LF対談
大学法人化で得た自由度を生かして No.43(2004.9)
大阪大学総長
宮原 秀夫 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長
新しい研究を始めるつもりが…
岡田 この4月、財団のある北大阪で前向きの大きな動きが2つありました。一つが彩都の街びらきで、もう一つが阪大の法人化です。彩都ライフサイエンスパークのほうは故・山村雄一先生が阪大の総長になられたときに始まった山村構想の一環だったわけです。ずいぶん紆余曲折がありましたけれど、20年かかってようやく日の目を見ることができて、これに関与した私どももホッとしたことでした。それで前回は太田知事と対談させていただいたわけですが、そのときから次は阪大の法人化にあたっての組織づくりでたいへんご苦労なさった新しい総長の宮原先生とぜひ対談をさせていただきたいと思っていましてね。どうもご無理申し上げました。ところで、先生はインターネットといいますか、コンピュータネットワークがご専門ですが、総長になられるときに新しいプロジェクトが始まる予定だったということを聞いています。先生もまさか総長になられるとは思っていなかったんじゃないですか。
宮原 そうなんですね。
岡田 やっぱりそうだった。
宮原 文部科学省による「21世紀COEプログラム」についてはご存知だと思いますが情報科学研究科からのプロジェクトがその一つに選ばれたんですが、そのプロジェクトではインターネットと生命機能を融合したような研究をしています。私もいちおう研究者の一人として名前を残してもらっていますけれど…。たとえば、インターネットでは情報を送る際に最短ルートを見つける必要があるわけですが、アリがエサ場と巣を行き交うのに、いくつものルートの中から、必ず最短のものを見つけるんです。次にその最短ルートをさえぎると、2番目に短いルートを自動的に見つけます。親分のアリがいて、この道がいちばん近いなんてことをいっているわけではありません。その最短ルート発見アルゴリズムをインターネットのネットワークの中に取り込めないか(笑)というのが、一つのテーマなんですよ。こんなものは認めてもらえないんじゃないかと薄氷を踏む思いでCOEプログラムに出したんですが、結果採択され今ではそれなりの成果が出てきていると思っております。今年の1月にスイス連邦工科大学で大阪大学のフォーラムを開催しましたところ同じようなテーマに関心のある研究者に世界から多く集まってもらえました。
岡田 世界中に興味をもっておられる方がいるわけですね。
宮原 世界最古の大学といわれているイタリアのボローニャ大学とか、IBMでもやっておりお互いを認識し合い、一つの研究グループが形成されました。バイオインフォマティックスと呼んでいるんですけれど、情報と生命機能を一緒に考えられないかと。自分では面白いかなと思っているんですけどね。
岡田 総長になられたから、それできんようになりましたね。
宮原 それをやるつもりでCOEに出したんですけれど、まあ若手連中が引き継いでやってくれていますから。
岡田 ちょっとさびしいですね。
宮原 そうですね。今は研究するということがまったくないので。
インタフェースとネットワーク
岡田 いやほんとに総長になられてご苦労さんだなと思います。国立大学の法人化のメリットとしては大学の自由度が増したということでしょうけれど、今度の新しい組織づくりを見ていますとちょっとインターネットのネットワークを思わせるようなものがありますね。今までは学部自治というのがあって、総長には何の権限もないぞ(笑)といろんな方が言っておられたんですが、学部横断的ないろんな研究組織をつくられましたね。それを見ていますと、やっぱり先生のご専門とオーバーラップしているところがあるなと。
宮原 そうだと思います。法人化後は大学に経営協議会というものが設置されまして、岡田先生にもその委員をお願いしておりますが、その協議会において、「われわれ、大阪大学のこれからのキーワードはインタフェースとネットワークだ」と申しました。インタフェースといいますのは、これまでは、工学部は工学部、医学部は医学部と縦割りになっていた間のインターフェースをとって少し学際的に融合しましょうということで、ネットワークといいますのはそれぞれの部局の教職員がネットワークを介してもっともっと情報交換をしましょうということです。今、大学は法人化によって組織編成などに関しても多くの自由度を得たわけですから。すでに医学部と工学部の先生方が一緒になって研究を進める医工連携などもスタートしています。さらに医工連携のセンターをつくりましょうという話も進めています。
