LF対談

森の恵みと文明の行方 No.33(2001.5)

国際日本文化研究センター教授
安田 喜憲 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

農耕革命と森林の破壊

岡田 何年か前、NHK市民講座でギルガメッシュとフンババの物語を通じて先生が古代文明によって破壊されたレバノン杉の森の話をされた時、20数年前見た、木の全く無いゴラン高原の風景を思い出しましたよ。先生は花粉の化石をマーカーにして環境考古学という新しい学問を創始されました。そして、今では中国の長江文明の調査などたいへん広がりをもってきておられるようですね。

安田 僕はもともとは地理学を専攻していたんです。地理は理学部の中でも“チリ”だ、“ゴミ”だといわれている(笑)。頭のいい人は物理や数学にいきますからね。その地理の中でも僕は落ちこぼれだった。広島大学で助手を15年もやったのは、その頃の僕の研究がまったく評価されなかったからです。僕は地理学を自然と人間の関わりを研究する学問だと考えていたのですが、それは当時の地理学の主流ではなかった。それで地理学では評価されないのならいっそ名前を変えてみようと思って環境考古学と命名したんです。

岡田 花粉をマーカーにしてというのは、どのようなきっかけがあったんですか。

安田 当時の考古学は土器や石器の研究は盛んでしたが、それを包む地層の研究はほとんどされていませんでした。僕は人類の歴史というのは気候など環境に大きく左右されると考えていましたので、過去の環境を復元したかった。地層に含まれる花粉の種類や構成比を分析する“花粉分析”なら当時の森を復元したり、その森から当時の気候を推定することもできる。栽培植物の花粉によって農耕の起源も復元できます。人間による森の破壊も花粉分析から明らかになる。過去の環境を復元するもっとも有効な方法だと考えたんです。

岡田 それを強く意識されたのは広島大学の助手のときからですか。

安田 東北大学の院生のときからです。僕が今やっていることはほとんど大学院の修士のときに考えていたことです。学者っていうのはそういうものじゃないですか。

岡田 尊敬するな(笑)。最初に花粉分析をされたのはいつ頃でしたか。

安田 修士論文のとき、宮城県の多賀城遺跡の花粉分析をしました。大和政権の出城ですね。東北地方が開発されるときにどのように森が破壊されたかを実証しました。それは評価された。花粉分析を使って日本で最初に森林破壊を指摘したものでした。

岡田 すごいですね。たぶん花粉の化石というのは保存状態のよいところを探すのが難しいと思うんだけど。

安田 そうですね。だから、学者は能力と同時にカンみたいなものもないと一流にはなれない(笑)。若い研究者にもいます。どんなに優秀でもなかなか面白い結果のでない人が。

岡田 僕は先生が花粉分析を始められたのはそんなに早くからだとは思っていなかった。

安田 学者には二つのパターンがあります。頭のいい人はある程度までいくと別のことにシフトされる。先が見えるんですね。僕は頭が悪いから先が見えない(笑)。だから、ずっと同じことをやっている。それだけのことですよ。

岡田 それから花粉分析によって人類の農耕の始まりなど幅広く人類の歴史を研究されるようになったんですね。

安田 西アジアで農耕が始まったのは約1万2000年前です。氷河時代の末期に大西洋岸で“ヤンガー・ドリアス”という寒のもどりが起こる。その頃から栽培種の麦の花粉が出はじめます。どういうことかと言うと、気候がしだいに暖かくなって森が広がり、人類は森の資源を利用する技術を覚える。獲物を追って移動する草原の生活から、森の中での定住生活に変わり、出産も便利になって人口も増えます。そういうときに“ヤンガー・ドリアス”の寒のもどりが起こり、森の資源が減少して食糧危機に直面する。そのときどうしたか。森から草原に再び戻ったんです。そして、麦作農耕を始めたと私はみなしています。ところが、東アジアでは寒のもどりの影響がほとんどみられない。西アジアでは気候が寒冷化して人類が危機に直面したときに新しい技術革新として農耕が始まったけれど、東アジアでは恵まれていて。

岡田 のんびりしとった(笑)。

安田 のんびりしてたんですね。しかし、日本の縄文時代には世界最古の土器を作っている。世界に先がけて温帯の落葉広葉樹の森が拡大したからです。そこで土器革命をやった。農耕革命は遅れたけれど、それは森があまりにも豊かだったので農耕をやる必要がなかったんです。だから、人類の歴史にとっては環境がいいから必ずしもいいとは限らない。

