LF対談
スペイン風邪のウイルスの病原性を明らかにするのは研究者の義務
No.57(2009.6)
東京大学医科学研究所教授
河岡義裕 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岸本忠三 理事長
インフルエンザウイルスを人工合成
岸本 河岡先生がアメリカから日本に帰って来られたのは何年でしたか。
河岡 1999年です。
岸本 その頃に僕はどこかで先生がインフルエンザウイルスの人工合成について講演されているのを聴いて面白いと思いましてね。科学技術振興機構のCREST(戦略的創造研究推進事業)で、僕が01年からの「免疫難病と感染症」のプログラムの責任者になったとき、どうしても先生に入ってもらわないかんと思って応募していただきました。だから、それから5年間は毎年、研究成果を報告してもらっていましたから、僕もだいたい知っているんですけど、今日はまず先生は北海道大学の獣医学部の卒業ですよね。そこからどのように研究を進められていったのか、お聞きしたいのですが。
河岡 獣医に行ったのは、子供の頃から動物が好きだったので、動物のことをまるごと知るには獣医学部がいいかなと。当時は4年で卒業だったんですけど、就職する気にならなくて修士に進み、それから鳥取大学の助手の口を紹介していただいて、83年にエルシニア・エンテロコリチカという細菌の研究で博士号をいただきました。そして、前から海外には行きたかったので、北大の喜田(宏)先生にお願いして留学先を紹介していただいたんですね。それがたまたまウェブスターというインフルエンザウイルスの研究では有名な先生のところで、そこで最初は2年で帰る予定だったのが、結局、日本の職をやめて残ることになり、14年間もいることになりました。
岸本 インフルエンザウイルスの人工合成はそこで?
河岡 97年にウィスコンシン大学に移ってからです。
岸本 それまでにそういうことは誰かやっておられたわけですか。
河岡 インフルエンザウイルスの8本に分かれたRNAのうち、1本だけを人工的に作ったものに置き換えるという方法は89年にアメリカのグループによって開発されていました。それはものすごく難しい技術で、RNAが1本しかないようなウイルスでもやっとできるような状態だったんですね。しかも、ポリオウイルスだと1本のRNAを細胞に入れてやればそれだけでウイルスができるんですけど、インフルエンザの場合は8本のRNAを作るプラスミドとさらに4つのタンパク質を作るプラスミドを入れなければならなかった。12種類のものを同時に細胞に入れるというのは誰も考えていなかったし、8本のRNAでもできると思っていなかった。だから、我々もやろうとしていなかったんです。
岸本 それを、ウィスコンシンに移ってからやろうとされた。
河岡 インフルエンザウイルスのRNAを人工的に作る方法をドイツで開発した女の人がたまたま私の研究室に来たんですね。その人が昔やっていたことを別の研究の合間にやりはじめて結果を見せてくれた。そのときに1本のRNAだけどあまりに効率よくできていたので、これは工夫すれば絶対、8本でも可能だと思ったんです。で、即、ミーティングを開いて分担を決めてやりはじめました。
岸本 それがいつ頃ですか。
河岡 98年の夏から半年でやりました。日本に帰ってくるちょっと前でしたね。
岸本 そのままそこで発展させないで日本に帰ってこられたのは?
河岡 やっぱりポジションとして魅力的でしたよね。東大の医科研は研究環境も優れているし。
岸本 魅力的やというけど、なかなか大きな研究費が取れなかったと言っておられましたよね。
河岡 面接にも行けない(笑)。それが2年続きまして、3年目、今年だめなら帰る。アメリカに帰ると思っていたんです。だから、CRESTで拾っていただいてよかったです。1年目の発表のときに日本じゃできないスペイン風邪のウイルスをやりたいのですがとお願いしたら、カナダのBSL(バイオセーフティレベル)4の施設でも研究できるようにしてもらうなど、ものすごくよくしていただいて。
岸本 先生のところには一番たくさん研究費を渡したんですよ。それで進みましたよね、研究は。
河岡 飛躍的に進みましたね。シークエンス(塩基配列)のわかっていたスペイン風邪のウイルスを人工的に作ってその病原性を調べました。
岸本 そういう危ないものを作る意味があるのかと問題にもなりましたよね。
河岡 なりましたね。だけど、研究者の義務だと思います。なぜあのウイルスはあれほど強毒だったのか、それを明らかにするのは我々の義務で、それをするためにはウイルスを作らないといけなかった。
岸本 ウイルスが生命なのかどうかは何とも言えませんけど、そういうものを作るという技術はできたわけですよね。先生の鳥インフルエンザウイルスのどこが強毒かという研究では、どの部分のシークエンスを変えれば強毒でなくすことができるか、それもわかりますよね。そうすると、その強毒でなくした人工のウイルスを使ってワクチンを作ることもできるわけですよね。