岡田 ああ、そうなんですか。
宮原 もう一つ、たとえばMOT(マネージメント・オブ・テクノロジー)というのでは、工学部と経済学部が一緒になって経営のわかる技術者を養成しましょうと。今までは新しい組織をつくるというときには概算要求をして、それが認められなかったらつくれなかったんです。法人化後は、その組織作りまたそれに必要なポストもある程度自由にできるようになりました。もちろんこれまでと同様に概算要求もしていきますが、たとえそれが認められなくても学内でコンセンサスを得られればそのような新しい組織作りが可能です。それは非常に大きいことだと思います。今われわれは、コミュニケーションデザイン研究センターというものを新たにつくろうとしています。今までの国立大学にはデザイン部門というのがありませんでした。ハーバード大学にしろプリンストン大学にしろ、海外の一流大学にはデザイン研究科というのがちゃんとあるんですよ。そこでは、いわゆる工業デザインとか意匠のデザインもしますが、デザインというものをもっともっと幅広い概念として捉えているようです。
岡田 いろんな広い意味で使っていますね。
宮原 私の研究分野で言うなら、性能のよいコンピュータのネットワークを設計するということも一つのデザインですし、また副学長の鷲田清一先生がおっしゃっているのが、臨床コミュニケーションデザインというものです。たとえば、病院で医師と患者さんがどのようにコミュニケーションをとれれば、十分なケア、サービスができるかとかですね。
岡田 非常に大切なことですね。そういうのをやってもらわないと、だんだん医者と患者さんの間に齟齬感が出てくるばかりという状況があるようですね。
宮原 そういうのを臨床コミュニケーションデザインというふうにおっしゃっておられます。
岡田 それもデザインの中に入るわけですね。
宮原 臨床コミュニケーションデザインであるとか、その他に安全コミュニケーションデザイン、空間デザインなど3つくらいの部門構成を考えています。現在その設置に向けて概算要求をしているところですがたとえ文部科学省が認めても認めなくても、来年の4月からそういう研究所をスタートさせようと話しています。
岡田 やろうと思えば、やれる環境はできているわけですね。
宮原 そういう意味ではやりがいがあるといいますか。これまでだったら予算が下りないものは絶対ダメだと。今までやれなかったことができるようになったということで、先生方もそのような自由度を得たんだったらやってみようかと、意欲向上したんじゃないでしょうか。法人化のメリットはそのようなところにあると思いますね。
岡田 これからどうなるか楽しみですね。
宮原 秀夫 氏
大阪大学総長
1943年生まれ。67年大阪大学工学部卒業。72年大阪大学大学院工学研究科博士課程単位取得退学。73年工学博士。大阪大学工学部助手、基礎工学部助教授、米国IBMトーマス・ワトソン研究所客員研究員等を経て、89年基礎工学部教授に就任。大学院基礎工学研究科教授・研究科長、基礎工学部長、大学院情報科学研究科長等を歴任。2003年大阪大学総長に就任。専門は情報ネットワーク。インターネットに代表されるコンピュータネットワークのモデル化と性能評価を学問領域として確立。それを基礎理論としたネットワーク設計手法を導入し、コンピュータネットワークの実用化に貢献。インターネットに発展するARPANETプロジェクト発足当初に、回線交換技術に対するパケット交換技術の優位性を理論的に証明する。受賞歴は電子情報通信学会業績賞、第6回エリクソン・テレコミュニケーション・アワード、総務大臣表彰等。
大学の広報活動を積極的に進める
岡田 大学のほうはそういうふうに活性化していくとして、地元の関西経済界の人たちはその大学の力によって、地盤沈下して傾いた家を建て直してほしいと考えておられると思うんですね。経済界との対応ということでも、ずいぶん期待されていると思います。
