LF対談

大事なことはすべて森で学んだ No.19(1996.5)

東京大学名誉教授(故人)
高橋延清 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

どろ亀さんも現場主義なんだ

岡田 北海道・富良野の東京大学演習林でずっと仕事をされていたのは、もともとご専門だったんですか。

高橋 どろ亀さん*は東大農学部の林学科だったからね。 [*どろ亀さん: 高橋延清教授の愛称。]

岡田 林学科では、木の育て方を学んだりするんですか。

高橋 森林の経営から、木の取り扱い方から、林産物のことから、いろいろあった。あったんだが、どろ亀さんは東京では育たないということを直感したんだ。

岡田 直感されましたか。

高橋 そうなんだ。南部弁まるだしだからみんなに笑われたり、電話もかけられない。電車に乗るのも容易じゃなくて、大学試験のときも駒場じゃなくて駒沢大学に行っちゃったさ(笑)。それで、北海道の演習林に助手の欠員があるからというのでここに来たんだ。その当時はとても田舎だったんだよ。

岡田 それはいつ頃になりますか。

高橋 昭和13年。なにしろ山の中で、文献はない、文化的なものは何もないで、みんな敬遠する。行ったら出世が遅れるということで、みんな嫌がっていたさ。ところが、どろ亀さんは岩手県の出身だから、そんなことには慣れっこ。だから、ここに来て大森林を見て、やれやれと安心したね。

岡田 喜んで行かれたわけですか。

高橋 はい、喜んで。どろ亀さんはだいたい要領が悪くできておってね。みんなが嫌がる所のほうが適応できるようになってる。で、そうなったんだよ。

岡田 東大の演習林はいつ頃できたんですか。明治の頃でしょうね。

高橋 北海道の演習林はあと3年ぐらいで100年になる。

岡田 広さはどれぐらいですか。ものすごく広いんで、ちょっと想像つきませんでね。

高橋 2万3000ヘクタールだよ。

岡田 そう言われてもピンとこない。

高橋 東京の山手線の内側の三倍なんだが、演習林に張り巡らされた林道の総延長が900kmなんだ。900kmといったら。

岡田 東京と大阪が600kmですからね。

高橋 たいへんなスケールだ。900kmといっても演習林の外から見たってどこに道がついてるか、まったくわからないよ。岡田先生も現場主義のようだが、どろ亀さんも現場主義なんだ。どこにどう道をつけるか、今年はどこを伐採し、植林するか、みんな現場を見て決める。道路をつけるにも測量なんてしないんだ。ここに道路をつけるんだとなったら、みんなで歩けばいい(笑)。自然を破壊しないようにやってるんだ。

岡田 破壊しないようにですか。

高橋 天然林の運営で大事なのは、森と人間が関わりあって美を創造することなんだ。美しさをつくることが哲学なんだが、どの木を伐るかも現場でトレーニングを積めばわかる。木を伐るのも、道路をつけるのも美を表現してるんだ。

岡田 読ませてもらった雑誌の記事に「醜くなりたいという木は絶対ありません。人間によって醜くさせられているんです」と書いてありましたね。すごい言葉だと思いました。

高橋 人間がいなかったら何もしないほうがいい。でも、人間は大量の木材を消費するから、生長量の高い活力のある森をつくらねばならない。100年後には理想の森ができるという大目標を立てて、みんなで頑張ったんだよ。

岡田 先生が演習林に来られた頃は理想の森ではなかったわけですか。

高橋 営林署と同じようなやり方で、いい木だけを伐ってしまって、森の活力が衰えてしまっていた。やはり木の伐り方に問題があると感じたよ。

岡田 それも、現場で感じられたわけですね。

高橋 そうなんだ。どろ亀さんも大学ではドイツ林学を習った。その当時は教授もみんなドイツ林学だったんだ。それで、大学のノートと本を参考にその通りやろうとした。でも、10数年間いろんな実験をしても、みんな森林にそっぽを向かれたんだよ。森林が発展しない。そこで、ハッと気がついた。現場で、なぜ発展しないのか気がついたんだ。

岡田 10数年かかってそう思われたわけですか。いやたいしたもんだなあ。

高橋 まず笹だ。ドイツと違って日本では笹が密生している。何年も笹伐りをしないと、種が落ちても育たないさ。それに、森林では上層の大きな木が太陽エネルギーを独占して、木洩れ日を下のほうにやる。下のものが上を邪魔するということはない。そこで、上層の中の一番能力のないものから先に伐るんだよ。それが一番邪魔してるから。人間社会でも、それは同じなんだ。会社でも、研究所でも上の者、リーダーがしっかりしてなかったらダメになるんだよ。

岡田 リーダーも年をとると元気がなくなっちゃってね。

高橋 いや元気がなくてもみんなが発展する方向にリードできればいい。何もしないというのもいいことかもしれないよ(笑)。

北海道の演習林は世界のお手本

高橋 昭和29年にヨーロッパに行ったんだが、その数年前にリンキストというスウェーデンの林木育種の先生が演習林を訪ねてきた。その先生が森に入って驚いたんだよ。天然林に優れた精鋭樹がたくさんあると。それでどろ亀さんに招待が来たんだ。運よく飛行機代は政府から出ることになって。

