LF対談
医学の発展に広く貢献できるSNP解析 No.44(2005.1)
東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長
中村 祐輔 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長
ヒトの遺伝的染色体地図を作る
岡田 2000年に当財団の10周年記念として「21世紀のライフサイエンスの展望」ということでシンポジウムを開催して、中村先生にもオーダーメイド医療について話をしていただきました。あのときに取り上げたテーマで大きかったのは再生医療とオーダーメイド医療だったと思うんですけれど、たとえば製薬企業のほうからいうと再生医療はまったく違う土俵でしてね。それに対して先生のやっておられるヒトゲノムのSNP(スニップ:一塩基多型)解析に基づくオーダーメイド医療の基盤作りというのは今の製薬企業にとっても非常に貢献度は高いだろうと。それで機会があれば先生と一度お話をさせていただきたいと思っていました。ところで、ちょっと先生のご経歴のほうから話をうかがいたいんですけれど、先生が大阪大学の医学部を卒業されたのは…。
中村 1977年です。
岡田 それで外科医として勤務され、ちょうどそのときにがん遺伝子の問題が出てきたということですが…。
中村 阪大の第2外科の場合は、だいたい卒業後4年間、臨床に従事する仕組みになっているんですけれど、臨床の場でがん患者さんを見ているといろいろ疑問が起こるわけです。どうしてがんになるのかというシンプルな疑問から始まって、ある患者さんは急激に病状が進むのに、ある患者さんはそうでもない。薬が驚くほど効く人もいるのに効かない人もいる。とんでもない副作用が出る人もいる。そうした疑問を解決する手がかりの一つとして、当時、がんは遺伝子によって起こるという考え方が公表されたので、研究するのだったら遺伝子からがんに迫れないかと考えたんです。
岡田 そのときはそれを勉強して、また臨床に戻るつもりだったわけ?
中村 そうです。臨床をやりながら、研究を続けていきたいと。
岡田 実学そのものやったわけですね。
中村 やっぱり医学は実学でなければならない。患者さんを背景にしているのが医学だと思っていまして。そういう意味では、いずれ外科医としてがん患者さんの治療などに還元できればと思いながら研究を始めたんです。
岡田 それから米国のユタ大学に留学される。それはどんな経緯で?
中村 たまたま留学先を探しているときに、家族性大腸腺腫症、ポリープが何千個もできて大腸がんになる遺伝病の原因遺伝子はこうすれば探せますよという方法(連鎖解析)をユタ大学のレイ・ホワイトが書いていたのを読んで、すごく簡単に遺伝子が見つけられそうに思いました。自分も大腸がんの患者さんをたくさん見ていたので、それをやろうと。けれど留学してすぐに気づいたのは理論的には可能だけれど、それをきちんとやれるマーカー(目印)がない。DNA配列で遺伝的に個人差を示す部分ですね。それを手がかりに病気に関連する遺伝子の染色体上の位置をしぼりこむのですが、そのマーカーを見つけるところから始めないといけない。そのときに、たまたま非常に効率よくマーカーを見つける仕組みを私が作りあげたのです(VNTRマーカー:特定の短い塩基配列の繰り返し回数の違いからなる)。作った次の瞬間から、もう向こうのスタッフに昇格です。給料も倍、技術者が8人も9人もついて。とにかくおまえにマーカーを見つける仕事はまかせたと。1988年にそのマーカーを染色体上に位置づけた遺伝的染色体地図ができました。80年代後半に次々と遺伝病の染色体座位が決まったんですけれど、それはほぼ全部といっていいくらいホワイト・中村マーカーを利用したものです。
岡田 すごいな。その当時からものすごい仕事をやっておられたわけですね。
中村 単純で大変な作業ですけれど、広く貢献できる。DNA鑑定にも使われて、FBIからスカウトもされた(笑)。で、その頃思ったのは、そういう幅広い基盤作りを大きなプロジェクトとして推進して、多くのグループと共同しながら病気にアプローチしていくのは、すごく医学に対して貢献度が大きいなと。
岡田 それまではなかったですよね。そういう感じのプロジェクトというのは。
中村 それまでは個人型の研究だったんですよね。私がアメリカにいるとき一番印象的だったのは、染色体地図を作るための研究費の審査会があったときのことです。ノーベル賞クラスの人が何人も来て、彼らの出した結論は、予算を倍に増やすから早くやりなさい。早くできれば、それだけ広く貢献できるからと。日本では考えられないですね。とにかくみんなの役に立つことは早くやって、社会に還元しなさいと。
岡田 いや、たいしたものですね。
中村 たしかに研究というより作業的な要素が大きいのですが、できたものがどれだけ社会の役に立つかということをちゃんと評価していただけました。
国際ハップマッププロジェクト
岡田 中村先生は今、SNP解析に基づいてヒトゲノムの多型性パターンの地図を作るという「国際ハップマッププロジェクト」にも参加されていますよね。ちょっと説明していただけますか。
