LF対談

植物の細胞培養と日本の農業再生 No.35(2002.1)

前奈良先端科学技術大学院大学学長
山田 康之 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

培養細胞から個体を再生する

岡田 山田先生と僕は、片や植物、片や動物と研究対象は異なりますが、戦後、生命科学が発展する時代を共に過ごしてきました。あらためて山田先生の研究の歩みをたどってみますと、戦後のいわゆる植物細胞工学の歴史そのもののような感じがします。植物の細胞培養から始まり、最後に個体のところへ戻られる。細胞工学の流れというのはまさしくそうだったなあと思いましてね。ところで、植物細胞の培養というのは世界的にはいつ頃から始まったんですか。

山田 1902年にドイツのハーバーランドが植物は1個の細胞が個体としての機能をもち、その細胞を培養することができるのではないかと発表しました。その後、多くの方が細胞培養を試みましたが、培養技術や培地が不十分で成功せず、最初に成功したのが後にフランス学士院院長となるゴートレーらでした。1930年代のことです。そして、サイトカイニンなどの植物ホルモンが発見され、1958年にはアメリカのスチュワードがニンジンの培養細胞から植物個体を再生する。

岡田 あれがエポックメイキングな論文ということですか。

山田 非常に大きい。それで私も細胞培養をぜひやってみたいと思いました。私は植物を誇りに思っていますが、植物のほうが動物より先に分化全能性をもつES細胞(胚性幹細胞)のようなものを見つけて、個体に戻した。

岡田 そうですね。

山田 しかし、不幸にして植物はいつも虐げられていて(笑)。

岡田 僕が細胞融合の論文を発表したのは1957年ですが、その次の年のスチュワードの論文にはびっくりしましてね。そのとき何を思ったかというと、動物で培養細胞から個体ができるんだったら、とてもじゃないがヒト細胞の培養は危なっかしくてできない。その点、動物はそうはならんから安心して実験できるな、と。

山田 あの論文でしばらく動物の人が植物に移ったんですよ。それでも、アメリカ留学から私が日本に帰国したのは1965年ですが、そのとき日本では20人もおられましたでしょうか、植物の細胞培養をしていた人。わが国では、少し遅れていましたね。

岡田 動物のほうも培養を日本で一般的にやりだしたのは1960年からです。5年ほど世界から遅れています。小児麻痺が流行して、ワクチンを作るのに細胞培養が必要ということがきっかけでした。動物のほうは病気との関係がいつも一つのエポックを作っています。

山田 それで、私、日本に帰ってきまして、まずはイネの細胞培養をやろうと。ニンジンやタバコなど双子葉植物では細胞培養はできるが、単子葉植物のイネはできないといわれていましてね。そんなはずはない。双子葉でできて単子葉でできないはずはないと。それがうまくできまして、単子葉植物の一つのブレークスルーとなり、今日の品種改良にもつながっています。

岡田 あの頃のことを思うと、植物細胞のほうはもうとにかく個体を簡単に作れる。もしも種を超えた細胞相互を人為的に融合させることができたら自然のバランスを破壊するんじゃないかとか、先走りした話がいっぱいありましたね。今もそうですが、時代時代に先走りの話が出てくる。先生はそれから個体の再生にいかずに、特徴のある細胞を選抜して増やしていくことに進んでいかれるわけですけれど、もうそのときは個体を作ろうという気はほとんどなかったわけですか。

山田 細胞の培養を始めたとき、培養した細胞はどれも非常に均一である。その点、個体を研究するよりも…。

岡田 研究しやすい。そういう期待があったわけですね。

山田 さらにスチュワードの論文には、すべての1個の細胞から個体に戻すことができるとは書いてなかったんですが、私はどの細胞からでも戻るんじゃないかとインプットされていました。しかし、いろんな培養細胞をみているとヘテロ(異型)であり、機能発現においてバラツキがある。それで、培養細胞を使った研究のほうがきれいなデータが出ると思ったことに疑問をもちだした。では、何のために細胞培養をしているのか。培養細胞がヘテロであるということは、逆に考えるとある特徴をもつ細胞を選ぶことができるんじゃないか、それに気がついたわけです。

