型SOD1とDerlin-1の結合阻害や、ASK1の活性阻害が、創薬標的になりうるのではないかと考えるようになりました。薬学部という環境を活かし、その後の研究で得られたSOD1-Derlin-1結合阻害剤ならびにASK1キナーゼ阻害剤が、ともにALSモデルマウスに対して治療効果を示すことを見いだせました。
審良 Derlin-1と結合する変異型SOD1というのは、1種類とか限られているのですか。
一條 いえ。変異型SOD1は100種類以上あって、そのほとんどがDerlin-1と結合することがわかりました。はじめ私たちは当時のデータベースに登録されていた130種類の変異型SOD1のうち、3、4種類のみ扱っていたのですが、研究室の藤澤貴央さん(現・東大薬学部講師)に「もうちょっとちがう変異をつくってみて」と頼むと、なんと2か月で130種類の変異すべてをつくってくれたのです。うち、122種類の変異体がDerlin-1と結合することがわかりました。結合しない8種類は病態と非関連の遺伝子多型と考えられました。
122種類について、変異の位置と種類を眺めてみると、特定の部位に集中することなくSOD1上のほぼあらゆる部位に変異が入っていることに気づきました。そこで考えついたのです。もともと野生型SOD1には隠れたDerlin-1との結合部位があり、変異が入ることでそれが「露出」し、結合がなされるのでは、と。見出したDerlin-1結合領域に対するモノクローナル抗体をつくって確かめてみると、この考えどおりでした。
さらに、東大医学部の神経内科の先生方と共同研究し、SOD1変異により発症したと考えられる患者の方々11例のB細胞を変異型SOD1認識抗体で免疫沈降したところ、健常者のB細胞では検出されない変異型SOD1のバンドが全例で検出できました。この抗体がALSの発症診断(特にde novo変異)にも使えることを示せたものと考えています。
審良 SOD1はもともと野生型からして、Derlin-1との結合部位をもっていたわけですね。それはどうしてなのか……。
一條 SOD1は、細胞内外の亜鉛濃度の低下によって、配位している亜鉛を失うことで変異型様の構造になるのです。これによりDerlin-1と結合し、軽い(ある意味正常な)小胞体ストレスを起こすことで、亜鉛のとり込みを一時的に促進し、亜鉛濃度の恒常性を維持していることもわかりつつあります。
一條秀憲 氏
東京科学大学 総合研究院 特別栄誉教授
1958年、徳島市生まれ。85年東京医科歯科大学歯学部を卒業。90年同大学院歯学研究科博士課程修了。歯学博士。Ludwig癌研究所Uppsala Branch留学。92年東京医科歯科大学歯学部口腔病理学講座助手。95年癌研究会癌研究所生化学部研究員。98年東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科教授。2002年東京大学大学院薬学系研究科教授。同大学創薬機構機構長(兼任)、同研究科研究科長などを経て、24年東京大学を定年退職。同年4月東京医科歯科大学高等研究院特別栄誉教授。同10月(大学統合により)東京科学大学総合研究院特別栄誉教授。現在に至る。専門分野はストレス応答とシグナル伝達。ASK(Apoptosis Signal-regulating Kinase)ファミリーを基軸とするストレス応答機構の解明は世界的に知られる。おもな受賞歴は、日本癌学会JCA-Mauvernay Award、持田記念学術賞、高峰記念第一三共賞、上原賞、紫綬褒章、武田医学賞、日本学士院賞、藤原賞。趣味は、身体を動かすこと。B級グルメなど。
ASK3の浸透圧ストレス応答に着目
「液-液相分離」の機構解明へと展開
審良 ASKファミリーには、脊椎動物ではASK1のほか、ASK2、ASK3があると聞きます。
一條 おっしゃるとおりです。ASK2もASK3も、武田弘資さん(現・長崎大学教授)が中心となり、見いだしました。
審良 ASK2で解明されていることは……。
一條 ASK2はASK1の結合分子なのですが、ASK1に比べてアポトーシス誘導能やがん抑制能が強いことなどを除いて、ASK2特異的な機能についてはまだよくわかっていません。
