LF対談

西塚先生の想い出 No.45(2005.5)

大阪大学大学院医学系研究科教授
高井 義美 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

プロテインキナーゼCを発見

岡田 昨年、急逝された西塚泰美先生(神戸大学前学長)とはそのうちこの広報誌でも対談させていただこうと思っていました。西塚さんのこと、僕はものすごく好きだったのでね。亡くなられたのは非常に残念なことでした。それで今回の対談は、西塚さんの想い出の話にしたらどうかということになって、それなら高井先生が西塚さんの一番の愛弟子ということで、今日はお願いしたわけです。ところで、少し経歴を拝見しますと、高井先生は西塚さんが生化学の教授として京都大学から神戸大学に来られた前の年に入学されておられますね。

高井 そうです。1968年の入学です。ただ、僕らの学年の教養課程は半年だけ授業があって、そのあと1年半は全部ストライキでした。3年生の専門課程に入っても、またスト。半年後、ストが明けて、ようやく西塚先生の講義も始まりました。岡田先生もご存知のように、彼しゃべるのが上手なんです。漫才を聞いているみたいで、人をひきつける能力がある。そして、何回目かの講義のあとに偶然、トイレで会ったんです。そうしたら、キミのことよう知っとる、と言われるんですよ。今から考えるとウソだったと思うんですけれど(笑)、それで教授室に行ったら、ナポレオンのブランデーを見せて、教授になったら世界中から招待されるし、こんな高級酒も飲めると。その頃は僕も純情だったし、ストで学問に飢えていたから、めちゃくちゃ偉い先生だなと。それが最初の出会いでした。

岡田 高井先生は西塚研究室の神戸大学出身の院生第1号なんでしょ。

高井 そうではないんですけれど、学生のときから西塚研に出入りしていて、西塚先生から直接の指導を受けていました。最初研究室の先輩の手伝いをしていましたが、半年ほどしますと、キミにテーマをあげようといわれて。ちょうどその頃、細胞のシグナル伝達にとって重要なサイクリックAMP依存性のプロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)が発見され、サイクリックAMPを発見したサザーランドがノーベル賞をもらっていました。そのAキナーゼの存在を細菌で確認しなさいと。日本では西塚先生がプロテインキナーゼの元祖で他に誰もやっていませんでした。Aキナーゼは細菌では見つかりませんでしたが、パン酵母ではすぐに見つかりました。そのときには、西塚先生もたいへん喜んでくれました。その間に先輩の神戸大学出身の女性が大学院に入られて、僕はそのあとなんです。西塚先生、なかなかお茶目なのはご存知ですよね。

岡田 僕、お酒を飲まんものだから、そのへんはよく知らんのだけれど。

高井 直接、大学院に来なさいとは言われない。悪いようにはしないから、食い逃げはせんやろなと言われるんです(笑)。彼にしてみれば、学生時代に何から何まで教えたのに臨床にいってしまったら困ると思われたんでしょう。

岡田 その頃の時代というのはなにか人間味がありますね。

高井 大学院に入ったあとは1年で助手になったらどうかといわれて。それで助手になって、サイクリックGMP依存性のGキナーゼをやっていたときに偶然、Cキナーゼが見つかったんです。そのときも西塚先生、めちゃくちゃ喜んでくれました。

岡田 そのあたりのところ、ちょっと聞かせてください。

高井 サイクリックAMPは1956年に発見されて、60年代にいろいろなホルモンの作用を遂行していることがわかりました。70年代に入ると、サイクリックAMPの研究は一段落し、カルシウムイオンの研究が主流になりました。カルシウムの研究は、東大の江橋節郎先生や阪大の垣内史郎先生ですね。だから、西塚先生はカルシウムの研究はやってはダメだと、あれは他の人の仕事だといわれて。サイクリックAMPからサイクリックGMPに移ったのも何か自分のものを見つけたいと思っておられたんですよ。僕が生意気にも、サイクリックGMPの領域って一流の人は誰もやっていないと言ったら怒られました。そこでいい仕事をするのが大事だと。その頃、ずっと彼が言っておられたのは、オリジナルな仕事をしないと世界には勝てないということです。だから、ゲリラ的にやるんだと。とにかく“物”をとる。自分の“物”をとって名前をつける。

