LF対談
分子モーターから生物の素晴らしさを見る No.26(1998.9)
大阪大学医学部教授
柳田敏雄 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長
一分子を見て、つかまえる
岡田 日本学士院賞・恩賜賞の受賞、おめでとうございます。
柳田 どうもありがとうございます。
岡田 今日は、まず受賞の対象となったお仕事について、かいつまんでお話をしていただけませんでしょうか。
柳田 簡単にいうと一分子を観察操作する方法を開発して、分子モーターとしてのタンパク質の機能を調べた研究が受賞対象なんですが、僕は学生の頃、電気工学科にいましてトランジスタの基になる半導体素子を……。
岡田 それはいつ頃ですか。
柳田 マスターにいたのが70年、71年頃です。
岡田 華やかな頃ですね。
柳田 半導体産業を日本の基盤産業にしようということで、当時一番華やかな分野でしたね。それが、なぜ生物に移ったかということですけど(笑)、一応半導体の原理というのはすでに明らかになっていまして、あとはコンピュータとして使えるものにどのようにしてゆくかとか、応用研究になっていまして、僕としてはもうちょっとベーシックなものをやりたいと思ったんです。
岡田 それで、生物物理の大沢先生のところへ行かれた。
柳田 実は大沢先生のこともあまり知らなかったんです。ただ、物理の人で生物をやっている。じゃあ行きましょうということで。でも、オーバードクターが多くて、ドクターでも就職はできない。
岡田 そういう問題がずいぶんあった時代でしたね。
柳田 大沢先生が言われた言葉で一番印象に残っているのも、うちはオーバードクターが20数名いる、キミは20数番目だと、それでもいいなら来なさい、でした。就職はほとんど絶望的だったんですね。
岡田 それでよくふんぎられましたね。
柳田 電気の先生には大見栄きって来てますからね。でも、大沢先生は2カ月たっても研究テーマとか何もおっしゃらない。ある日、先生何をしたらよいでしょうと聞いたら、キミは何かしたいから来たんでしょうと言われて。あとで聞いたら、大沢牧場と言いまして、何も指導しない先生で有名だったんです。
岡田 へえ、そうなんですか。
柳田 しょうがないから、それまでずっと光を使った計測をやっていましたので、そういう計測技術と、タンパク質がぎっしりつまって一番測りやすい筋肉の細胞を組み合わせて研究を始めたんですけど、ちょうど筋肉の分野ではハックスレーという人の首振り説で終わりだ、解明できたと言われてまして。大沢研でももう筋肉をやめて違うことをやっていたんです。何をいまさらと言われました。
岡田 それでも、始められた。何を思って始められたんですか。
柳田 僕とかトランジスタの研究をしていた者にすると、首振り説はやっぱり変なんですよ。というのは、タンパク質は使うエネルギーがトランジスタの数1000倍少ない。ものすごく少ないエネルギーで動いているんですよ。それで、スピードはミリ秒くらいで100万分の1くらい遅い。だから、トランジスタと同じ仕組みで働いているとすると、タンパク質は非常に性能の悪い素子ということになってしまう。
岡田 そうですね。
柳田 なのに首振り説は、ある意味でトランジスタと同じ考え方で、0と1、鍵と鍵穴式になっていて、化学反応と力学反応、入力と出力が一対一できちっと対応している。これは面白くない(笑)。
岡田 すごいなあ。そのときにそう思われたわけですか。
柳田 生物が人工機械の素子と同じような仕組みで動いているわけがない。それは大沢先生もおっしゃっていました。それで、首振り説を否定してやろうと思ったんですね。まだミステリーがあるに違いないと。筋肉を動かすミオシンというタンパク分子の頭に蛍光分子をつけて測ってみると、筋収縮中にハックスレーが言っているような大きな構造変化は起こらなかった。それを論文に書いたら、ある国際会議に呼ばれてえらい受けました。でも、全面的に間違いだと言ったわけじゃなくて、僕が一番興味があったのはタンパク質は一対一できちっと対応してまったく自由度がないんじゃなくて、ある状況に応じて対応するはずだ。それくらいの高次機能があると……。
岡田 能率が悪いだけじゃなくて。
柳田 あいまいなシグナル、遅いシグナルになんか意味があるに違いない。じゃあ、きちっと調べよう。一分子でやろう。一分子でやるためには見ないといかん。生きたままのタンパク分子をとにかく見ようということになったんです。まあ、可視光で見えないほど小さくても夜空で星を見るのと同じ原理で、真っ暗闇で光ってりゃ見えるだろうと。それで、1984年に初めてアクチンというタンパク分子を見たんですけど、固いとみんな思っていたアクチンがすごくしなやかだった。
岡田 生き物みたいにアクチンが走っているのは、僕もびっくりしたなあ。見せてもらったとき。ほんとになんか生き物やと思いましたね。ミオシンをシートにしてというのはうまい方法だなと思いました。あれはすぐにそういう工夫ができたんですか。
