LF対談

「競争」と「共生」 −新たな文明論の視座を求めて− No.13(1994.5)

住友電気工業(株)取締役会長(現在は同社名誉会長)
川上哲郎 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

国際化の進展と競争原理

岡田 このところ国際経済において「競争原理」という言葉が盛んに言われてますが、実は研究のほうでもそうでして、文部省の会議などでもっとコンペティティブにやろうという話がしょっちゅう出てきています。しかし、今は一人で研究できることってないんですよ(笑)。だから、あまり競争原理というと組織自体が成り立たないところがあって、いつも抵抗感をもって聞いているんです。
いつだったか、日本の終身雇用制がアメリカでも意外と見直されているという話を聞きましたが、そうすると研究のほうがお互いに気持ちを合わせて仕事をするという訓練がまだ行き届いていないのかなと思ったりもして。川上会長も新聞紙上で終身雇用制を含めいろいろなことを書かれてました。そこで、今の国際社会の中での日本型の組織の持つ「和」の問題など、デメリットもあると思うんですが、そのあたりのお話をしていただければと思います。

川上 はい。第二次世界大戦が終わってもう半世紀近くになりますが、経済・経営の側面からいいますと、朝鮮戦争があった1950年がだいたい日本の経済成長のスタートラインになっています。それまではものすごいインフレで、国家財政も企業経営も大変でした。1949年にはドッジラインという大変な引き締め策がありましたし。

岡田 ドッジラインは49年でしたか。

川上 はい。そのとき、今のトヨタや日産も倒産寸前までいきまして、東芝や日立もそうですが人員整理で大変な労働争議がありました。経営陣としては労使問題というのが大変重要になったんです。それで、できるかぎり雇用を保障しようという日本型経営がだんだんできてきます。年功序列型の賃金体系もつくられるようになった。そのあと高度成長に入って経営状態が安定し、今日までその日本的な経営が引き継がれていきます。統計的にいいますと、1950年の雇用者数は1260万人で、90年には5000万人になってます。今は5200万人くらい。だから、40年の間に4000万人も増えています。こんな国は歴史上、世界のどこにもないんです。それは、いろんな要因があったと思いますが、労使の協力とか、あるいは先輩、後輩の協力とかがまあ大きかったと思うんですね。

岡田 そうですね。

川上 また、経済・経営の発展には技術革新を前向きにとらえたことも大きかった。オイルショックのあと、それまで欧米からの導入技術だったのが、生産技術とか工業技術では欧米に追いついた。さらに70年代から80年代には模倣を脱して情報通信技術が生産の現場に入ってきました。それが、ヨーロッパと日本の違う面で、ヨーロッパではそれほど顕著ではなかったのです。自主研究とか創造研究とか、あるいは産官学の協力とかが80年代に大変成果を上げたんです。

岡田 はい。しかも、今のお話を聞くと、日本のほうが先に走ってたんですね。組織作りにしても、戦後の苦労から生まれた一つの組織化というのがあって。

川上 日本型の組織がたまたま追いつけ追い越せに適応していたんでしょうが、研究者・技術者レベルでも生涯ある意味で保障されているというのは、大変な支えになっていると思うんです。研究をやるにしても。年功序列といっても、一般に言われているように誰でも昇進できるわけでなく、やっぱり優秀な人は新しいテーマに取り組んでますし、そうでない人は外しています。私どもも競争の世界にいるわけですから。日本はそのへんの組織作りが割合うまくいってたんではないでしょうか。そうでなければ、ここまでにはならないと思います。

岡田 ずいぶん苦労があったと思うんですが、結果的にはうまくいったということですね。しかし、今不況の時代と言われてますが、これは今までの流れが少し変わるべきだということを意味してるんでしょうか。

川上 やっぱり変わっていかなきゃいけないでしょうね。日本の製品が世界各国にあふれ、アメリカの工業製品も日本に席巻された分野がずいぶんあります。先の雇用の問題からいうと、アメリカはこの10年間ちっとも雇用が増えてない。だから、これからの日本はやはり他の国とのバランスをとりながらいかざるをえないでしょうね。

