LF対談
【理事長インタビュー】
日本のライフサイエンスの大航海時代へ、
いよいよ船出のときが来た。 No.7(1992.8)
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長
「千里ライフサイエンスセンタービル」の竣工特集号で岡田善雄理事長に財団の目指す方向性などをお聞きしました。
ビル自体が外に向かって意志を表現している
――財団の事業活動の拠点となる「千里ライフサイエンスセンタービル」が6月19日に竣工したわけですが、まずそのご感想は。
岡田 実際に建ってみると、「ビルが建つ」ということそれ自体が非常に大きな意味を持つことなのだなと思いました。ライフサイエンスという名前のついたビルができたということは、報道関係の方がいろいろ記事を出してくださったということもありますが、外部に向かって、一つの大きな意志がそこから表現されているという印象を社会に与えたのではないでしょうか。このことは、初めはあまり意識しなかったことですけれど、効果の高い良いスタートが切れたというふうに思いますし、社会もそれを受け止めてくれたのではないでしょうか。
しかし、ここに至る道のりは短くはなかったなという実感もあります。山村先生(故山村雄一・元大阪大学総長)から、このライフサイエンス構想をお伺いしてから、ここに至るまでに7年半という月日が経ってしまいましたからね。山村先生からは、最初、「各研究機関の研究者が自由に交流できる施設をつくって文化事業をやろう」という話だったんです。全体構想としては第3セクターで事業体をつくり、そこにライフサイエンスの財団を設立して財団活動をする。千里地区にはいろいろな施設ができつつあるから、それらのヨコのつなぎを財団活動の中心に据えながら活動していくというものでした。そのときに山村先生の言われた総論はとても良かった(笑)。わかりやすく言うと、建物を造ってテナントを入れてビルを経営する。その利益金で財団活動をやる。それが一番良いのではないかということでした。
財団というのは基金を持ち、その金利で活動をするのが普通ですが、これだとインフレになったら一遍につぶれてしまう。戦前にみんな貯金したり、生命保険にいっぱい入って頑張っていたのに戦後、物価がどんどん上がってそれが全部紙切れになってしまった。山村先生とか私は、そんな時代を経験していますから、「ビル経営の利益金でというのはええ構想やろ」という話だったんです。
私もこれはグッドアイデアだと思ったのですが、現実に各論の段階で、建物の担当の方と企画に入ってみるとそう簡単ではなかったですね。「ビルを造ってその4割を財団が使い、残った6割でビルを経営しろったって無理だ。利益金で財団を運営するなどとんでもない」と言われてしまいました。確かにそれはそうだと思いましたね。結局、皆さんがそう認識するようになり、山村先生がおっしゃっていたような総論とはズレますが、基金をかなり集めて財団を運営していかなければならないという結論に達したわけです。しかし、基金を集めるということはそう簡単なことではありませんでした。残念ながら山村先生の存命中には間に合わず、財団の発起人会を府、産業界の皆さんに協力していただき90年7月にやっと開くことができたのですが、とにかく大変でしたね。その後でもまだいろいろな問題があって、財団の運営と会社のビルの経営上の問題とのすり合わせの中で、計画の修正なども行い、ようやく何とかできたというわけです。
テナントとして入って下さった方々にも、「ライフサイエンス」の持つ意味の方向性をおおかた理解していただいているのではないかと思いますし、「ライフサイエンスセンター」というビルの名前もテナントの方々にフィットしているのではないかと思いますね。ビルの経営がうまくいかないと財団もどうしようもありませんが、まずはビルが経営できるというところまで来たように思います。私は素人で、本当のところはまだ良くわかっていないのですが、だいたいのメドが立って、組織全体としては第一ステップがクリアできたかなというところです。
洗練された高級な雰囲気に慣れてもらうのが交流の第一歩
