LF対談

IP3 受容体を手がかりに細胞内の世界に迫る No.47(2006.1)

東京大学医科学研究所教授
御子柴 克彦 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

変異マウスから脳の発達を探る

 

岡田 御子柴先生が1985年に慶大から阪大の蛋白質研究所に移ってこられて、細胞内のカルシウムイオン放出に関わるIP(イノシトール3リン酸)受容体の発見という大きな仕事をされた。あなたを蛋白研に推薦したのは僕だったので、とてもうれしかったことを覚えています。でね、まず質問なんですが、あなたのお仕事を拝見すると、最初に小脳に異常のあるマウスを研究対象にされている。それはどんな動機からだったの?

御子柴 実は慶大にいたとき最初に与えられたテーマというのが、脳の神経細胞とグリア細胞を分離して、それぞれの生化学的な性質を調べなさいということでした。ところが、当時は培養系がなかったものだから、朝、マウスの脳組織をバラバラにして遠心法で分離して、夕方にとった細胞の形を見ながら働きを比べると、性質の違いはわかっても細胞はかなり壊れているわけで、この違いはほんとか、と不安になりますよね。そうしたときに、突然変異のマウスがいることに気がついた。突然変異というのは、人でいうと遺伝性の病気です。私たちの体がちゃんと働くことを理解するには、病気の解析が大事ですよね。私も医者ですから…。

岡田 医学はベッドサイドから…。

御子柴 患者さんを診るときは正常の人と比較しているんですね。それが大事だということに気がついた。マウスは近親交配をしますから、異常な個体が出ることが多い。それを使えば、正常な機能の解析ではわからないものが見えるんじゃないか。たとえば、小脳の神経細胞であるプルキンエ細胞のない個体や、グリア細胞のないのがいる。それを正常な個体と比較すれば、個体レベルで細胞の機能がわかるじゃないですか。これはいいと思ったんです。

岡田 それが出発点なの?

御子柴 出発点です。そして、ちょうどその頃、パスツール研究所のシャンジュー先生が変異マウスの解析を始めていた。シャンジュー先生はアロステリックモデルを提唱され、アセチルコリン受容体の構造と生理機能を解明しましたよね。アセチルコリン受容体って筋肉の収縮に関係しますが、末梢神経の話なので、おそらく今度は中枢に話をもっていきたいということで変異マウスの解析を始めていたんです。留学するならそこだと。76年のことです。

岡田 いろんな変異マウスが対象として存在していた?

御子柴 はい。パスツール研究所の動物センターに。そこと、シャンジュー先生が緊密に連絡を取って1、2本論文が出たところで、これは絶対に面白いと。フランスってじっくりものを考えて、きめこまやかな文化の中からサイエンスが生まれている。生活とサイエンスが一体化している。あの土壌というのはすごいですよね。感激しました。

岡田 それで、P400というタンパク質をとってみようという話になったわけ?

御子柴 プルキンエ細胞がなかったり、あっても細胞間のシナプスが形成されない変異マウスがいた。プルキンエ細胞には約10万のシナプスがあるんですが、それがまったくなかったりする。その変異マウスに共通に抜けているタンパクがP400でした。当時、発達に興味をもっていましたから、細胞の生存に関わるんじゃないか、突起伸展やシナプス形成に関わるんじゃないかと、そういう分子として標的にしていたんです。だから、実はそれがIP受容体かもしれないと気づいたときはけっこうショックでした。なんだ、もう教科書に書いてあるじゃないかと(笑)。

岡田 IPがカルシウムの放出に関係するとか、そのあたりは出ていたわけですね。

御子柴 79年に西塚泰美先生のカルシウム依存性のプロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)Cのお仕事が出て、83年にベリッジたちがIPによってカルシウムが出るぞと報告していた。こっちは発達に関わる分子、あるいは神経の形成に関わる分子だと思っていたのに、なんだ教科書にもう書いてあるじゃないかと思ったわけです。ところが、調べてみるとほとんど何もわかっていないことがわかった。

岡田 そうか。ただ、現象だけがわかっていた。

御子柴 はい。ベリッジたちの論文タイトルは「ミトコンドリア以外の部位からIPによりカルシウム放出が起きる」。わかっていたのはこれだけなんです。放出のメカニズムも場所もわかっていなかった。じゃあ、ちょっとやりますかということで始めたんです(笑)。

