LF対談

こころのコミュニケーション No.10(1993.5)

国際日本文化研究センター教授
河合隼雄 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

心理学は自然科学なのか?

岡田 河合先生は、学生のときは数学を専攻されていたそうですが、それがまたどうして心理学のほうに移られたんですか。

河合 それ、よう聞かれます。

岡田 まず、それから教えてください。

河合 もういろんな答えがあるんですけど、一番公式的な答えを言いますと、僕は数学を愛したけど、数学は僕を愛さなかった(笑)。まあ、冗談じゃなく、軍人になりたくなかったこともありましたが、自分では数学がよくできると思ったから京大の数学科に入学したんです。でも、数学は特殊でね。大半の学生は入学した途端にダメだということがわかる。先生ももうはじめから期待してないんです。
それで、次は何をしようかと、当時、一緒に下宿をしていたサル学やってる兄貴(日本モンキーセンター所長、日本福祉大学教授・河合雅雄氏)に相談したんですが、兄貴はこう言う。「動物はええぞ、何にも才能がなくても根気で観察してたらなんとかなる。他人がハエやっとったら、自分はゴキブリやったらええ」(笑)。ところが、数学はそうはいかない。できるやつは全部できるし、できないやつは全然ダメ。僕は京大の学部だったらどこでも入って卒業するくらいのことはできるけど、一流にはなれない。でも、自分の資質からみて高校の教師だったら一流になれる、というのが2人の結論だったんです。で、日本一の高校教師になると豪語して数学教師になったんですが、そうしたら、もういろいろ生徒が相談しにくる。そのとき僕は自然科学万能ぐらいの気持ちがありましたから、科学的に正しい答えを言わないのは無責任だと思っていた。それで、科学的に正しい答えを出せないかと考えて心理学を勉強しはじめたんです。

岡田 そうですか。ものすごく真面目に取り組まれたわけですな。

河合 今でもそうですけどね。真面目の上に不がつくだけで(笑)。真面目なことは一貫している。それで勉強しだすと、心理学は自然科学であるのかというのが、僕にとっては問題になった。ところが、アメリカに行った頃、アメリカ人はみんな精神分析を科学だと思ってるんです。これはどう考えてもおかしい。というのは、精神分析の理論はある人が自分のことを考え、その人なりの解決策を見つけるのには役立ちますが、それは他人にそのまま「適用」できるわけじゃない。そんなふうに言えるようになるにはずいぶん長くかかりました。

自然科学の弱いところ

岡田 実は、この財団をつくった山村先生(元大阪大学総長・故山村雄一氏)が最初から言われていたのが、ライフサイエンスとは心も含めてのサイエンスということでした。山村先生はガンで亡くなられたのですが、その間の闘病生活の中で感じられていた問題が背景にあったんだと思います。先生は基礎医学者であり、臨床医でありと非常に幅の広い方でしたが、それに加えて患者の立場をも踏まえてのものだったのではないでしょうか。

河合 人間の生命を扱うライフサイエンスで非常に難しいのは、生命あるものと生命を扱うものの間に「関係」が生じることです。たとえば、人間の心を扱うときには、誰がどんな態度で扱ったかということが大きな意味を持ってきます。しかし、自然科学はその「関係」を切り捨てることによって成立してきたのだと思います。

岡田 そうですね。

河合 考えてみたら、これは西洋人の偉大な発明だと思う。こうすれば、こうなるというような因果関係を対象から見つけ出すことによって、自然科学はどんどん発達してきました。それが、今度は人間自身の生命を研究の対象としなければならなくなって、今までとは方法論が変わってこざるをえなくなったんでしょうね。

岡田 医者もガンの患者さんや、老齢者の方との対応の中で、やはり「生きる」という問題をまともに考えないかんということになってきています。けれど、これ自然科学じゃなくて下手をすれば小説になっちゃって(笑)。

河合 さらにもう一つの問題は、最近やっとわかってきたんですが、さっき言ったように僕のような仕事をしている人が自分は自然科学をやっていると錯覚している。これは怖い。端的にいいますと、子供さんが学校に行かないとしますね、そうすると、これは母親の育て方が悪いんだと。これはすごく因果的な発想で、実際はそんなに簡単なものじゃない。確かに母親が過保護のため学校に行かない子供もいるでしょうけど、行ってる子供だっていっぱいいます(笑)。だから、これは自然科学ではない。
自然科学ならば過保護の場合、子供はすべて学校に行かないことになる。そこのところを間違うと、学校へ行かない子供さんを持つ母親が来ると、すべて「あなたは過保護だろう」ということになります(笑)。力学の法則では例外はないわけですから。ある人が自分の子供のことについて深く考え入ってよい結果が得られても、さっきの精神分析の話と同じで、それは他人に適用できないんです。

