LF対談

iPSの応用面での僕の夢としてはぜひ創薬をやりたい No.60(2010.6)

京都大学iPS細胞研究所所長
山中 伸弥 氏

公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岸本忠三 理事長

臨床に戻ろうと就職も決まっていた

岸本 研究者で、一般の人で名前を知らん人がいないというのは、めったにありませんよね。山中先生ぐらいのもので、しかもノーベル賞の登竜門といわれるラスカー賞もガードナー賞ももらわれた。2年前ぐらいでしたか、奥さんにお会いしたときに言っておられました。何かジェットコースターに乗っているみたいなものですと。そういう感じですか。

山中 家内がジェットコースターと言ったのはその前の人生からそうで、ジェットコースターは上がったり下がったりしますので、上がると必ず下がらないといけない(笑)。いろんな賞をいただいてほんとに光栄ですけど、早い時期にいただくということに対しては、プレッシャーも大きくなっています。

岸本 オリンピックの水泳で14歳で金メダルをとった岩崎恭子さんも、そのあとはものすごいプレッシャーやったと。先生も研究者としては非常に若いときに急速に頂点に昇られましたよね。やっぱりプレッシャーを感じられますか。

山中 そうですね。彼女に比べると僕は今までに何度か上がったり下がったりしていますので余計に怖いというか。

岸本 ところで、先生は、アメリカに留学しておられた。それは最初どこだったんですか。

山中 サンフランシスコのグラッドストーン研究所です。

岸本 なぜそこに行こうと思われましたか。

山中 当時、僕は大阪市大の薬理学の教室でいろんなインヒビター(阻害剤)を使った実験をやっていてそれはそれで面白かったんですけど、やっぱり薬ですから完全に抑えることはできませんし、100%特異的というのもありませんから限界を感じていたんですね。その頃、薬理学でもアメリカから帰ってきた人がノックアウトマウスの実験をやりだして、それは100%特異的にある遺伝子だけを抑えてしまうのが魅力的でぜひそれをやりたいと。日本ではまだなかなかできなかったのでアメリカでやろうと思って、『Cell』とか『Nature』の広告を見て応募して、最初に返事が来たのがグラッドストーンだったんです。

岸本 それはいつ頃ですか。

山中 大学院に行っていたときですから、ちょうど30歳のときで、1992年です。

岸本 最初は神戸大学で整形外科を専攻されていましたよね。

山中 整形外科は、いろんな理由で大阪市大に移って国立大阪病院で臨床研修したんですけど、自分は手術があまり上手じゃないというのを感じまして、基礎研究にすごく興味があったのでそれをやってみようと。そして大阪市大で基礎研究がしっかりしているのは薬理学だといろんな先生に教えられて、薬理学に。

岸本 それでよくおっしゃっていますよね。アメリカから帰ってきてから抑うつ状態になったと。なんていう言葉でしたかな。

山中 PAD(ポスト・アメリカ・ディプレッション)です。

岸本 そうそう。金もない、人もいないで、そういう状態になったと。

山中 はい。ノックアウトマウスをアメリカから持って帰ってきてその解析をしていたんですけど、ほんとにネズミの世話ばかり毎日やっているような感じで。大阪市大の薬理に助手で帰ってきて、研究は全然薬理と関係ないことをさせていただいていたんですけど、そのときはもう研究をやめようかなと思っていました。

岸本 それでよく臨床に戻らんと続けられましたね。

山中 実は戻るつもりで某病院にほとんど就職が決まっていたんです。ただそのときに奈良先端大の独立助教授の公募で、ノックアウトマウスのシステムを作ってほしいというのがあって、それが自分にぴったしだなと。ダメだったら気持ちよくあきらめて臨床に戻ろうと思って出したら採用していただいて。それでもうちょっとやってみようかなと。1999年のことでした。

岸本 それからCRESTの研究資金に応募してもらったんですね。

山中 最初、CRESTなんて畏れ多いですから、さきがけに毎年出していましたけど、それは箸にも棒にもかからない感じで。で、岸本先生のときにCRESTにダメもとで出したんですけど、なぜか通していただいて。