柳田 そうですね。とにかく筋肉の中で起こっている運動を顕微鏡下で再現したかったんです。そのとき初めて『Nature』に出したんですけど、非常にうまくいった研究の一つでしたね。化学量と力学量がそんなにきちっと対応していないことがわかって、その次は見ているだけじゃなくて、細いガラス針でつかまえようということになりました。
岡田 それもびっくりしたんや。そのアイデアもすっと出てきたんですか。
柳田 そうですね。結局、2年ほどかかりましたけどね。学生にもよく言うんですよ、人間の学習能力はすごいと。2年間くらい論文も書かないで、それだけを訓練した人じゃないとできないんですよ。
タンパク質には個性がある
岡田 僕が研究者になった頃、生物物理というのは言葉としては盛んでした。だけど、なんとのう言葉だけがかっこいいと思ってたんです。それが先生のお仕事で、ほんとの意味の生物物理が生まれたなあと感じて、現実味を持ちました。
柳田 そう言っていただくとありがたいんですけど。とにかく、そういうふうに分子をつかまえて、力を測ることができるようになりました。
岡田 やってみようと思われたのがたいしたものですね。
柳田 その後は、教授になって研究室もスケールアップしたので、化学反応を見ようということになって。生体の中でエネルギーを運んでいるATP(アデノシン三リン酸)が分解しているところを水の中で直接見ることができました。そして一分子の力学反応と化学反応を同時に測定できるようになりました。すごく面白いと思ったのは、化学反応と力学反応はきちっと対応してるんじゃなくて、ATPが分解されて一秒くらいたっても仕事をするという、メモリー機能を持っていたんです。
岡田 それは、どこで貯蔵していることになるんですか。構造が少し変化するようなことがありますか。
柳田 今まではタンパク質はアミノ酸配列が決まるとユニークに三次構造も一つに決まると考えられてきました。ところが、どうも複数の準安定な状態をとるらしいのです。この準安定状態にエネルギーを貯蔵している。また、ある意味では、同じタンパク質でも一つひとつ個性があることを意味しています。結局、タンパク質は一つで動いているわけじゃないので、集合体として一番都合のよいように、こんな環境ではこういう状態というように非常に柔軟性があるんじゃないかと思いますね。
岡田 そうですね。なんか水との関係でいうと、熱運動との対応になると思うけど、どうも生き物というのはそれをうまく利用しているようですね。
柳田 おっしゃるとおりで、最終的にはATPの分解エネルギーを使って帳尻合わせをするんでしょうけど、各ステップは熱で十分動かせる程度の……。
岡田 柔軟性を持っているんでしょうね。
柳田 そうですね。自発的に動けるということが大切で、タンパク質は水の温度のちょっとした変化ぐらいでも自分自身が変わるくらいセンシティブなんですね。エネルギーレベルが低いんです。
岡田 エネルギーレベルとしては熱と同じレベルになるんですな。
柳田 トランジスタは温度が変わろうと変わるまいと、0と1をきちっと出すようになっていますけどね。
岡田 高分子という意味合いのところでも何かありそうですね。
柳田 そうだと思います。なぜタンパク質はでかいのか。やっぱりそれだけ機能がついてくるんでしょうね。
岡田 ずいぶん多様なものを持っているわけですね。まだ、これからもやることがだいぶあるようですね(笑)。
柳田 そう。学生には今までは力仕事、筋肉仕事だったけれど、これからは頭を使わなきゃいかん、ブレイン・リサーチやと言ってるんですけど。
柳田敏雄 氏
大阪大学医学部教授
1946年、兵庫県生まれ。69年大阪大学基礎工学部卒業。71年同大学院基礎工学研究科(電気工学)修士課程修了。74年同博士課程(生物工学)中退。87年大阪大学基礎工学部助教授、88年教授。96〜97年医学部教授併任、4月同教授専任。 年同大学院基礎工学研究科教授。98年科学技術振興事業団1分子過程プロジェクト総括責任者。専門分野は生物物理学。受賞は内藤記念科学振興賞、日本学士院賞・恩賜賞ほか。
ノイズとは仲良くしている
柳田 僕は最近思うんですよ、脳より細胞のほうが高級じゃないかと(笑)。
岡田 脳のほうがシンプルだと。
柳田 そうですね。細胞の中の情報処理はほんとに難しい。今、研究室の3分の1くらいをあてて情報伝達を一分子でイメージングする研究をしています。
岡田 僕が脳で一番気になるのは、一つの脳細胞にたくさんシナプスがあるわけですよね。あれだけあれば、同時にパッと入ることもあると思うんです。シグナルそのものはデジタル型なんでしょうけど、それを全体として処理するためには、なんかアナログ型で処理せんことには、これとても時間がかかってしょうがないと思うんですが。
