LF対談
脂肪細胞から生活習慣病の解明へ No.34(2001.9)
大阪大学医学部附属病院長
松澤 佑次 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長
肥満はすべて悪いのか?
岡田 松澤先生というと肥満と生活習慣病の大家ということになるわけですが、僕には戦後の食糧難の時代のことが頭の中にこびりついておりましてね。あの頃は肥満というのは決して悪いイメージじゃなかったんです。とにかく裕福なこと、健康であることの象徴でした。
松澤 そうですね。当時、健康優良児のコンクールが行われていましたけれど、今から思えばあの当時の健康優良児ってみんな肥満児なんですよね(笑)。一番太っている人がなる。
岡田 とにかく肥えることに憧れていた時代でした。それが、今は飽食の時代になってずいぶん肥満というもののイメージも変わってしまいました。
松澤 それは戦前から豊かな国だったアメリカで太りすぎによる血管の病気が社会的な問題となり、それが戦後の日本にも輸入されたんですね。
岡田 戦後、日本が豊かになったことの象徴であることは確かですね。僕ね、肥えておられる人とは、お話していてもゆったりした感じがする。対人関係ということでは、肥えているということは他の人に安心感を与えると思っておりましてね。それが、生活習慣病との関わりでひどく悪いほうに押しやられている感じがしないでもないと。
松澤 僕が研究を始めた頃、それこそアメリカからの知識では肥満は糖尿病になりやすいといわれていましたが、われわれのところで高度肥満の人、200㎏近くの人を診ても糖尿病でもなんでもない。ただ、太っているというだけです。また、それほど太ってない糖尿病の患者さんの体重が1~2㎏増えただけで、病態が悪くなる。この違いを明らかにせずに、肥満はすべて悪いというのではまったく科学的ではない。それが僕の肥満に対する関心のきっかけとなりました。
岡田 そうでしたか。CTスキャンを使って肥満についてお調べになったのは先生が初めてですね。それはどんなきっかけからですか。
松澤 肥満を少しでも科学的に調べるには、正確に体脂肪量を計らなければならない。その頃、CTスキャンによって脂肪組織を分析できるという論文がアメリカで出され、それをもとに脂肪量を計る方法論を開発しようとなったんです。ところが、正確に脂肪量は計れたんですが、身長あたりの体重で計算したものとそれほど肥満度ということでは変わらない。
岡田 あまり意味はなかった。
松澤 はい。CTスキャンはガンや脳の病気に使うべきもので、それを脂肪の分析ごときに使うとは何事かと放射線科の先生にはだいぶ怒られました(笑)。しかし、CTスキャンによって画期的なことがわかった。それまでみんな皮下脂肪の蓄積を肥満と考えてたんですね。肥満イコール皮下脂肪だった。ところが、内臓のまわりにも脂肪はたまっている。つまり、脂肪量の問題ではなく、どこに脂肪がたまるか。腹腔内、特に腸間膜が多いんですが、そこに蓄積した脂肪が肥満によって起こる病気の元凶じゃないかということがわかったんです。
岡田 そこまでわかるにはだいぶ時間がかかったんじゃないですか。
松澤 かかりましたね。けれど、ラッキーだったのは、皮下脂肪はほとんどないのに内臓脂肪はたくさんあるという人などいろんな症例がありましたので、割合に早く内臓脂肪の意味づけができました。
岡田 内臓脂肪だとどうしていろんなことが起こるんですか。
松澤 脂肪の合成と分解、それはとりもなおさずエネルギーの蓄積と放出のメカニズムなんですけれど、いずれも皮下脂肪より内臓脂肪のほうが活発なんです。皮下脂肪はゆっくりたまるけれど、燃えにくいというか分解しにくい。内臓脂肪は早くたまって早く燃える。僕はそのことをよく銀行にたとえるんですけれど、エネルギーの備蓄というのは預金みたいなものですよね。飢餓のときに、それを使って生き延びるための。そのとき、皮下脂肪は定期預金みたいなもので、出し入れは難しいけれどゆっくりゆっくり使える。内臓脂肪はというと出入りの激しい普通預金のようなものです。
岡田 そういう違いがあるわけですか。
松澤 そして、男性は内臓脂肪がたまりやすい。女性は、ミロのヴィーナスやルノアールの絵のように皮下脂肪が蓄積する。特にお尻にたまっている皮下脂肪は非常に燃えにくい。ですが、これも合目的かなと思うのは、女性の皮下脂肪が燃えやすい時期というのがあって、それは授乳期なんです。赤ちゃんを産んだあとですね。種族保存に関わっている。男性はどちらかというとためてはすぐ燃やしというわけですね。