岡田 そこから引っかかってきたわけですね。

高井 1977年、ウシの小脳でGキナーゼの解析をやっていたときにたまたま新しいプロテインキナーゼが見つかりました。マグネシウムで活性化されるからMキナーゼと名づけたんですけれど、それは非常に高い濃度のマグネシウムが必要なので生理的反応ではない。AキナーゼにとってのサイクリックAMPのように生理的な直接のシグナルがなかったんです。それで、ひょっとしてカルシウムが効いているかもしれないと思って実験してみたら、Mキナーゼの前駆タンパク質が見つかって、それが今のCキナーゼでした。その後、2年ぐらいかかりましたけれど、カルシウムと細胞膜のリン脂質によって活性化することがわかって、1979年にカルシウムのCをとってプロテインキナーゼC(PKC)と名前をつけたんです。

シグナル伝達に新しい概念を提出

岡田 1982年、僕が日本細胞生物学会を主催したときに、西塚さんの特別講演でその話を聞いてね。僕は細胞融合をやっていたでしょ。だから、細胞膜というのは内外のバリアという感じで思うわけね。その構成成分がああいうふうに使われているというのはちょっと驚異でした。

高井 ホルモンによる細胞膜のリン脂質の代謝というのは、サイクリックAMPより以前に見つかっていましたが、なにしろ生理的な意味が何もわからなかった。それがCキナーゼを活性化していることがわかったのですが、そのリン脂質の代謝と関係づけるのにも苦労しました。この発見が高い評価を受けたのは、それまでシグナルは細胞質を流れるという概念であったのに対して、シグナルは膜と細胞質の境界を流れるという新しい概念を提案したからだと思います。それはものすごくオリジナリティのある概念でした。その後、イギリスのグループがリン脂質代謝はCキナーゼ以外にもカルシウムシグナルをも活性化することを見つけて、その結果、細胞内のシグナルの流れる経路には多岐性があることが初めて分かったんですね。

岡田 発がんのプロモーターであるホルボールエステルの話も、その頃ありましたね。

高井 MキナーゼからCキナーゼにいってリン脂質につながったのは、最初からそうしようと思って実験したのではなくて、麻雀でいえば後役ですね。非常に運がよかった。ホルボールエステルも、西塚先生も僕も最初は何か知らなかったんですよ。けれど、がん学会では…。

岡田 非常に大きな問題だったけれど、何もわからなかった。

高井 当時、発がん物質によって細胞ががんになって、それを育てるのがプロモーターだという2段階セオリーがあったんですね。それで、フランスの女性研究者が1か月ほど神戸に来て、Cキナーゼと関係があるか知りたいと。その頃、僕らはCキナーゼの活性化を血小板で証明していて、その系にホルボールエステルを入れても基本的な概念に変わりはないだろうから実はこのテ-マはやりたくなかったんです。けれど西塚先生が、そういうな、パリジャンだからと。けっこうご年配の方でしたけれどね(笑)。そうしたら、Cキナーゼがホルボールエステルの受容体だと1か月でわかったんです。

岡田 がんの連中もびっくりしたでしょうね。

高井 プロモーターというのは、世界中の立派な先生がやっておられたけれど、どのようにして働いているかまったく分かっていなかった。その答えが神戸からポーンと出てきたので…。

岡田 あの頃、西塚さんと会ったら、えらいうれしそうにその話をしてくれたことがありました。

高井 そうでしょ。役満だといっていたでしょ(笑)。

岡田 そのあたりのことをすませてからは…。

高井 ホルボールエステルの仕事が82年ですから、大きな筋は5年ほどで片がつきました。次に何をしようか。基本的に西塚先生はやっぱり酵素学者なんですね。よくいっておられたのは、一流というのは職人みたいなもので、たとえば酵素学だけでノーベル賞をもらったりすると、それで、なかなか分子生物学とかには進めなかったんです。酵素学だけでオリジナルな仕事をしようというのが彼の信念でしたから、次というのはなかなか難しかった。そうしているうちにCキナーゼの分子は外国でクローニングされました。

岡田 そうですか。それから高井先生も教授になって独立される。

高井 84年です。独立したときに西塚先生にいわれたのは、自分のフィールドを作ったほうがいいよということでした。いろんなことを教えていただきました。人生観とかですね。人間大成するには苦労しないとダメだと。金もない、何もないところからやっていかないと日本では誰も評価してくれない。そこをキミもくぐらないといけないと。そのときに今でも忘れないのは、そこを偉い人はみんなくぐっていると。ただ、外国に行ってそれをいっても誰も考慮はしてくれないと。

