LF対談
今、誰もが質の高い生き方を求めている…… No.3(1991.7)
脚本家
橋田壽賀子 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長
その選択基準となる公正中立の情報が欲しい
氾濫する健康情報に一喜一憂、振り回されっぱなしの一般の人々。
そんな中で、より質の高い生き方、
よりよい生き方を選択するには何を拠り所にしたらよいのだろう?
こうした基本的な出発点から、今回はライフサイエンスに求められる役割を探ってみました。
ゲストは、国立循環器病センターの倫理委員でもある脚本家の橋田壽賀子さんです。
そんな中で、より質の高い生き方、
よりよい生き方を選択するには何を拠り所にしたらよいのだろう?
こうした基本的な出発点から、今回はライフサイエンスに求められる役割を探ってみました。
ゲストは、国立循環器病センターの倫理委員でもある脚本家の橋田壽賀子さんです。
“情報”と“体の信号”のバランスポイントとは?
橋田 今みんな、自分が生きるってことにものすごく関心が高くなりましたね。病気のまま長生きするのはいや、質の高い生き方をしたいとみんな思っています。
私の主人は2年前ガンで亡くなりましたけど、酒は飲むわ、夜更かしはするわ、仕事のストレスはたまるわ、おまけに野菜は食べないわで、今思うと、ガンになるために生きてきたようなもので(笑)。こんなふうに食生活ひとつにしても、ずいぶん体に対する影響は大きいと思うんです。厚生省も1日32品目食べましょうと言っていますが、よりよい体づくりのためには何が必要なのかとか、細胞を若く保つためにはどうしたらいいのかといったことを、研究者たちがもっと一般の人にもわかるように教えてくださるといいと思うんですが。
岡田 それはなかなか難しい。起こってしまった問題の原因を解析し、処置を工夫することはできますがね。我々の体の恒常性を保つ機構は単純ではないし、さらに個体ごとで微妙な差もありますので。このあいだの湾岸戦争でミサイルを的中させる技術にみんな驚いたわけですが、起こったこと(戦争)に対して力を発揮できるのが現在の科学技術で、戦争にならないようにさせるのは不得手ですね。科学(人文・社会・自然科学)的に手に入れることのできるファクターが、現実を支配しているファクターの量にとうてい及ばないからです。
橋田 つまり、病気にならないようにすることはできないってことですか?
岡田 できないわけではないけれど、なかなか難しいですね。
橋田 じゃあもう、自分自身で(病気にならないような)質の高い生き方をどう選択するかだけなんですか。でも、昨日までいいと言われていたものが今日はよくないということになったり、それに最近、動物性のビタミンAとかEは体に残留するから飲まないほうがいいということも聞きますよね。とにかく情報がありすぎて、もう何を信用していいのかわからなくなってきました。それでもみんな、どうやってうまく生きるかに一生懸命ですから、新しい情報にはすぐ飛びついちゃうんですね。そういうのは私、とっても危険だなあと思うんですが、こんな世の中、どうやって生きていけばいいんでしょうねえ(笑)。
岡田 要は、それぞれの人が流されずに自分の判断でね。
橋田 その判断の基準がわからないんですよ(笑)。結局、原始に帰って、食べたいものを食べる、タバコを吸いたい人は吸う、眠たくなったら寝る。それが一番質の高い生き方なのかなあ……。私の母も、食べたいものを食べたらいいとよく言ってましたね。で、食べたいものを食べてたらこんなに太っちゃって困ってるんです(笑)。
岡田 生き物というのは実にうまくできていましてね。何かが食べたいというときには、その何かが足りないということであって、一つのフィードバックの仕組みなんですよ。で、橋田さんが太って困ったと思われるのも、これもフィードバックがかかってるわけで(笑)。
橋田 いえ、自分では困ってない(笑)。肥満は心臓に悪いとか血圧によくないとか、そういう情報に振り回される悲劇を感じているのであって、それがなかったらさわやかに太ってますよ(笑)。
一番いい生き方のガイドラインがあれば……