発生と情報伝達の仕事がつながる

岡田 その前に、まずはP400の精製やら何やら相当苦労されたんでしょうね。

御子柴 今から考えると可溶化しにくい膜タンパク質で、分解されやすかったので精製には大変苦労しました。そのときは強い条件で可溶化して精製したのでIPを結合する活性はなかった。だからどこに局在するか、また生化学的な性質を知るにはどうしてもP400に特異的に反応する抗体が欲しかった。それでさらに2年半かけてモノクローナル抗体を何百ととって、そのうちP400に特異的に反応する抗体を3種類選んだんです。これを使ってP400とIP受容体が同一だと証明できた。抗体で全cDNAのクローニングにも成功しました。当時世界で2番目に大きなものでした。重要な点は、研究を進めるときに何かあったら必ずもとに戻れる確信のもてる地点を作っとかないといけないということで、特異性に執着して絶対に自信のもてる抗体づくりに力を注いだのがポイントだったみたいですね。それが結局、今にすべてつながっています。

岡田 いやたいしたものですね。それで蛋白研に来られたときは、どこらへんまですんでたの?

御子柴 いや蛋白研に来てからやったんです。というのは、P400は私がパスツール研究所でやっていましたでしょ。そのまま日本でやるのはちょっと礼儀に反するので研究は止めていた。85年に生化学会の特別講演でシャンジュー先生が来日されて、阪大にも来ていただいた。そのときに「P400の仕事を続けていいか」と聞いたら、「どんどんやれ。ミコがんばれ」と言われましてね。当時はミコと呼ばれていたんです(笑)。それで、徹底的にやり始めた。ちゃんと自分に聞いてくれたと、シャンジュー先生は他の人にも言っていたらしい。うれしかったみたいですね。

岡田 そんなことがありましたか。それで、89年にP400がIPの受容体であることを発表され、またそれがカルシウムを放出するチャネルであることも突きとめられた。

御子柴 最初はIPの結合タンパクとしかわからなかった。その結合タンパクを人工脂質2重膜に組み込むとカルシウムが膜を通った。チャネルでもあったわけですね。さらに特異抗体をとっていましたから、それで染色すると小胞体にあることがわかった。小胞体というのは、それまではリボソームのあるタンパク合成の場だった。それがカルシウム貯蔵の場でもあった。おかげさまで阪大の蛋白研にいたときに、そういうことがわかったんです。

岡田 いや、この前は西塚さんの思い出の話を対談でしましたが、御子柴さんは小脳のプルキンエ細胞からきたんだけれど、西塚さんの発見と…。

御子柴 つながっちゃったんですね。また、その一方では江橋節郎先生のお仕事があって。江橋先生は、筋肉の収縮にはカルシウムが大事だと言われたけれど、世界中が全部無視したわけですよ。でも、トロポニンCというカルシウム結合タンパクを発見されて、はじめてそれが本当らしいとなった。そのお2人の仕事の流れを受けて私の仕事もある。学問というのは、1人でできるものではなくて、やっぱり継承があるのかなと思っています。

岡田 本物の仕事やからそうなるわけや(笑)。そのあとは、もうプルキンエ細胞だけの話じゃなくなったわけね。受精に伴うカルシウム振動の話から、背腹軸決定の話から、どんどん広がって…。

御子柴 もし私が細胞の情報伝達の世界にいてIP受容体を発見していたら、リン酸化とか、どの分子に結合してとか情報伝達の仕事に入っていたと思うんです。でも、私は発生・分化の仕事をやっていましたから、発生過程でどこに多いかというのをずっと調べていったんです。そうすると、受精卵に多いんですよ。だとしたら、カルシウム振動というのは…。

岡田 昔から観察はされていたけれど、どうしてかはわからなかった。

御子柴 じゃあ、それを調べてみようとIP受容体の機能を阻害する抗体を入れたら、振動が止まってしまったんですね。タンパク質の精製とか抗体の作製というのは強いですよ。遺伝子ってすぐとれるから、すぐ追いつかれる。でも、私たちは抗体作製とかタンパクの精製など手作りのサイエンスをやっているからユニークな結果も出るし、そう簡単には追いつけないのかもしれません(笑)。

 

