LF対談
プロスタグランジンの 受容体解明から新しい薬づくりへ No.59(2010.2)
京都大学大学院医学研究科教授
成宮 周 氏
財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岸本忠三 理事長
京大の学生の頃から早石研究室へ
岸本 成宮先生というと我々が知っているのはプロスタグランジンとRho(ロー)の研究ですけど、先生は京大医学部の学生の頃から早石(修)先生の教室に入られたそうですね。まだ西塚(泰美)先生や本庶(佑)先生がおられた頃ですか。
成宮 西塚先生がちょうど神戸大学に行かれたあとで、本庶先生は大学院生でした。
岸本 どうして早石先生のところへ?
成宮 高校生のときに朝日新聞の新人国記という連載に早石先生が出ておられ、アメリカから帰ってこられて京都大学の医化学教室におられることを知りました。高校2年生ぐらいだったですかね。
岸本 何年ぐらいになりますか。
成宮 私が大学に入ったのが1967年ですから、65年ぐらいです。
岸本 医学部に入ったのは医者になろうと思って入られたんですか。
成宮 いや父親が京大の医学部を出て開業していたんですけど、昭和18年に卒業してすぐ軍隊に入り、戦後も研究なんて全然できなかったので研究に対する思い入れが強かったようでしてね。研究というのはいいものだ、いいものだとずっと聞かされていました。それで私も大学へ行ったら研究をしたいと思っていたんです。早石先生の名前が高校生のときにインプットされていましたので、京大に入ってから3年生のときに意を決して先生の教室に行きました。なかなか行けなかったですけどね、もともとが内気なものですから(笑)。そして、ADPリボースのグループに入れてもらいました。ジフテリア毒素のADPリボシル化からジフテリアの病原性のメカニズムが分子的にわかる。それが学生にとって非常に印象的だったんですけど、そのことが原体験としてずっと生きています。
岸本 卒業してもそのまま大学院に進まれたわけですか。
成宮 いいえ、2年間内科をやっていたんですよ。医学部に入って全然医者をせずに研究するというのは何か忘れ物をしている気がして。
岸本 やっぱり医学や臨床のバックグラウンドを持って、そっちの目から見て基礎研究をするということは理学や工学の人とは違いますからね。
成宮 そうですね。
岸本 その当時の早石研究室というのはどういう雰囲気でしたか。
成宮 切磋琢磨する雰囲気ですね。早石先生が入ってこられると空気がピーンと張り詰め、ものすごい緊張感の中で仕事をしているという感じでした。私たちのときはそうじゃなかったですけど、昔は実験は座ってしてはいけないと(笑)、常に立ってやれと言われていたそうです。ただ、早石研ではいろんな酵素とか、分子が見つけられるんですけど、その生理的な意味はどうしたらわかるのかと、学生のときからいつも思っていました。当時は今のようなノックアウトマウスによる実験はできませんでしたからね。それで最初に生理活性を見つけて、それから物質に至るような道にはどんなものがあるだろうかと考えていました。
岸本 大学院を終えてからイギリスのヴェインのところへ留学されますね。それは早石先生との関係からですか。
成宮 早石研でプロスタグランジンの酵素も研究していたんですね。ですから、折に触れてヴェインの研究室の論文を読む機会はありました。彼らが組織を使って、その組織の反応性から新しい物質を次々と同定していく。それには引かれましたね。
岸本 ヴェインのところに留学されて、そのへんから病気には、炎症や発熱には…という方向に自然につながっていきましたね。ヴェインが82年にノーベル賞をもらったのは…。
成宮 アスピリンの作用機構の発見でですね。ずっと論争があったんですけど、ヴェインが71年にアスピリンというのはプロスタグランジンの生合成を抑えて鎮痛や解熱などの作用を発揮することを明らかにしたんです。
岸本 プロスタグランジンというのはずいぶん昔に見つかって、前立腺から出て子宮を収縮させるということでその名がついたんですよね。それがいろんな作用を持つことがわかってきて。
成宮 アスピリンがプロスタグランジンの生合成を阻害して作用を発揮するという発見から、炎症、発熱、痛みの伝達にプロスタグランジンが関係していることが考えられるようになっていったんです。
プロスタグランジン間のバランスが大切
