LF対談
幹細胞研究にとって大切なこと No.40 (2003.9)
理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長
西川 伸一 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長
思ったように細胞が動けば…
岡田 西川先生には数年前、ヒトのES細胞(胚性幹細胞)の倫理小委員会でずいぶんお世話になりました。今は日本の幹細胞研究の第一線を担われているとともに、理研の発生・再生科学総合研究センターの副センター長としても活躍されているわけですが、実はES細胞について僕が印象に残っている話というのは2つありましてね。1つは現役のときだけれど、1981年に培養系でマウスのES細胞が樹立され、いくらでも増やせるようになったと聞いたとき。あれは非常にびっくりしました。
西川 僕もあれが原点ですね。
岡田 もう1つはリタイアしてからですが、西川先生らのグループによるマウスのES細胞から血液系すべての細胞に分化できるという話。これは新しい時代になったなと強く感じました。西川先生は、たぶん80年代から骨髄系の研究をされていたと思うんだけれど、それがES細胞のほうにもこられた。そのあたり、ちょっとお話しいただけませんか。
西川 僕は、最初は臨床の医者をやっていたんです。
岡田 へーっ、そうなんですか。
西川 職業病の内科医をやっていたんですが、精神的にもきわめてしんどい時期がありまして。それで、31歳からドイツで初めて基礎研究をやりはじめた。1980年でした。そのうちに今、先生のおっしゃったES細胞の話や、骨髄の細胞が試験管の中でいくらでも増えるという話を読んで、その頃から幹細胞みたいなことをやってみたいと思っていたんですよ。生きていることの基本というのは新陳代謝ですよね。新陳代謝で幹細胞から新しい細胞が生まれる。これは面白いなと。それで、幹細胞だったら何でもいいということで、最初は血液のことをコツコツやってました。ES細胞は自分の研究室をもてるようになってからです。いろんな遺伝子のことがわかってくると、血液に分化するまでにはこういう分子が必要ですよとたぶん図は描けるだろう。しかし、それでほんとに自分はわかった気持ちになるか。思ったように細胞が動けば、実際に分化すれば、そのとき自分は初めてわかったと思えるんじゃないか、それがES細胞の分化誘導に進んだいちばん大きな動機でしたね。
岡田 門外漢としてES細胞の話を聞いていると、いつも感じることがありましてね。今は培養系で何でもできるという話になっているけれど、それは個体形成までの流れを人為的にものすごくスキップしているわけですよね。再生医学として利用することを頭の中に描いたときに、それでも大丈夫なのかというのが気になりましてね。
西川 そういう心配はありますね。しかも培養するにしても、ほんとに真ん中のことを考えずにやっています。たとえばマウスのES細胞から血液になるためには何段階も中間段階がありましてですね。その中間段階は表面に出ている分子で一定の定義ができる。僕らのところではそれをデータベースとして利用できるようにしています。ES細胞から血液までとか、すい臓までとか、28種類くらい。それはもうすぐみなさんにも使ってもらえるようになると思うんですね。
岡田 地道な仕事だけれど、大切なところですね。
西川 ES細胞の分化がほんとにきちんとコントロールされているか、そういうこともわかると思います。理研や神戸の先端医療財団の仕事として大切なことの1つは、みなさんに使ってもらえるデータベースなどのパブリックな資材を地道に作るということなんで、今はこれまでできてきたものをどうやってオープンにするかだけの問題になっています。
岡田 具体的な話をすると、ES細胞をすい臓のインシュリン産生細胞(ベータ細胞)に分化させた研究を聞いたとき、この細胞群の遺伝子発現パターンを見ると、本来のベータ細胞とはずいぶんちがっていた、という話がありましてね。ちょっと気になったことでした。人為的にできた細胞というのは、体の中にある細胞と同じように扱っていいのかということなんですが…。