河岡 そういうことですね。
ウイルスは自然の宿主は殺さない
岸本 しかし、なぜスペイン風邪のウイルスは強毒だったんですか。
河岡 あれは、たまたま強毒だったと思うんですね。もともと鳥のインフルエンザウイルスが人に入ってきた。
岸本 あれももともとは鳥インフルエンザですか。
河岡 そう思われるんですけど、人に入ってくる段階で、人でよく増えるように変わる過程があったと思うんですね。そのとき、たまたまよく増えるということと、人を殺すということがつながった。だから、人が死ぬというのは結果であって、ウイルスのほうからすると単によく増える、よく継がれるものが残ったということであって。
岸本 今ではどの部分がどうなったら、そういうことを起こすのか、わかってきたわけでしょ。
河岡 ウイルスのどこが変われば強毒になるかというのはわかってきたんですけど、ではなぜ人が死ぬのか。普通のインフルエンザにかかった場合、たいていの人は治りますよね。スペイン風邪にかかったとき、なぜ生体の防御機構が機能しなかったのか、というのがわからない。そこかなと思っています、これからの研究は。
岸本 その1つとして異常にサイトカイン(免疫に関わる生体分子)が出て、それが長く続いてとか言われていますよね。だから、免疫力の落ちたお年寄りよりも、若い人のほうの致死率が高かったと。どうですかね。
河岡 そういうサイトカインストーム的な現象は見られるんですけど、たとえばインフルエンザとSARS(新型肺炎)ではちょっと違いまして、SARSの場合は感染してウイルスが増えて、それがなくなりかけたときにサイトカインがワーッと出るんですね。インフルエンザはウイルスが増えるのと同時にサイトカインが出てきているので、サイトカインが出るのを抑えるとウイルスがワーッと増えて結局、個体は死んでしまうんですよ。
岸本 ウイルスは自然の宿主は殺さないというのが大原則やと。鳥インフルエンザも、水鳥、渡り鳥にかかっているときには何の病気も起こさない。しかし、ニワトリはちょっと違うから病気になる。それが人間に来たらもっと強いことになるんやと。自然が開発され、文明社会と交流するようになって、SARSだとか、エボラだとか、いろんなものが出てくるようになったというのはそうですかね。
河岡 そうだと思いますね。人のインフルエンザには、A型、B型、C型と3種類がありますよね。人に対する病原性から言うと、C型が一番弱くて、その次がB型、そしてA型が一番強いんですけど、おそらくインフルエンザウイルスの先祖みたいなものがずっと前に鳥類から人に入って受け継がれてだんだん病原性がなくなっていったのがC型だと思うんですよ。その次に入ってきたのがB型で、A型は解析するとだいたい150年前に鳥類から人に入ってきているんです。だから、まだ入ってそれほど経っていないから病気を起こしているけれど、しだいに病気を起こさないウイルスに変わっていくと思うんです。今はその過程だと。
岸本 宿主を殺してしまうと自分も生き延びられない。殺さないように変わったものが残っていくということでしょうね。ところで、鳥インフルエンザのウイルスですけど、H5N1型のH5のところに病原性があるんですか。
河岡 HA(赤血球凝集素)の型で言うと、鳥インフルエンザには1から16までありますけど、ニワトリを殺すように変化する型はH5とH7しかないんです。ただH5の中にもいろんなウイルスがあって、ほとんどはニワトリに感染しません。ごくごく一部のものが感染して、最初は全然病気を起こさないんですけど、病気を起こすように変わってしまうんですね。たぶんウイルスがニワトリでよく増えるように変わった結果でしかないんです、強毒になるというのは。
岸本 その鳥インフルエンザウイルスが人にも感染しやすくなってパンデミック(世界的大流行)が起こり、社会の機能が失われるとも言われていますけど、そんなことになりうる可能性はありますか。
河岡 可能性はあると思います。H5N1というのは96年に中国の南部で見つかって、97年に香港で人に感染して死者を出しましたけど、そのときのものと今、アジアで流行しているH5N1は全然違っていて、最初のウイルスより人でもっとよく増えるんです。けっこう上部気道で増えるんですね。そうすると、人の普通のインフルエンザウイルスとのハイブリッド(混合)ができやすくなる。ハイブリッドができてしまうと、さらに人でよく増えるものになるのにほんと5個以下のアミノ酸の変化ですむ。それはかなり怖い状況ですね。
河岡義裕 氏
東京大学医科学研究所教授
