LF対談
脳の高次機能の解明に向けて No.28(1999.5)
岡崎国立共同研究機構・生理学研究所所長
佐々木和夫 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長
カエルの神経繊維から人間の脳へ
岡田 五年前、関西サイエンスフォーラムがスタートしたときに、たしか「関西の脳研究の将来」という委員会がありまして、佐々木先生のお話が一般の人の脳への関心に一番こたえてくださるお仕事ではないかと思っていました。今、脳研究推進の20年計画ということでいろんな方が研究を進めていらっしゃいますが、先生は医学部を卒業されて研究生活に入られたとき、もう最初から人間の脳機能に目標を定められていたわけですか。
佐々木 私はもともと物理学に興味があって、生体の機能が物理学的にどのぐらい解明されるか、特に神経系のほうに関心がありました。1959年に生理学教室の助手になりますが、てんかん患者の脳手術で大脳をかなり広く開けて、直接電気刺激をした有名な本が1954年に出されていましてね。そういうニュースが断片的に入っていまして、有名な生理学者が新聞に「これからの大脳生理学は人間でやるんだ。だから脳外科でないとできない。動物実験なんかやっているのはダメだ」と書いていたんです。それを読んで、私も物理学的な現象から徐々にそういう人間の認識機構にいきたいと思ってましたから、非常にショックをうけました。それで、当時の外科の先生に相談したのですが、「そんなものは今の日本ではできないよ。とにかく基礎からやりなさい。それから脳外科に来なさい」と言われまして、生理学教室に入り、最初はカエルの神経繊維から。
岡田 カエルからですか(笑)。
佐々木 ええ。それから脊髄、脳幹とだんだん進んできまして、やっと大脳皮質に到達したのが1970年。最初はネコでやっていましたけど、そのうちサルでやらなきゃいかんとなりまして。ネコとサルとではずいぶん違うんですね。サルでやっとかなり面白いことが見つかりました。その一つは、何か行動をやめようと判断する瞬間に前頭連合野のある場所が働いていることがサルで見つかったんです。1982年でした。人間でいいますとちょうどコメカミの奥のところで、精神分裂病の治療として悪名高いロボトミー手術の場所です。
岡田 それは、そういうのがあるはずだと意識して実験されたんですか。
佐々木 いえ、そうじゃなくて、実はサルの脳に電極を入れていろんなことをさせても、その場所はどうしても活動が見られない。そこをなんとか働かせたいと思ったんです。
岡田 その執念でやったわけですね。
佐々木 それで何をやったら働くか。手っ取り早くやれるのは、やる、やめるだと。サルの目の前に光をつけて、緑がついたらレバーを動かす、赤がついたら動かさないように学習させる。すると、一例目からピュッと出たんですね。私もびっくりしました。そんな簡単に出ると思っていませんでしたから。
岡田 うれしかったでしょう。
佐々木 うれしかったですね。面白いもんが見つかったぞと、教室中ふれまわりました(笑)。今はNO-GO電位と言っていますけど、そうした現象が見つかったんです。しかし、専門家の方がよく言われますけど、サルにもいろんな性格がありましてね。抑制がきくサルとか、きかないサルとか。
岡田 人間と一緒ですな。
佐々木 性格によってNO-GO電位の出方が違うんです。これを人間でやったらどんなに面白いかと思いましてね。人間だったら性格テストもできますし。それですぐに脳波をとったわけです。ただ、確かに脳波でも出るんですけど、場所がわからない。脳波は、どの瞬間に活動したか、時間的解像力はいいんですが、場所の同定ができないんですね。みんな頭の真ん中に出てくる。本当はコメカミのところに出てきてほしいのですが。
岡田 それは何か理由があるんですか。
佐々木 あるんです。一つは頭蓋骨です。骨は絶縁体ですから、頭皮上に漏れでた電場が歪むことはわかっていたんですけど、実は脳脊髄液が曲者なんですよ。電気抵抗が脳の組織より低く、よく電気を通すわけです。極端にいうと、金属のヘルメットをかぶって脳波をとっているようなもので。
岡田 ああ、そうか。
佐々木 しかも、大脳皮質の溝の中にも入っているわけですから、その歪み方が非常に不規則なんですね。それが最大の原因なんです。ですから、両側に出ていても真ん中に集まってしまう。サルの場合は電極を直接脳に入れていますけど、人間にはそれはできないですからね。そのとき思いついたのが、磁場なんです。ただ、人間の脳の出す磁場を外から計った場合は非常に小さなもので、だいたい地磁気の一億分の一(笑)。
岡田 気が遠くなりますね。
佐々木 それを区別して計ることが非常に難しく、60年代からみんな営々と努力していまして、ようやく80年代の中頃になって人間のわずかな磁場でさえ超電導を使って計れる脳磁計が開発されていました。私もそれを使うしかないなと。日本にはありませんでしたので、ニューヨーク大学に行ってそこで実験してみたんです。4、5人一緒に行きまして、被験者は自分自身でなるわけです。そうすると、当時はまだいい機械じゃなかったんですが、ちゃんとコメカミのあたりに出ました。まあ、ニューヨークの地下鉄が夜中走っているので困りましたけど。