宮原 私が常々申し上げているのは、産学連携とか、共同研究ですとかで大学が社会をサポートすることは大切なわけですが、やっぱり大学にとって最も大切なものは人材育成だということなんです。企業が欲しいと思うような有能な人材をちゃんと送り出しているか。その点でわれわれは反省しなければならないと思っています。具体的に言いますと、大学院の学生に対する奨学金などを、もう少し企業から出していただけないか。研究だけに投資するのではなくて、人材育成の面にも目を向けていただけないか、と思っているんです。しかし、そういうお願いだけでは一方的ですので、大学としては自分たちのやっている研究をもっと世間にわかってもらえるように、いろんなところで広報活動をしていってほしいと先生方にも言っているんです。
岡田 それは大切なことですね。
宮原 自分の研究はこんな考え方でやっている。今は役に立たないかもしれないけれど、ひょっとして100年後、500年後に役に立つかもしれない、そういう説明でもいいから、社会にきちっと説明してほしいと今、一生懸命言っているんです。このことは今まで十分にはやってこなかったんですね。ですから、世間から厳しい批判がある。大学人は税金を使って何をやっているかわからんと。そうなりますと、すぐにお金になりそうな研究ばかりが求められる。けれど、企業ではできないような研究があるはずなんですね。そこをやるべきであって。
岡田 ほんとにそうですね。
宮原 特に企業の環境が厳しくなればなるほど長期レンジの研究に企業はお金をかけられなくなる。短期的に成果の出るものにしかお金を出せない。ですから、大学は基本的に長期レンジのものをやるべきだと思うんですよ。同じところを攻めていたら、企業をもう一つつくるだけで。
岡田 企業にはかなわないところがいっぱいありますよ(笑)。
宮原 すぐに技術転換できるものは絶対に企業にかなわない。大学は長期レンジで企業が今すぐにお金を出せないようなものをやるべきだと。お互いに補完しあって進歩すればいいわけです。ただ、ややもすると大学発ベンチャーとかですね。そういうものばかりが注目されることになって。
ベンチャーはあくまで研究の結果
岡田 ちょうど今、財団は文部科学省の知的クラスター創成事業の北大阪地域での受け皿になっていまして、阪大の先生方にも協力していただいているんですけれど、それで僕が非常に勉強になったのはいわゆる知的財産の社会還元、研究の事業化ですね。その知的財産と社会還元の間にはたいへん大きな空間がありまして、とにかく知的財産というのをどう判断して、それをビジネスプランとしてどう確実なものにするか。大学が直接というのは、ほとんど意味がないと思っていましてね。ですから、大学のほうにはとりあえず知的財産をわかりやすい形で公開していただいて、あとは専門家の方がそれをチェックして具体的に進めていく。けれど、日本にはあまりそういう専門家の方はおられないみたいですね。
宮原 そうなんですね。これから社会全体で育てていかないといけない話だと思いますね。私はベンチャーというのはあくまで結果だと思っているんです。きちんとした研究をやっていれば、そこから自然に発生する。けれど、ベンチャーをつくることが第一目的のようになったら困るなと。学生にそれをインセンティブとして研究してもらったら困る。なんとなくそんな雰囲気が出てきてるんでね。ほっといても、実際に使える研究というのはちゃんと展開していくんだろうと私は思うんです。そこに、企業の方だとか専門家の方に関与していただければ非常にスムーズな流れができる。
岡田 いちおう事業化のサポートシステムのようなものはつくれてきました。けれど、確かに大学発のベンチャー、ベンチャーとあまりに言いすぎるきらいはありますね。それが大学の中期計画とかに出てきて、それで評価されたらかなわないなという感じはします。
宮原 そうですね。やはり世論に働きかけることが必要だと思うんですよ。そういう意味でも、大学の運営から研究内容を含めて広報活動をきちんとやっていかないといけないと思っているんです。
岡田 国立大学の法人化でちょっと気になっているのは、大学相互が競争原理の中に入ってしまうと、関西でいうと京大、神戸大、阪大が一緒になって何かやるというのが難しくなっているんじゃないかということなんですけれど。
宮原 そういう危惧はあると思います。COEプログラムにしても、どこの大学は何件とったと件数で競争になっていますよね。中身の話ではなく、件数で。私はそういうことを避けるためにも、教官の人事交流ですね。1年から2年の限定期間を設けて、人事交流をするのが大切だと思うんですね。そうすると、この分野は一緒にやろうということも出てくると思うんです。