1955年、神戸市生まれ。78年北海道大学獣医学部卒業。同大学院修士課程修了後、80年鳥取大学農学部獣医微生物学講座助手に就任。83年米国セント・ジュード・チルドレンズ・リサーチ・ホスピタルの研究所に留学。85年より同研究所スタッフ。97年ウィスコンシン大学獣医学部教授。99年東京大学医科学研究所細菌感染研究部教授、00年感染・免疫部門ウイルス感染研究分野教授、05年感染症国際研究センター長。04年北海道大学創成科学研究機構客員教授、05年理化学研究所客員主管研究員、07年神戸大学客員教授。専門分野はウイルス学。99年インフルエンザウイルスの人工合成に成功。その後、リバースジェネティクスという方法によって、スペイン風邪ウイルス、鳥インフルエンザウイルスなどの病原性の研究も進める。受賞は、野口英世記念医学賞、ロベルトコッホ賞、武田医学賞ほか。
先細りだった日本の感染症研究
岸本 僕が04年に総合科学技術会議の議員になる前は、感染症というものにみんな興味を示さなかった。それを僕は大事やと言いましてね。ちょうどその頃、日本でも鳥インフルエンザが問題になって、これは大事やとみんな思い出したんですけど、それまでは感染症といったらもう研究する人も少なかったですよね。抗生物質で感染症みたいなものは終わったと。だけど、そうではないんやと。人間が存在するかぎり、生物が存在するかぎり、必ず新しいものは出てくるわけで、常にそれから防御する方法を見つけないと大変なことになりますよね。それで今は感染症はだいぶ研究費も増えたし、大事やということは浸透してきたと思いますけど、違いますか。
河岡 そう思います。感染症の若手の研究者も増えてきました。
岸本 その前は先生がアメリカから帰ってきたときに研究費も取れなかった(笑)。
河岡 そうなんですよ。ほとんど先細りだったのがある程度基盤ができてきたのはいいんですけど、大型予算を見ると必ずしも感染症に関してはそんなについてないですね。おかげさまで私はいただいていますけど。
岸本 感染症は社会の問題ですもんね。がんは個人の問題やけど。それから僕が議員のときに言ったのは、日本やアメリカではがんや心臓病が大きな死因と言うけれど、世界全体から見れば8割の人が感染症で死んでいるんやと。人類にとっては一番大事な分野ですよね。
河岡 今、大事なのはたとえばインフルエンザでパンデミックが起きたときにそれが与える社会的、経済的影響ですよね。それを考えると、もっと感染症にお金を出してもらえれば、もっと人材も広がってよくなると思うんですけどね。
岸本 これからの研究のターゲットとして考えておられることはありますか。
河岡 僕がウイルスというか感染症の分野に入ってきて最初からずっと思っているのは、なぜ個体が死ぬか。個体が死ぬ理由って限られているんですね。呼吸が止まるか、心臓が止まるか。そこにいくまでの過程がそれぞれの病原体で違うと思うんですけど、そこを明らかにするのが目的で。それには病原体をいくらいじっていてもだめなので、今やりかけているのが生体のタンパク質などの構成物質とウイルスとのインタラクション、ウイルスが感染することによって起きる生体の反応を網羅的に解析することで。
岸本 さっきも言ったようなサイトカインストームとか、そういう免疫反応が過剰に起こる。それで死ぬということにはならないんですか。
河岡 なるんですけど、結局、今までの病原体に対する対抗策というのはその増殖を止めるということなので、それとは違って悪くなっていく生体反応を逆向きに戻すような、そういうキーとなる生体分子を見つけられないかと。
岸本 それは難しい。元に戻すというのは。
河岡 そこを戻せないか。要するに感染して個体が死んでいくまでの生体反応を網羅的に解析して、シミュレーションして見つけていこうかと。
岸本何か可能性のあるものはありますか。
河岡 全然わからない(笑)。それをこれから5年、10年かけてやろうと思っています。
岸本 それを日本で研究するにはいろいろ障害がありますよね。P4(=BSL4)の施設がないとか。
河岡 先生が議員をされていたときにけっこう動きかけたじゃないですか。今はパッタリですよ。ちょっと戻さないといけないですね。
岸本 それで今でも外国でやっておられるわけですね、研究を。
河岡 日本にできるという空気はまったくないので。
岸本 それでは研究もなかなか広がりませんよね。それと通常の科学研究費ではなかなか外国に行ってというわけにはいきませんからね。CRESTはある程度自由度があってできたけれども。
河岡 今いただいているのも、CRESTより厳しいですよ、お金の使い分けが。ものすごく大変です。
岸本 だけど、CRESTは先生と山中(伸弥)先生の2人で有名になりましたよね。山中先生のiPS細胞(人工多能性幹細胞)も遺伝子を入れたら戻る、入れたらできるというもので、一気に複数の遺伝子を細胞に入れて、1つずつ抜いていって必須のものを見つけられた。先生も12種類のものを同時に入れる。どっちも入れるということが上手か下手かということで(笑)。
