LF対談

生物と「性」の仕組み No.15(1995.1)

岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所教授(現在は自然科学機構・基礎生物学研究所副所長)
長濱嘉孝 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

〈性〉は生物の多様性の基盤

岡田 僕は基礎医学をやっていたので、遺伝病との関わりから、男女が交配して子供が生まれるということや、そうした自然の仕組みを強く意識したことがありました。性というのは「種」を保存するための多様性、適応性を生む一つの工夫なんでしょうね。自然はうまい仕組みを作りあげたものだと感心します。

長濱 そうですね。性は15億年ほど前に出現したと言われていますが、確かに種の多様性、あるいは生物の多様性の一つの基盤が性にはあります。有性生殖と呼ばれるものですね。単細胞生物の場合は無性生殖が多いのですが、多細胞生物になるとやはり進化の上でも性というものがたいへん重要になってきます。

岡田 とてもよくできた工夫なんですね。

長濱 そうだと思います。単細胞だと、基本的には突然変異がなければ変異というのはない。しかし、我々のような脊椎動物では、もちろん突然変異もありますが、それと同時に父親と母親からの異なる遺伝子が混じり合うことによって遺伝形質を多様化することができます。また、卵子と精子はまず減数分裂によって染色体数が半減しますが、特に第一減数分裂で相同染色体の対合とその際に起こる高頻度の組み換えがあって、それが環境の変化にも順応、適応できるような生物の多様性のもとになっています。

岡田 それはすごいことですよね。

長濱 そして、今ではどのように性の分化が起こるかも、遺伝子レベルでかなり説明できるようになってきました。しかも、性を決定する遺伝子については、人、あるいは哺乳類での研究がたいへん進んでいます。それは、先ほど岡田先生が言われたように性染色体異常に関わる遺伝病の研究からわかってきたことなんですが、Y染色体に性を決定する何か(精巣決定因子)があることが1960年くらいまでにわかってきました。

岡田 そうですか。

長濱 ええ、それでご存じのようにHY抗原というのがまず候補となったのですが、それではどうも矛盾が出てくる。そこで、1987年にアメリカのペイジが精巣決定因子としてTDFを発表し、これでもう性の問題は遺伝子のレベルでは解決されたと言われたんですが。

岡田 それでも矛盾が出てきた。

長濱 ええ、XX男性の中に、TDFを欠く例が少数ながら見つかったんです。それで最終的に1990年にイギリスのグッドフェローとロヴェル・バッジらのグループがSRYという遺伝子を発表しました。やはりY染色体にあるんですが、それが哺乳類の性を決定していると。彼らは、XXの性染色体を持ち、本来はメスになるべきマウス受精卵にSRY遺伝子を導入して、オスマウスに転換させることに成功したんです。そうなると、じゃあそのSRYはどのような仕組みで性を分化しているか、また脊椎動物の進化の過程でどのように位置づけられるか、脊椎動物すべてに共通するのか、などが次の問題になります。それで、私たちも含めて世界のいくつかの研究室でいろいろな生物を調べてみたのですが、どうやらSRYが性を決定しているのは哺乳類だけのようなんです。

岡田 他は関係ないんですか。

長濱 確かにSRYに似た遺伝子はあるらしいのですが、オスにもメスにも見つかるんです。ですから、哺乳類以外の脊椎動物における性の決定の仕組みに関する研究は、哺乳類とは違った視点から展開させる必要があるのかもしれません。一方、哺乳類では遺伝子が何も働かなければメスになるものが、SRYという遺伝子が働くことによってオスになるんです。じゃあ、どのような仕組みでオスになるのかについて、今研究が非常に面白く展開している状況なんです。