岡田 そうか。イスラエルやギリシアに行ったら、はげ山ばかりでほんとにギョッとしますね。イスラエルの人が日本に来たら、とにかく緑がいっぱいだと感嘆しますね。

安田 氷河時代の末期のあり方がずっと尾を引いているというのが僕の考え方です。西アジアのように徹底的に森が破壊される。それは気候の乾燥化や木材の需要とともに農耕のあり方にも関わっています。麦の野生種を栽培化するとともにヒツジやヤギを家畜化した。その家畜を放牧する牧草地が必要です。ところが、日本では弥生時代に稲作農業が伝播したけれど、家畜は入ってこなかった。それが日本の森を守った原点の一つだと思いますね。

“流域”を単位とした生活

岡田 ゴラン高原に行ったときに崖上から水がちょろちょろ流れ落ちていましてね。説明してくれたイスラエルの人が「われわれの水の元がここにある」と言われる(笑)。イスラエルというのは大変だなと思いました。

安田 森があることの何が重要かと言ったら結局、水なんですね。メソポタミア文明も水で滅びました。インダス文明もそうです。4000年前に気候が乾燥化したんです。森というのは水を貯めるダムですから、それが気候変動と人間による森林破壊によってなくなると川からも水が消える。森の恵みの最たるものが水なんです。

岡田 水ですか。今また農地の拡大や地下水の枯渇などで、地球で水が足りんようになると盛んにいわれていますね。

安田 古代文明と同じようになるんじゃないでしょうか。現代文明はおそらく水の問題がキーとなって衰退していく。

岡田 日常生活だけみても僕らが子供の頃と比べて水を使う量はすごく増えています。それが日本ではなんとかなっているんですね。

安田 日本は農業でほとんど地下水を使わない。これ、賢いんですね。もちろん使わなくても大丈夫だったわけですけれど、たとえばインダスでは地面を見ずに歩けない。深さ50mほどの井戸が今もいたるところにあり、囲いも何もされていない(笑)。僕は高所恐怖症ですから怖くて覗くこともできない。それくらい深い井戸を掘って水をくみ上げていた。

岡田 日本では溜池をいっぱい作りました。

安田 そうですね。天水を溜め、そして川の流域というものを単位にして農業をやった。水の循環に支えられた生活。これは賢いんですよ。里山があって平野があって海がある。日本人は誰しもそういう空間をはっきり意識できますよね。その中で生活していることが21世紀に水の問題が起こってきたときにとても重要になる。西アジアに行ったら見渡すかぎり大地が広がり、流域という概念はまったく浮かばないですよ。

岡田 水を上手に利用する。それは将来にわたって日本の財産になるわけですか。

安田 たいへんな財産ですね。21世紀の日本の国土計画にも受け継がれていくべきです。

岡田 日本は平野が狭くて困ると思っていたけれど、これからは逆になりそうですね。

安田 ただ、われわれは今の食糧の約70%を輸入に頼っているわけで、そのへんをもうちょっと考えないと。

岡田 僕は本籍が高知県でしてね。この間まで県の教育委員をやっていていろんなところを見に行きました。結局、高知というのは農業と漁業、一次産業の県なんですね。貿易の自由化できついんですよ。安い輸入品によって地域の一次産業がつぶされる。これはほんとに自殺行為だと思ってるんです。何かみんなが元気になることをしていきたいんですが、どうにもこうにもならんところがあります。

安田 今の日本では時間のスパンがどんどん短くなっています。国家百年の計など立てられない。ところが、自然保護や一次産業のような問題は長いスパンで考えないといけない。僕は今、日本の首相は江戸時代の木こりより劣ると言ってるんです。木を植えたって自分の代には大きくならない。孫の代のことを考えて植えている。しかし、今はまず目先の利益を与えないと国民も満足しない。そういう仕組みになっていますよね。