――ビルの20階、21階にいろいろな機関の研究者の皆さんが「赤ちょうちん」的にフランクに交流できる場として、サロンが開店したということで大変な話題になっていますが、このサロンについて具体的にはどのようなイメージをお持ちでしょうか。
岡田 「こうなったら良いなあ」という理想像みたいなものはあります。立場の違ういろいろな研究者たちが自由に交流できる場になることです。ただ、そこまでいくには幾つかのステップがあるように思います。うまくいかない可能性だってあります。だから、そこへ辿り着く道をどうやって選んでいくかという努力をこれからしないといけない。関係者だけが努力すればすむかというとそうでもないんですね。やはり周囲のニーズとの調和の中で、どれくらいうまくやっていけるかというソフトを持つことでしょう。たとえば大学関係者の方々が、少し高級で洗練された雰囲気の中で自由に集まってこれる場というのは、これまで日本には、ある意味でなかったわけです。外国に行くと、大学教授あたりは、ちゃんとどこかのクラブの会員になっていて、そこで一緒に食事をしたり会話を楽しんだりする。向こうではそれが普通なんですが、日本だとせいぜいホテルに行く程度のことしかできません。どこかのクラブの会員になっていて、会員という資格でお客さんをそこへお連れするというようなことは、日本ではなかなかできる状態ではありませんね。
まずは、現役の大学の先生とかリタイアされた先生、若手の先生方がとにかく集まってこれて、今までになかったような高級で洗練された雰囲気を自分のものにしていっていただく。そうした形から進んでみようということです。初めはお客さんを連れて来たり、ご家族を連れて来たりというところでしょうが、とにかくこのサロンに来ることに慣れていただきたい。それである種のバリアが取れることにより、ご自身が気の向いたときに気楽に来ていただけるようになる。そんな感じが出てきた時点で、今度は何か仕掛けを作りながら交流の場を作っていくということになろうかと思います。
将来像をはっきり見据えて横からコミットする。
――リサーチコアとして産・学・官の関係を、今後どのような形で発展させていかれるおつもりでしょうか。
岡田 産・学・官それぞれが縦形の社会になっていて、系統が非常にはっきりしています。企業にしても自治体にしても大学にしても、どれも管理体系は縦形ですから、そこに第三者の立場で横からコミットするというのは日本では意外に難しいことなのです。しかし、これから先、日本が生きていく道ということから考えてみれば、ヨコ並びの結びつきが必要で、これを分断しかねない問題というのがたくさんあるように思います。今、日本中にいろいろな連合支援型組織ができていますが、実のところ総論ばかりで公式的にすぎます。書いてあることは同じなんです(笑)。この財団の組織は、産・学・官が全部入っているわけですから、具体的に問題点を把握していきたい。よりすぐれた将来のプランとか、問題点も提案したりする中で、具体的にライフサイエンス振興に関わっていくことができるのではないかと期待を込めているわけです。
日本でもサイエンスパークとか研究学園都市構想が多くのところで提案されていますが、どれも行政指導型です。整備計画が進み、容れ物まで用意された最後に、研究者が乗せてもらうというパターンです。これも結構ですが、現役の研究者が活躍している大学、あるいはその連合体が、日本の科学振興の将来への布石を具体的に社会に提示し、それを行政と財界が受け止め、さらに幅広い計画に練り上げて、実現を図るというような逆の道も生まれてほしいものです。大学にそれくらいの活力と責任が生まれてこないようでは、大学の対社会的存在意義はこれから小さくなるばかりでしょう。このビルのサロンでの雑談の中から、このような議論が芽生えてくれば最高です。
もう一つは、科学技術というものはどんどん進歩せざるをえないが、現代は研究者を含め社会に生きている個人と科学技術との間には、ある乖離があります。たとえば地球環境保護という側面で見てみると、それは科学技術との対決という形で皆さんの心の中にある。そこにある問題点をはっきりさせ、人間が生きるということに対するそれぞれの価値観をどのあたりに持っていくかというところまで考慮に入れた上で、医療の問題も含めた科学技術への評価を確立していかなければならないと思っています。