岡田 それも影響するんですか。
佐々木 影響するんです(笑)。そんなことで、これはとれる。場所も非常にはっきりしている。それで日本でも、全国の大学共同利用研究所ならみんな使えるということで岡崎の生理学研究所に当時最新鋭の機械を買うことになりました。それが91年で、確かにきれいにとれました。そのまま研究所の教授として京大との併任で残ることになり、それと関連した前頭連合野の仕事を続けたんです。
前頭連合野の働きの特定が進む
岡田 先生の前頭連合野のお仕事ではFMシータ波がありますね。あれは、どのようなことで始められたんですか。
佐々木 シータ波というのは一秒間に5〜7回くらいの振幅の波で、これは脳腫瘍などで破壊された細織の周辺部によく出るので異常波とされていたんです。当時、京大の医学部長も併任して寝る時間がなかったんですよ。自分で被験者になるんですが、眠くて眠くて、目をつぶっててもやれることはないかということで(笑)。
岡田 それは大変でしたね。
佐々木 暗算しているときの私の脳波をとってみたんですね。そしたら、前頭連合野にシータ波が出るんですよ。これ異常じゃないかと思いました。だけど、一緒に研究している人の半数ぐらいにもやっぱり出る。これは面白いと。それで論文を書くときになって、72年に京都の少年院の子供たちにシータ波が見つかったという論文を知りました。それを引用して発表したら、反響がありましてね。どうやらメンタルに集中しているときに出るらしい。暗算の他にどんな条件のときにシータ波が出るか、いろいろやってみたんです。すると、私は音楽が大好きなんですが、ポリフォニーといいますが、たくさんの音が同時に鳴るような音楽を頭の中でイメージ演奏すると……。
岡田 すごいですね。そんなことができるんですか。
佐々木 そうすると出るんですよ。他の人にやらせてもやっぱり出るんです。そのときの記録をコンピュータの得意な人にビデオにしてもらって、みんなに見せたらびっくりしましてね。時々刻々、本当に前頭葉が働いている。ただ、音楽でも単旋律の歌は出ない。絵とか視覚に訴えるようなことをイメージしても出ません。その他、いろんなことを試してみたんですけど、座禅とかヨーガの瞑想のときに出るんじゃないかと、ヨーガの人に頼んだらやっぱり出る。それもかなり高率で。
岡田 どうもシータ波が出なければシュンとならんといけないようですね(笑)。
佐々木 京都の禅寺の高僧にお願いしたときもやっぱり出ました。今は実は子供に出やすいだろうということで、そういうプロジェクトを動かそうとしています。教育学部の先生が子供の行動との関係で、特にNO-GO電位について非常に興味を持っていましてね。
岡田 それは面白そうですね。僕は東大の脳の先生にいろんなプロジェクトのお話を聞いたことがあって、そのときに前頭連合野のお話がないもんで、そちらの計画はないんですかと聞いたら、あれ何をやってもポコポコ出ましてね、どうも何のことやらわからんという話でした。やはり前頭連合野といったら、すごいものがあると思うんだけど。
佐々木 確かに前頭連合野はいろんなことに使われている。ですから、いろんな局面で活動しているはずなんですね。その機能をつきとめるには時間的、空間的な解像力を両方示さないと、なんとなく働いているということになる。
岡田 そういう発言でしてね。取りつくしまがないという感じでした。
佐々木 しかし、NO-GO電位の場合は非常に局在している。しかも、瞬間です。0.5秒光をつけときまして、その間に動かすか、動かさないか判断しないといけないわけです。
岡田 前頭連合野の機能として場所がはっきりしたのは、NO-GO電位が初めてになりますか。
佐々木 それまでも組織が破壊されてダメになるということではいろいろ言われていましたけど、その活動を実際に記録したのは初めてかもしれません。
岡田 すごいなあ。
佐々木 学習したサルはGOのときには動かし、NO-GOのときには動かさないんですけど、わざとGOのときに電極を通してその部分に電流を流すんですよ。ちょろっと刺激するわけです。
岡田 意地悪するわけですね。
佐々木 そうすると、サルはですね、動かすつもりなのに止まっちゃうんです。抑制をかけていることは明らかですね。
佐々木和夫 氏
岡崎国立共同研究機構・生理学研究所所長
1929年、兵庫県生まれ。54年京都大学医学部卒業。59年同大学院医学研究科博士課程修了。京都大学医学部助手、助教授、教授、学部長を経て、93 年より岡崎国立共同研究機構(現・自然科学機構)・生理学研究所教授、97年所長、 2003年同機構長。専門分野は脳生理学。脳組織の発生する電気的並びに磁気的な信号を指標にして、脳の統合的な活動の仕組みを研究。受賞は日本学士院賞。
脳と心の問題はどこまでわかる?