岡田 今の子供のいろんな問題もそんなところから出てきているのかもしれません。長いスパンで考える余地が与えられていない。

安田 しかし、われわれは1万年前(笑)の話をしている。つまり、1万年の歴史を知って論じる未来と、数十年の過去しか知らずに論じる未来とはおのずから違います。21世紀は地球環境の問題が大きくなる。地球環境は人間の時間のスケールを超えている。そのとき1万年前の世界をリアルに頭に浮かべられる人間が唯一、あと100年とか200年後の世界を予測できるんじゃないでしょうか。

岡田 そうでしょうね。

 

安田 喜憲 氏

安田 喜憲 氏

国際日本文化研究センター教授

1946年、三重県生まれ。東北大学大学院理学研究科修士課程修了後、広島大学総合科学部助手を経て、理学博士。1988年、国際日本文化研究センター助教授、1994年から現職。「環境考古学」という分野を日本で初めて確立し、1980年には、日本文化が「森の文化」であったことを実証して見せた。現在、古代文明の盛衰と環境変動の関わりを世界的なスケールから研究、自然科学と人文科学の学際的融合に取り組んでいる。麗澤大学客員教授、フンボルト大学客員教授、京都大学大学院教授も務める。1996年に中日文化賞受賞。著書に『環境考古学事始』、『世界史のなかの縄文文化』、『森林の荒廃と文明の盛衰』、『大地母神の時代』、『縄文文明の発見』、『講座・文明と環境 全15巻』、『森の日本文化』、『縄文文明の環境』、『森を守る文明、支配する文明』など多数ある。

21世紀には癒しの世界が到来?

 

安田 現代文明も水で滅ぶと言いました。じゃあ、この文明をどのように延命させるか。今まで人類は農耕革命、都市革命、精神革命、科学革命などを経験しましたけれど、大きな革命の前には必ず激動があります。古代文明を誕生させた都市革命にしても5700年前に気候が寒冷化し、農耕民のいた大河の流域に牧畜民が大移動して両者の文化が融合することで起こった。宗教を出現させた精神革命の背景にも気候変動があった。科学革命の前にはペストの大流行がある。21世紀は環境革命の時代です。しかし、激動の前に少しでも延命したい。地球温暖化で大災害が起こったり、水不足で食糧危機が起こったり、環境難民が押し寄せてきたり。それを避けるには結局、欲望のコントロールしかないんですね。大量生産、大量消費に歯止めをかけられるか。

岡田 僕と同年輩の人と雑談すると「世の中ここまで便利になったらもう科学技術の進歩は必要ないんじゃないか」(笑)という話がでます。山間部のきれいな水が産業廃棄物で汚染されるのはがまんならないとか、そんな感じをみなさんもっておられるのでしょうね。リサイクルなどいろんな工夫がなされていくとは思いますけれど。

安田 日本や先進諸国では、確かに共生とか循環というのは当り前になってきました。ただ、僕は長江文明の調査でここ数年中国に出かけていますけれど、中国は欲望のパンドラの箱が開かれたといいますか、抑圧されていた欲望をコントロールするタガが外れてしまった。何があるといったら拝金主義です。あれだけの巨大な民族がそれに向かって動いていて、おそらく行き着くところまで行くのではないでしょうか。

岡田 今まさに爆発しているわけですね。

安田 ところが、この間インドの聖地ベナレスに行って、ここは違うなと思ったんです。カースト制による厳しい身分社会なんですが、貧しい底辺の人たちも彼らなりに幸せを見つけて生きている。そして、彼らは老いて死ぬことを祝福だと考えている。宗教の力なんでしょうけれど、一番幸せな死に方は川岸の火葬場で焼かれてガンジス川に流されることです。川には半ば焼け残った遺体も浮かんでいる。そこでたくさんの人が沐浴をして神に祈りを捧げている。最初はおぞましいと思ったんですけれど、実際に川に入ってみると心が癒されるんです。われわれは死を祝福とは決して思いませんよね。

岡田 この頃では再生医学とか、とにかく死に抵抗しようとする。

安田 そうか。先生の立場としては死と対決しなければならないわけですね。インド人と現代日本人とでは、死の意味のあり方がまったく違う。ここに現代文明の欲望が抱える闇の一つがあるんじゃないかと思います。

岡田 今の社会では病院で患者さんを隔離するなど、死を忌避すべきものとして、できるだけ日常生活での意識から外してしまうようなことになっていますね。

安田 われわれもインドのように死というものの意味を変えられないか。僕は死の意味を変えるきっかけが環境問題だと思ってるんです。21世紀の前半は中国が中心となって欲望を爆発させていく。それが大きな環境問題を引き起こして大量死をともなう激動の時代となる。そして、21世紀後半に新しい文明の形が生まれるときには死の意味ががらりと変わるような気がします。