科学技術のプラス面ばかり見ては片落ちだし、マイナス面ばかり強調しても具合が悪い。日本が科学技術立国を標榜するかぎりは、しっかりした論理的根拠を踏まえて、全体像を考える習慣を日本に根づかせねばならないでしょう。当財団では、この科学技術との乖離の幅を縮める事業を市民公開講座として行っています。ビルができたのでこの活動も本格化できます。現在の日本の社会組織構造の中では担当しがたいこのような分野を埋めていくのは財団活動として意義深いと信じているわけです。
大きな若い力を芽吹かせるために
――財団発足以来、研究費の助成や国際交流の助成など各種支援活動をされて来ていますが、今後の方向性あるいは範囲についてはどうお考えでしょうか。
岡田 これに関しては、「もう少し予算があれば」というのが本音です。それには基金がいるわけですが、もう少し多くなれば本当にありがたいと思っています。統計的に見て、研究費が多いほど、研究は早く進むものですからね。助成の方法としては、基本的には若い研究者の方をエンカレッジしていくという精神でやっています。日本には研究助成を行っている財団は意外にたくさんありますが、それでもアメリカの10分の1以下でしょう。それぞれの助成の規模もアメリカのほうがずっと大きい。当財団も今はある幅の予算しかありませんので、そこから方向性を決めざるをえません。したがって、ライフサイエンスという大きな幅を対象にしたところではなく、バイオサイエンスという分野から、若手の人の中から「これは芽が出てきたかな」と思える研究をされている人を選んで近畿に限らず全国的に行っています。何しろ活動を始めて間もない財団なので、まだ大きな力にはならないのですが、将来を考えると大きな意義があることと思っています。
助成金は自由に使っていただければいいと思っています。選んだ後はその人にお任せするわけですからリスクはありますが、それはそれでいいと思っています。「こういうふうにやろうと思ってやったけれど失敗であった」ということになってもいいと思う。クリエイティブな仕事をやるということはリスキーなものなんです。必ず完成するという仕事にだけ助成するというのであれば大したことはありません。リスクを覚悟して援助することが大切だと思っています。
「千里生命科学賞」という賞を設けるというのが事業計画の中にありますが、今は検討中で、皆さんと相談を重ねているところです。いずれにしてももう少し基金が集まってくれると、そこのところの余裕ができるんですが。ですから、今後は関係方面にも積極的に協力をお願いしていきたいと思っています。
岡田善雄
(財)千里ライフサイエンス振興財団理事長
1928年、広島県生まれ。52年大阪大学医学部卒業後、阪大微生物病研究所助手、助教授を経て72年教授に就任。1982〜87年細胞工学センター長。91年4月より大阪大学名誉教授。同時に岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所評議員等を務める。専門は分子生物学で、特殊なウイルス(センダイウイルス)を使うと細胞融合が人為的に行われることを発見、57年に世界初の細胞融合に関する論文を発表し、世界的な反響を呼ぶ。これらの先駆的業績により、朝日賞、武田医学賞、日本人類遺伝学会賞をはじめ数々の賞に輝き、87年には文化勲章を受章。
現役の若い研究者の積極的な参加が活力になっている
――財団活動の大きな目玉の一つになっている「千里ライフサイエンスセミナー」や「市民公開講座」あるいは「シンポジウム」などは、ビルの竣工でいよいよ本格的な活動に入っていくわけですが。
