LF対談
アポトーシスで広がる生物の見方 No.30(2000.1)
大阪大学大学院医学系研究科教授
長田重一 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長
抗体だけで細胞が死んでしまった
岡田 長田先生は現在、世界でもたいへん有名な研究者の一人でいらっしゃる。引用文献として取り上げられた回数が98年の世界一というのはすごいですね。
長田 今、アポトーシスの分野は研究者がすごい勢いで増えています。10年前は論文の数が100に満たなかったのが、去年は8000にも増えていて、そのせいでもあるんです。
岡田 だけど、それよくわかるような気がします。僕が現役の頃は、細胞死とか死ぬほうのことはエントロピーが増大して、まあいろんな死に方があるだろうと、どうも自然科学的なテーマとしては成立しないのと違うかと思っていたようなところがありました。
長田 培養していた細胞を死なせてしまったら「おまえ下手くそ」(笑)だったのが、今は死んだら「やった、やった」となる。不思議な時代になりました。
岡田 我々の身体の恒常性を保つ仕組みの一方側しかこれまでは知らなかった。アポトーシスという新しい生き物の見方が先生のお仕事ではっきり出てきたなあと。それで今、研究者の意欲をどんどんかきたてているアポトーシスについて、先生の研究のきっかけのあたりからお話をお願いできませんか。
長田 現在京大ウイルス研の米原さんがインターフェロン(ウイルス抑制因子)の受容体の研究をしていたとき、ヒトの細胞表面抗原に対するモノクローナル抗体をマウスに作らせたんです。インターフェロンの受容体の抗体であれば、インターフェロンはつかなくなってウイルスはヒトの細胞を殺すだろう。本来ならインターフェロンがあれば細胞は死なないはずだけれど。
岡田 そういう狙いですか。
長田 ところがインターフェロンやウイルスがなくても細胞を殺すものが出てきた。インターフェロンもなし。ウイルスもなし。抗体だけで死んでしまった。
岡田 びっくりしたでしょう。
長田 抗体が細胞を殺していることになる。TNF(腫瘍壊死因子)に似たものかもしれないけど、よくわからない。それで、その抗体が認識しているタンパク質(Fas)が何かを調べようということになって、伊藤直人君がFasの遺伝子をとりあげるまでに結局、3年かかりました。
岡田 ヒトの細胞でですか。
長田 そうです。最初の細胞ではなかなかとれなくて、もっとたくさん発現している細胞がないかと変えてみたり。
岡田 いろんな細胞にあるぞというのが、そのときわかったわけですね。
長田 そうです。発現レベルは違うけれども、どの細胞も持っている。
岡田 無駄じゃなかったわけだ。
長田 それでも、遺伝子がとれてもまだ何かわからない。ただ、その構造から何かの受容体であることは間違いない。その遺伝子をマウスの細胞に入れてヒトのタンパク質を作らせ、ヒトのFas抗体で刺激すると細胞は死んでしまう。それも死んだ細胞の形態を見るとアポトーシス。結局、これはアポトーシスを媒介するような受容体で、細胞内にシグナルを伝えているのではないかと結論し、その論文を『Cell』に送ったんです。
岡田 それはいつのことですか。
長田 91年の春です。
岡田 僕が長田さんのお仕事で最初に注目したのは劇症肝炎のことでした。それはいつ頃ですか。
長田 92年の春です。マウスの系を使って、実際にFasが何をやっているのか調べようとしました。そのために小笠原準君がマウスのFasに対するモノクローナル抗体を作って、それを産生するハイブリドーマ(雑種細胞)をマウスの腹腔の中に入れて増やそうとしました。すると、「マウスが全部死んでしまいました。もう一回やりなおします」と言ってきた。さらに一週間後に「先生、また殺しました」。「ちょっと待てよ。それは抗体が何かやっているかもしれない」となって、ハイブリドーマを培養し、その培養液から精製した抗体をマウスに注射すると4時間も経たないうちにバタバタと死んでしまう。
岡田 それはびっくりしましたなあ。