柳田 それが今のメインテーマなんでしょうけど、神経細胞はミリ秒で情報を送っていてコンピュータの100万分の1くらいのスピードです。遅いんですよ。また、1万回に1回は間違える。コンピュータは10の80乗分の1しか間違えませんから、比べるともうどうしようもないシグナルを送っているように見えるんですね。だから、0と1のシグナルだと破綻してしまう。僕もいずれは脳とコンピュータの違いを研究したいんですが……。
岡田 その遅さに意味がある。
柳田 そうですね。水の情報とかわけのわからない相互作用で仕事をするんだけど、ある情報処理はもうできちゃっているんでしょうね。かなりの情報を持ったシグナルになっているんじゃないかと思います。
岡田 そうですか。
柳田 ええ。だから、そこを解明したい。
岡田 どうも情報伝達のノイズを消すためにたくさん使っていると思ったりして。
柳田 コンピュータのレベルからすると、ノイズから逃げるというのはたぶんもう諦めているでしょうね。
岡田 生物では……。
柳田 無理だと思うんですよ。
岡田 それは面白いな。
柳田 ノイズから逃げようと数千倍のエネルギーをつぎこむと、もう脳なんて溶けちゃうくらい温度が高くなってしまいますよね。むしろ、ノイズとは仲良くしている。ノイズレベルで自分が変わるということは、たとえば先生と僕が分子としますと、水を通して先生がそこにいるというだけで僕はもう変わるんです(笑)。よく言うんですけど、細胞の中でシグナルに対応して100個くらいのリセプターが働いてシグナルを送る。ある人は1つじゃノイジーだから、100個集めてノイズをなくすと考える。僕はそれは間違いだと思います。100人頭のいいのがいて、それの結果としてシグナルを送り出す。一つひとつはすごく賢いんだと。一人でも仕事はできるんだけど、100人集まって仕事をしている。細胞でも一つひとつは個体をつくる情報をみんな持っているんだけど、たとえば皮膚の細胞に甘んじるわけですよね。そういう意味では非常に余裕があるんじゃないかと。
岡田 そういうことでしょうね。確かに自動車の部品とは違いますよね。
柳田 違いますね。普通ロボットをつくるときはモーター二つくらいで関節を動かす。筋肉では、全部モーターなんです(笑)。数千兆個モーターを入れて、非常に贅沢なつくりなんです。
岡田 先生のお話を聞いていると、やることがいっぱいありすぎますね。今日はどうもお忙しいところ、ありがとうございました。
EYES
柔らかく効率のよい生物分子機械
タンパク質1分子の動きを研究し、脳や筋肉などの仕組みを探る
人間の脳や筋肉などの働きはタンパク質によって担われていますが、生物物理学ではタンパク質を生物分子機賊(生体分子モーター)として捉え、その精巧な動作原理を分子レベルで明らかにしようとしてきました。しかし、タンパク質分子は大きさが千万分の数㎝(ナノメーターレベル)と非常に小さいため、水溶液中で生きて働いている様子を光学顕微鏡で直接見ることができませんでした。もちろん電子顕微鏡では見ていましたが、それはタンパク質を乾燥させるなどしていたのです。世界で初めて、生きたままのタンパク質一分子を観察、測定することに成功したのが、今回LF対談に登場していただいた柳田敏雄・大阪大学教授でした。
我々が何万光年も彼方にある夜空の星を見ることができるのは、星が輝いているからです。柳田氏はこの原理を用いてタンパク質を見ようと考えました。タンパク質分子に蛍光色素分子を結合させて、レーザー光を照射してみたのです。ところが、散乱光やゴミなどの背景光のため、昼間に星を見ているような状態になり、最初は何も見えませんでした。そこで、レーザーをガラスと水溶液の界面で全反射させたときに得られるエバネッセント波という特殊な光を用いて、蛍光分子の近くだけを見えるようにし、背景光を抑えたのです。これによって水溶液中でのタンパク質一分子を初めて見ることができ、その方法を利用してタンパク質の化学反応を観察することもできるようになりました。
また、柳田氏はタンパク質分子を細いガラス針や、レーザーで操作する方法も開発しました。たとえば、後者はマイクロビーズ法と呼ばれ、レーザーの焦点における光強度の差でタンパク質分子をつけたビーズを動かし、その力や動きを測定します。
これらの方法を用いた実験によって、タンパク質は状況に応じて自らの動きを変えることができ、熱雑音(ノイズ)と大差ない小さなエネルギーで効率よく働くことがわかってきました。人工機械の代表であるコンピュータが熱雑音の数百倍というエネルギーを要するのに比べて非常に小さなエネルギーで働くのです。また、その動きはあいまいで状況に応じて自らを変えてしまいますが、それらが集合すると脳のように非常に自律性の高い生物機械となることができます。
生物物理学の最終的な目標の一つは、人間の脳や筋肉のように柔軟で融通性に富んだ機械をつくることにあります。そのためには、生物を分子機械として捉え、その特性をより明らかにする必要があり、生物物理学の研究の一層の進展が期待されています。