岡田 2つの機能が使い分けられている。
松澤 はい。それで、内臓脂肪が空腹時などに分解されると遊離脂肪酸が門脈から肝臓に直接入り、それが多すぎると高脂血症や高インスリン血症のもとになる。糖尿病にもなりやすくなる。生理活性物質として働く遊離脂肪酸の役割もわかってきています。皮下脂肪の場合は遊離脂肪酸に分解されても体中の血管を回るので、その間に筋肉などで使われることが多いんです。
岡田 脂肪細胞からの問題点というのがやはり原因として大きいわけですか。
松澤 食べすぎや運動不足で起こるような通常の高脂血症については、脂肪細胞からの遊離脂肪酸に大きな原因があるんじゃないかと思っています。今はいろんなメカニズムがわかってきておりまして、脂肪細胞にはどんな遺伝子が多いかを見てみると生理活性物質を分泌する遺伝子が非常に多い。ほかの細胞と比べても圧倒的に多い。そのように脂肪細胞は、エネルギーの備蓄だけではなく、内分泌細胞としても重要だということがわかって、それが僕らとしても一番大きな発見というか驚きだったんです。そして、脂肪細胞による分泌が過剰になったり、低下したりすることが生活習慣病の大きな原因ではないかというのが、今の僕らの考え方です。
脂肪細胞は生体にとって欠かせない
岡田 脂肪細胞というのは細胞自身も増えながら脂肪を取り込んでいくんですか。
松澤 そうですね。細胞そのものも増えていきます。ただ、1つの細胞がどんどん肥大するというのが様態としてはどうも悪いようなんですね。小さい細胞がある程度たくさんあるのはむしろ健康ともいえる。脂肪細胞が適量あってしかるべき機能を果たしている場合は健康で長生きする。戦後、肥満とともに病気が増えたみたいな印象がありますけれど、結局のところ寿命としては延びてますからね。だから、脂肪細胞は悪者ではない、むしろ重要な生体防御系の細胞ではないかと。
岡田 そうか。あまりに大きくなった細胞は機能がいびつになるということでしょうね。
松澤 その可能性はあります。重要な物質が分泌されていることもわかってきた。そういう意味では脂肪細胞は決して忌み嫌うべき細胞ではない。
岡田 ちゃんと機能さえしてくれればいいわけですね。
松澤 はい。遺伝子操作で脂肪細胞のできないマウスを作ったところ、糖尿病になることがわかった。脂肪細胞ができなくても糖尿病になる。要するに、脂肪細胞から何らかの物質が出ていることで、われわれは糖尿病にもならずに糖代謝がうまく働く。それが許容範囲を越えて脂肪細胞が大きくなりすぎるとか、機能が悪くなることによって病気になる。
岡田 だいぶ筋道が通るようになってきたんですね(笑)。
松澤 だから、小錦みたいに太ってもちゃんと機能していれば糖尿病にならない人がいたり、逆に太れないような人でも少し内臓脂肪がついたりしたときに病気になる。
岡田 それは困る。どうもそういうことらしいですな。
松澤 脂肪細胞由来のいろんな物質が見つかってきています。たとえば私達が発見したアディポネクチンは、糖尿病の防御や血管の修復に働いていて、内臓脂肪がたまった人の場合ですと血中濃度が落ちる。そうすると、動脈硬化や糖尿病になったりする。だから、上手にわれわれが脂肪細胞を使っていけば長生きもできる。こんなことを言うと、おまえは自分が太っているから自分に都合のいいように考えているんじゃないかと言われるんですけれど(笑)。
岡田 ところで、年をとってくるとほんとに皮下脂肪がなくなりますね。
松澤 なくなります。同じ肥満度の人をCTスキャンで見ても、加齢にともなってどんどん皮下脂肪が減って、内臓脂肪が増えてくる。患者さんを診察するときにお腹をさわりますよね。そのとき、皮下脂肪がなくて薄っぺらな人だと、これは病気があるんじゃないかと思いますね。糖尿病なんじゃないかと。今まではたっぷり皮下脂肪があったらやせなさいと言っていたのに、逆に薄っぺらの人のほうに病気が多い。
岡田 不思議やなと思うけど、何らかのバランスが変わってくるんでしょうね。
松澤 そうした加齢現象を決めているファクターが何なのか、まだわからないですけれど、アポトーシス(自然死)を起こすような脂肪細胞特有の分子も最近見つかっています。それから、皮膚の成長なんかも脂肪細胞があるのとないのとではずいぶん違うんです。ケロイドでも脂肪細胞があると。