西川 僕も先生と同じ危惧を感じてですね。実際にそのベータ細胞のことはチェックしてみたんですよ。カエルからニワトリまで、発生のプロセスにおいてよくわかっている遺伝子をマーカー(目印)にして、すい臓ができるとみなさんがおっしゃっている条件で、その遺伝子が出るかを調べてみたんです。けれど、その条件ではほとんど出ない。実際に発生で通っている道筋というのがあっても、それとは関係ない道筋がいくらでもあるらしい。そのちがった道筋であってもいいのかどうかはわからないですね。
岡田 そうか。可能性がだいぶあるぞと。
西川 あると思います。ですから、今のところ重要なのはやっぱり中間段階をきちっと決めることだと思いますね。患者さんがおられて、何ができるか早く見つけてあげたいという気持ちはわかるけれど、真ん中が飛んでしまって、できたということだけの競争になったら、僕らははっきり言って立つ瀬がない(笑)。
岡田 砂上の楼閣でね。いつ崩れてしまうかもわからない。
西川 しかも、短期間の培養、無血清の培地でやらないとほんとに必要なものはわからないと思います。というのは、じっと待っていたら何かにはなるぞというのもあって(笑)。それに、無血清の培地だとその増殖因子なり、分化因子なりがきくと、ほんとによく分化するんです。ただ、血清がないと細胞が弱りますからね。それはどこかで決意しないとダメですね。無血清培地の開発も重要なテーマとして僕らのところでやっているところです。
ES細胞に代わる幹細胞?
岡田 昨年の春頃にES細胞のように何にでもなる骨髄性の幹細胞を培養することに成功したという話がありましたね、あれは本物ですか。
西川 この間、第1回の幹細胞会議というのがワシントンでありまして。それを発表したアメリカのキャサリン・ベルファイユもそれについて発表を求められたわけです。みんな「ほんまか?」(笑)と聞く。彼女は、私もまだやっている、しかもいろんな人に追試してもらえるよう協力は惜しまないと言っていました。最初は特許がとられたりして、外に培養細胞を出さないという問題が起こっていたんです。
岡田 あれがそのとおりだとすると、再生医学にはあんな細胞を使ったほうが気が楽ですね。それも分化までもっていかなくてもいいとなると、よっぽど気が楽やと。
西川 まったくそう思います。それが使えるということがわかったら、それでやるべきだと思いますね。まだみんなに配りはじめたところですから追試はないですけれど、これから先、進んだ話が出てくると思います。
岡田 ところで幹細胞ですが、不等分裂というのがありますよね。幹細胞が分裂して、自分自身を複製するとともに一方で分化の方向へもっていく細胞も作る。1つの幹細胞が分裂してまったく別のものができるというわけですか。
西川 そうですね。実際に僕らのところでもドイツ人の研究者が先生のおっしゃったその疑問をやるためだけに延々ビデオを撮っています。残念ながら、まだ見つかってないんですが、ものすごくナイーブな疑問ですね。ただ、ショウジョウバエではそういうのが写真で撮られていますから、哺乳類をやっている人もこれはやらなあかんと思うんですね。ところが、そういう不等分裂が哺乳類にもあると思っている人もいれば、やっぱり同じものが作られてですね。ある条件ではちがうものに分化する。そういう2段階を考えている人もいる。僕もそう考えることが多いですね。
岡田 幹細胞といっても、一括りにはできない。
西川 いかんのはですね。幹細胞となると教科書ですら不等分裂が書いてあるんですよ。そういう物事を決めつけてしまうやり方のほうがよくない。たとえば、理研にいて僕がよくわかったのは、幹細胞といってもプラナリアやショウジョウバエをやっている人と僕らとではずいぶんとらえ方がちがうことです。プラナリアとかショウジョウバエの幹細胞は常に増えるんですね。ところが、僕らのはじっとしているものがないといかんものですから。そういうことが実感としてよくわかりますね。なんでもあると思っていたほうがいいかもしれない。
岡田 生物の面白いところですね。
西川 僕が幹細胞でいちばん興味があるのは、そのじっとしている幹細胞なんです。増殖因子が何もなくなったときに死なないでいる。
岡田 ニッチといっておられるものですね。