岡田 財団が設立されて2年間、一生懸命やってきましたね。大変だったのは会場関係のことでしたが、ビル竣工でそれもなくなりますから、これからはそういう苦労が減ってやりやすくなるだろうとホッとしています。どんなテーマを取り上げるかについては、大学関係の現役の方にずいぶん無理をお願いしてやっていただきましたが、皆さん熱心にやってくださっているので、何とかこのまま続けていければありがたいと思っています。
最初は、シンポジウムなどはすでに日本中でたくさんされているので「屋上屋を架す」ような形のものになりはしないかと少し心配していたのですが、やってみると若い人がたくさん参加してくれましたので、大きな意味があったと改めて考えさせられたというのが本音です。今の形で今後ずっと続けていけるなら、これはこれで大成功。それ以上のことはともかくとして、今の段階では安定路線の中を走っているのではないでしょうか。そんな感じがしますね。
また、具体的な企画に、現役の大学関係の人が参加してくれるということが定着してきたというのも面白いところです。といいますのも、今まではシンポジウムなんかは企画会社が企画を立て、大学教授あたりに連絡を取って開くというのが通例でしたが、そうではなく企画自体を大学の現役の人たちがやってくれるというやり方で定着した例は意外と少ないのです。それが何とかそういう形でやっていけるようになりましたし、大学の現役の皆さんもノッて積極的に参加してくださっているのでありがたいですね。
地の利を徹底的に生かした基礎学問の発信基地をめざす
――研究プロジェクトの具体的なものとしてたびたび発表されている「霊長類の脳の研究」、特に「前頭葉機能の観察」を軌道に乗せたいと考えておられると伺っていますが。
岡田 この千里ライフサイエンス振興財団の組織を企画するとき、故山村雄一先生の指示は「当財団は日本の将来への布石のソフトを担当する頭脳集団、そこから生まれるハードは茨木丘陵に計画されている国際文化公園都市で実現させる」というものでした。その一つのソフトとして取り上げたのが、これです。取り上げた理由は二つあります。第一は純学問的な意味で、第二は「地の利」を踏まえてということです。
脳の中で、前頭連合野はヒトに特別に発達した脳組織で、思考、判断、推理、想像、意志、情操、欲望といったヒト特有の精神活動を担うところです。このような組織をどうしたら理解できたことになるのか、誰もわからない。今までの研究経験からは、方法論すら五里霧中といった、とてつもなく難しい研究対象です。
自然科学の一般的方法論というのは、物理にしても化学にしても、現象をできるだけ単純化して、法則性を探ろうというものです。生物学も複雑な生物現象を単純化し、遺伝子を中心とする分子生物学として、その完成の頂点に達しているのが現在です。この研究の思考法を専門用語一言でいえば、複雑な生物現象を「線型問題」に分解して取り扱う工夫で成功したのが、現在の分子生物学なのです。「線型問題」というのは、「一つの問題に解答が一つしか出ないような問題」と思ってください。しかし残念ながら、分子レベルではなく、生きている生物そのものが実際に見せる現象は「非線型」、しかもその「多体問題」なのです。例をあげて説明しますと、一卵性双生児はまったく同じ遺伝子セットを持っていますが、もしも生物が線型反応で生きているのだったら、この双生児は死ぬ日も一緒であるはずですが、そうはなりません。もっと理解しやすい例は、脳の機能です。同じ話を聞いた後、面白かったと思う人、つまらないと思う人、人それぞれで受け止め方が違うし、同じ人でもそのときの状態で違いますが、それは脳機能が線型でなくて非線型だからです。ややこしい話になりましたが、脳の機能、特に前頭連合野の機能は非線型そのものであるところに、今までの研究方法がほとんど使えない難しさがあります。まったく新しい考え方を要求するテーマなので、若い研究者に研究意欲をかきたててほしいというのが取り上げた第一の理由なのです。