中村 そのプロジェクトが今後、どう役に立っていくかをまず説明しますと、たとえば薬が効く、効かない、あるいは自分には合う、合わないという経験をみなさんもっておられると思います。今までそれは体質といってきたわけですけれど、体質というのを科学的に考えていくと遺伝暗号(DNA)の違いが大きく影響しているのですね。それはみなさんお酒でよくわかっておられる。アルコールを分解する酵素ができないから、お酒に弱い。それも遺伝暗号の違いによる。同じように薬が効かない、副作用に弱いというのも遺伝暗号の違いである程度説明できるんです。今、すごく薬がムダに使われていますよね。薬が効かなかった、あるいは効きにくかった割合は平均すると50%ともいわれる。その人たちはまた別の薬をためすことになる。どんな薬が効くか、遺伝的に特徴づけられていることがわかれば、効率的に薬を使えるし、副作用も回避できる。薬の使い分けができると。そういうことから、オーダーメイド医療という言葉を私も使ってきたわけです。日本では夢物語という感じで捉えられていたんですけれど…。
岡田 僕もそう思っていました(笑)。
中村 けれど、2003年11月に米国のFDA(食品医薬品局)がガイダンスを出したのです。これからは薬を遺伝子情報によって使い分けなさいと。それから一気に風向きが変わって、やっぱりこれは現実の問題だとなった。
岡田 それで今、SNPというのを利用しようという話がよく出てくるでしょ。このプロジェクトもそうですね。繰り返し配列とかじゃなくて、塩基配列がAかGというように一文字だけ違うSNPによって多型性のパターンを調べようとなっている理由は?
中村 DNA配列の個人差(多型)のマーカーというのは私が80年代に見つけたものも含めて何種類かありますけれど、今なぜSNPかというと、われわれのゲノムの中には1000万箇所ぐらいあって非常に多いのです。他のものと比べて高密度の情報を入手できますし、解析も単純化しやすく高速化できる。だから、病気の人と病気でない人を比べて遺伝的な特徴を調べるにはSNPが効率的だという考え方が90年代の終わりから出てきて、解析さえ効率的にできれば、ある病気のなりやすさ、ある薬に効く、効かない、副作用の問題など一気に解決できるのではないかと…。
岡田 しかし、1000万個所といっぱいあるわけでしょ。なんか仕分けしないことにはとてもじゃないけれど…。
中村 今回のプロジェクトにおける目的の一つはそれで、たとえば1万塩基対の中にSNPがいくつかあるとしますよね。すると、ある場所がAなら別の場所はGというように近い距離だと強いつながりがあって連鎖していることが多い。精子とか卵子で染色体の組み換えが起こるとき、組み換えが起こりやすい場所というのは決まっているんですね。ある染色体の部分だと20万塩基対を1ユニットとして捉えることができるから、こことここだけを調べればよいですよとなる。おそらく15万箇所から20万箇所、代表的なSNPを選べばゲノム全体の遺伝的な特徴をカバーできるだろうと。
岡田 大変なものですね。
中村 第一期では、これまでに見つかったSNPから選ばれた60万箇所について、米国、日本、中国、ナイジェリアのDNAサンプルを調べます。日本は4分の1の分担になっていますから、われわれは15万箇所の情報を出さないといけない。たぶん2005年の3月頃には60万箇所のSNPの情報を示した地図が完成します。その60万箇所の情報があれば、代表的なSNPもほとんど特定できる。
岡田 そんなに早くですか。
中村 はい。それは病気の原因とか、薬の効き方や副作用の原因などを解明するための基盤情報となります。
中村 祐輔 氏
東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長
1952年、大阪府生まれ。77年大阪大学医学部卒業後、大阪大学医学部附属病院、大阪府立病院、市立堺病院などで外科医として勤務。その後、大阪大学医学部附属分子遺伝学教室研究生を経て、84年米国ユタ大学ハワード・ヒューズ医学研究所に留学。87年ユタ大学人類遺伝学教室助教授に就任。89年帰国。(財)癌研究会癌研究所生化学部長、東京大学医科学研究所教授を経て、95年医科学研究所ヒトゲノム解析センター長に就任。2003年より理化学研究所遺伝子多型研究センターオーダーメイド医療開発プロジェクトグループディレクターを併任。専門は遺伝医学。現在、ミレニアムゲノムプロジェクトのヒトゲノム多様性解析のチームリーダーも務める。また、国際ハップマッププロジェクトにも参加。受賞歴は高松宮妃癌研究基金学術賞、日本人類遺伝学会賞、武田医学賞、紫綬褒章受章等。主な著書は「改訂先端のゲノム医学を知る」「基礎からわかるゲノム解析実験法-中村祐輔ラボ・マニュアル」(編著)。
SNPから原因遺伝子を見つける
岡田 そうした地図ができたとして、個々の病気や副作用の解明などにはどう利用するわけですか。その代表的なSNPを全部チェックするわけ?
