LF対談

若者の科学技術離れを考える No.23(1997.9)

東京理科大学理学部教授
牧野賢治 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

若者の科学技術への関心には二種類ある

岡田 若者の科学技術離れ、理科離れが盛んに言われていますが、今の学校教育はどうも大人が何もかもお膳立てしすぎていて、それに乗っかっていれば大学へも行けます。子供が自ら学んで発見するというような状況にはなく、それが理科離れと言われるものにもつながっていると思うんですが。

牧野 若者の科学技術離れというのは、政府が1981年から86年ぐらいにかけて科学技術に関する一般の人々の意識調査を行ったとき、特に20代の関心が連続的に下がってきた。それをきっかけとして言うようになったんです。

岡田 それが原点なんですか。

牧野 ええ。その間むしろ50代、60代の関心は若干上がっています。科学技術庁の科学技術政策研究所が調査を行ったんですが、そこが最初の段階で20代が下がってきたことに危機感を持ちまして、調査をやる一方、社会的なキャンペーンを国としてやりだした。それが現在まで続いています。ですから、確かに科学技術離れという事実はあるにしても、実はそれを利用して科学技術振興をやろうという政策的な面もあるんですね。

岡田 やっぱりちゃんと原点を知らんといけませんな。

牧野 原点もあるし、仕掛人もいる(笑)。それで、調査の結果として言われたのは若者の科学技術に対する関心にも二種類あるということです。一つはアクティブ(能動的)な関心で、もう一つがパッシブ(受容的)な関心、その二つに分ける必要があるということになって、若者は能動的な関心が下がってきているんです。一方、受容的な関心はというとパソコンにしろ何にしろハイテクの成果を利用するのは若い人は非常に熱心ですね。ですから、積極的に科学をしようという、いわば科学する心のようなものが下がってきていることに問題があると言われています。

岡田 そうですか。しかし、アクティブな面での科学技術離れというのもわからないではないですね。今は家電製品にしろ自分で直すことはほとんど不可能でしょう。科学技術が進んできた一方で、それと個人個人との距離は非常にありますから。

牧野 おっしゃるとおりですね。ブラックボックス化と言っていますが、要するに中身が見えない。わからなくなっています。

岡田 それ、やっぱり僕の世代にとっては非常に面白くないですね(笑)。昔は身近にあるものでも調子が悪くなると、よくテスターでちょこちょこやっていたものなのに。

牧野 かつてのラジオ少年も今や存在しない(笑)。

岡田 そうなると、他から提供してもらう以外、自分の自由度はまったくない。そういう状況は科学技術が進めば進むほどもっとそうなりますね。それは、やっぱり使う側にしてみれば科学ではない。

牧野 便利な技術ですね。結局、今の若い人は生まれたときから現代科学技術の成果に囲まれている。人工的なハイテクの世界に囲まれているわけです。ですから、それが当り前だと思っている。中身はわからないけれど、ありふれたものとなった科学技術の中で育ち、そういうものに対する驚きや関心も我々の子供の頃とはずいぶん違うんじゃないかと思いますね。

岡田 学校の理科教育でも子供に関心を持たせることは非常に難しくなってるでしょうね。学校での原理的な勉強と現実のハイテク機器との間には距離が相当にありますから。その両者を結びつけていくことは非常に難しい気がします。

牧野 それに対してどうするか。まあ、いくつか提案がありまして、その一つが常識的ですけれど、知識を詰め込むだけでなく、実験や観察の時間をもっと増やしていこうというものです。子供の科学に対する関心を調べますと、中学校・高校と年齢が上がるにしたがってだんだん下がってくるんですね。それはやむをえない面もあると思います。成長とともに他に面白いものがいっぱい出てきますから。ただ、小・中学校の理科の授業を面白くすることによって、それを少しくいとめるということなら可能でしょうね。

岡田 そうですね。実際、僕が思っているのは、本当に学校教育の中に実学というものがなさすぎるということなんです。科学も実学から始まったものであって、数学だってまず数をかぞえることが最初にあった……。

牧野 しかし、受験の問題をどうするかですね。たとえば、大学では受験科目を減らして、その科目さえ勉強すれば大学へ入れるという状況になっています。高校受験でも知識中心ですからね。そうした状況の中でどのように科学への関心を持続させるか。ブラックポックス化については、もう後戻りはできないですから、科学に対する積極的な関心については何か新しい方法を用意しなきゃいけないでしょうね。