岸本 プロスタグランジンにはファミリーがあるわけですよね。先生はそのファミリーの受容体をクローニングし、遺伝子をノックアウトしてそれぞれのファミリーが何をしているかを明らかにされていく。ファミリーは進化的に考えたらどのへんから出てくるんですか。
成宮 プロスタグランジンは昆虫にもあります。昆虫も発熱するんですよ。ですから、昆虫にもアスピリンが効くといわれています。魚にもあります。でも昆虫や魚はプロスタグランジンのE2がほとんどで、トロンボキサンやプロスタサイクリン(I2)は哺乳類からですね。
岸本 受容体はそれぞれ違った組織に出ているわけですか。それが特有の作用を発揮することにつながるわけですか。
成宮 組織できちっと分かれているわけではなく、細胞で分かれていますし、1つの細胞でも何種類かの受容体があります。それでも細胞内のシグナル伝達が違いますから違った作用を発揮する。
岸本 昆虫でも熱を出す。熱の原因はプロスタグランジンやと。しかし、このあいだ僕と一緒にクラフォード賞を受賞したIL(インターロイキン)1の発見者は、初めて発熱の原因となる分子を発見したということになっている。
成宮 そうですね。IL1βですね。
岸本 そうすると、IL1とプロスタグランジンの関係というのはどうなりますか。我々のやっている炎症性サイトカインのあとにプロスタグランジンが誘導されるということですか。
成宮 IL1βや、先生のやっているIL6、そしてTNFが細胞に働くと、プロスタグランジンを合成する酵素COX(コックス)が誘導される。そうするとプロスタグランジンができます。
岸本 IL1やIL6が熱を出すのはプロスタグランジンを介してということですね。
成宮 そうですね。
岸本 関節リウマチでもIL6やTNFの阻害薬が出る前はアスピリンであるとか非ステロイド系の抗炎症剤が使われていましたよね。そして胃腸障害を起こさないということでCOX-2の阻害薬が薬として出てきました。ところが、それを使うと心臓病になるというので中止になったという話がありますよね。なぜそういうことになるんですか。
成宮 COX-2というのはいろんな刺激で誘導されるんですけど、その1つが炎症性の刺激で、IL1βもIL6もそうです。がん化に伴っても誘導されます。その他に物理的な刺激、血管の中を血液が流れることでも血管内皮にCOX-2ができるんです。そして、プロスタサイクリンを作ります。
岸本 それで血小板が凝集しない。
成宮 そうですね。それと血管をリラックスさせる。COX-2の阻害薬は、炎症のサイクルを止めるつもりで使っていた。ところが、血管のCOX-2も阻害してプロスタサイクリンが作られなくなる。一方、恒常的にあるCOX-1から血小板のトロンポキサンは作られ、血小板を凝集させる。それは阻害しない。トロンポキサンが優位になって心血管障害が起こる。こういう説明ですね。実際、私たちのノックアウトマウスでもプロスタサイクリンが働かないようにしたモデルでは、ほとんど血管が閉塞せんばかりの動脈硬化が起こります。それぞれのプロスタグランジン間のバランスが非常に重要なんですね。
岸本 プロスタグランジンのファミリーでは、どれが一番大事なプロスタグランジンですか。
成宮 やっぱりE2ですね、いろんな作用があるという意味では。
岸本 どんな組織にもあるんですか。
成宮 あります。E2の作用を解析していて私たちが最近到達した結論はこうです。これまではプロスタグランジンと炎症の関係というのはもっぱら末梢循環でした。熱が出る、赤く腫れる…。ところが実際にやってみると、いろんな遺伝子の発現にも関係しているし、一番大事なのはサイトカインと一緒に働いていることだと。
岸本 サイトカインがプロスタグランジンを誘導する。逆にプロスタグランジンもどんなサイトカインを作るかに影響を及ぼしているということですか。
成宮 はい、ものすごく密接に関わっています。
成宮 周 氏
京都大学大学院医学研究科教授
1949年、滋賀県生まれ。73年京都大学医学部卒業後、附属病院での内科研修医を経て、75年同大学大学院医学研究科入学。79年英国ウェルカム研究所に留学。81年京都大学医学部医化学第一講座助手、86年薬理学第一講座助手、88年助教授、92年薬理学第二講座教授。 95年同大学大学院医学研究科教授、2004~2007年医学研究科長、医学部長。専門分野は薬理学、生化学、細胞生物学。生体内で炎症などに関わる生理活性物質プロスタグランジンの受容体全8種を同定し、各種プロスタグランジンの生理作用の解明を促進。また、低分子量G蛋 白質Rhoと細胞の接着、移動、収縮などとの関わりも研究。受賞は、武田医学賞、エルウィン・フォン・ベルツ賞、上原賞、紫綬褒章、日本学士院賞・恩賜賞ほか。