審良 ASK3についてはいかがでしょうか。
一條 ASK3については、非常にユニークな機能をもっていることがわかっています。浸透圧ストレス応答についての機能ですが、その解明には名黒功さん(現・順天堂大学教授)と渡邊謙吾さん(現・徳島大学教授)が大きく貢献してくれました。
審良 浸透圧ストレス、ですか。
一條 ええ。ASK3は、等浸透圧の環境では、ある程度のキナーゼ活性を保っています。一方、低浸透圧刺激に対しては活性化し、逆に、高浸透圧刺激に対しては不活性化します。両方向性の応答を示すわけです。ASK1が低浸透圧と高浸透圧の両方でともに活性化されるのとは異なります。2012年に、論文として報告できました。
審良 高浸透圧や低浸透圧に対する応答の早さはどういったものなのですか。
一條 活性化・不活性化とも刺激を受けてから1〜2分以内で起きるという非常に早いものです。ASK3は浸透圧の変動を感知するための優れた応答分子なのだと思います。
審良 そうですね。その後もASK3についての研究を続けておられるのでしょうか。
一條 はい。未解明な点が多いので、手離れとはいきません。最近は「液-液相分離」(LLPS)のメカニズムを、ASK3との関連において研究しているところです。
審良 LLPSは、2種類の液体が互いの性質を保ちながら混ざりあわずに界面をつくって共存している現象ですよね。ASK3がどう関わるのでしょうか。
一條 ASK3が周りの液体との関係においてLLPSの状態をつくり、それを「引き金」として、高浸透圧ストレスを受けて収縮した細胞の体積回復をもたらすのです。すこし詳しくお話しすると、まず高浸透圧により細胞が物理的に収縮します。このとき、ASK3が分子クラウディング効果により自己会合して液-液相分離を起こし、プロテイン・フォスフォターゼ6(PP6)とともに数秒間のうちに液滴を形づくります。これとほぼ同時に起きるナトリウムイオンの流入により、ASK3液滴内の分子流動性が担保され、隣接するPP6液滴によってASK3は不活性化していきます。ここまで約2分間です。ASK3の不活性化と隔離は、結果的にWNK1というキナーゼの活性化をもたらし、WNKを上流とする経路を活性化させます。これにより、多種のイオンと水が細胞に流入し、30分ほどで一過性の細胞体積回復がなされるのです。
審良 ASK3は、ずっと液体なのですか。
一條 いいえ、液滴誘導条件がずっと持続すると、徐々に固相化していきます。たとえば、さまざまな神経変性疾患関連タンパク質に変異があると、流動性のある柔軟な液滴段階をすっ飛ばして急激な凝集体形成ならびに固相化を起こすことが知られています。またこの現象こそが、さまざまな神経変性疾患の重要な発症メカニズムの一つと考えられています。液滴が凝集体化し固相化する現象において、出来上がった液滴内の分子流動性制御という観点は、これまであまり注目されてきませんでした。ASK3をツールに、液滴の流動性制御メカニズムを解明していければと思います。
自由度をもった研究こそ大切
機能なきタンパク質はない
審良 お話から、一條先生とともに、さまざまな若い方が活躍され、研究が進んできたとわかりました。ぜひ読者の若い人たちにもメッセージをいただければと思います。
一條 自分の発想に従って自由に研究できることが、若い人たちにとって最も大切なことではないでしょうか。私の研究室では「ストレス」の「ス」くらいに関わってさえいれば、本人がやりたいと思ったことを自由度をもってやってもらったつもりです。それが結果的によかったとも思っています。
私自身も「機能なきタンパク質はない」という言葉に勇気づけられ、分子の未知機能を解明するという、どこに出口があるか全くわからない、でも「必ずどこかにはある出口」を探すという研究スタイルを自由に追求してこられた部分は大きかったと思います。
審良 今日はありがとうございました。
(対談日/2026年2月18日)
EYES
細胞のストレス応答のシグナル伝達
その源流を担う「ASK」を発見・機構解明
JNK経路およびp38経路における初のMAP3K