H−Y抗原:組織適合性Y抗原(Histocornpatibility Y Antigen)の略。近郊系マウス同士の皮膚の移植実験中に、雄皮膚を雌に移植すると拒否反応が起こることから見つかった抗原。XOのマウスの細胞にはこの抗原が認められなかったことなどからH−Y抗原に関係する遺伝子はY染色体上にあると考えられ、一時は性決定因子の有力候補と見なされたが、その後いくつかの矛盾する実験結果が発表され、現在では性決定因子とは別物と考えられている。
TDF:Y染色体上の短腕にある性決定遺伝子として、生殖腺を精巣に分化誘導する作用を持つ因子、精巣決定因子(Testis-Determining Factor)をコードする遺伝子。
SRY:Sex-determining Region Y の略で、ヒトのTDF。この遺伝子は他の遺伝子の発現を調節する働きを持つDNA結合タンバク質をコードすると考えられ、ヒトの他にマウスなど他の哺乳類のY染色体上にも対応する遺伝子(Sry)が存在する。この遺伝子の発現は妊娠中期の胎児の精巣原基の体細胞で見られる。

温度で〈性〉が決まる?

岡田 それにしても、忙しいな(笑)。

長濱 本当にこの分野は忙しいですね。我々の生物学的な関心はバクテリアから哺乳類まで生物が進化していく過程で、性がどのような仕組みで決定されるかなんですが、たとえば性染色体が見つかりにくい爬虫類では温度で性が決まる種がいます。たとえば亀ですが、亀の卵が砂浜の浅い所にあるか、深い所にあるかで、どうも性が違うようなんです。

岡田 それは、爬虫類について基本的なパターンなのですか。

長濱 そのへんはまだわからないですね。亀の場合は温度が高ければメスになり、低ければオスになりますが、トカゲやワニの種類では逆になり、ヘビの仲間のように温度に影響を受けないものもいます。

岡田 素朴に考えると、メスをつくらんと具合が悪いぞ、という環境と、そうじゃない環境によって変わるのかなと思うけども。

長濱 そうじゃないと生きていけないですからね。次の世代を考えると。ですから、どうなんでしょうね。生き残っている生物というのはそういう工夫がうまくできているんでしょうね。しかし、爬虫類の性というのは研究の上ではたいへん面白くて、どうやら性ホルモンとの関係が強いようなんです。

岡田 そうか、それが環境の温度によって影響されるというわけですね。

長濱 たぶんそうだと思います。

岡田 哺乳類の場合はどうなんですか。

長濱 哺乳類は胎盤で育ちますから、母親の女性ホルモンに影響されるなら、すべてメスになってしまうはずです。しかし、そうはならない。たぶんそれを阻止する仕組みがあるんでしょう。それに対して魚類、両生類、爬虫類では小さいときに女性ホルモンに浸すと完全にメスになるんですよ。今は脳の分化も性ホルモンが非常に重要だと言われています。人の場合では女性と男性と脳の構造が違いますから。

岡田 そうなんですか。

長濱 違うんです。視床下部のある部分の細胞数が、男性のほうが2、3倍多いんですよ。そして注目されるのが、エイズで亡くなった同性愛者の脳を調べると、女性の脳に似ているという報告がなされていることです。また最近、「ゲイ遺伝子」も話題になりましたね。そういう性行動に関わる生物学がたいへん進んできています。

岡田 僕は同性愛というのは、社会の中で個体の密度の上限みたいなものがあって、それのフィードバックがいろいろな形であるわけだけど、その一つなのかなとボヤーッと考えていたけども。

長濱 ええ、そういう問題かもしれませんね。人の場合は基本的に性が変わることはないですが、たとえば魚の場合は池の中に100匹飼うか、1000匹飼うかで性が変わることがあります。それは密度、あるいはストレスの問題です。先ほどの温度の問題もありますし、外部の環境というのも大きいんです。
また、視覚による刺激で性転換する魚もいます。ホンソメワケベラは小さいときにはメスで、大きくなるとオスに性転換します。この魚は数匹で群れをつくって暮らしていますが、その中の最大個体がオスで、残りはすべてメスです。ところがオスが死ぬと、2週間もすればメスの中で最大の個体がオスになります。クマノミではまったく逆の性転換が見られます。