長田 それで解剖してみたら、東大・医科研から派遣されて研究室にいた白藤君が「先生、肝臓が真っ赤です。調べたほうがいいですよ」と言ってくれて、調べてみたら肝炎でした。
岡田 お話を聞いたときは驚きました。
長田 ほとんどの人は信じてくれませんでした(笑)。だけど、Fasの変異マウスが見つかったんです。Tリンパ球の遺伝病を持つlprと呼ばれるマウスで、それはリンパ節や脾臓が腫れあがる病気でした。その頃までにFasはTリンパ球でたくさん発現しているのがわかっていたので、Fasは細胞を殺すのだから、それがダメになったらTリンパ球が増えてもいいだろうと単純に考えたんです。
岡田 よくそこに気づかれましたね。Tリンパ球が増えすぎて死ななかったらえらいことになる。確かにある時期には壊れないといけないんですね。
自己免疫疾患の病気解明につながる
長田 一方、Fasが受容体ならば、それにシグナルを送るリガンドがなければならないということで、ずいぶん調べてみたけれどなかなか見つからない。ウーンとうなっているときに、ある日、突然フランスのGoIsteinからFAXが届きました。「Fasを発現している細胞は殺すけれども、発現していない細胞は殺さないTリンパ球株を見つけた。もしかしたらFasに対するリガンドが発現しているかもしれない。興味があるなら送るよ」ということでした。92年の12月10日です。はっきり覚えてますよ。それで、送ってもらって約8カ月かかって須田貴司君がリガンドをとった。『Cell』に論文を送ると、すごい仕事だという返事でした。lprマウスの存在によって、Fasリガンドの同定は世界的にたいへんな競争になっていたんです。だけど、ほんとにフランスからの申し出がありがたかったですね。会ったこともない人なんですよ。
岡田 素晴らしい話ですね。
長田 結局、Tリンパ球がリガンドを発現しすぎるから劇症肝炎が起こるのではないか。そう考えると、抗体で劇症肝炎が起こるのを見ていたのとまさにつながりました。一方、Fasの変異に関してもその後、フランスやアメリカのグループが同じような病気を人の遺伝病で見つけました。感動しましたね。マウスでやっていたことは無駄じゃなかったんだと。
岡田 ほんとに幅が広がってきたわけですね。アポトーシスはありとあらゆるところに引っかかってくる。
長田 少なくともTリンパ球を介した病気というのは、劇症肝炎だけじゃなく糖尿病もそうでしょうし、甲状腺炎やリウマチなど自己免疫疾患の病気は、かなりFasのリガンドで説明できる。ただ、アポトーシスというのは本来、手足の指ができるときに指と指の間の細胞が死ぬとか、オタマジャクシがカエルになるとき尻尾がなくなるとかで働いていて、そこで何が起こっているか、まだまったくわかっていない。それは完全な謎です。いくつかわかってきたのが、Tリンパ球がターゲットの細胞を殺す役割をどう担っているか。それからウイルスや細菌に感染すると白血球が増えますが、それがおさまるとすみやかに元のレベルに戻る。そこにFasとFasのリガンドがからんでいる。そのあたりはかなりすっきりしてきているけれども、本来の身体が発生する際にどのように細胞が死んでいくのかはまだ説明されていない。
岡田 そうですか。均整をどこでとっているかというのがなかなか難しいですね。
長田 何が刺激になって尻尾だけ切れてなくなるのか。指の間にしても、どうしてそこまでいって先にいかないのか。ただアポトーシスの根本的な分子機構そのものは、発生のときとFasによるものとは同じです。たとえば、線虫は1000個の細胞の成体になるまで、必ず131個の細胞が決まった場所で決まった時間に死んでしまう。それがどのようにコントロールされているか、MITのグループがいろんなミュータントを作って調べると、ced3と名づけた遺伝子の変異が起こると細胞は死なない。それが発現するものは何かと調べてみるとプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)。哺乳類もやはり同じで、江成政人君がFasの系にプロテアーゼのインヒビター(阻害分子)を入れるとアポトーシスがパタッと止まる。