私たちヒトを含む哺乳類の細胞には、シグナル伝達のシステムとして、「MAPキナーゼカスケード」とよばれる経路があります。「MAP」は「分裂促進因子活性化タンパク質」と訳される“Mitogen-Activated Protein”の頭文字をとったもので、「キナーゼ」はリン酸化酵素のこと、また「カスケード」は、滝のように段階的に連なるものをさします。
MAPキナーゼカスケードは大きく三つに分類されており、その三つのうち1980年代後半に発見され、先行して解明が進められてきたのが、おもに細胞の増殖を促進する「ERK経路」です。一方、ほかの二つについては、酸化ストレスや浸透圧ストレスなどの物理化学的ストレスによって活性化される「JNK経路」および「p38経路」として、1990年代よりその存在が知られるようになりました。二つの経路はともに、最終的にプログラム細胞死を意味するアポトーシスや、細胞分化、炎症などをもたらします。
MAPキナーゼカスケードは「カスケード」なので、シグナル伝達の経路を上流にさかのぼって辿ることができます。細胞増殖やアポトーシスなどの前段階には「MAPキナーゼ」(MAPK)の存在があり、その前段階には、さらにキナーゼが付いた「MAPキナーゼキナーゼ」(MAP2K)の存在があり、そのまた前段階にはさらにキナーゼが付いた「MAPキナーゼキナーゼキナーゼ」(MAP3K)の存在があります。
このうち、JNK経路およびp38経路のみを特異的に活性化するMAP3Kの遺伝子を世界で初めてクローニングし、1997年、そのタンパク質の発見を元に米国の科学誌『サイエンス』に報告したのが、3ページからの対談に登場する一條秀憲氏です。一條氏はこのMAP3Kを、「アポトーシスのシグナルを制御するキナーゼ」という意味を込め、「ASK1」(Apoptosis Signal-regulating Kinase 1」と命名しました。ASK1は酸化ストレスなどにより活性化され、MAP3KとしてJNK経路やp38経路をリン酸化を介して活性化し、アポトーシスのほか、現在では細胞分化や炎症などをもたらすことがわかっています。一條氏のASK1の発見は、細胞のストレス認識から応答に至るまでの分子機構を解明する研究の扉を開けたものといえます。
その後も一條氏は、哺乳類においてASK1、ASK2、ASK3からなるASKファミリーを中心とするストレスシグナル応答のしくみを見いだしていきました。ASK1が酸化ストレスを感知するしくみとして、酸化還元タンパク質の一つ「チオレドキシン」とASK1においてなされる結合と解離が実態にあることを解明。還元型のチオレドキシンは通常、ASK1と結合状態を保っているものの、酸化ストレスの発生により酸化型に変換され、ASK1から解離し、これによりASK1の活性化をもたらすというものです。
またASK1関連では、筋肉が次第に萎縮していく難病「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)の治療薬開発につながる成果も上げています。ALS発症の原因として、一條氏は、活性酸素を分解する酵素「スーパーオキサイドディムスターゼ1」(SOD1)の遺伝子変異型に着目し、これが細胞内の小胞体に存在するタンパク質「Derlin-1」と結合すると、ASK1の活性化を引き起こし、最終的に神経変性をもたらすことを発見しました。SOD1・Derlin-1結合の阻害や、こうして活性化するASK1の阻害による新規ALS治療薬の開発が期待されています。
さらに一條氏は、ASK3についても、ストレス応答機構の解明に向けた研究を進めてきました。細胞にかかる浸透圧の変化に対応する、細胞の「浸透圧ストレス応答」に着目。この応答においてASK3は高浸透圧ストレスで不活性化する一方、低浸透圧ストレスでは活性化し、いずれでも細胞の体積を正常に保つユニークな機構がはたらいていることを発見しました。浸透圧の変化に応じて、細胞の恒常性を維持する機能をASK3というMAP3Kがもっていることを示す成果といえます。
ASKファミリーの研究を通じて、一條氏は細胞のストレス応答の機構を次々と明らかにしてきました。いまなお未解明点の追究を続けているところです。前述の対談をぜひご覧ください。