岡田 しかし、医学は長生きさせることから一歩でも退いたら、もう怖いことになるんです。安楽死などを認めたら収拾がつかない。ぎりぎりまで生かす方向にもっていかないとだめだと思っています。そこのところで生きるとか、死ぬことの意味を考えさせてくれるのは医学ではなく、それこそ宗教とか他の工夫なんですね。ほんとは寿命とか自然がうまく工夫してくれた流れに乗った方がいいかもしれないということがいっぱいある。それでも医学はそこから一歩も退けない。ですから、医学というのはきついんですよ。

安田 たとえば先生も僕もほとんどの人は死ぬ直前までほとんど死を意識しないわけですよね。しかし、ある程度の年齢になったら死の準備をするというのはどうでしょう。いかにいい死に方をするかを考えて生きる。

岡田 長生きすることは素晴らしいと思っていたのが、寿命が延びてそれが実現すると痴呆老人の問題などそんなに素晴らしいものだったのか。理想像と思っていたものも、一皮むいたらいろんな問題があるんですね。

安田 僕はこれからはインドの研究をやっていこうと思っています。インドに新しい文明の生き方があるかもしれない。それは癒しの世界じゃないかという気がしております。

岡田 日本では今、やはり老人問題と廃棄物の問題が大きいと思いますけれど、なんとかホッとするようなことを探したいですね。

安田 人間は生きることそれ自体が美しいということにつきるのかもしれません。どんな人生であっても。インドでは貧しい人でもお坊さんにお布施をしていた。明日食べるものがないような人がですよ。これはとても感動しました。

岡田 そうなんでしょうね。今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

 

EYES

花粉分析で森の破壊をたどる

地層中の花粉が証言する環境と文明の変遷

世界中の森が悲鳴をあげています。地球環境の維持にとって森は大切なもの。しかし、木材や紙の需要、農地開拓などによって毎年、多くの森が消えています。森は水の循環を安定させ、土壌を侵食から守り、多くの動植物の生息地ともなります。大気中の二酸化炭素を吸収し、酸素を供給してくれます。

人間による森の破壊は、人類の農耕の開始とともに始まることを花粉分析から指摘されているのが、今回LF対談にご登場いただいた安田喜憲氏(国際日本文化研究センター教授)です。花粉は強い膜をもっており、湿原や湖底などに堆積すると何万年でも保存されます。地層中にある花粉化石の種類や構成比を調べることによって、当時の森の変遷や気候の変化などを復元できるのです。花粉分析は、20世紀初めにスウェーデンのL・フォン・ポストによって方法化されました。

メソポタミアや地中海沿岸の古代文明における森の破壊も激しさを極めたといいます。神殿や船の建材、燃料として木材は大量に使用され、なかでも良質のレバノンスギは貴重とされました。しかし、森の破壊は文明の衰退につながります。木材が不足し、水源が失われ、土壌が劣化します。古代文明の繁栄は豊かな森に支えられていたのです。

中世以降のヨーロッパ文明でも森の破壊は進みました。19世紀から植林も始まりますが、今も山には森がなく牧草地が広がっている風景がヨーロッパではよく見られます。ところが、日本では水田の背後に里山の森があり、植林も早い時期から行われました。それは縄文以来の森の恵みを大切にする文化的伝統によるのではないかと安田氏は言われます。

安田氏は「環境考古学」という新しい分野を提唱され、花粉分析によって人類史に新たな光を投げかけています。従来のメソポタミア、エジプト、インダス、黄河文明の四大文明に匹敵する、中国の長江文明の存在も主張されています。それは稲作農耕に立脚した新たな文明原理の発見です。森の文明として日本の縄文時代の再評価もされています。

現在の日本の森にも問題はあります。間伐されずに荒廃する人工林。水源としての役割を果たせず、川が痩せて沿岸に魚が集まらなくなったともいいます。土砂の流出も顕著です。みどり豊かな森は、私たちの後の世代への大切な贈り物となります。縄文以来、守りつづけてきた森へのあたたかな眼差しが求められています。

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