岡田 末梢神経のあたりから全部積み上げてこられて人間の脳まできて、ご自分で被験者にもなられて、いろんな工夫をしてこられたんですね。
佐々木 自分が何らかの精神活動を行っているときに脳のどこが働いているか。これほど面白いものはないですね。
岡田 しかし、なんか年をとってボケるとシータ波っていうのは出んようになるんでしょうな(笑)。
佐々木 それもみんなにやれって言われるんですけど、出ないからどうということもなかなか言えないんですね。
岡田 そうでしょうね。
佐々木 解釈が難しいですね。非常に高次の働きのときに出るだろうというのが今の解釈ですが、脳の活動の何を表わしているか、それはまだわからない。一方で、FMシータ波のMはメンタルなんですが、必ず聞かれるのがエモーショナルはどうだということです。喜怒哀楽ですね。私も実はそれ知りたくて、実験していたんです。明らかにメンタルと違うものがあるんです。まだ未完成ですが、右脳、左脳ってよく言うでしょ。これやっぱり関係しているんです。自分が被験者になったらよくわかります。
岡田 あっ、そうか。
佐々木 右脳、左脳というのは俗説で、言語でもどっちが優位かというのはありますけど、だいたい両方使っています。だけど、同じ音楽でも楽譜を覚えて演奏する場合と聴いて感動する場合とでは違うんですね。
岡田 面白そうですね。脳の高次機能の面では、先生のお仕事の他にはどのようなことがわかってきましたか。
佐々木 fMRIやPETを使って脳の血流や代謝の変化から機能を調べる仕事がずいぶん進んできました。脳波や脳磁計の記録とつきあわせていく必要がありますね。それと、盲目の方は点字を読みますね。普通、字を見ると後頭葉の視覚野が働きます。点字の場合は触覚ですから、体性感覚というともっと前の部分が働くんですが、視覚野も働いていることがわかってきました。脳の視覚野は視覚機能が失われたときも働いている。もちろん触覚の領野も使ってますけど、かなりフレキシブルなわけです。
岡田 先生の代償機能に関するお仕事を見ても、脳はえらいことができるものだとびっくりしました。
佐々木 しかし、最終的な目標ははるか向こうのほうにありましてね。人間が主観的に何を考えているか、言葉で情報交換はできるけど、本当にその人が何を考えているかは知りえない。類推しかできない。やはり脳の物質的な研究の限界というのは、こと精神活動に関しては、その人の哲学の問題になってしまう。脳と心をどう考えるか。同一だというのも信仰だし、違うというのも信仰だし。それはわからんわけです。しかし、我々は確かに脳と心が対応はしていると考えて、その関係を丹念に調べていきたい。それがある程度わかれば、たとえば精神病の診断などに多少役に立つかもしれない、という希望を持っているわけで。
岡田 とにかく佐々木先生が前頭連合野についていろんな面白いことがあるよと教えてくださってますから、これからが楽しみです。今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。
EYES
人間の脳の働きを見る
脳磁計で前頭連合野の神経細胞の活動を計測する
脳科学は、基本的に二つのレベルで研究が進められています。神経細胞の情報伝達などの仕組みを探る「分子・細胞」レベルと、知覚、運動、認知、記憶など脳の高次機能の仕組みを探る「行動・システム」レベルです。たとえば、後者ではサルの脳に微小電極を入れて、特定の刺激に対して活動する神経細胞の分布を調べたりします。しかし、脳科学がめざしているのは人間の脳の解明です。動物実験では言語など高度な機能については調べられません。私たちが思考するとは、脳がどのような働きをしていることなのか。人間の脳の働きを直接調べることが必要となります。
今回、LF対談に登場していただいた岡崎国立共同研究機構の佐々木和夫氏も、サルの実験で発見した前頭連合野の神経細胞の活動を人間でも確かめられないかと考えました。微小電極を入れたサルに異なる2色の光刺激を不規則な時間間隔と順序で提示し、一方の刺激ではレバーを動かし、他方の刺激では動かさないように訓練すると、レバーを動かさないときにかぎり前頭連合野の主溝背側壁に電位が現われます。この神経細胞の活動はNO-GO電位と名づけられ、レバーを動かさないときの抑制機能を表わすものと解釈されました。
人間の場合は電極を入れることはできませんから、まず頭皮上から脳波計で測定してみると、サルと同様の潜時と波形の電位は見られましたが、前頭から頭頂部にかけて左右広い範囲に現われ、電流源が特定できませんでした。電気抵抗の異なる頭蓋骨や脳脊髄液によって起こる歪みのためでした。そのため、導入されたのが脳磁計です。頭皮上の磁場は地磁気の1億分の1以下しかありませんが、そんな微弱な磁場もSQUID(超電導量子干渉素子)脳磁計の開発によって計測、解析ができるようになっていたのです。脳波計と比べて、神経細胞の活動部位の局在決定に適していました。実際に脳磁計で測定してみると、NO-GO電位の電流源がサルと同様に前頭連合野の背外側に見られました。
脳磁計は、放射性同位元素を血液中に入れて血流量や代謝の変化を見るPET(陽電子断層法)などと異なり、非侵襲性で繰り返し検査が可能です。また、脳波同様、神経細胞の活動をミリ秒以下の速い時間経過で記録分析できます。私たちの脳の高度な働きのうち、脳磁計で確かめられることはまだわずかですが、こうした測定技術の開発、応用によっても脳科学は着実に成果を生み出しています。