岡田 いろんなところから情報が入ってきて、いろんなことをしないといけませんね。
長田 そうなんです。しかも、もっと複雑です。線虫ではced3という一つの遺伝子しかないけれど、哺乳類ではそれに似たものが今までで14個見つかっています。そして、どうやら一つのプロテアーゼが活性化すると、次から次へとプロテアーゼが活性化するらしい。それが言い出されたのが95年です。では、どうしてプロテアーゼが活性化されるか。探し出されたのが、細胞の内側でFasに結合するアダプターで、その次にいきなりプロテアーゼ。するともう簡単。おそらく一番最初のプロテアーゼが受容体のところで活性化されると、次から次へとアクティブになる。
長田重一 氏
大阪大学大学院医学系研究科教授
1949年、石川県生まれ。72年東京大学理学部卒業。77年同大学院理学系研究科博士課程修了。同大学医科学研究所助手、チューリッヒ大学分子生物学研究所研究員を経て、87年(財)大阪バイオサイエンス研究所第一研究部部長。95年大阪大学医学部教授。 年同大学院医学系研究科・生体制御医学遺伝学教授。専門分野は生化学、分子生物学。受賞はコッホ賞、日本学士院賞・恩賜賞、文化功労者ほか。
綱渡りのバランスで働く死の機構
岡田 臨界点を越えると止めるわけにはいかないわけですね。
長田 細胞の増殖や分化はある意味で可逆的ですが、この細胞の死の機構だけはいったんプロテアーゼが活性化すると最後までいってしまうんです。
岡田 それで今はどのあたりに中心が置かれているんですか。
長田 アポトーシスのとき、細胞がものすごい勢いで縮み、それと同時に染色体DNAが断片化します。そこで、Fasで死につつある細胞の抽出液を核にまぜてみました。すると確かに核のDNAが壊れてしまう。これは絶対にこの抽出液の中に何かあるに違いない。そして、増殖している細胞にはDNase(DNA分解酵素)とそのインヒビターが複合体になっていて、アポトーシスの刺激によりプロテアーゼがインヒビターのほうだけを特異的に壊してしまうことがわかりました。そうするとDNaseが活性化されて、核にいってDNAを壊してしまう。
岡田 それは特別なDNaseだったんですか。
長田 特別なDNaseでした。それを97年の暮れに『Nature』に送ったんです。一週間でレフリーのコメントとともに戻ってきて、少し書き直せば、98年の1月1日号に載せるということでした。それで、1月1日に出たので引用される回数も多くなったんです。
岡田 世界一やもんな。日本人で初めてや。
長田 結局、Fasに関しては、リガンドが受容体に結合するとプロテアーゼが活性化されて、DNaseが活性化する。
岡田 ストーリーがつながったわけですね。
長田 そうです。だから今はどうしてDNAの断片化が起こるのか調べています。プロテアーゼが活性化されれば、細胞内のいろんなタンパク質を壊すんですね。それだけで細胞は死ぬ。DNAを壊す必要なんてない。
岡田 今はそのへんが気になるわけですね。
長田 DNAを壊すのにものすごく凝ったシステムを使っているわけですよ。確かにそれが活性化されると死ぬことは間違いない。だけど、それがなくても他のことで細胞は死んでしまう。なぜ、そんなに凝ったことをしてDNAを壊す必要があるのだろう。
岡田 先生の思考方法は面白いなあ。そのあたりの問題が引っかかって先へ進んでいくわけですね。ほんとに今まで恒常性、恒常性と言ってたけど、アポトーシスの視点がないとまったく生体の恒常性は成り立たないわけですね。
長田 結局、今までは片面だけしか見ていなかった。死ぬという方向からも見なくちゃならない。死ぬことがブロックされてもガン化は起こるだろうし、異常な細胞は出てくる。
岡田 そんなのを見ていると、ほんとに生きるというのはえらい細いところを綱渡りして歩いているなと思いますね。
長田 そうですね。細胞が死なないとガン化するし、それが働きすぎても肝炎を起こしたりして、やっぱりヒトを殺してしまう。ギリギリのバランスのところでその仕組みが動いてくれないと困るわけです。