岡田 その頃はそうたやすく海外に行けるものじゃなかったですよね。

高橋 その頃、いろいろ助けてくれる人がいてね。どうせだったらヨーロッパを回りなさいと言ってくれた。次から次へと、アメリカまで行ったんだ。

岡田 ぐるっと回られたわけですか。

高橋 約半年回って、その間にいろいろ勉強した。森林はもとより、畜産とか農業とか。ドイツでは、シュヴァルツヴァルト(黒い森)。ドイツ林学の発祥の地みたいなものだ。笹の問題は、そこで気がついたんだよ。

岡田 あそこは立派な森なんでしょう。

高橋 黒い森には、どろ亀さんはその後2回行った。今から15、6年前に行ったときはまだ酸性雨の問題は出てなかったんだよ。しかし4年前、訪ねていったときは驚いたねえ。

岡田 どうでしたか。

高橋 いやすごいんだ。木がドカンドカンと倒れている。

岡田 なんか怖いですな。それは歯が抜けるような形でですか。

高橋 シュヴァルツヴァルトでは、歯が抜けるように倒れている所もあれば、数百ヘクタールにもわたって枯れている所もある。どろ亀さんには木の呻き声が聞こえるかのようだった。

岡田 ほとんど植林なんですか。

高橋 植林だ。経済効率主義で、森を使いすぎて広葉樹が極端に少なくなっている。そういうふうに生態系をダメにしたのは人間と鹿なんだよ。鹿がわずかな広葉樹の芽や草を食べる。そして、人間は効率のいいものばかり植える。まったく生態系が失われて、結果的に酸性雨に弱くなってしまった。今、ドイツの連中も森林経営をどうするか、将来の処方箋をつくる研究を一生懸命やっている。結局、どろ亀さんがやっているように針葉樹と広葉樹を混ぜたほうがいいという結論になるんだ。ドイツはそれに転換しようとしている。そのためには一世紀かかる。森林とはそういうものなんだよ。

岡田 先生がつくられた演習林はお手本のようなものなんですね。

高橋 フライブルクの大学の先生に見せたら、教材にも取り上げられたよ。

岡田 日本から世界にどのようなことが発信できるかいつも問題になりますが、先生はそれを実践しておられるわけですね。

高橋 林木の品種改良の材料交換も、ヨーロッパ、アメリカ、中国などと積極的にやっているよ。演習林の北方系の木のコレクションは大変なものだ。林木の品種というのは実用に値するものが本当に少なく、実験に実験を重ね、30何年間もいろんな所に植えて初めて登録できるようになる。演習林には最初から苗木の成長が早いものがあった。「なぜだろう」と考えてみると、グイマツと日本カラマツの天然雑種だからだとわかった。結局は現場なんだ。みんな現場から教わるんだよ。その雑種は北海道の未来の木だ。

岡田 でも、先生は見過ごさなかったからすごいですけど、たいていは現場にいても見過ごすわけでしょう。

高橋 いや、集中力の問題なんだ。話は変わるが、森こそあらゆる生命を育てるところで、そこですべて教えられるんだ。それが、日本でも生態系を壊す植林が進められた。何年か前に大分県でも台風で大きな被害があった。あれもそのせいさ。スギやヒノキばかり植えて暗い森になっていた。それで、針広混交林のもっと明るい森にしなきゃダメだとアドバイスしたんだ。

岡田 僕の本籍は高知県なんですが、子供の頃はうちの山は雑木ばかりで、スギやヒノキの植えてある山が羨ましかった。でも、実際は非常に人工的すぎたわけですね。植林は日本人の勤勉さの象徴だと思っていたんですが。

高橋 いやあ勤勉なんだ。山の下からてっぺんまで植える。今ならそこまでできないよ。でも、そうすると森が単純化して鳥も動物もいなくなるんだ。

岡田 大阪の箕面でもスギやヒノばかりで、野生の猿の食べ物がなくなって餌づけせざるをえなくなり、それを管理する人が困ってますよ。実のなる木がほしいと(笑)。

高橋 営林署も近頃はずいぶん考え方が変わってきてはいるものの、もう少し国民全体がバックアップしないと。いや「木を伐るな」と言う人が多いんだけど、木には伐るべき木と伐らぬほうがいい木が決まっているんだ。だから、どろ亀さんの今の森は伐るたびごとに生長し、発展する仕組みになっている。生長量が倍なら、炭酸ガスの吸収量も倍、酸素の放出量も倍になるんだよ。

岡田 それを全国でやらないけませんなあ。

 

高橋延清 氏

高橋延清 氏

東京大学名誉教授(故人)

1914年、岩手県生まれ。37年東京帝国大学農学部林学科卒業。東京大学北海道演習林林長、岩手県北上市『みちのく民俗村』初代村長、(財)日本緑化センター理事を歴任。朝日森林文化賞、勲三等旭日中綬章、日本学士院エジンバラ公賞などを受賞。どろ亀さんの愛称で知られ、自ら制作した科学映画『樹海』は文部省特選に。著書は『樹海に生きて』『森に遊ぶ』、詩集『どろ亀さん』など。02年、没。