国際化の歪みと生物の多機能

川上 しかし、今の不況は大変進行しています。自動車や家電など大量生産の権化みたいなものがアジアへ出ていっています。アメリカと日本の産業構造は違うのですが、やはり最も競争力のある製品の為替レートがすべてを支配するような仕組みが問題ですね。日本の製品も1ドル100円ばかりでなく、200円とか300円とかじゃないと競争力のないものがいっぱいある。食糧やお米などはそれでも対抗できない。競争力の強い先端技術の分野ですべての価格が決められるというのは非常に大きな問題があります。

岡田 あるでしょうね。国際化が進んで世界が日本の製品で寡占化されるようなことがこれからもあると思うのですが、逆に日本の水産業や農業という一次産業は寡占化の中で消えていってしまう。ほったらかしにしておきますとね。本当のことをいえば、日本は自然もあって雨も多くて非常に恵まれているのに、ただ、円が高すぎるということだけで(笑)。そうすると国際化の流れにはどこか歪みがある。なんかある。

川上 私もまったく同じ意見です。

岡田 その寡占化というのは、実は非常に脆いもので状況が変わったときにはもう変更できないと思うんです。生物との対応でいいますと、生物というのも多様化で大きくなって来たものなんです。だから、国際化もほったらかしにしておかないで、なんとか工夫して多様化の方向にもっていかなきゃならない時代が来ていると思います。

川上 そう思いますね。

岡田 そして、このような状況にどう対応するかということなんです。このあいだアメリカのベンチャーキャピタルの人に「日本では非常に大きな組織がピラミッド型になっていて環境の変化に変わり身ができないようになっている。アメリカあたりのベンチャービジネスをとりこんで柔らかさを出していかないと日本というのは意外に脆いかもしれない」と言われました。確かに日本では、ベンチャービジネスをやっていくことはいろんな意味でなかなか難しいものですが、日本の大きな企業組織はそれもうまく取り込んで柔らかさを保っているように思うのですが、どうでしょうか。

川上 いや必ずしもそうは……。これまでは先ほども言いましたように全体のレベルアップはできたのですが。それが今、壁にぶつかっています。確かにおっしゃるように脆さがあります。

岡田 そうですか。

川上 たとえば、私どもの姉妹会社にあたるNECの例なんですが、一昨年頃ですが、NECの方に「外国の低価格のパソコンが出てきて、NECの『PC98』もそれに対抗しなくてはいけませんね」と言ったことがあります。その頃は、外国のパソコンに日本語のソフトが対応しないので大丈夫ということだったのですが、その後、マイクロソフト社の「ウインドウズ」という英語、日本語の相互の変換が素早くできるソフトが出たんです。NECもそのソフトと提携したのですが、ソフトの面ではアメリカのベンチャーに日本側が大苦戦しています。これは、もはや大量生産の時代ではなく、これからはソフトとハードが一体になっていかないといけないということでしょうね。

岡田 しかし、これから先どうなるんですかね。文明論というのが、僕はよくわからんのですけど(笑)。

川上 そのへんは、私もよくわからないですけど。最近、共生の理論とか出てますけど、どういう棲み分け、どういう国際的な分担になるのかがおそらく21世紀にはっきりしてくるんでしょうが、それまでの過渡期がむしろどうなるのかということですね。

 

  川上哲郎 氏

川上哲郎 氏

住友電気工業(株)取締役会長(現在は同社名誉会長)

1928年、兵庫県生まれ。52年東京商科大学(現・一橋大学)卒業後、住友電気工業(株)入社。取締役経理部長、常務取締役、専務取締役を経て、82年社長、91年取締役会長、99年より相談役、のち名誉会長。政府税制調査会委員、財政制度審議会委員を歴任。関西経済連合会会長なども務め、関西経済界では屈指の論客として知られた。受賞は藍綬褒賞、勲一等瑞宝章ほか。

複眼的な文明論の見方

岡田 環境の問題とか、人口の問題、文明の問題とかいろんなものが混在していますが、そこには二律背反的なものが確実に存在してます。それで、まずはある特定の方向から問題を考えていかざるをえないんですね。

川上 そりゃもう論理的に詰めていくと、そうならざるをえない。

岡田 でも、その方法論で今の生物学、微生物学を考えていきますと、これは脆いものになってしまいます。生物には10万近くのいろんな分子があって、それで非常に特別な反応をうまく分担してやっています。しかし、実験ではその中で一番反応が強くて認識できるものだけをピックアップしてやらざるをえない。除外したものが、実は面白い反応をしているかもしれないのですが、これは実験系にはかからないんです。このように実験しやすい一つの場面だけをとってきてやるという方法から生物を組み立てると大変脆いものになってしまいます。でも、実際の生物というのはそういうものではないことも、この頃はっきりしてきました。