岡田 すばらしいですね。

山田 それが一つの転機になりました。1970年代のことです。

植物が作る有用な物質に着目

岡田 それからシコニン、ベルベリン、アトロピンなど、植物特有の二次代謝産物の大量生産などに着目されていくわけですね。

山田 まずは植物特有の機能は何かというと光合成である。それで、光合成をする細胞を作ろうと思いました。普通の細胞培養は蔗糖を培地に入れているから、細胞は光合成をする必要がない。光を当てたって葉緑体はできない。細胞というのはなまけものなんですよ(笑)。それを少し飢餓状態にしてやるとできるようになる。その中から葉緑体という細胞内小器官への機能分化をもった細胞を選び出していく。

岡田 その場合、とにかく未分化の細胞の塊である“カルス”は作っておくわけですね。そこからそういう特徴をもった細胞を選んで増やす。

山田 そうです。そして、今度は葉っぱや根っこに組織分化するときの生化学的な代謝の変化をみようとしました。しかし、ある酵素が関わっていても、それは組織分化した結果なのか、原因なのかわからない。植物が生きるために必須の一次代謝産物を調べることは非常に難しい。こりゃダメだと思いました。そのうちに気がついたのが、二次代謝産物です。ある植物は特定の非常に有用な二次代謝産物を作る。この代謝機能なら比較的容易に調べられるだろうと。

岡田 それ、ずいぶん時間かかったでしょうね。頭の中で整理するの。

山田 そういう進み方をした人は日本にはほとんどいませんでした。それで、われわれの研究のユニークさも評価された。

岡田 すごい展開ですもんね。“バイオ口紅”、あれを聞いたときはヘーッと思いましたね。ああいう言葉というのはビクッとするんですな。

山田 あれは他の研究者と共同で医薬用としてムラサキ植物の細胞を選抜、培養して二次代謝産物であるシコニンを大量に生産したんです。当時、口紅は30万本くらいがそれまでの販売レコードだったのですが、松田聖子さんのCMの効果もあって200万本くらい売れたそうです。そうしますと、ロンドンの大英科学博物館から申し入れがありましてね。世界で最初にできた植物細胞培養の製品だから送ってくれと。

岡田 えらい名誉ですな。今の産学協同というものの、ほんと先がけですね。

山田 それから、これが私の一番誇りにしているものですが、いわゆる向神経剤にあたるアトロピン、スコポラミン…。

岡田 医学にとってはなくてはならんものですね。

山田 地下鉄にまかれたサリンによって乗客の瞳孔が収縮した。そのときアトロピンを注射して失明を防いだ。不思議なことに、チョウセンアサガオ、ハシリドコロ、ヒヨスなど、ナス科の植物がこういう変わった二次代謝産物を作るんです。ハシリドコロというのは、子どもが誤って口に入れると興奮して走りまわるところから名前がついています。しかも、だいたいアトロピンが最終産物なんですが、それに酸素原子が1個入るとスコポラミンになる。これは神経を鎮める鎮静作用があります。興奮から鎮静に変化して、生化学的にも非常におもしろい。それで、これらの二次代謝産物の生合成過程を解明しようとなりました。そのとき、若い学生は分子生物学の知識をもっていますから、それでやろうというわけです。

岡田 そこまできたら、若い人はみんなそうでしょうな。

山田 それで、「じゃあみんな僕をかついで一緒に走ってくれ、僕も勉強するから」となって、分子生物学も取り入れ、全生合成過程の酵素反応を調べていきました。全部ではありませんが、大事なところの酵素はタンパクの結晶化まで進むことができました。

岡田 それは大変でした。スコポラミンまでの酵素をとられたわけですね。

山田 最終的にはアトロピンをスコポラミンに変える酵素を見つけました。その酵素の遺伝子がとれたものですから、アトロピンが最終産物である植物の培養組織に導入した。そうすると、その個体でできたものはすべてスコポラミン、これはうれしかったですね。遺伝子操作によって付加価値の高い物質を作ることができた…。