岡田 彼はそんなことをいっていましたか。

高井 僕も弟子が育つときにはいつもいっています。独立したら自分の新しいフィールドを作りなさいと。

 

高井 義美 氏

高井 義美 氏

大阪大学大学院医学系研究科教授

1948年、兵庫県生まれ。1974年神戸大学医学部卒業後、大学院を経て、75年医学部生化学第2講座助手に就任。80年医学博士の学位授与。81年助教授に就任。81~85年岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所助教授併任。83~84年米国カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校医学部客員助教授併任。84年神戸大学医学部教授に就任。92~96年岡崎国立共同研究機構生理学研究所教授併任。93年大阪大学医学部教授、99年大学院医学系研究科教授に就任。また、94~99年科学技術振興事業団高井生体時系プロジェクトの統括責任者を務める。専門は生化学・分子生物学。西塚泰美氏の助手・助教授時代、プロテインキナーゼC(PKC)の発見、その作用機構の解明に寄与。その後、低分子量GTP結合タンパク質の発見やそれを介する新しい細胞内シグナル伝達機構の解明に貢献。受賞歴は日本生化学奨励賞、日産科学賞、大阪科学賞、井上科学賞、紫綬褒章等。

シグナルの流れを統合する時代へ

岡田 阪神大震災のとき、西塚さん、困っているかもしれんと思って食べ物とかいっぱいもって神戸に行ったんです。そうしたら、ホコリまみれの部屋を整理されていました。そのときに話していたら、お見舞いのFAXが外国から200通以上も届いてといわれて、それだけはうれしそうな顔をしていたな。

高井 僕が大阪大学に移ったのは震災の1年半前でした。西塚先生が学長になられる少し前の頃ですね。

岡田 200通以上といっておられたから、やっぱり西塚さんはすごいなと。今でもノーベル賞をもらえなかったのはどうしてかと思いますね。西塚さんと僕、いつ頃から親しくなったのかと考えてみたんだけれど、よくわからなくてね。とにかく昔から一番信用できる人だと思っていました。

高井 西塚先生も岡田先生のことはよく話されていました。岡田先生は細胞生物学者で、少し畑が違うじゃないですか。けれど、西塚先生が僕によくいわれていたのは、岡田先生はすごい人なんだと。1枚のスライドを見せて、いくらでもしゃべられる(笑)。そうだったんですか。

岡田 いや、そうやったかな。なんかほんとうに惜しい人を亡くしました。ところで、高井先生が今やっておられる仕事で面白いというのを教えてよ。

高井 今、僕の一番の関心は、やっぱりシグナル伝達に関してなんです。シグナルが細胞のどこから入るか。ちゃんと入る場所が決まっていて、細胞の接着と関係している。新しい接着分子も見つかって、僕らはネクチンという名前をつけました。細胞はシグナルが入る場所をどのように決めているか。一言でいうと、シグナルの入り口を決めるための細胞接着の役割ですね。それを定年までにまとめられないかと思っています。今はイメージング(画像化技術)がものすごく進んでいます。シグナルがどこから入ってどう流れるか、分子のレベルで見られるようになりましたから、たいへんな進歩ですよ。

岡田 とにかく具体的に理解できるようになりましたね。

高井 ポストゲノムになって、たくさんの役者、半分以上はわかったんですかね。いろんなシグナルの流れもわかってきて、それを統合するストーリーをどう作るかという時代になったんじゃないかと思います。大先輩の先生達が見られていた現象の役者がおおかたわかってきて、その役者がどのようなシナリオで劇を演じているかを現在の学者が研究している。どうですかね。どの時代も面白かったと思いますけれど、役者がわかってしまったら面白くないですか。

岡田 いやね、網羅的というの。今は役者というか、どういう物質が細胞や組織の中にどれぐらいあるか。それを測定する機械がワーッと並んでいる研究室があるでしょ。あれなんか見ると、尻込みしないでもないですね。

高井 あんまり網羅的になるとロマンはないかもしれないですね。

岡田 面白いと思えるかどうか。やっぱり西塚さんみたいにゲリラ的なのが面白いんじゃないかと。

高井 けれど今の世の中、網羅的というのもやっぱり大事だと思ってるんです。僕も酵素学から入ってストーリーを作ろうとするわけですよね。そのときにものすごく役に立つんですよ。