岡田 密度や視覚によってですか。

長濱 ええ。遺伝子そのものもたぶんあるんでしょうが、その遺伝子の発現が外部からの刺激によって影響される。少なくとも爬虫類や魚類はそのパターンでしょうね。

岡田 そうなると、性の分化というのもややこしいですね(笑)。

長濱 そうですね。

岡田 我々人間が思っているようなものとはまったく違う仕組みが爬虫類以下の生物にはあるようですね。

長濱 さらに面白いのが単性生殖する魚です。北海道の大沼のギンブナは雌性発生するんです。ギンブナのメスは、コイやタナゴなど他種のオスを交尾に誘い、それらのオスから精子をもらいます。その精子は、ギンブナの卵がひとりで発生するための刺激としてだけ利用され、実際に受精することはありません。大沼で雌性発生しているものの90%はたった5つの家系(クローン)で占められているそうです。また北海道で調べた結果では、雌性発生するフナは有性生殖するフナよりも量的に勝っているんですよ。そうすると、有性生殖のメリットはどこにいったんだということにもなる(笑)。これによって、有性生殖のメリット、無性生殖のメリットが調べられるかもしれないですね。

岡田 そんな話を聞くと、人間の性というのは不自由なものですね。

長濱 そうですね。性についてはまったく固定的ですね。初めに性が決まれば、母親の胎盤の影響も阻止するシステムがつくられてますから。

岡田 自然にそうなっている。

長濱 ええ。それに対して魚類、両生類、爬虫類は卵として産み出されますから、母体の影響はもちろんない。むしろ、外部からの影響を受けます。

岡田 そういう感じで思ったことはなかったな。

長濱 それでも、哺乳類というのはやっぱり母体とのコミュニケーションといいますか、影響というのがたいへん大事なんです。たとえば第二次世界大戦のときにドイツの女性から生まれた子供にはいろいろ影響があるといいます。基本的には非常にデリケートな関係なんですね。

  長濱嘉孝 氏

長濱嘉孝 氏

岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所教授(現在は自然科学機構・基礎生物学研究所副所長)

1942年、北海道生まれ。66年北海道大学水産学部卒業。71年同大学院水産学研究科博士課程修了。カリフォルニア大学バークレー校留学などを経て、77年生物科学総合研究機構・基礎生物学研究所助教授。86年岡崎国立共同研究機構(現・自然科学機構)・基礎生物学研究所教授、2005年副所長。性分化や性転換の遺伝子制御機構の研究を進める。受賞は日本動物学会賞ほか。

〈性〉の応用が進む一次産業

岡田 今日、長濱先生にお話を聞きたいと思ったのは、浜松のウナギはみんなオスだと聞いたことからなんですが、その話をちょっとお願いします。

長濱 実はみんなオスというわけではないんですが、私たちは養殖ウナギのオスを用いて精子が作られる仕組みを調べていまして、その実験に使うために近くの鰻屋でウナギを買ったんですが、それがほとんどオスだったんですね。それで、どうしてオスなのかを考えてみたんですが、どうやら成長を早めるために養殖では温度を高めていて、そのことに関係しているらしい。高い温度にするとオスの割合が多くなるんです。それはヒラメも同じです。ヒラメはメスが大きくなるんですが。だから、水産業の人はできればメスをたくさん育てたい。それで、実際すでに温度で調整してメスにしています。それは、生まれてからまだ小さいうちに温度を高めるだけでよい。そのときの温度がたいへん重要なんです。

岡田 温度差というのはそんなに大きいものではないんでしょ?