岡田 この財団設立のリーダーだった山村雄一先生もガンでお亡くなりになったんですが、その闘病中に、患者にとって最も大切なのは、いかに苦痛をやわらげるかだ、ということをおっしゃってました。財団の名前を「バイオサイエンス」ではなく、「ライフサイエンス」にされたのも先生で、この名前には、いかに最後まで人間らしく生きるか、つまり、いかに質の高い生き方をするか、という先生の思いが込められてもいるんです。実際、ガンの治療にはきついものがありますからね。たとえば放射線の治療ではガン細胞もやっつけるけど正常な細胞も損なうわけで、それによって患者さんの苦痛も増すことになるんですね。
橋田 うちの主人の場合も、ほんと残酷でしたよ、髪の毛は抜けるし、吐きますしね。そこまでしなきゃ生き延びられないのかと思いましたね。
岡田 延命という基準から医者は逃れられませんからね、かえっていろんな問題が出てくるんです。
橋田 いかに生きるかと同時に、いかに死ぬかというのもとっても大事な問題ですね。一番いい死に方ってどんな死に方なんでしょう。いい機会だからぜひ教えてくださいな(笑)。
岡田 それはもう、一般論はないとしか言いようがありませんね(笑)。
橋田 やっぱり個人差でしょうねえ。どんなに苦しい治療でも、一秒でも長く生きたいという人もいるかもしれませんものね。私なんか、50%の質で我慢して15年生きるか、100%の質で10年生きるかといえば100%のほうをとりますね。でも治療をしなかったら、早くて3カ月、もっても数年の命だよと言われると、やっぱり迷うと思う。その迷ったときに、治療を受けるか受けないかを自分で選択できるガイドラインみたいなものがあればいいと思うんですが。勝手に選ぶと、お医者さまに怒られますもの(笑)。
岡田 それが難しいんですよ。最終的には患者さんの判断しだいと言いたいところですが、実際には患者さん自身の選択の自由度はほとんどないんですね。担当医と親族の間で治療の方向が話し合われ、患者は圏外に置かれてしまいますから。僕がガンになってもそうなると思いますよ。
橋田 告知の問題も難しいですね。死ぬとわかってる人に告知はできませんよねえ。私は主人にしませんでした。自分がラクしたいから言わないって部分もあって、すごいエゴイズムだったと思うんですが。
岡田 裏を返せば相手への思いやりという気持ちでもあるんでしょうけどね。
橋田 主人はずいぶん知識のある人でしたのに、自分がガンだということに最後まで気がつかなかった。不思議でしたねえ。肋膜炎の治療で髪の毛が抜けたなんて、友達に自分から電話したりしてました(笑)。でも、これはこれで幸せだったんじゃないかと思うんですね。私は主人を看たおかげで、多少知識がつきましたから、自分がガンになったら告知されなくてもわかると思う。そうなったら、自分で治療法を選べる患者になりたいと思うんですけどね。
橋田壽賀子 氏
脚本家
1925年、ソウル生まれ。日本女子大学、早稲田大学芸術科を経て、松竹に脚本部員として入社。59年からフリーに。「となりの芝生」などの連続ドラマでテレビ界にデビュー。83年のNHK連続テレビ小説「おしん」は、国内はもとより、海外でも大きな反響を呼ぶ。代表作は他に「おんな太閤記」「渡る世間は鬼ばかり」など。受賞はNHK放送文化賞、菊池寛賞、紫綬褒章、勲三等瑞宝章ほか。
ガンは一種の老化現象。偏見を捨てて向き合う時代
岡田 東大の教授で、僕より少し年上の方ですが、自分はガンで死にたいということを言われましてね。これを裏返せば長生きしたいということなんです(笑)。あらゆる病気を克服すると、最後の最後に残るのはガンで、老化に対応してどうしても出てくるものなんです。
橋田 ガンが死因の第1位になったというのは、やっぱり高齢化が原因なんですか。
岡田 そうです。生物というのは子供をつくれる年齢までは生きる。ところが人間だけはそこから先まで生きている。だからガンが多くなるのも当然であってね。
橋田 みんなガンの細胞を持っているというのは本当なんですか。