岡田 うまく表皮ができてくる。
松澤 力士があれだけ太っているのに、それを包む風呂敷のような皮膚がちゃんと成長していくわけですからね。なんかやっぱりある。そうじゃなかったらもうはちきれてしまいます(笑)。これまで脂肪細胞はあまり省みられることがなく、世界的にも脂肪細胞に特化した遺伝子の研究なんてしてなかったんで、幸か不幸か僕らが割合早い時期にそういうことに手をつけることができた。脳と脂肪細胞にしかないような遺伝子もあります。あと、脂肪細胞は容積にしたら無限大に大きくなる。それも可逆的ですよね。そういう細胞って特異で、そういうことによって起きるシグナルが分泌を亢進させたり、抑制したりする可能性もあるんじゃないかと思っているんですけれど。
岡田 たしかに脂肪細胞といってもあまり関心がなかったですな、僕は(笑)。
松澤 デブの細胞ですからね(笑)。最近はインテリジェント・セルだと言う人もいるんですけどね。
松澤 佑次 氏
大阪大学医学部附属病院長
大阪大学大学院医学系研究科分子制御内科学教授、同附属病院院長。1966年大阪大学医学部卒業。88年大阪大学医学部講師(内科学)。91年同教授。2000年同附属病院院長。主研究領域/脂質代謝、動脈硬化、痛風、糖尿病、動脈硬化を伴う高HDL血症、自己免疫性高カイロミクロン血症などの新しい脂質代謝異常症を次々と発見するとともに、内臓脂肪型肥満の新概念を確立。さらに、脂肪細胞の生物学的研究により脂肪細胞から分泌される新しい物質アディポネクチン等を発見。2000年日本動脈硬化学会賞、日本医師会医学賞受賞。現、日本動脈硬化学会理事長。
21世紀は身近にある病気の解明が重要
岡田 松澤先生は臨床もなさりながら、そういう先端的な研究もされている。ずいぶん大変だと思いますね。
松澤 まあ、僕はある方針を立ててみんなを叱咤激励しているだけで、まわりにちゃんと動いてくれる人がいますからね。方針さえ言っておけば、新しいテクノロジーをどんどん取り入れて進めてくれる。肥満といってもそれが臨床だけで終わっていれば、ほんと当り前のことしかいえない。いかに分子のレベルで明らかにするか。そして、僕はやっぱり21世紀の医学というのは動脈硬化や糖尿病など身近にある病気の解明だと思ってますから。
岡田 それが一番難しい。
松澤 20世紀は1つの原因で1つの病気という、それはだいたい解明されました。しかし、身近だけれど、よく考えてみたら何もわかっていない病気が一番手ごわいというか。それを解明するには1つのことをやっていてもだめですよね。
岡田 たしかに基礎医学のほうは実学という側面からすると、どうしても閉じられている。臨床のほうは実際の患者さんとの対応の中で幅が広がってくるわけですね。
松澤 みんな今は遺伝子とかに走って、そっちばかりやっても、それに限ると基礎には圧倒的に負けているわけですからね。僕らとしては病気の解明という目的をしっかりもって患者さんをきめ細かく診ていく。そして、その中にある問題点を検討していくことが医学としては重要じゃないかと思っています。
岡田 そうでしょうね。
松澤 僕らがやっている研究というのは、遺伝子操作しようがそれほど表現系としてはパッと表れないけれど、そこに環境因子を加えると動脈硬化になったり、糖尿病になったりするようなものを扱うことが多い。ある意味では非常に難しいけれど、多くの病気というのはだいたいそんなものです。ある遺伝子がいいのか悪いのかすらわかりにくい。肥満にしても、太れるから人間は生き延びてきたわけですよね。今は飽食の時代で、車に乗って、一日に何歩も歩かない。そういう時代には逆に太れることが不利になるけれど、戦争中だったらそういう人のほうが強い。いいか悪いかというのは、環境とかによって決まるものであって。
岡田 ほんと一概に決められない。
松澤 だから、僕らとしてはルノアールの絵に描かれているような女性はきわめて健康的な脂肪の蓄積であり、女性美としても豊かです。そういう肥満に対しては、やせなあかんとか、医学者として言う必要はまったくない(笑)。
岡田 肥満はすべて悪いとは限らないということですね。今日はお忙しいところどうもありがとうございました。
EYES
どんな肥満が健康によくないか?