中村 そうですね。結局、ヒトゲノムの配列がわかったといっても、遺伝子の機能とかはわかっていないことが多いですよね。思わぬ遺伝子が思わぬ病気に関係しているかもしれない。だから、何もわかっていないということを前提として、たとえば喘息の人、喘息でない人のSNP15万箇所を調べると、あるSNPでAまたはGという多型のパターンがあるなら、喘息の人にはAの人が30%いる。喘息でない人には5%しかいない。そうすると、ある遺伝的タイプ、この場合だったらAという多型をもつ人は喘息になりやすいのじゃないかという推測ができるわけです。そして、そのSNPが遺伝子の働きに関係していないかどうかを調べる。薬の副作用にしても同じです。実際、世界各国でいろんな研究者が患者さんのサンプルを集めてやっていまして、病気に関係するものではわれわれもすでに心筋梗塞や関節リウマチに関係する遺伝子を見つけて報告しています。もちろん、病気や副作用の解明には一つのSNPや遺伝子の違いだけじゃなく、複数の組み合わせを調べることが必要ですけれど…。
岡田 喘息の人とそうじゃない人のパターンを調べるときのサンプル数はいくつぐらいあればいいわけ?
中村 それがこういう研究でいちばん難しいところで、それぞれの遺伝子がどれくらい病気に関与しているかわからないといけない。ただ、統計学的なシミュレーションはできる。たとえば、病気に2倍なりやすくなる要因を見つけようと思えば、だいたい500人から1000人。1.5倍になると2000人から3000人調べないとわからない。どこまで追い求めるかによって、研究デザインも変わってくるんですね。
岡田 やっぱりお金はかかりそうですね。
中村 かかります。中途半端にやってある程度のところであきらめるか。とことんやってほんとに病気に関係するものを見つけるのか。この世の中には生活習慣病といわれているものも、難病といわれているものもあって、難病にはまったく原因がわからないものもたくさんあります。やっぱり患者さんは原因を解明して治療法を見つけてほしいと願っているのです。最近、われわれが取り組んでいるものの一つがALS(筋萎縮性側索硬化症)。運動神経の麻痺が徐々に進んで、最後は目だけでコンタクトする。その患者さんの団体の人がやってこられて、今私たちには希望がない、先生のやっておられる方法なら原因遺伝子を見つけられますか、という話をされる。われわれもできるかどうかわからないけれど、遺伝的な要因が大きければ見つけられるでしょうということで研究を始めることになったのですが、患者さんの団体にアンケートをとったら半数以上の人が協力してくれると。
岡田 そうですか。
中村 世の中にはやっぱり診断された日から苦しい日々を送っている人がたくさんおられるわけですね。
岡田 しかし、わかっても治療法がないとなんともならんというところがありますね。
中村 短期的にはそうだと思うんですね。けれど、結核菌が結核の原因菌だとわかってから治療薬ができるまで何十年とかかりましたけれど、やっぱり原因がわかったから薬もできたわけですよね。
岡田 とにかくSNPの多型性パターンの地図ができることによって、いろんな仕事が進んでいくということですね。
中村 研究に加速度がつくと思います。特に、日本人のSNPデータベースというのは、2000年からの「ミレニアムプロジェクト」で別に作ってすでに公開されていまして、それは2003年のアクセス件数だけでも300万件ですので、如何にこの分野の研究が活発かわかっていただけると思います。
岡田 すごいな。もうそれを使って、製薬企業なんかも…。
中村 研究されていると思います。今の薬の作られ方は、この薬は20%の患者さんに効きますよ、この薬は30%の患者さんに効きますよというと30%のほうの薬が作られるわけです。患者さんのほうの遺伝的な特徴は関係ない。ほんとはうまく使い分けできれば、50%の患者さんに合った薬を提供できるわけですね。
岡田 それがオーダーメイド医療ですね。今日は勉強になりました。お忙しいところ、どうもありがとうございました。