西川 幹細胞でもES細胞でも体の中から離して細胞の力そのものを見ていくとともに、やっぱり体の中とはどんなものかというのもやらないかんというので、僕も髪の毛の色素幹細胞とかをやったりしていますが、毛根部に巣穴みたいなところがあって、そこで幹細胞が冬眠しているように思える。そこに増殖因子やらがくると、また活性化されるんです。
岡田 幹細胞にしても、発生にしても、今はもう少し整理しなおしてみようというところですか。
西川 しかし先生、どうやって整理したらよいかわからないというのがつらいところですね。僕はやらないけれど、特にバクテリアとか単純な生物をやっている人には、無生物から生物を作るという方向で一度まとめてみたら(笑)と言ってるんですが…。
岡田 給料くれへんのちがいますか、そんな研究したら。
西川 もう一回、倫理委員会が必要かもしれませんよ。無生物から生物を作っていいかという。僕はどうも工学的にものを考えるのが好きでして、何かが作れないとわからないというかですね。そういう感覚があります。
岡田 知らないことが現象的にもいっぱいあることだけは確かで、それをすべて網羅すればよいというわけでもない。
西川 この話は僕のオリジナルじゃなくてですね。1999年12月の「サイエンス」にアメリカのカンターという人が論文を書いていたんです。マイコプラズマはいくつ遺伝子があったら生きていられるか。そのときは僕もマイコプラズマって知らなかったんですが、培地の中で増えるには300個の遺伝子があればいいらしい。たいへん感心したのは、イントロダクションが「Wha t i s Li fe?」なんです。
岡田 ほほーっ(笑)。
西川 それで最後にこれは倫理問題になるかもしれないと書いている。この人はえらいと思いましたね。生命の最小単位をもう一回考えなおしてみるのも重要なのとちがうかと。
西川 伸一 氏
理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長
1948年、滋賀県生まれ。73年京都大学医学部卒業後、京都大学結核胸部疾患研究所に勤務。80年ドイツ連邦共和国ケルン大学遺伝学研究所に留学。83年京都大学結核胸部疾患研究所助教授、87年熊本大学医学部教授、93年京都大学医学部教授、95年京都大学大学院医学研究科教授を歴任し、2000年より理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長、幹細胞研究グループ・ディレクター。研究テーマは、血液細胞、色素細胞、ES細胞などの増殖、分化を調節する機構など。99年ドイツ連邦共和国・フランツフォンシーボルト賞、2002年持田記念学術賞等を受賞。現在、西川氏の幹細胞研究グループでは、色素細胞をモデルとして幹細胞を支える微小細胞環境(ニッチ)の解明をめざすとともに、ES細胞分化実験系を用いて中胚葉系の細胞分化調節の分子機構を研究。
患者さんが見えているか?
岡田 再生医学の将来についてはどうですか、10年ぐらいたったらなんとかなりそうですか。
西川 いや先生、これはいつも申し上げているんですけれど、細胞がなくなった場所に新しい細胞を置き換えたらいろんなことができるというのはそれこそ輸血のときからわかっていることだし、やるかやらないかは別としていろんな可能性はあるでしょう。ただ、さっきニッチのことを言いましたけれど、白髪になることを考えたときに色素幹細胞がなくなって白髪になるのか、それとも巣穴がなくなって白髪になるのか、僕らわからんわけですからね。そうすると、幹細胞をいくら入れても巣穴がないと、そういう環境がないとダメなんですよ。
岡田 まだまだ研究することがいっぱいあるということですね。
西川 そういうことですから、何もかもうまくいくとは思わないですけれど、いちばん重要なのは患者さんが見えるかということですね。そして、ニーズに合わせるためにはまず何が可能かを考える。たとえば、角膜移植がありますね。今、バイオ角膜を使った移植が始められているんですね。そういう歴史のある、安心できるところから、まずちゃんと仕組みを作ってもらって、それがいいかどうかを見ていってもらうのが大事だと思いますね。もう1つ大事なのは、患者さんを診ているお医者さんが細胞も増やせるかというとそんなことはできませんから、そこでいろんな企業が入ってくる仕組みも必要でしょうね。