御子柴 克彦 氏

御子柴 克彦 氏

東京大学医科学研究所教授

1945年、長野県生まれ。1969年慶應義塾大学医学部卒業後、大学院を経て、73年医学部助手、74年専任講師に就任。73年医学博士。76~77年フランス・パスツール研究所に留学。82年慶應義塾大学医学部助教授、85年大阪大学蛋白質研究所教授、91年東京大学医科学研究所教授に就任(91~92年は前職と併任)。86~91年岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所教授、92~97年理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センター主任研究員、97~現在理化学研究所脳科学総合研究センターグループディレクターを併任。また、科学技術振興事業団の御子柴細胞制御プロジェクトリーダーなども歴任。専門は発生生物学・神経化学・細胞生物学。細胞内のカルシウム放出に関わるIP受容体を発見し、その構造を解明。受精や脳機能などにおけるIP受容体を介したカルシウム放出の役割の解明も進める。受賞歴は北里賞、井上学術賞、塚原仲晃記念賞、大阪科学賞、上原賞、慶應医学賞、紫綬褒章、武田医学賞など。

細胞の中に見える新たな世界

岡田 西塚さんの方は、細胞膜に外からのシグナルが入ってくると、リン脂質を分解する酵素が働いて、プロテインキナーゼCというのにつながっていく。そのときにカルシウムがないとプロテインキナーゼCが働かない。カルシウムはどこから来るかわからなかったわけだけれど、やはり、リン脂質の分解によってできたIPがカルシウムの放出に働いていた。御子柴さんはその受容体が小胞体の上に乗っかっているのを見つけられたわけですね。それで、そこらへんの説明はわりあい簡単にできるようになったけれど、そこまでだったらあまり面白くはなかったわけで(笑)。そこから、その受容体が受精から始まって脳の機能発現までね、カルシウムとの関係でいろんなところのベースに引っかかってくる受容体だったということなんですね。

御子柴 IP受容体、カルシウムというのは、すべての場面で、いろんな形で働いているんですね。成長したときの働き方、発達過程での働き方、まったく違う側面を見ることができる。この9月に「サイエンス」に載った私たちの仕事でいうと、3種類あるIP受容体のタイプのうち、タイプ1を欠損させたノックアウトマウスではてんかんや行動異常が起きます。でも、2、3をノックアウトしても元気なんですよ。それで困ったなと。

岡田 あの1、2、3とあるのは、細胞によってどれが出ているか決まっているわけですか。

御子柴 決まっています。だいたい全部出ているんですが、ある細胞には2、3が多かったりする。それで、2、3の両方が欠けたマウスを作ったら、外分泌が完全に止まった。唾液も出なくなって、渇いた口になる。分泌顆粒とか材料は全部揃っているんですよ。細胞膜のカルシウムチャネルも正常です。でも、IP受容体がないと中に貯まりっぱなしになる。ということは、外から入るカルシウムじゃなくて、小胞体から出るカルシウムが分泌に決定的だという証明になってしまった。それで「サイエンス」がすごく喜んで、チーフエディターからベストワークをありがとうなんてメールが来ました。それはうれしかったですね。

岡田 素晴らしいですね。

御子柴 これも5年ぐらいかけた仕事です。もう脳といわず、発生といわず、細胞の機能という立場でもって、IP受容体、カルシウムというものを細胞の中から見てみたいと思っています。

岡田 末広がりに広がって、ほんとなかなかフォローできない。

御子柴 いや話は実は単純で、要するに小胞体というカルシウムの袋があって、そこにある蛇口みたいなものを見つけたと。それまでは蛇口かどうかもわからなかった。それを調べると、外からのカルシウムとは違う働きをしていることがわかってきたということです。

岡田 ややこしいですね(笑)。

御子柴 これまでは細胞の外から細胞の働きを見ていましたけれど、細胞の中から見ると全然違う世界が見えてくるのかなと。

岡田 そういうことか。

御子柴 たとえば、教科書的には小胞体というのは網目だと書いてあるけれど、IP受容体はモータータンパクを使って細胞骨格の微小管の上をピーッと動くんです。顆粒状になった小胞体を伴って動く。ある状況では、それが細胞膜のカルシウムチャネルと結合する。

岡田 ほんと?

御子柴 だから、IP受容体はものすごくユニークなんじゃないかと思って、この5年間、徹底的に生化学的な解析をしたわけです。そうしたら、ほとんど教科書とは違うことばかり出てきた。

岡田 細胞膜のチャネルとも違うわけ?