EYES
ヒトゲノムの多型性地図の国際的プロジェクト
DNA配列の個人差・SNPから病気や薬の副作用を解明する
ヒトのゲノム(DNA)配列には0.1~0.2%の個人差(多型)があるといわれます。それが、人それぞれの外見や体質などの違いの遺伝的な背景になっています。その個人差の中で今、注目されているのがSNP(スニップ)です。DNA配列は、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)という4種類の塩基からなり、そのほとんどは誰でも同じ配列ですが、中には一つの塩基が80%の人はAなのに20%の人はTというように異なっている場合があります。これをSNP、一塩基多型と呼んでおり、AかTというように2つある塩基のうちのどちらかになります。
SNPは30億あるヒトの塩基対の中に1000万箇所あるといわれます。そして医学的には、一部のSNPによる個人差が、ある病気へのなりやすさや薬の効き方、副作用の現れ方にも関係しているのではないかと考えられ、現在、世界各国でSNP解析による研究が盛んに進められています。
2002年、ヒトゲノムのSNP解析を大規模に進める「国際ハップマッププロジェクト」がスタートしました。米国、英国、日本、中国、カナダの5か国が参加し、日本におけるプロジェクトの推進役として活躍されているのが、今回、LF対談にご登場いただいた中村祐輔氏(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長・理化学研究所遺伝子多型研究センターグループディレクター)です。中村氏は、2000年から始まった日本の「ミレニアムゲノムプロジェクト」の一分野である「ヒトゲノム多様性解析」のチームリーダーとしても日本人のSNP解析を進められ、それまで報告されていなかったものも含めて多数のSNPを特定し、SNPデータベースとして公開されています。
国際ハップマッププロジェクトでは、欧米人、アジア人(日本人を含む)、アフリカ人について人種ごとにヒトゲノムの多型性パターン(ハプロタイプ)の地図を作ることを目標としています。SNPは、DNA配列の中で近い距離にある場合、複数のSNPがセットとなって遺伝します。その1セットになったSNPの組み合わせをハプロタイプと呼んでいます。そして、ハプロタイプは少数のSNPによって特定することができます。その代表的なSNP(タグSNP)を調べるだけで、効率的にハプロタイプの遺伝的多型性がわかるわけです。
このタグSNPとハプロタイプを位置づけた地図(ハップマップ)は、病気のなりやすさや薬の効き方とSNPの関係を調べる上での基盤データになるものと考えられています。今回のプロジェクトでは第一段階として、2005年3月に5000塩基ごとに一つの割合となる60万箇所のSNPを解析した地図が公表されます。そのうちの25%を日本が担当しています。
こうしたSNPに関するデータベースやSNP解析を利用した研究は、人それぞれの個人的な体質や状態に合わせたオーダーメイド医療の実現には欠かせないものです。中村氏は、2003年から始まった「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」でも中心的な役割を果たされています。全国の8つの医療機関が協力し、目標としてはがんや糖尿病など40疾患、30万人の患者さんのサンプルを集めて、SNP解析などによって病気のなりやすさや薬の効き方などを調べるプロジェクトです。すでに肺がん治療薬の効き方などについて成果が上がっています。
中村氏は、医学は実学でなければならないといわれます。そのため、SNPなどの多型研究の一方でご自身が長年続けてこられたがん研究の成果の実用化を進めるため、ベンチャー企業も立ち上げられました。オーダーメイド医療の実現の可能性を広げるためにも、SNP解析による研究のさらなる進展が期待されます。