川上 そうですか。

岡田 たとえば免疫系の細胞に分化するときにそれを誘導する物質があって、その物質があると免疫系が必ずできるということが実験系では確かめられています。しかし、その物質をつくる遺伝子を完全になくしてしまったネズミを作っても、できるはずのない免疫系がちゃんとできる。そういうことがいっぱいあるかもしれない。結局、それは何を意味するかというと、今言いましたように我々が今している実験はそういう一方的なことしかやってなかったということへの一つの問題提起かもしれないと思いましてね。
人口問題にしても環境問題にしても、ある一つの設定要項を求めるという方向でやっていくと、それを考えていく上では二律背反的な問題も出てきます。しかし、それとは別次元で意外と大きなフィードバックのファクターというのが存在しているわけです。たとえば、今出生率が1.5人とかになって、これじゃあいかんと言ってるわけですが、普通の生物学からすると、食べ物が多ければめいっぱい増えるとみんな思ってたわけですね。ところが、結局はどの先進国を見ても、人口は減る一方です。我々には想像できないようなフィードバックのファクターというのが無数に存在していて、そのフィードバックを含め、トータルとしては逆に人口が減ってくるというようなことが現実的にはあるわけです。相当一方向的なフィードバックもあるのですが、非常に複雑で、最終的には何を信じればいいんだというような感じも少しありますね。

川上 そうしますと、先ほど触れられた日本の農業なんですが、私はやはり残していかなきゃいけないと思うんですが、もう少しバイオサイエンスとかで生産性を上げる可能性というのはどうなんでしょうか。

岡田 それほど期待できないかもしれませんね。植物というのは太陽光を大変効率よく処理していまして、それを越えることはまず不可能です。だから、商品価値をどう高めるかということで生産性の向上はあるかもしれませんが、全体的にはとても人間の手の及びもつかないほど凄いものだと思ってます。
水田というのは環境保全の上でも大変良いことをしてくれてたんです。浄化能力という面で。だから、なんとかならないかなと思うんですが、農業の現場を見ると今は機械化しなくちゃいけないから、ものすごい借金なんですよ。機械化は外国の農業に対抗するためなんですが、それが本当に農業を残すための唯一の手段かどうかはよくわからないですね。
僕は日本の近代化の中で取り残されたような県にも良さというのがあると思ってるんです。人口が少ないというのはメリットにもなる。過疎化はそのうちきっと大きな財産になるのではないでしょうか。

川上 そりゃ自然も保全されているわけですしね。

岡田 ちょうど最初におっしゃっていた戦後の苦労とは少し違うけれど、どうも日本の一次産業にも同じような苦労が避けて通れないようですね。

川上 そうなんでしょうね。一次産業、二次産業、三次産業と分けますと、今はとにかく二次産業が強いから、自由貿易とか言われてますが、それでは無理が生じてくると。

岡田 なんか本当に円がちょっと高くなるだけで、あるところは全部つぶれてしまうなど、急速な変化というものがありすぎますよね。

川上 そのへんのメカニズムをもう少し人間の英知を集めて解決すべきなんですよね。しかも、本当にこう変化が激しいとですね。

岡田 やはり人間の心理までがそれで振り回されてしまうことが、ちょっと大変なことですね。今の日本の安定した社会秩序までが崩れるようになると怖いなと思いますね。

川上 危険性は多分にあると思います。

岡田 あるでしょうね。しかし、結局は対応性を持つよりしょうがないんでしょうね。

川上 そうですね。

岡田 その中で非常に都合のいいものをみんなで利用させてもらうということになるんでしょうね。

川上 確かに戦後、ある種の画一教育はメリットもあったと思うんですが、ここまで生活に余裕ができてくると価値観、ライフスタイルも多様化して、いろいろな専門フィールドが生まれてきています。それに向けて人材をどう育てるか、あるいはそういう機会をどう提供していくかは、我々、成熟した世代の責任なんでしょうね。
試行錯誤はあるでしょうけれど、私どもの会社のことを考えましても、やはりある種のものをたくさん作っていくことの限界が来たわけでしてね。しかし、当社の場合従業員が1万5000人、関係会社も入れると5万人いますが、彼らに希望を持たせ、そして家族にも安心感を与えるためには、やっぱりいろんな事業をやらざるをえない。そうすると、それぞれの社員の中で新しいものにチャレンジする。そういう使命感をもって、それに生きがいを感じる。そういう人間、あるいは人間の集団をどうしていくかということが、今の経営者にとって一番大切でしょうね。