岡田 それはよくわかるけれど、面白いという感じがね。いやね、年をとってくると、財団でやっている新しい未来的なタイトルのセミナーを聞かせてもらっても文句ばかりいっとって(笑)。

高井 今は言葉だけが新しく変わるんですよ。システムバイオロジーっていうじゃないですか。僕は、それ生理学のことだというんです。まさにシステムとして捉えるわけですから。ポストゲノムっていうでしょ。僕らずっとタンパク質とか脂質をやっている。だから、プレゲノムだと。昔からやっていると(笑)。

岡田 それでも、ちょくちょく新しいものも聞かせてもらってはいるんです。今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

 

EYES

細胞内シグナル伝達機構の解明に多大に貢献する

新しいタンパク質リン酸化酵素、プロテインキナーゼCを発見

人間には数10兆の細胞があるといわれますが、各細胞はホルモン、神経伝達物質、増殖因子などのシグナル物質を介して全身的にあるいは局所的に情報をやりとりすることによって、それぞれの細胞に固有の働き、たとえば増殖したり運動したりします。その際、細胞は外からのシグナルを受容体で受け取り、その情報をリン酸化による酵素の活性化などによって細胞内に伝えていきます。そうした情報伝達システムのことを「細胞内シグナル伝達機構」と呼んでいます。

そのシグナル伝達機構の代表的なもののひとつにサイクリックAMPという物質を軸とした伝達系があります。これは、血糖の上昇をもたらす肝臓のグリコーゲン分解の研究から発見されました。シグナル伝達機構において最初に明らかになった伝達系で、ホルモンが受容体に結合すると、細胞内でサイクリックAMPが作られて、これがプロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)を活性化して細胞内に情報を伝えていきます。このサイクリックAMPのようにシグナル伝達機構において初期から盛んに研究されたシグナル伝達系としては他に、サイクリックGMPという物質やカルシウムイオンを軸とする伝達系がありました。

そして、それらとは異なるたいへん重要なシグナル伝達系の存在を明らかにされたのが、故西塚泰美先生(神戸大学前学長)と今回、LF対談にご登場いただいた西塚先生の愛弟子である高井義美氏(大阪大学大学院医学系研究科教授)です。西塚氏と高井氏は1977年、新しいプロテインキナーゼを発見され、79年にプロテインキナーゼC(PKC)と命名されました。それは、細胞膜リン脂質とカルシウムイオンによって活性化されるプロテインキナーゼで、当時、未解明だった細胞膜リン脂質の代謝を伴ったシグナル伝達系の解明にとって大きな飛躍となる発見でした。

その後、西塚氏らによって解明されたこのプロテインキナーゼCを軸とした伝達系のあらましは次のようなものです。細胞外からのシグナルを受容体が受け取ると、ホスホリパーゼ(リン脂質分解酵素)Cが活性化されます。そのホスホリパーゼCによって細胞膜の成分であるイノシトールリン脂質が分解され、ジアシルグリセロールとイノシトール三リン酸(IP)が生成されます。そして、IPは小胞体からカルシウムイオンを放出させます。プロテインキナーゼCは、ジアシルグリセロールとカルシウムイオン、そしてセリンリン脂質によって活性化され、細胞内の他のタンパク質を次々とリン酸化して情報を伝えていきます。

また、西塚氏と高井氏は古典的な発がん促進物質のひとつであるホルボールエステルがジアシルグリセロールとの構造の類似性によって、直接、プロテインキナーゼCを活性化していることを突き止め、がん研究の分野からも大きな注目を集めました。西塚氏は、80年代後半には分子生物学的な手法も取り入れ、プロテインキナーゼCが構造の類似した多数の分子種の集合であることも発見されておられます。現在、細胞内シグナル伝達機構においては増殖因子の受容体ともなるチロシンキナーゼを軸とした伝達系の研究なども盛んに進められていますが、このプロテインキナーゼCを軸とした伝達系は神経系や内分泌系の細胞など広範囲に存在し、他の伝達系と協調して働いていると考えられています。

1984年に「ネイチャー」に発表された西塚氏の細胞内シグナル伝達機構に関する総説論文は世界中の研究者から注目され、80年代の引用件数においてトップとなりました。毎年、ノーベル医学・生理学賞受賞への期待も寄せられていた西塚氏でしたが、2004年11月に急逝されました。ここに心よりご冥福をお祈りします。

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