岡田 計算上では、だいたい100万個ぐらいあってもおかしくない。成人になるまでに1個の受精卵から100兆近くの細胞がコピーされるわけですが、その途上でさらにいろんな環境上の原因が加わりますので、どうしても具合の悪い遺伝子が現われます。それを元に戻す見事な機構も我々の体は持っているんですが、すり抜けるものも出てくる。しかし、すり抜けたものでも、正常な細胞にガードされてガンという表現形を若い間はとらないのですが、個体が老化してくるとそれが動きだす、ということなんです。
橋田 そういう仕組みだったんですか。私たち、ついこのあいだまでガンはうつると言ってましたよ(笑)。だからガンの家系からは嫁はもらわないとかね。こういう偏見はまだまだ根強くありますね。新聞の死亡広告でも、ガンというのを隠される方が多いそうです。主人のときにも、お医者さまが心不全にしますかって訊かれまして、肺ガンで結構ですと言ったんですが、死亡広告でガンと書いてある人、ほんと珍しいくらいですよ。
岡田 直接の死因で発表しますからね。まずそのあたりの偏見から見直しが必要ですね。
橋田 統計的には3人に1人はガンになるわけですから、“ガンになったらどうするかよく考えておきましょう”というキャンペーンをするといいわね(笑)。
質の高い生き方を選択するための情報が欲しい
岡田 当財団では市民公開講座というのを3月から始めておりまして、この5月には成人病シリーズの第2回目として「がん」についてやったところなんです。
橋田 そういうのを、ぜひテレビで放送していただきたいと思いますね。私は循環器病センターの倫理委員をお引き受けしておりますが、このあいだNHKで放映された「脳死」の特別番組を見た友人が「あなたが大阪へ何しに行ってるのかやっとわかったわ」って(笑)。実は私自身も倫理委員になるまで脳死なんて考えたこともなかったんですけど、こんなふうにテレビなんかで公開してくださると私たち底辺のものにもそれなりに理解できて、コンセンサスもできてくると思うんですね。私がこの千里ライフサイエンスに大変興味を持っておりますのはそういう意味で、私たちが知りたいことをここに来ると教えていただけるのかしら、と思うからなんです。そんな形での情報公開もなさるのでしょうか。
岡田 それもいずれはやってみたいと思っております。今の日本の現状では、情報を送る側と受け手の側とのギャップを埋める作業がまず必要だと思うんですね。というのは、専門家の情報がナマのまま流されると、あたかも唯一の真実であるかのような誤解を生みやすい風土が日本にはあるからなんです。だから、ほんとはよくわかってないんだけど、こういう事実もあって、全体の中ではこういう位置づけで捉えられる、というバランスのとれた解きほぐしの作業をしませんと、科学技術と人間との乖離はますます広がっていきますからね。これからの日本はそういう土壌を育てていかなければいけないと思うんです。その手はじめとして市民公開講座を始めたということなんです。
橋田 なるほど、そうですか。今は大学によっても、これがいいというのはまちまちですから、そういうのをジャッジしていただけたら、一般市民としては大変ありがたいですね。
岡田 中立であって、しかも作業はノンプロフィットだと。こういう形が日本で定着できたらいいと思っています。それと、目下建設中の千里ライフサイエンスセンタービルの中に研究者同士がフェイス・トゥ・フェイスの交流をする場としてサロンをつくるのですが、今おっしゃった情報公開の意味も含めて、交流の成果を一般社会にどう還元するかを考えていきたいと思っています。
橋田 政府とも企業とも関係のない中立の立場の機関から情報をいただけたらうれしいですね。そこだけは良識の府、良識のサロンだ、そこの情報は信じても大丈夫ということになればすばらしいと思います。そういうサイエンスのフィードバックがあれば、より質の高い生き方を選択するための判断基準をそれぞれの人が持てるようになると思いますし、また地球を少しでもよくするためにはどうしたらいいのかってこともわかってくると思うんですね。底辺でのそういうコンセンサスはほんとに必要だと思います。
岡田 そのためにも科学者自身が、なぜこういう研究をしているのか、それが人間とどう関わり合うのかといったところを、これからはもっとオープンにしていかなければならんでしょうね。
橋田 ぜひそうなってほしいですね。
岡田 どうもありがとうございました。