岡田 だけど、元気を出していくのは本当に難しいもんですね。だから、1万5000人とか5万人もの社員を抱えながら、元気を出すというのはこれは大変だな。

川上 大変ですが…。

岡田 まずは一緒にやるということですね。

川上 そうですね。一緒にやるということで、どこかつながっていくのではないでしょうか。

岡田 本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

 

EYES

「競争」と「共生」ー新たな文明論の視座を求めてー

日本の基礎研究

先進国は、環境問題、資源・エネルギー問題、あるいは産業競争力の強化などのために積極的に科学技術の発展に努めてきました。

科学技術の水準を示す指標の一つに研究費の推移がありますが、日本、米国、ドイツ、フランス、イギリスを比較すると、米国が群を抜き、日本、ドイツがそれに続いています(図参照)。しかし、1990年度を基準として近年の研究費の伸びを見ると、日本は他の国と比べ急速な伸びを示しています。これは、民間の研究開発の活発さを示すものです。研究費の政府による負担割合を見ると、人文・社会科学を含め、フランスが49%、米国が43%に対し、日本は19%。日本では、いかに民間が研究費を負担しているかがわかります。

ところで、科学技術の研究には大きく分けて、①基礎研究、②応用研究、③開発研究があります。①は、特定の応用、用途を考えていない理論的、実験的研究。②は、基礎研究をもとに実用化したり、すでに実用化されたものの新たな応用を探る研究。③は、基礎研究、応用研究をもとにその応用や改善をはかる研究です。日本は一般的にこの中の基礎研究が遅れているといわれていますが、近年の研究費全体に占める基礎研究費の内訳を見ると、フランス(20.4%:1987年)、ドイツ(19.3%:1987年)が比較的高く、日本(12.9%:1991年)と米国(15.8%:1992年)は、ほぼ似たような割合になっています。

研究費の推移とともに、その国の科学技術の水準を示す重要な指標に技術貿易があります。特許、実用新案、技術上のノウハウの国際的な取引のことです。この技術輸出額に関しては、米国が他の国を圧倒しています。米国2兆5621億円(1992年)、日本3865億円(日銀統計1992年)、イギリス2724億円(1989年)、フランス2070億円(1991年)、ドイツ1964億円(1991年)といった具合です。

一方、技術輸入を見ると、日本9101億円、米国6312億円、ドイツ4322億円、フランス2993億円、イギリス2841億円。結果、米国のみが大幅な出超となっており、1992年の技術貿易収支は1兆9309億円。それに比べ、日銀統計による日本の1992年の入超額は、5236億円。大幅な輸入超過になっています。

このように技術貿易では、劣勢な日本ですが、特許の出願件数を見ると、世界でもっとも多く、1991年は38万件にもなっています。ちなみに他の国を列挙すると、米国17.7万件、ドイツ10.9万件、イギリス9.6万件、フランス7.9万件。これは企業などの研究開発が活発なことを示しています。しかし、特許にも基本特許と周辺特許の区別があり、数字では現れませんが、技術貿易との関連でいうと日本の特許は基本的な特許ではなく、応用、改良的な周辺特許がほとんどではないかといわれています。これも、日本が基礎技術で遅れていることの端的な例といえるでしょう。

また、それは世界の主要な科学論文誌に発表された論文数の国別シェアにも現れています。1987年の国別シェアを見ると、米国35.6%、イギリス8.0%、日本7.6%、旧ソ連7.3%、ドイツ6.3%。ここでも、米国の優位がうかがわれます。

日本は、企業の研究開発環境と比べ、国立大学などの研究環境の悪化が喧伝されたり、若者の科学技術離れも深刻に議論されています。技術力の飛躍的発展で、「経済大国」といわれるまでになった日本ですが、今後の課題も多いといわなければならないでしょう。

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