自分がやっていることは必ず役に立つ
岸本 僕も血小板の凝集を調節するということで使っていますけど、アスピリンというのは何も理屈がわからん頃から使われていた。先生のプロスタグランジン受容体の研究からもっと特異的で効果的な薬が開発される可能性がありますよね。何か成功しているものはありますか。
成宮 有名なのは緑内障の薬ですね。眼液のフローを増して眼圧を下げる。選択的なものとしてはこれが一番成功している例ですね。その他に、陣痛促進薬としても使われていますし、それから末梢循環改善薬ですね。しかし、私たちが受容体をクローニングしてからもっと選択性の高い薬物が増えているので、その臨床応用はこれからだろうと考えています。
岸本 どんなものがこれから一番…。
成宮 免疫の抑制剤とかですね。現在、いくつかの会社と一緒に開発している最中です。
岸本 いろいろ画期的な薬が出てきていいはずですよね。
成宮 いいはずなんですけど…。
岸本 そううまくは…。
成宮 いかない。いろんな作用がありすぎて、なかなか区別することができない。それぞれの受容体がいろんな作用を出すんですよ。そこがやっぱり痛し痒しで、岸本先生の関節リウマチ治療薬のように成功したいとは思っているんですけど。
岸本 薬づくりは一筋縄ではいかないと…。
成宮 大学院を出てヴェインのところへ行きましたけど、当時、ヴェインはウェルカムという製薬会社の研究所の所長だったんですね。私もウェルカムの社員になって研究していたんです。最初に思ったのは、薬づくりというのは全体が壮大な実験だ、ということでした。ある仮説を立て、動物実験をやって最終的に人間までもっていく。成功するかどうかは最後までいかないとわからない。それに何百億円もかけるわけですよね。そのときに一番考えないといけないのは、基礎的な実験と同じように、実験から何を抽出するか。次にそれをどのように生かしていくかで…。
岸本 日本には画期的な研究はたくさんありますよね。ところが、そういう研究が画期的な薬につながっていくというのが、欧米に比べると非常に少ないですよね。どこに問題があって、どういうふうに変えていけば少しはよくなりますかね。産学連携だとか、掛け声だけは大きいんですけど(笑)。
成宮 一番大事なことは、自分がやっていることは必ず役に立つと思ってやることだと思うんですよ。患者さんを治してやるんだというベクトルを研究者が持てるかどうか。そして、そのためには研究者がどうすれば薬ができるか、知っていないといけないですよね。これがみんなわかっていない。そこが問題じゃないかと思います。
岸本 大学にも基礎をやっている人、臨床をやっている人、それが渾然一体となってというムードがないですよね。まだ、薬理学の教室あります、内科の教室ありますと、みな別々でそれが一体となっていないのは問題ですね。京大はどうですか。
成宮 言われたとおりで、今の基礎研究は病気や病態の解明とか、新しい治療法の開発につながるレベルには来ていると思うんですよ。今度は臨床の先生たちがそういうことを理解することが大事だと。それで、これは試みなんですけど、臨床の人たちと基礎の研究者が一緒に話ができる場をつくろうというプログラムが進行しています。まだ2年目なので、これからどうなるか楽しみにしています。それから、もう1つ大事なことは成功モデルを見せることですよ。そういう意味では岸本先生の例はものすごく大事だと思いますね。
臨床の経験をベースに研究する
岸本 先生は学生時代から早石研に入られた。まあ昔は1割ぐらいの人が医学部を出て研究の世界に入りましたよね。この頃は、ほとんどそういう人がいなくなった。基礎研究をやってメシが食えるか、先行きどうなるかわからん、やっぱり医者になろうと、そういう人が圧倒的に多くなりました。僕は言うんですよ。現時点での最高の知識と技術をもって目の前の患者さんを治す医者になることはもちろん大事やと、しかしそれだけやったらまだ治らん病気は10年先、20年先もやっぱり治りませんよね。それを治せるような新しいことを考える研究者も必要やと。それがなかなかないですよね。それはどこに問題がありますかね。早石先生のように人を引きつける魅力を持った人が少なくなったからですかね。