先日あるフォーラムの企画委員会があり発言したのですが、日本は基礎研究に対し「ただ乗り」だと外国からも言われ、また日本人までもが言う。経済大国になった日本は基礎研究の発信基地になろうとの大合唱も起こっている。戦後は確かにアメリカにおんぶしてもらったものです。日本からもヨーロッパからもみんながアメリカに行って研究をし、その成果を持ち帰ったわけです。アメリカが中心であり資金も出し、研究という歯車をアメリカが回転させてくれていたんですね。それに連動して日本も動き、ヨーロッパも動くという時代があったわけです。結局、基礎学問の発信基地というのは、そういう歯車とそれを動かす原動力を与えるところです。「ただ乗り」と言われることに抗して、日本が新たに発信基地としてのそういう場所をどうやって設定するかというのが、今後の一つの大きな課題だろうと思います。
私の経験からいって、日本の研究も立派なものが出てきてヨーロッパやアメリカから若い人が研究したいということでやって来る、そういう研究室が増えてきました。しかし、残念ながらその人たちが国に帰って「日本で研究してきた」と言っても社会的な勲章にまだなりがたいのです。ですから、研究が少し進んでいるというだけで外国の研究者を呼ぶのは難しいわけです。優れた研究者を日本に呼ぶために、これから考えなければならないのは「地の利」だという気がします。欧米でやるより日本でやったほうが地の利が非常に良いという基礎研究がもしあったら、それを選定し、そこに資金をたくさん出すのです。そうして、そこで歯車に回転を与えることで、外国からも優秀な人たちが集まって来、一緒に研究する。これが日本が発信基地となっていくためのスタートとしてやれる一番のものだろうと思っているので、そんな発言をしてきたわけです。
そんな研究の一つとして脳研究があります。先進諸国の中で日本にだけ猿山があって、野生の状態で猿社会をつくっています。さらに日本で最も地の利があるのが、この千里・茨木丘陵と言えます。日本中から老化に伴う患者さんが来院する国立循環器病センターや大阪大学医学部があり、バイオ関連の研究所が集積し、その隣の箕面の山には野生の猿が生活しています。ここに脳研究のセンターを置いて、世界の俊秀に集まってもらって研究の歯車をまわしたい。これが第二の提案理由です。
日本も、最近では国際的な大型プロジェクトをやっています。たとえば今度も、日本が全額出資して、ハワイ島のマウナケアという山に大型の望遠鏡をつけて研究所をつくっていますね(予算約381億円、8年計画、1998年完成予定)。あれは標高4000mくらいの山で、雲がその下にくるから良いという地の利があったからやっているわけです。考えてみると、研究というものはどれもそういう地の利があるところから始まって、発信基地としての地盤を固めてきたんですね。
EYES
いざ、いのちの海のコロンブス。
ライフサイエンス分野の中枢となるインテリジェントビルが完成。
生命科学交流の推進拠点。千里ライフサイエンスセンタービル
(財)千里ライフサイエンス振興財団の活動拠点「千里ライフサイエンスセンタービル」が2年半の歳月をかけて完成。去る6月19日、約400名にのぼる関係各方面の方々にご参加頂き無事、竣工式を挙行致しました。
大阪都心へはもちろん、国内外の主要都市へのアクセス起点である新幹線、空港、高速道路にきわめて便利な千里中央に立地する千里ライフサイエンスセンタービルはライフサイエンスに関する情報の受発信基地としての性格を備えたインテリジェントビルです。地上21階、地下3階建で、高さ96m。ライフサイエンスの総合的発展のために分野を越えた交流の場を提供するビジネスインキュベータ、同業種、異業種による共同研究プロジェクト等の開放型研究室オープンラボ、学会、講演会、各種式典から国際会議まで対応できるライフホール、サイエンスホールや主にライフサイエンス関係の展示の場を提供するプラザ展示場などを完備。ライフサイエンスの情報受発信拠点として、立地条件、施設・設備、ソフト、すべてにおいて国際的なセンター機能を果たすことを目指しています。
千里地区は1970年の万博博覧会で、その名を世界にしられたところですが、その跡地には国立民族学博物館を始めとする文化施設が充実し、さらに近年はライフサイエンス系の研究機関が世界に例を見ない程集積しています。そして今、千里はライフサイエンスの受発信基地として世界のSENRIを目指して生まれ変わろうとしています。