岡田 ある意味で自然科学というのは、非常に単純明解ですね。

河合 単純明解です。で、その単純明解を積み重ねると、ちゃんと月まで行って帰ってくる。すっごいことですよ。それで、僕のところに相談に来られた学校に行ってない子のお父さんが、「これだけ科学が発達してるのだから、ボタン一つで人間が月に行って帰ってくるように、うちの息子を学校へ行かすボタンはないんですか」と(笑)。

岡田 自然科学の弱いところをよくついた話ですね。たとえば、自然科学的に生物の仕組みを研究するときにこれまでどうしていたかというと、仕組みの中で非常に強く特異的に反応するものだけを対象にしていたんですよ。ところが、他に弱い反応もいっぱいあるわけです。それを無視できないことが実験的にもわかってきました。

河合 きれいに因果関係が想定できるものだけを取り出してきて、それがあまりにうまくいくものだから、それがリアリティだという、すごい思い違いをしてきたわけですね。

岡田 だから、今は大きな転換点にきています。

ライフサイエンスと心理学の接点

河合 そうした因果関係に基づいた自然科学の方法論は、テクノロジーに一番直結しやすい。ところが、生物というのはそう簡単にはテクノロジーに行き着きませんよね。

岡田 そうなんですが、こうも言える。たとえば外科で胃を切っても、ちょこちょこっと縫っただけで繋がるというのは、そのメカニズムは知らなくても、経験的に生物はそんなもんやとみんな信用していたわけです。そういうふうに医療では、生物の許容度の広さを今まで無意識に利用していた。それと今の、たとえば遺伝子の研究に代表されるような分子生物学が別口で流れていて、その接点をどうするかなんですが。

河合 ちょっと極端な言い方をしますと、医療というのは今まで長くつちかわれてきた医療の知恵をいっぱい生かしてきた。ところが、分子生物学があまりきらびやかになると、医療の知恵を捨てて自然科学の知恵のほうにばかりお医者さんが傾いて、それで、今いろいろ問題が起こっている気がする。つまり、今まで信用してきた生物の許容度の広さを無視して、自然科学的見地からはみ出す現象を否定してしまう。でも、たとえばガンでは絶対変なことが起こってます。お医者さんから言わせるとあっては困るというようなことが。

岡田 治ってしまうとかね(笑)。

河合 それがガンの特徴の一つだと思います。実際、非常に不思議なことが起こるのがガンなんです。ところが、それに乗じて「こうすれば、ガンは治る」というエセ自然科学が出てきてしまうからまた困るんです。

岡田 そうですね。

河合 だから、そういう自然科学的には非常に不可解なことを例外として無視しないで、誰かが科学者の目できちんと研究しなければならないんじゃないかと思う。

岡田 今の自然科学はオール・オア・ナッシングでずっときました。今の方法論では、身体をうんといじめてガンとどちらが強いか競争させるわけです。それで、ガンのほうが強かったらしょうがないと(笑)。これが、今の一般的治療法なんですが、さまざまな問題が出てきています。たとえば、ガン患者一人ひとりを対象としたとき、どう対応することがその人にとってハッピーなのか。クオリティ・オブ・ライフだとか、心理的な問題も含めて心理学と自然科学的方法論の接点を結びつけることができていない。

河合 僕は、実際のガンの患者さんとか、心身症の方ですとか、そういう何か個人的、具体的な事実を接点にするとお互い話ができるかなと思っています。

 

  河合隼雄 氏

河合隼雄 氏

国際日本文化研究センター教授

1928年、兵庫県生まれ。52年京都大学理学部卒業。65年スイスのユング研究所よりユング派精神分析家の資格取得。帰国後、日本のユング派心理療法を確立。75年京都大学教育学部教授。88年国際日本文化研究センター教授を兼任。92年京都大学を退官。95年国際日本文化研究センター所長。02年文化庁長官。『河合隼雄著作集』全14巻など著書多数。受賞は紫綬褒章、文化功労者ほか。