成宮 1つは今の教育では覚えることが多すぎますよね。その中で学生も忙しくなっている。それから研究は楽しいものだということをどこかで教える必要があると思います。それで私が医学部長をしているとき、鉄は熱いうちに打てといいますので入学してすぐに研究室に入ることを奨励しました。京大では毎年、だいたい20~30人の1年生がラボに入って研究をしています。もちろん2年、3年となるにつれて人数は減りますけど、研究というのはどういうものか、少しでも体験する。そういうことは大切であとになって生きてくるだろうと。とにかく種を蒔くことが大事だと思います。ただ、そういう学生たちも一度臨床を経験してみたいと言うんですよ。それは悪くないと思うんですね。
岸本 臨床で病気を見てきた人はやっぱり違いますからね。
成宮 医学の勉強は組織ですよ。組織学というのは非常に医学部らしい研究で、すべて病気は組織で起こりますからね。組織の考え方って大事だと思いますよ。今後はもっと臨床の場で病気そのものを見て、それから研究する、実験する人がどんどん増えてきてくれたらいいなと思っています。
岸本 今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。
EYES
発熱、痛みなど多彩な生理作用を持つプロスタグランジンの解明に挑む
プロスタグランジンの受容体全8種を同定し、ノックアウトマウスを作製
鎮痛、解熱などに用いられるアスピリンは1899年にドイツで抗リウマチ薬として発売されて以降、世界中で利用され、歴史上最も売れた薬ともいわれます。古代ギリシャの時代から鎮痛、解熱に用いられてきたヤナギの樹皮の成分をもとに開発されました。
アスピリンがどうして鎮痛、解熱などに効果を発揮するのか、その作用メカニズムがわかったのは発売から70年以上も経った1971年のことでした。ロンドン大学にいたヴェインがプロスタグランジンといわれる脂肪酸由来の一群の生理活性物質を研究する過程で、アスピリンがプロスタグランジンを生合成する酵素シクロオキシゲナーゼ(通称COX)の活性を抑制することを発見したのです。プロスタグランジンの合成が減少すると、ブラジキニンなど痛みを誘発する成分の活性も抑えられることがわかりました。
プロスタグランジンは1934年に子宮を収縮させる物質として前立腺で発見されました。その後、プロスタグランジンは全身に存在し、痛みや発熱にも関わっていることがわかっていました。ヴェインの発見は、アスピリンとの関係によって、そうしたプロスタグランジンの働きを証明し、さらに多彩な生理作用を持つことを明らかにしていくことにもなりました。そのヴェインのもとに留学し、帰国後、プロスタグランジン受容体の同定、構造決定に成功して、プロスタグランジンの研究の一層の進展に貢献されたのが、今回、LF対談にご登場いただいた成宮周氏(京都大学大学院医学研究科教授)です。
成宮氏は、京都大学医学部の学部生の頃から早石修氏の医化学教室に出入りし、早石氏のもとで研鑚を積まれました。79年に当時、ヴェインが所長をしていたウェルカム研究所に留学し、プロスタグランジンの研究に着手。帰国後、80年代後半から90年代にかけてトロンボキサン(TXA2)受容体を皮切りに、プロスタグランジン(PG)D2、PGE2(受容体にはEP1、EP2、EP3、EP4の4つのサブタイプがある)、PGF2、PGI2(別名プロスタサイクリン)の受容体を同定、構造決定し、さらにその遺伝子を欠損させたノックアウトマウスを作製して受容体をもとにプロスタグランジンの生理作用の解明に取り組まれました。
プロスタグランジンは細胞膜の受容体を介して作用を発揮します。特定のプロスタグランジン受容体をノックアウトすると、どのような現象が引き起こされるか、それを解析してそれぞれのプロスタグランジンの作用に迫っていったのです。その結果、プロスタグランジンと免疫の関わりなど、これまで考えられていなかった生理作用も明らかになりつつあります。また、プロスタグランジン受容体を標的とした薬剤の開発にも道を拓かれました。今後、それぞれのプロスタグランジンの作用に特異的に働く薬剤の開発がさらに進展することが期待されます。