御子柴 はい。構造がカルシウムのあるなしで変わるし、高速で移動するし。普通はタンパクというのはゆっくりと移動するけれど、脳のシナプス可塑性を考えたら、モーターを使って高速で動いてパッとカルシウムを出せば、機能的でしょ。それをやっているんですよ。動いているところをビデオでも撮っています。モータータンパクも同定して、それを壊すと動けなくなる。IP受容体のメッセンジャーRNAが微小管の上を動いていることも発表しました。IP受容体に結合するタンパク質をさがしていたら、酸化ストレスから身を守るレドックス(酸化還元)センサーとして働くこともわかり、カルシウムとレドックス反応がつながりました。予想外のことを細胞の中でやっているんです。うちの若い人たちには、教科書はものを考えるときの基盤にはなるけれど、それを信じるなと言っています。まったく逆の発想をしろと。

岡田 伊藤正男さん(理化学研究所脳科学総合センター特別顧問)と話をしていたら、御子柴さんはついとったな(笑)という話が出て…。だけど、世の中全部そうですね。ちょっとついてないと、うまいこと展開できませんから。

御子柴 つきと執念ですよ。ほんと執念以外ないですね。けれど、P400にしても精製に苦労してやめようかなとも…。執着しているんですが、本当に重要なものか疑いながらも見ているわけですね。怖いのは、のめりこむと下手すると重箱の隅に入りますでしょ。それだけは注意したいと。そのためには、周りも見ていないといけない。おかげさまで、これは大きく発展してくれました。

岡田 ほんと末広がりにもっていくのは難しいですからね。今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

 

EYES

細胞内にカルシウムイオンを放出するIP3受容体を発見

細胞内の情報伝達物質として働くカルシウムの濃度を調節

人の体では、カルシウムが骨格の成分となる他、細胞内の情報伝達物質としても使われています。情報伝達物質とは、細胞間の情報のコミュニケーションをしたり、細胞内で一連の化学反応を引き起こす物質で、シグナル伝達物質とも呼ばれます。カルシウムは細胞内外ではイオンとして存在します。その濃度は細胞膜のポンプによって調節され、通常、細胞の内側では、細胞外の1万分の1程度に保たれています。

その細胞内のカルシウム濃度が、細胞内外からの刺激によって一時的に上昇すると一連の化学反応が引き起こされるわけですが、1980年代初めまでは、筋小胞体は別としてその濃度上昇は細胞膜のイオンチャネルと呼ばれる通路を介した細胞外からのカルシウム流入によって起こると考えられていました。しかし、83年に英国のベリッジらがIP(イノシトール3リン酸)によって細胞内からもカルシウムが放出されると報告するなど、細胞内にもカルシウムを貯蔵している場所があることがわかってきました。

そうした中、IPと結合する受容体を発見し、それが細胞内の小胞体の膜にあり、カルシウムを放出するイオンチャネルでもあることを明らかにされたのが、今回、LF対談にご登場いただいた御子柴克彦氏(東京大学医科学研究所教授)です。カルシウムは細胞内の小器官である小胞体に貯蔵されていたのです。

御子柴氏は、行動異常のある突然変異体のマウスの小脳には、神経細胞の1つであるプルキンエ細胞に異常があり、P400と命名した高分子のタンパク質が極端に少ないことに着目。80年代の研究を通して、そのP400がIPの受容体に他ならないことを突きとめ、89年に全アミノ酸配列を発表されました。P400がプルキンエ細胞に多いことや、樹状突起が発育不全のプルキンエ細胞ではカルシウムスパイクがないという報告などをきっかけとして、P400とIPの関係を調べる研究が進められ、P400の抗体が、別に精製したIP結合タンパク質に特異的に反応したことが決め手となりました。

さらに御子柴氏はIP受容体が小胞体の膜にあり、それ自身がイオンチャネルとしても働いていることを突きとめ、小胞体からカルシウムが放出される基本的な経路が明らかとなりました。細胞外からの刺激によって細胞膜のイノシトールリン脂質が分解されてIPができます。それが小胞体のIP受容体に結合すると、イオンチャネルが開いてカルシウムが放出されるというわけです。

IP受容体は、御子柴氏の研究によって、プルキンエ細胞の樹状突起の成長など、さまざまな生命現象に関わっていることがわかってきました。その1つが受精時のカルシウム振動です。受精後、非常にゆるやかなリズムで、卵内にカルシウム放出による濃度変化の波が起こります。これが起きないと、卵割も始まりません。御子柴氏は、卵にIP受容体が多いことに着目し、IP受容体の働きを阻害する抗体をハムスターの受精卵に注入。すると、カルシウム振動が止まりました。IP受容体は受精という発生・分化のスタート時においても重要な役割を果たしていたのです。カルシウム振動はその後の卵割や細胞分裂においても見られます。

御子柴氏は、細胞内でのIP受容体の構造や動態についても解明を進められています。IP受容体はカルシウムイオンと結合すると矢車状に開くこと、モータータンパク質を使って小胞体と共に高速で移動することなどが視覚化されています。IP受容体の実体や役割のさらなる解明が期待されます。

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