岡田 世界で初めての例になったわけですね。特徴のある細胞を選抜して増やすことから、最終的には遺伝子操作をした個体の再生へと、細胞培養からのお仕事の起承転結ができた。

山田 その中では、培養細胞はヘテロですよ、というのを見つけたのがやはり一番大きかったですね。

 

山田 康之 氏

山田 康之 氏

前奈良先端科学技術大学院大学学長

1931年大阪府に生まれ、57年京都大学農学部農芸化学科卒業、60年京都大学農学部助手、62年~65年米国ミシガン州立大学フルブライト研究員を経て、67年京都大学農学部助教授、82年同学部教授、94年奈良先端科学技術大学院大学教授、京都大学名誉教授。97年奈良先端科学技術大学院大学学長。2001年奈良先端科学技術大学院大学名誉教授。植物科学において重要な位置をしめる植物細胞機能の生化学・分子細胞生物学研究分野の学術の進歩・発展に尽くされ、特に、『植物培養細胞における機能発現並びに物質産生機構の解析』に関する研究は、国際的に高く評価されている。これらの業績に対し島津賞並びに日本農芸化学会賞(1987年)、スウェーデンウプサラ大学名誉博士(1989年)、日本学士院賞(1991年)を授与され、また、スウェーデン王立科学会外国人会員(1994年)1995年日本学士院会員、1999年米国科学アカデミー外国人会員、文化功労者となる。2001年米国ミシガン州立大名誉理学博士。

日本の農業の再生へ向けて

岡田 今、遺伝子組換え作物について、いろんな心配事があるとか大丈夫だとか、将来像としては除草剤耐性が雑草に移ったら環境にとってえらいことになるとか、いろんな話がごちゃまぜになっていると思うんですね。先生は遺伝子組換え作物についてもお詳しい。ちょっとかいつまんでお話いただけませんか。

山田 世界の耕地は現在、24億ヘクタールです。これ以上耕地を増やすことは非常に難しい。20世紀の文明による大規模集約的な農業の発達が大量生産を可能にしましたが…。

岡田 マイナスの面もだいぶ気になりだしていますね。

山田 そして今、60億人の地球人口が2025年には80億人になるといわれています。遺伝子組換え作物を供給しないかぎり、人類は食糧不足で大変なことになる。みなさん、まだだいぶ抵抗を感じておられるようですが、たとえばトウモロコシの茎の中に虫が入ります。茎は太いですから、ものすごい農薬をかけます。それが、耐病性、耐虫性のある遺伝子組換え作物ですと農薬をやらなくてもいいんです。いわゆる有機栽培にもっとも適した作物もできる。環境への配慮も十分考えています。また、特にわが国は食糧自給率が40%です。これでは国家としての存続が危うい。先進国の中で40%なんていうのは日本だけですよ。食糧自給率はどうしても上げないといけません。もう一つ大きな問題は水です。アメリカ中西部の穀倉地帯では地下水の水位が下がって、水が涸れてきている。

岡田 どうもアメリカの大規模農業というのは、長期的には無理筋のことをやってると思うんだけれど…。

山田 水の問題では、“黄河断流”も深刻ですよ。1997年には365日のうち226日でしたか、河口に水が流れてこない。世界有数の大河をトラックが横切っている。上流にダムを作ったり、上流の農耕地のために水を取りすぎているからです。問題は水の分配がうまくいっていないことです。海水位もどんどん上がっている。

岡田 日本というのは、雨が降ってきれいな水があって、地下水もある。水に恵まれているというのは素晴らしいと思うんですね。ところが、日本の農業が世界経済の中で生きていく場がなくなっている。子どもに農業を継がせられない。僕は原則論としては、主食はそこの国で、そこの場所でできるだけのものを作る。世界中の国がそうすべきであって、アメリカでやっているようなトウモロコシ畑は、自然にさからって棹さすものだと思って。

山田 まったくです。私、一時はアメリカ志向で、大規模集約農業で日本の自給率を上げようと思っていましたが、今は実は千枚田、棚田を守ろうとしているんです。一つは水の確保。少なくとも4月から8月までは…。