自分の道が見つかれば治る

岡田 今はテレビの世の中です。僕らが子供の頃は子供同士の集団の中でよく遊んだものですが、テレビとばかり対面するような子供たちの深層心理を含めての変化から、ゆくゆくは困った社会になることを予測しておかないといけませんか。

河合 そのへんは、もう一つ明確なことは言えませんけど、ただ深いところまでいくと人間はなかなか変わらないものです。表層はすぐ変わりますけど。

岡田 そうすると、いろいろ困った子供さんがいても、ちゃんと元に戻らせることは可能だろうと。

河合 はい、そう思うからこの仕事をしているようなところがあります。

岡田 そりゃあ、安心ですな。

河合 たとえば、不登校という現象が増えてきているという点では変わってきていますが、そういう問題を起こす子供は時代の先端を行っているんだと、僕はよく言っています。別に他のみんなと同じことをしなくてもかまわないじゃないですか。人間というのはいろいろ現代的問題を引っ被って生きているんですが、どう生きていくかという生き方に注目するとあまり変わっていない。大丈夫だというか。だから、僕らは学校に行ってない子がいても、学校に行くようにとは少しも言わないんです。

岡田 それは素晴らしいことですね。

河合 その子が自分で生きる道を見つけると、たいてい学校に行くようになります。それが面白いところで、それを僕らが手助けできれば。そりゃあ、簡単にいかない場合もあります。難しい子だったら4年も5年もかかります。でも、5年くらい遅れたって見事に生きてる人はいっぱいいますよ。要するにせっかく学校に行かなくなったんだったら、それを生かそうと思ってるわけです。感激することがありますよ。その子のためにお父さんもお母さんもみんな変わっていきますから。

岡田 わかるような気がします。

河合 この間も冗談で言ってたんですが、「あの子が学校に行かなくなったおかげで、これだけ家中で話し合いができる。こんな家庭は日本でも少ないのと違うか」と。普通の家は子供が学校に行ってくれているために、家族の対話もせんでいい(笑)。どっちが本当にいいのか、わからなくなります。

岡田 難病の患者さんがいらっしゃる家族も一緒ですね。本当に大変だろうと思いますけど、もう家族中で取り組んでおられます。

河合 その中で、家族が体験する心の交流は他の人にはなかなかわからないでしょうね。

岡田 とてもわからない。その深さまでは。

河合 たとえば、知恵遅れの子供さんを持っておられるお母さん方と話していても、「この子を持って幸せだった」と言われます。「この子のおかげで、これだけ深い体験ができてよかった」と。それを聞いて、僕はとてもうれしいわけです。けれど、それから1年ぐらい経つと「あんな子はいないほうがよかった」とも言われます。それは以前の言葉を否定しているわけじゃなくて、また段階が深まってきたんです。

岡田 そう理解すべきですか。

河合 ええ、「あの子を持って自分もよかった」と言われたところで終わったように思うのは大間違いで、そんなに単純に悟れるものではない。「いてよかった」が「いないほうがよかった」になって、また「いてよかった」になって深まってゆく。人生なんぼでも続くんですから。

岡田 確かにそうですね。

河合 以前よりどう深まってきているかということが大切なんです。

オープンな意識で患者に接する

岡田 河合先生と患者さんとの心の通い合いというのはどうなんでしょうか。

河合 そのへんは、まだよくわからないんですが。ただ、僕らが経験的に思ってるのは、僕が今、岡田先生とお会いしてるのと、患者さんに会うときでは自分で心の状態を変えます。岡田先生とお話するときには、この対談をしなくちゃならないという意識があります。患者さんに対してはもう何もなくなります。要するにものすごくオープンな意識になるわけです。

岡田 そうですか。

河合 たとえばノイローゼで困ってて、どうしましょうと言われても、「そんなの治ろうと治るまいと勝手や」というぐらいのオープンな気持ちで会ってるから、逆に相手も心が揺らいだりして、治療に近づいていくんじゃないでしょうか。

岡田 ああ、わかるような気がします。しかし、やる気のある人にはいろんなことができると思いますが、「もうやんペ」という人にはどうすればいいんですか。

河合 僕らの才能というのは、やる気のない人とか“やんペ”という人に対してでも希望を持ち続けられることです。それがないとダメですね。なかには、こういう人もいます。「放っておいてください」と言うような人が。