岡田 なんとか科学は面白いと思わせる新しい工夫が必要なんですね。

牧野 ええ。それで今、子供たちが直接試したり、実験したりして楽しめる科学館、サイエンスセンターが、アメリカあたりから世界に広がって日本でも各地にできています。

岡田 子供たちにはそこへ行って、ぜひ科学は面白いんだと思ってもらいたいですね。

牧野 日本の科学館もここ10年ぐらいでだいぶ変わってきました。これは期待がある程度もてるでしょうね。ただ、容れ物を作っただけではダメで、それを支えるスタッフを充実させていかないと。日本はおおむねハードはいいけれどソフトがダメで(笑)、これは今後の課題です。

科学知識を一般社会に伝える解説者の重要性

岡田 科学の面白さを子供たちや一般の人に伝えるためには、科学技術の現場と一般社会をつなぐ中間の歯車みたいなものがどうしても必要になります。その場合、科学ジャーナリズムというのも大切になってきますね。

牧野 そうですね。ただ、科学ジャーナリストの立場からいうと、一般の人が科学的な知識を十分に理解するのは非常に難しい。

岡田 そうでしょうね。

牧野 だいたい新聞なりテレビなりから入ってくる情報というのは断片的です。その断片的な知識の全体の中での位置づけを正確に判断するのは、実は私自身にとっても非常に難しい。ましてやその知識が生み出される過程、あるいは科学的な方法となると、まず一般の人には理解できないんじゃないかと思います。ですから、私も実際ジャーナリストの仕事をやっていても、それがどこまでコミュニケートできているのか、わかってもらえているのか、あまり自信はないですね。

岡田 そうかもしれませんね。

牧野 むしろ実際に研究などそういう仕事に携わった人が啓発的、解説的な仕事に入っていく。つまり、科学者が解説者のような仕事をする。そういう人が今後増えてきてほしいですね。すでに何人かそういう方はいらっしゃいますが、それが科学者の一つの役割として重要になってくると思います。ジャーナリストの場合、まず最新の事実を伝える早さが問われるんです。それがジャーナリズムなんです。しかし、それも重要ですけれど、多少時間はかかってもいいから、科学知識の伝達をていねいにする人も必要なんですね。

岡田 そうか。中間の歯車もさらにいくつかの歯車に分かれているわけですね。そういう分担は日本でも徐々にできてますか。

牧野 できているでしょうね。それと、科学ジャーナリズムの日本と欧米の比較でいうと、日本も表面的にはけっこうやっています。新聞にしろ出版物やテレビにしろ確かにいろいろあります。けれど、たとえばアメリカと比較をした場合、深さにおいて日本はいまひとつ力がないかなと感じますね。

岡田 どういうところがですか。

牧野 やはりジャーナリズムは現場主義なんですよ。要するに現場にいる必要がある。一流の科学技術の成果という点では、アメリカと日本を比較してみれば、やはりアメリカのほうに現場がたくさんあるわけです。ですから、科学ジャーナリストもやりがいが向こうのほうにはあるんですね。残念ながら。

岡田 そういうことですね。

牧野 そういう点で、ジャーナリストも現場が欲しいなと。

岡田 それは認めないとしょうがないですね(笑)。

牧野 かといって、日本の科学者も見逃してはいけないんですけどね。いい仕事というのはあるわけですから。日本のこともきちんと報道していかなくてはならない。

岡田 しかし、考えてみるとジャーナリストの方も大変ですね。科学者、研究者は自分の専門分野を選択できる。好きだから、面白いからやっていることにつきて、逆にそうじゃないとできない面がある。ジャーナリストの方もある程度の幅の選択はされるでしょうけど、研究者ほど専門分化するわけでもないし、その中で先端的な研究を全体とのバランスを意識しながら理解していくというのは難しいでしょうね。

牧野 逆に科学者の場合は日々の専門的な研究活動の中で、広い視野から自分たちの研究を一般に伝えるという問題は意識しにくいでしょうね。

 

牧野賢治 氏

牧野賢治 氏

東京理科大学理学部教授

1934年、愛知県生まれ。57年大阪大学理学部卒業。59年同大学院修士課程修了後、毎日新聞社入社。同編集委員(科学担当)を経て、91年東京理科大学理学部教授(科学社会学、科学ジャーナリズム論)。科学技術ジャーナリスト会議前会長。医学ジャーナリスト協会名誉会長。著書は『理系のレトリック入門−科学する人の文章作法』『科学ジャーナリズムの世界』(共著)、訳書は『ゲノムの波紋』など多数。

科学は万能ではない。科学にも限界はある

岡田 科学について一般の人に理解していただくとき、科学のもつ限界についても知ってもらう必要があるかもしれませんね。たとえば、生物・医学系の特徴というのは、対象に対してオールマイティじゃないことなんです。それを意識してなかったら、僕自身の場合も細胞融合を素晴らしいとは思わなかった。要するに雑種細胞が作れるようになったんですが、それまではオスとメスをかけ合わせて子供を作らんことには雑種はできなかった。人間の場合、そんなことはできないですから、遺伝病の研究はやりようがなかった。統計遺伝学とかしかなかったんですよ。それが細胞レベルで雑種が作れるようになりました。僕がうれしかったのはそれやったわけです。