岡田 千里ライフサイエンスセンタービルができたときに、この対談させていただいている最上階の部屋を最初に何に使おうかと思いましてね。当時の京大の総長、神戸大の学長、阪大の総長に集まっていただいて、競争するところは競争していいけれど、3つの大学が協力したほうがより大きなことができるというときには一緒にやろうじゃないかという話をしてもらったことがあるんですよ。現実にはそれで何も動きませんでしたけれど。
宮原 近畿には京大、神戸大、阪大とメジャーな国立大学が3つもあるわけですね。他の地域だったら、だいたい1つにしぼられる。ですから、近畿でいろんな連携をやっていくときに、まず大学が連携してやればいいと思うんですよ。一緒になってやっていけたら、それが近畿、関西全体の発展にもつながる話だろうと。
岡田 そうしてほしいですね。今、日本は東京一極集中ですよね。大阪の大手企業も本社機能を移しています。一極集中でないものというと大学だけなんですね。大学だけは地方にもちゃんとあるぞと。そういう意味で大学の責任は重いと思いますよ(笑)。今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。
EYES
地域に生き世界に伸びる大阪大学に期待
先端科学イノベーションセンター 知的財産本部を新たに発足
今年4月、国立大学が法人化されました。国の組織の一部だった国立大学が独立し、「国立大学法人」として再出発することになったのです。今後、大学はそれぞれの中期目標・中期計画(6年間)に基づいて自立的に運営され、その業績評価によって国から運営費交付金が配分されることになります。法人化は、これまでの横並び意識を脱して大学に競争意識を植えつけ、個性化をうながす狙いがあるとされます。大学の裁量で組織づくりも柔軟に行えるようになりました。
法人化では、学長の権限が強化されたともいわれます。大学の運営について、学外の有識者を含めた経営協議会や学内の代表者による教育研究評議会の意見を取り入れながら、最終的には役員会において学長がリーダーシップを発揮することになります。その意味では、これまで以上に学長の手腕が注目されることになるといってもいいでしょう。
今回、LF対談にご登場いただいた宮原秀夫氏は、昨年8月、法人化を目前に控えた大阪大学の総長に就任されました。その後、医工連携など学部の枠を越えた学際的な組織づくりなどで手腕を発揮されています。今年の年頭所感では次のようにも述べられています。「大阪大学の存在意義は、社会から真に求められる有能な人材を輩出し、応用研究に偏重することなく民間企業ではできない基礎研究も積極的に推進し、新たな学問分野を開拓していくことにあり、それはとりもなおさず大学が本来遂行すべき教育・研究を着実に実践していくことにあると考えます。こうすることによって、結果として、確固とした財政基盤のもとで健全な大学運営が可能になるものと確信します」(阪大Now No.68 2004.1号外)
法人化と時を同じくして大阪大学は、この4月、先端科学イノベーションセンターと知的財産本部を発足させました。ともに大阪大学のもつ豊かな知的財産を社会に還元し、産業の発展に寄与することをめざしたもので、大阪大学における産学連携の要として組織されました。
先端科学イノベーションセンターは、先端科学技術共同研究センター、ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー、先導的研究オープンセンターなどを統合したもので、これによって先端科学技術の研究や産学連携、ベンチャー育成を支援するインキュベーション施設が整備されました。また、産学連携の窓口として、共同研究の提案などの各種コーディネーション、産学官連携シンポジウムやセミナーの開催、特許相談、技術相談なども積極的に進めていきます。
知的財産本部は、大学の研究や企業との共同研究で得られた知的財産の管理、活用を効率的に進めるために設置されました。これまで曖昧だった大学の知的財産の権利関係を明確にし、知的財産の学外への公開、企業への技術移転などを進めるとともに、先端科学イノベーションセンターと連携して、産学連携の共同研究を知的財産面からサポートします。
大阪大学の理念は「地域に生き 世界に伸びる」とされます。世界レベルの教育研究を進めるとともに、地域の産業発展、豊かな社会づくりに貢献する。今回の法人化によって大阪大学がさらに社会との連携を進め、ともに発展していくことが期待されます。