ワラジ虫に学ぶ時代

高橋 どろ亀さんが今、夢中になっているのはワラジ虫なんだ。

岡田 えっ。

高橋 以前からワラジ虫は、どろ亀さんの家では春を告げる神様になっているんだ。春になると茶の間には何十匹もゾロゾロ歩いているよ。けっして悪いことはしない。みんな嫌がるんだけどね。

岡田 たいていはそうですね(笑)。

高橋 ワラジ虫には天敵というものがいないんだ。スズメも小鳥も生きているワラジ虫は食べない。そして、ワラジ虫は腐った落ち葉や枯れ草、木の腐った所を食べて土壌を生産している。ウンチが土壌になるんだよ。ワラジ虫はアリ、クモ、ミミズ、ムカデ、他の知らない虫たちとも共生している。なおかつ、アリは統制社会だが、ワラジ虫は自由社会なの。人間は今、あちこちで戦争して、学校ではいじめがあってとなんだかんだあるのに、ワラジ虫の社会には全然そんなことはない。ボスがいないんだ。だから、自然との共生とかスローガンばかり掲げているけど、もうワラジ虫に学ぶ時代がやって来たなと思って、今年の年賀状にはワラジ虫の絵を入れたんだ。赤ちゃんがワラジ虫を食べても病気にはならないんだよ。

岡田 面白いですね。先生の友達みたいなものですか。

高橋 いやあワラジ虫だけじゃなく、どろ亀さんにとって森の木や生き物たちはみんな友達だよ。僕の詩集にはこんな詩もある。一つ読んでみましょうか。これは最後の1行を思いつくのに3年もかかったんだ。

雪の森

兎さん走りながら
ポロン ポロン
ウンチする
兎さんウンチ
樺色だ
木の皮ばかり食べてかな

狸さん
そんなこと
とっても、できないよ
おなかが出ていて
短足だ
ときどき穴から出てきては
タメグソ どっさりさ
いい気分 いい気分

これでピタッとしまる(笑)。

岡田 いやあ、まいったな。今日は愉快なお話をどうもありがとうごさいました。

 

EYES

北海道演習林の林分施業法

自然と人間にとって望ましい森林を追究する

どろ亀さんの愛称で知られる東京大学名誉教授・高橋延清氏が長年、林長をつとめた東京大学北海道演習林は、明治32年(1899)に北方領域における林業、林学の研究教育を目的として、北海道の中央部にあたる富良野市に設置されました。現在、総面積約2万3000haのうち、天然林が81%を占め、そのほとんどが針葉樹と広葉樹の混交林です。

演習林では、設置以来、天然林の施業技術の開発、北方系樹木の遺伝育種、遺伝子資源(1500系統)の収集保存などに取り組んできました。なかでも世界的に有名なのが森林の生態系保全と持続的経営を両立させた「林分施業法」です。高橋氏が確立した天然林の施業法で、次の六原則を基礎とします。
①各林分が極盛相の直前に速く達し、そのステージを保つように施業する。
②天然林の取り扱いでは、生態系を強度に、かつ広く破壊することを避ける。
③各林分の構造およびその動きに応じて、総合機能がより発展するよう適切な作業を行う。
④最高の総合機能をもつ高多層林に誘導する。とくに陽光を最初に受ける最上層の林木を、量的、質的に生産能力の高いものに導く。
⑤遺伝的に悪い木は淘汰し、すぐれた木は保存し、より発展させる。
⑥地力を維持し、諸害に抵抗力の高い健康林(針・広混交複層林)の造成を目標とする。

「林分」とは、森林の構成部分をパターン化したもので、施業の最小単位です。基本的な分類として、林冠層の種類から単層林分、複層林分、樹高の大きさから幼齢林分、壮齢林分、老齢林分、樹種の構成から針葉樹林分、広葉樹林分、針・広混交林分などに分かれますが、現実的にはこの基本パターンの組み合わせによって、大小さまざまな数多くの林分が存在しており、その集合体が森林です(図1)。
たとえば、図1のササ地だけの部分も、一つの林分です。そして、各林分はすべてこの地帯の基本型である中央の針・広混交林の状態に向かってゆっくり発達しますが、この基本型もそのままにしておけば、極盛相となって成長量と枯損量が等しくなります。これは、過熟老齢の樹木が多いためです。そのため、各林分を速やかに基本型に誘導すると同時に、極盛相の手前の最も活力のある状態で林木を収穫し、更新することが重要になるのです。

「林分ごとに伸びようとする方向に伸ばしてやればいい。人の手を加えてやれば、森の能力はより速く発達していく。それが、長年の実験でやっと辿りついた林分施業法。伐るべき木を伐って森の発展を助けてやると、今度は森自身の力で深い森になり、やがて将来は、収穫作業だけで良くなるはずなんです」(高橋氏)

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