生活習慣病になりやすい内臓脂肪型肥満に注意
肥満は、高血圧、糖尿病、動脈硬化など生活習慣病の大きな要因といわれます。しかし、太っている人すべてが健康にとって害のある肥満というわけではありません。一般に肥満は身長と体重をもとに標準体重との比較で判断されますが、これによって肥満とされた人すべてに医学的な問題が生じるとは限らないのです。
生活習慣病になりやすい肥満と考えられているのは、内臓のまわりに脂肪が蓄積した内臓脂肪型肥満です。CTスキャンによる人体の脂肪組織の分析によって、この内臓脂肪の存在に着目されたのが、今回LF対談にご登場いただいた大阪大学の松澤佑次氏(大学院医学系研究科教授、附属病院院長)です。それまで肥満は皮下脂肪の蓄積によって起こると考えられていました。しかし、生活習慣病にとっては内臓脂肪の蓄積が重要であることを指摘されたのです。
脂肪細胞は余分なエネルギーを中性脂肪に代えて備蓄しますが、腸の外側にある腸間膜についた内臓脂肪はその合成・分解が活発なことと、分解されてできる遊離脂肪酸(FFA)とグリセロールが門脈を通して直接、肝臓に流入することが問題とされます。たとえば、多量の遊離脂肪酸が肝臓内で中性脂肪やコレステロールを合成すると高脂血症の要因となり、またインスリンの働きが悪くなる状態を引き起こすことによって血糖値を上げ、糖尿病にもなりやすくします。皮下脂肪の場合は合成・分解がゆるやかであるとともに分解されても体中の血管を回るうちに筋肉などで消費されることから影響が少ないと考えられるのです。
また、松澤氏は大阪大学細胞生体工学センターとの共同研究により、脂肪細胞がエネルギーを備蓄する細胞としての役割の他に、多くの生理活性物質(ホルモンのような働きをする物質)を分泌する細胞であることを明らかにされました。脂肪細胞の遺伝子解析を進めたところ、皮下脂肪で20%、内臓脂肪で30%が生理活性物質に関わるものでした。たとえば、血栓や動脈硬化を引き起こす物質とされるPAI-1が内臓脂肪の蓄積とともに過剰分泌されることもわかりました。
脂肪細胞でのみ分泌される生理活性物質もいくつか見つけられています。松澤氏らによってアディポネクチンと名づけられたものは糖尿病の防御や血管壁の修復などに働くとされ、内臓脂肪の蓄積とともに分泌が低下します。そのため糖尿病や動脈硬化になりやすくなるとも考えられるのです。これらの研究によって松澤氏は、生活習慣病の発症においては、脂肪細胞の蓄積を中心とする「脂肪細胞中心仮説」が重要であることを提唱されています。
肥満になるかどうかは、遺伝的な要因もあるでしょうが、ほとんどは生活環境によって決まります。「飽食の時代」ともいわれる現代は、特に中年以降に栄養過多や運動不足になりがちで、肥満になりやすい環境といえるでしょう。肥満と生活習慣病の関わりについて、さらなる研究の進展が期待されます。