岡田 貯水池にも環境浄化にもなる。

山田 それと自然を守るという理由。お米にしても、やはりきれいな水で作ったものはおいしい。きれいな水をできるだけ守る。奈良県から大阪府にかけて大和川が流れていますが、不名誉なことに今年ワースト1になりました。なんとかきれいにしたい。水をきれいにしようと思ったら、山や木を大事にしなければならない。それで、今、奈良県の知事さんにたくさん炭焼き小屋を作ろうといっている。間伐した木を炭にする。炭は山の中にまいてもいい。植物にも非常にいいですからね。俵につめてダムに沈めてもいい。そうすると、水がきれいになるじゃないかと。労力は失業で困っている方にお願いする。

岡田 おもしろいですね。ぜひ広げてほしいです。一つモデルを作ってもらうと、ほかでもやりやすくなる。

山田 それに奈良県に溜池が2000くらいあるんです。その溜池には昔、農業で使われた肥料などが集積しています。それをきれいにして、いざいるときの水だめにしたい。すぐ埋めて公民館を作るのはやめようと(笑)。

岡田 現役を退かれて、また新しい展開をされている。期待をしています。今日はどうもありがとうございました。

 

EYES

有用物質生産の植物バイオテクノロジー

植物細胞を培養して有用な二次代謝産物を生産する

病気や害虫に強い農作物が遺伝子組換えによって作られるなど、今日の植物バイオテクノロジーの発展には目覚しいものがあります。その発展の礎には、20世紀初めから営々と積み重ねられた植物組織・細胞培養法の確立がありました。分化・成長を促す植物ホルモンの発見などによって、すべての植物種ではありませんが、細胞1個からもとの植物体と同じ個体を再生できるようにもなったのです。

植物バイオテクノロジーの応用は、品種改良など農業・園芸分野にとどまりません。植物に含まれ、医薬品、化粧品などにとって有用な物質の工業生産も実現しつつあります。古来、植物は食用以外にも、薬、染料、香料として利用されてきました。これらの有用物質生産を植物細胞培養によって研究されたのが、今回、LF対談にご登場いただいた山田康之氏(前奈良先端科学技術大学院大学学長、京都大学名誉教授)です。

植物細胞培養生産による有用物質はそのほとんどが二次代謝産物です。山田氏はその二次代謝産物を産生する機能の高い細胞を選抜、培養することによって、有用物質を大量生産する方法を確立されました。世界で初めての植物バイオテクノロジーの工業製品化とされる「バイオ口紅」はムラサキ植物の二次代謝産物であるシコニンを色素として利用したもので、1984年の発表当時、大きな注目を集めました。

二次代謝産物は、生命維持にとって必須の一次代謝から派生して、特定の植物組織に産生・蓄積されるため、植物個体を栽培してもその一部からしか採取できません。たとえば、アントシアニン(色素)は花という器官にのみ産生・蓄積されます。それが、細胞培養によって効率的に大量生産できるようになったのです。

山田氏は、シコニンの他、ハナキリンからアントシアニン、セリバオウレンからベルベリン(医薬)などの有用物質生産も研究されています。特にヒヨスなどナス科の植物に含まれるアトロピン、スコポラミンの研究は国際的にも高く評価されています。医薬品として貴重なこれらの有用物質の生合成過程も分子生物学の手法によって解明されました。アトロピンを主な最終産物とするベラドンナの培養組織に遺伝子操作をすることで、スコポラミンを最終産物とする個体の再生にも成功されています。

また、山田氏はこれからの世界にとって遺伝子組換え作物の普及が重要であることも提唱されています。安全性や環境への影響など、遺伝子組換え作物については賛否両論ありますが、人口増加や地球環境悪化による食糧問題を解決するためには、遺伝子組換えによって作られたストレス耐性作物による食糧生産が必要ということです。

美しいランの花が一般の家庭に普及したのも、成長点培養と呼ばれる方法によって苗の大量生産が可能になったからです。私たちの生活に大きな恵みをもたらしてくれる、植物バイオテクノロジーの一層の進展が期待されます。

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