岡田 それでも身体というのはちゃんと安定するようにできているんですね。だけど、そのアポトーシスの経路を何かの治療に結びつけようとすると怖いね。下手をするとえらいことになる。
長田 そうなんです。ガンの治療にしても、アポトーシスは正常な細胞も殺すわけで、ガン細胞だけを殺すような工夫ができないかぎりなかなか応用はできない。
岡田 コントロールが難しそうですね。
長田 ただ、劇症肝炎の臨床では、Fasのリガンドに対する抗体やプロテアーゼのインヒビターが利用できないか、あちこちの製薬会社がやっています。実際、マウスの実験ではプロテアーゼのインヒビターを入れることで成功している。あとはアルツハイマーですね。
岡田 あれもアポトーシスですか。
長田 そうです。神経細胞のアポトーシスじゃないか。やっぱりプロテアーゼのインヒビターが使えないかと。
岡田 そやけど、他の細胞もあるもんなあ。まあいろんな努力がなされているんですね。
長田 あとは発生のアポトーシスがどのように調整されているか。やっぱり線虫が一番先行していて、卵を産むための細胞がオスでは全部死んでしまってメスでは残っている。性によってアポトーシスにかかわる遺伝子の発現が制御されている。それできれいに説明されています。それは哺乳類でもそうでしょう。私も発生のほうをやりたいんで、ハエを使った研究をやりはじめています。
岡田 ともかく今までまったく生き物の表側しか見ていなかったという感じですね。それがアポトーシスということで視野がいっぺんに広がりました。今日はお忙しいところ貴重な話をどうもありがとうございました。
EYES
細胞はどのように死んでいくか?
生体の恒常性維持のために細胞を死に至らしめるアポトーシス
我々人間の身体は約60兆個もの細胞から構成されています。1個の受精卵から増殖や分化を繰り返し、その過程や成熟個体では不用の細胞や害のある細胞は取り除かれます。たとえば、手足の指は、指と指の間の細胞が死ぬことからできますし、ガン化した細胞やウイルスに感染した細胞は免疫細胞によって殺されます。また、老化した細胞は新しい細胞と置き換わります。これらの生体が能動的に行う細胞死をアポトーシスと呼んでいます。
1972年、オーストラリアの病理学者カーらは、それまでの受動的な細胞死(ネクローシス)とは形態的にもまったく異なる、生体の恒常性維持にかかわる細胞死として、このアポトーシスを定義づけました。アポトーシスとは「離れて、落ちる」という意味です。その特徴としては、核やDNAの断片化や細胞縮小があげられ、我々の体内で起こる生理的な細胞死はほとんどがアポトーシスと言われています。
しかし、アポトーシスの研究は長い間、それほど関心を持たれませんでした。それが世界的に注目されるようになったのは、アポトーシスが遺伝子にプログラムされた細胞死であり、さらにアポトーシスの異常が自己免疫疾患やガンなどと密接な関係にあることなどがわかってきたからです。今回、LF対談に登場していただいた大阪大学の長田重一氏は、アポトーシスを誘導するタンパク質、FasやFasリガンドの解析によって、アポトーシスの研究発展に大きな貢献をされました。
細胞の増殖や分化がサイトカインと呼ばれるタンパク性因子によって制御されているのと同じく、アポトーシスにおいてもFasリガンドがその受容体Fasと結合することによって誘導されていることが、長田氏らの研究で明らかになったのです。さらにこのときプロテアーゼが活性化されて細胞内のタンパク質を分解するとともに、DNase(DNA分解酵素)を活性化して染色体DNAが切断されることが分子の言葉で説明されました。
個体の発生過程でのアポトーシスについてはまだ研究は緒についたばかりですが、免疫系ではどのように免疫細胞が害のある細胞を死に至らしめるのか、また自己反応性の免疫細胞や役目を終えた免疫細胞の除去などについても多くのことがわかってきました。生体のホメオスタシス(恒常性)維持のためにどのような役割を果たしているか、また自己免疫疾患やガンなどの病気の解明においても今後のアポトーシス研究の成果が待たれます。