岡田 僕なんかが現役時代に思っていたのは、研究者にとって目の前に病気があるというのは非常にはっきりと目標が定められるんですね。先端的な研究というのをほんとにやってもいいと思えるのは、そういう病気があるというときなんやと。今までになかったことというのは、必ず裏側に出てくる問題もあって、それもちゃんと示すような流れが出てもらうとありがたいですね。
西川 どのような形で全体をオープンにしていけるか。たとえば、その病気に関しては非常にモチベーションの高い患者団体の方とかに自由に情報を出せるような仕組みとかですね。神戸市の人にこんな質問がよくあるんですよと言うと、きまってじゃあサイトを作りましょうとなる。けれど、そんな医療を提供する側のサイトなんて誰も見ませんよ。知りたい人の気持ちになった情報の出し方を考えたいですね。
岡田 今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。
EYES
再生医学の未来を切り拓く幹細胞研究
肝細胞を利用した細胞治療で失われた機能を回復させる
再生医学とは、病気や外傷などで失われた身体の部分とその機能を移植組織や人工物で補って、本来の機能を取り戻すことを目的とします。臓器移植や骨髄移植、あるいは義足なども再生医学に含まれます。特に骨髄移植などは細胞治療とも呼ばれます。細胞レベルで失われた機能を回復させるからです。近年、再生医学の分野で注目を集めているのが「幹細胞」を利用した細胞治療です。
幹細胞とは自己複製能力をもつとともに、1種類以上の細胞に分化する能力をもつ細胞のことです。たとえば、骨髄にある血液幹細胞は赤血球や白血球、血小板などに分化します。他に神経幹細胞、骨幹細胞、肝幹細胞などがありますが、これらはそれぞれ特定の細胞に分化し、体性幹細胞と呼ばれます。一方、あらゆる細胞に分化する全能性をもつとされるのが、受精卵の初期胚から取り出された胚性幹細胞(ES細胞)です。
幹細胞を利用した細胞治療の対象例としては、1型糖尿病、パーキンソン病、脊髄損傷などが考えられます。たとえば、1型糖尿病は糖分を調節する、すい臓のインシュリン産生細胞(ベータ細胞)の欠損によって起こります。その治療法として、アメリカなどでは脳死体のすい臓からベータ細胞を取り出し、患者さんの肝臓に移植する細胞治療が行われています。しかし、移植できる細胞は不足しています。そのため、幹細胞からベータ細胞に分化させ、大量に増やせるような研究が進められているのです。
今回、LF対談にご登場いただいた西川伸一氏(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター副センター長)も、細胞治療への応用をめざして幹細胞の基礎研究を続けられています。京都大学大学院の教授をされていたとき、西川氏らのグループは世界で初めてマウスのES細胞を培養して血管系すべての細胞に分化させる実験にも成功されています。また、毛髪を黒くする色素幹細胞が白髪になっても毛根部に存在することも発表されました。現在は、ミレニアムプロジェクトに基づいて設置された発生・再生科学総合研究センター副センター長として、再生医学の一般への啓蒙活動にも活躍されています。
幹細胞については、特定の細胞にしか分化しないとされていた体性幹細胞が他の幹細胞に分化する「可塑性」も報告されています。また、ES細胞と同じようにあらゆる細胞に分化する能力をもつ骨髄性幹細胞株が樹立されたという発表もありました。試験管の中でいくらでも未分化のまま増やせるということです。倫理的な問題が残るES細胞に代わる幹細胞として注目されています。
実は、ES細胞とちがって体性幹細胞は、神経幹細胞を除き、未分化のまま増やすことができませんでした。いちばん最初に研究が進んだ血液幹細胞にしても未分化のまま増やすことはできていません。それでは細胞治療に使うには絶対量が足りません。血液幹細胞の培養が可能になれば、骨髄移植などの細胞治療にも応用できます。分化誘導の研究も含め、今後の幹細胞研究の進展が期待されます。