長濱 ええ、せいぜい2、3度とか、その程度の温度差です。ウナギの場合は普通、25、26度ですが、それを30度にするとオスが増えてきます。

岡田 しかし、2、3度でころっと変わったら種を保存するのも難しいような気がするけど。うまいこといっているんでしょうね。

長濱 そうですね。これだけウナギが生き残ってるんだからうまくいってるんでしょう。生物学的に重要なところは、いろいろな処理によって性転換を起こすことができるのは、孵化して間もない稚魚の段階に限られることです。この段階ではわずかな温度差でも敏感に反応しますが、それを過ぎると温度を5度上げても10度上げても変わらなくなります。同じことが性ホルモンによる性転換にも見られます。

岡田 子供の教育と同じですな。ある時期にきちっとやっておかないと駄目で、よく似ている(笑)。

長濱 この分野の研究が進歩して生物の性の仕組みが理解されるようになると、性がコントロールできるようになって、我々の社会においていろんなことにも役立つようになりますね。

岡田 日本の一次産業にとっては、魅力のある分野ですね。漁業にしたって、そのあたりは今はずいぶん進んでいるんでしょうね。

長濱 そうですね。水産では性ホルモンや温度処理、雌性発生などはすでに有用魚種の性コントロールに実用化されていますし、また最近では雄性発生のテクノロジーも開発されました。この方法を使えば、絶滅の危機にある稀少種の保存も可能になります。また、畜産では性特異的遺伝子マーカーがオス・メスの判別に使われています。

岡田 日本の一次産業を今後どうするかということは、後継者不足も重なって、かなり大変なんですが、性とか、交配など生物学的な面白さが実際に利用されてくれば、まだまだいい方向に向かっていくかもしれないですね。今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

 

EYES

アダムはイブからつくられた?

男と女は、どちらが先に生まれたのでしょうか。まるでニワトリと卵の話のようですが、たとえば『聖書』では“アダムの肋骨からイブがつくられた”となっていますから、男性が先だったことになります。しかし、実は発生学的には人間の〈性〉の基本は女性であり、そこに男性化をうながす何らかの力が働いて男性になることがわかってきました。男と女、両方ともそのベースは女性だということになります。

さて、そうした前提の中で、人間の〈性〉がどのように決まるかというと、基本的には精子と卵子が受精したときの性染色体の構成によって決まります。性染色体とは、人間の体細胞にある対をなした46個の染色体のうちの最後の一対で、男性だとXY、女性だとXXと呼ばれています。

精巣や卵巣では精子と卵子がつくられるとき、減数分裂という特別な分裂が2回行われ、それぞれ23個の染色体をもつ精子または卵子が4つずつできます。このうち卵子は1つを残し、あとは退化してしまいます。この減数分裂によって、精子は性染色体のXYが2つに分かれ、Xをもった染色体とYをもった染色体に分かれます。卵子はどちらもX染色体を1つもった染色体に分かれます。

そして、Y染色体をもった精子が卵子と受精すれば、その受精卵はXYという性染色体の組み合わせで男性になります。また、X染色体をもった精子が卵子と受精すればXXの組み合わせで女性になります。このように人間の染色体による〈性〉の決定は、男性側の精子にその決定権があり、Y染色体に精巣をつくるための因子があると見なされています。その因子が働いて最初の男性化をうながすのです。これを性分化といいます。

さらに次の段階の男性化には、精巣から分泌される男性ホルモンが大きな働きをします。この男性ホルモンの分泌が十分でないと、男性になりきれないということも起こります。また、逆に染色体の構成からは女性であっても、性分化の中で男性ホルモンの働きが大きいと男性化してしまうこともあります。精巣と卵巣を左右別にもっていたりする真性半陰陽や、精巣をもっていても、男性ホルモン分泌が十分でなく、内外性器が完全に男性化せず、ほとんど女性型となる男性半陰陽、また卵巣をもちながら外性器が男性型となる女性半陰陽です。

また、脳の視床下部には性腺機能調節中枢がありますが、このうち女性型の基本である性の周期性も男性ホルモンによって壊されます。これを脳の性分化といいます。

人間を含め、生物にとっての〈性〉は、有性生殖を通して、新しい遺伝子の組み合わせをもった世代を生み、さまざまな環境の変化を適応していくためのとてもよくできた工夫だといえます。それが人間を含めた哺乳類の場合、女性を基本とした仕組みになっているのです。

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