牧野 オールマイティではないというのは、まだわからない要素がたくさん残っているということですか。

岡田 そうじゃなくて、自分も同じ対象物だというときにオールマイティにはなれませんよ。オールマイティというのは王様でしょう。神様のような立場から何でもできることですから。

牧野 対象の条件をすべてコントロールできる存在ということですね。

岡田 でも、対象が人間の場合は、条件設定できる範囲というのはある幅以上は絶対にないんだと。対象として制約があることが、かえって新しい工夫とかを含めて、もっと先へ進める可能性を持っているんだと……。

牧野 やっぱり自然科学の他の領域とは違っているわけですね。

岡田 自然科学とは言えないですね。医学というのは自然科学以外のものも存在している。自然科学というのは第三者的なものですからね。一人称にあたるようなものを説明できるはずがないんです。

牧野 それは将来的にもそうでしょうか。

岡田 そうでしょうね。僕は科学は万能じゃないと思っているほうでしてね。科学は三人称なんですよ。その距離から中に入ったら科学じゃなくなると思っています。たとえば患者さんを治そうとする場合、医学には二人称もあるし、さらに一人称もあるんですよ。

牧野 それはこういうことですか。脳死の判定自体は科学の領域に入るだろうけれど、脳死を「死」と認めるかどうかとなると、それは科学では判断できないと。

岡田 そうですね。寿命にしたって、医学は寿命を決定することはできない。しかし、寿命は存在するもんだとはっきり考えないかぎり、医学は成り立たないということなんですよ。それで、たとえば脳卒中もその寿命ぎりぎりのところまで起きないように努力する。

牧野 寿命は人それぞれですか。

岡田 それぞれですね。一般論では言えないですから。現場の先生方はそのようにこれから先の医学の方向づけを考えていくことで、社会の納得を得ようとされています。

牧野 医者が、実は医学は科学技術だけではないのだということをどこまで意識できるか。もし医者が意識できるとしたら、自分の受け持ちの患者があらゆる手をつくしてもやっぱり助からない、やっぱり寿命があると、そういうことにぶつかって初めて科学技術の限界を感じるんじゃないかと思いますね。

岡田 そうですね。今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

 

EYES

子供たちが楽しめるサイエンス!

科学技術に親しむ多様な機会をつくる

インターネットの普及など高度情報社会といわれる一方、若者の理系離れ、科学技術離れが心配されています。1995年の総理府の調査結果でも「科学技術についてのニュースや話題に関心がある」とする若者(18〜29歳)の割合は他の年代を下回っています(下記グラフ)。科学技術立国をめざす日本にとって、こうした状況は好ましいとはいえません。そのため、国全体の取り組みとして青少年が科学技術に親しむ機会をつくる試みが盛んに行われるようになりました。

その一つが学校教育の理科・技術において観察・実験の機会を増やすことです。理科は単なる知識教科ではなく、手を動かして自分で考える教科ともいわれます。そして、科学的なものの見方を学んでいきます。それが知識偏重に傾いていたのをどれだけ軌道修正できるか、今後の成り行きが注目されます。

学校教育以外では科学館・博物館の充実があげられます。1996年に発足した科学技術振興事業団(JST)は、学校や家庭にいながら最新の科学技術を疑似体験できる「バーチャル科学館」の開発も計画しています。

また、JSTでは研究者たちを「サイエンス・レンジャー」として教育現場や科学館に派遣する事業も行っています。これは、JSTが開発したプログラムによってサイエンス・レンジャーが実験ショーを行うイベントです。たとえば、今年3月には名古屋市科学館で「びっくりおもしろ実験ショー・出動!サイエンス・レンジャー」が「生物のモノづくり」と「ようこそ光の世界へ!」をテーマとして約300人の小・中学生と家族を集めて開催されました。

その他、毎年4月の科学技術週間の行事として青少年が研究現場を体験する「サイエンスキャンプ」なども行われていますが、こうした試みは青少年だけでなく、広く一般の人に科学技術をより理解していただくものです。96年には「科学技術と社会に関する懇談会」(座長:有馬朗人・理化学研究所理事長)により、科学技術に関する社会の理解を促進するための提言がなされ、科学技術を一般の人にわかりやすく伝える「インタープリター(通訳)」の重要性が指摘されました。

次代を担う若者、特に子供たちが科学技術の面白さにふれる機会が増えることは大変喜ばしいことです。できれば、科学館などがより魅力的な存在になり、子供たちが楽しみながら学べる場所になれば素晴しいでしょう。

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