河岡 あとは運じゃないでしょうかね。誰もうまくいくとは思ってなかったですからね。
岸本 それはアメリカでされたわけですけど、アメリカで確実に研究費を取って確実に生きていくためには、そんな無茶なことはあまりできないですよね。
河岡 できませんね。
岸本 先生の場合、あかんかったらそれでもいいわと。山中先生だってそうでしょ。日本のいいところはそういうことができると。思いきったことができるわけですよね。そうでないと、なかなか勝ち目がないですからね。
河岡 CRESTはほんとによかったです。自由にいろんなことをやらせていただきました。
岸本 先生の講演をどこかで聴いていたんですね。だから、僕が大事やと思っているのは、講演をするときには誰が聴いているかわからんから、どこでも一生懸命やらんといかんということでね。日本でも、外国でもちゃんとした人が必ず聴いていると。そう思っているんですけどね。今日はどうもありがとうございました。
EYES
インフルエンザのウイルスを人工的に合成することに成功する
スペイン風邪のウイルスを人工合成してその病原性を追究
インフルエンザや麻疹(はしか)の病原体となるウイルスは生命と非生命の中間的な存在とされます。大きさは細菌よりもさらに小さく、1万分の1㎜くらいで電子顕微鏡でないとその姿を見ることはできません。ウイルスは遺伝情報としてのDNAあるいはRNAと、いくつかのタンパク質などから構成されますが、生命の基本である単独での増殖能を持たず、宿主となる細胞に侵入してその細胞の持つ能力を利用して増えます。
ウイルスの遺伝子(DNAあるいはRNA)の塩基配列を変えることによって、細胞での増殖や個体での病原性の変化を調べ、その遺伝子の働きを突き止める方法を「リバース・ジェネティクス」(逆遺伝学)と呼びます。この方法の確立には、まず人工的に作製したウイルスの遺伝子を細胞に注入してウイルスを合成する技術の開発が必要でした。そして、80年代にはポリオウイルスなどを人工合成することができるようになりましたが、1本のDNAあるいはRNAにすべての遺伝子が存在するウイルスと異なり、それぞれの遺伝子が8本のRNAに分かれて存在するインフルエンザウイルスは技術的に人工合成は難しいと考えられていました。
そのインフルエンザウイルスの人工合成に1999年に成功されたのが、今回、LF対談にご登場いただいた河岡義裕氏(東京大学医科学研究所教授)です。河岡氏は北海道大学獣医学部を卒業後、鳥取大学農学部助手のときに米国セント・ジュード・チルドレンズ・リサーチ・ホスピタルの研究所のR・ウェブスター博士の研究室に留学。その後14年間、同研究所の准教授・教授研究員としてインフルエンザウイルスの研究に従事され、全身感染か、気道・肺への局所感染か、鳥インフルエンザウイルスの毒性に関わる分子的基盤の解明などに取り組まれました。
97年にウィスコンシン大学に移り、インフルエンザウイルスの人工合成に成功された後、99年に東京大学医科学研究所の教授に就任。02年には当時、公表されていたスペイン風邪ウイルスの、細胞への侵入に関わるHAタンパク質、細胞からの離脱に関わるNAタンパク質の遺伝子配列を組み込んだウイルスを人工合成し、第1次大戦中に世界で2000万人以上の死者を出したウイルスの病原性の解明に着手されました。05年に米国でスペイン風邪ウイルスの全塩基配列が解読され、人工合成されたのを受けて、河岡氏も08年には人工合成したスペイン風邪ウイルスをサルに感染させた実験結果を発表。その後も、スペイン風邪ウイルスと通常のウイルスの各遺伝子を組み合わせた複数のハイブリッド(混合)ウイルスを合成し、どの遺伝子が病原性に関与しているかについてさらに研究を進められています。
河岡氏は新型インフルエンザ誕生の原因ともされる、ブタにおける鳥インフルエンザウイルスと人インフルエンザウイルスの混合の分子的基盤も解明されました。ブタには両方のウイルスが結合するレセプター(受容体)があることを明らかにされたのです。97年以降、アジアで人に感染して死者を出している強毒の鳥インフルエンザウイルスについての研究も進められています。また、顕著な強毒性を示すエボラウイルスの病原性の解明にも取り組まれています。
2009年4月にメキシコでの新型インフルエンザの発生が報告され、世界への広がりを見せています(対談は発生報告前に行われました)。今回のインフルエンザウイルスは弱毒性といわれますが、スペイン風邪のウイルスも当初は弱毒性だったといわれています。今後、人への感染を繰り返すうちにウイルスが変異し、人に対する強い病原性を示すようにならないか懸念されます。河岡氏の研究をはじめ、これまでのインフルエンザウイルスの研究成果が今回の新型インフルエンザの病原性解明や対策に生かされることが期待されます。