岡田 そうでしょうね。

河合 「死んだほうがましや」と言う人がいるでしょう。それはメロディなんです。でも、低音が聞きたい。低音が聞けないといけないわけです。それで、よく聞いていると、「生きたい」というのが密かに聞こえてくるんです(笑)。
何回も同じ患者さんと会ってると、言ってることは全然変わらなくても服装が次第に変わってきたりもします。もうむちゃくちゃな服装で来てたのが、いつのまにか折り目のついたズボンをはいてくるようになるとか。だから、細かいところを見る目も必要です。それに徹底して聞き役にまわることも大切ですね。聞き役に徹底していると、その人が自分自身で問題を解決していくものなんですよ。

岡田 どっしりと座って、聞いてないといかんわけですな(笑)。

河合 辛抱して聞いてると、声なき声が聞こえてきますのでね。

岡田 今日は興味深いお話を聞かせていただき、どうもありがとうございました。

 

EYES

こころのコミュニケーション 学校を離れてゆく子どもたち

子どもにとって「心の居場所」となる学校づくりを目指す

「学校嫌い」を理由として1年間の50日以上欠席した児童・生徒を「登校拒否者」といい(文部省による)、その数は、昭和41年度に統計をとりはじめて以来、毎年確実に増加しています。

登校拒否が教育・社会問題として大きくクローズアップされはじめた昭和50年代の半ばから今日まで、その原因についてはさまざまな意見が述べられました。親の子育ての誤りが原因であるとする意見や、管理教育を推し進める学校・教師の側にその主因があるとする主張、また義務教育そのものを疑問視する声など、それぞれの立場からさまざまば「責任論」が論ぜられたのです。

しかし、問題解決への手がかりさえ見出せないまま、登校拒否の児童・生徒は年々増加の一途にあり、平成3年度の登校拒否者数は、小学生9645人、中学生4万3711人です。これは昭和41年度に調査が開始されて以来最大のものとなっています。また、欠席日数を「年間30日以上」とすると、小学生では約3000人増えて1万2637人、中学生では1万人以上も増えて5万4112人に及んでいます。

平成4年度の文部省編「わが国の文教施策」いわゆる教育白書でも、登校拒否の原因については次のような指摘にとどまっています。「登校拒否の原因・背景は、学校、家庭、社会のそれぞれの要因が複雑に絡み合っていて、明確に特定することが困難であることが多い。また、その態様も、無気力のタイプ、不安を中心とした情緒的な混乱のタイプ、遊び・非行のタイプ等まちまちである」

登校拒否と並んで大きな問題となっているのが、高校中退者の増大です。平成2年度の高校中退者は12万3529人に達しています。これを平成元年度の中退者数12万3069人と較べてみると0.4%の増加を示しています。

高校中退の主な理由としては「進路変更」38.9%がもっとも多く、「学校生活・学業不適応」26.6%の順となっています。「進路変更」の中では「就職を希望」がトップで66.2%、また「大検受検を希望」が2.4%もあるのが目をひくところです。

登校拒否の増加に対して文部省は「学校不適応調査研究協力者会議」を平成元年に発足させ、平成4年3月に最終報告書をまとめています。報告書では、登校拒否問題はどの子どもにも起こりうるもの、という前提で考えるべきであると、その対策としては、
①学校が児童生徒にとって自己の存在感を実感でき精神的に安心していられる「心の居場所」としての役割を果たすことが重要である。
②一人一人の教師がこの問題についての認識理解を深めるとともに、校長がリーダーシップを発揮し、校内の体制を整え、全職員が取り組む必要がある。
③保護者に対する啓発・支援に努めるとともに、家庭・地域社会と連携。協力した対応を図る。
をあげています。

高校中退者に対しては「単位制高校」(平成4年4月現在、公立31校・私立5校)の認定や、現行の高校の教育コースに「総合学科」(平成6年度より)を新設する、などの対策をたてています。

単位制高校は、現在、定時制・通信教育というコースで行われ、中退時までに取得した単位に累算される仕組みになっています。総合学科は、現在の普通科コース、専門学科コースの新たに生徒の主体的学習に重点をおいたコースを新設し、普通科・専門学科の科目を自由に選択履修できるようにしたものです。

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