岸本 それがうまいこといったおかげで、僕まで有名にしていただいた(笑)。山中先生を選んだということで。

山中 ほんとにありがとうございました。だって、あれ免疫がテーマでしたから。

岸本 免疫と関係ないんやないですかという意見もあったけど、ええもんやったらええんやと言って(笑)。

山中 あれは大きかったですね。それまでは1年単位の科研費しかなかったですから。CRESTは5年という期間でなんか視点が今までと全然違って、5年後に成果を出せばいいんだという気持ちになりましたし、金額もそれまでと全然違いましたから。

安全なiPSを作るにはどうするか

岸本 その頃から脱分化というか、ES細胞(胚性幹細胞)に発現している遺伝子を片っ端から見て、『Cell』にもいろいろ論文を出しておられましたよね。これは何かするやろうと思って選んだんですけど、なぜそういうことをしようと思われましたか。

山中 奈良先端大で研究室を持ったときに学生さんを引き寄せる魅力的なテーマを作ろうと思いまして、ESの研究は自分でしていましたし、ノックアウトマウスを作るにはやっぱりESの研究はしないといけないので、それだったらESでいこうと。でも普通にいっても面白くないので、分化した細胞からESを作ろうと。普通はESから何かを作るという研究が一般的なんですけど、それだと勝ち目はないので。

岸本 それで、ひょっとしたらうまくいくかなという目算はありましたか。

山中 いや、あんまり(笑)。研究者をいったんやめようと思っていましたから、何も怖くないというか、だからこそできたと思うんですけど、勝算とかは全然なかったですね。ただ、初期化を起こすというのがゴールでしたけど、そこに至る戦略としてまずはESで多能性因子を探して、その中から初期化を起こすものを探すという2段階を考えていまして、その最初の多能性因子を探すというのは何とかなるだろうぐらいは。

岸本 その頃ですかね、ES細胞とのハイブリドーマ(融合細胞)を作ったら細胞が初期化されるというのは。

山中 クローン羊のドリーが1997年に発表されて、その分化した細胞とESとの融合実験は2000年に報告されました。その前にESによく似たEG細胞(胚性生殖細胞)の融合実験もありました。

岸本 決して不可能じゃないと。

山中 理論的には大丈夫だと。ただ、何個の因子でそれができるかというのはまったく情報がなかったですから。

岸本 それでマウスの細胞で初期化できたのをCRESTでも報告してもらってびっくりしたんですけど、サイエンスとしてはヒトにまでいかなくても根本はそれでいくと。非常にええわと思っていたんですけど、先生はあっと言う間にヒトにまでいきましたよね。マウスとヒトとの違いはないんですか。

山中 いやあるんですけど、マウスのESができてから人のESができるまでに17年かかっているんですね。培養条件とか見た目も全然違うのでそんなにかかったと思うんですけど、iPSに関してはヒトのESの知見をそのまま使わせてもらえたので。

岸本 ヒトでもそんなに長くかからないという自信はありましたか。

山中 外には出さないですけど、マウスを出した段階でヒトでも実験はしていましたから、いけそうだというのはだいたいわかっていました。

岸本 その概念というか、マウスでそういうふうに初期化できるっていうのが画期的なことであってね。世間一般的にはヒトでできましたというのが大きかったとしても、サイエンスのプライオリティとして、ノーベル賞に値するとしたらその概念の発見だと思うんですけど、その因子として4つの遺伝子を見つけられた。それは結局、DNAに脱メチル化を起こさせる、簡単に言うと分化の過程でくっついたものをはがしてしまうということですか。

山中 最終的にはそうですけど、その4つの遺伝子は全部転写因子でした。直接、脱メチル化に関わる酵素は入っていません。脱メチル化の酵素はいまだによくわかっていなくて、そういうのを入れなくてもできてしまったのが意外でしたけど、細胞にとって大切な転写因子を3つ、4つ入れるとそういうふうになるというのは、できてしまうと確かにそんなものなのかと。

岸本 そうすると、その転写因子は脱メチル化を起こすような遺伝子を連鎖反応的に発現させていくわけですか。

山中 そこはまだブラックボックスなんですけど、細胞が分裂していく中でたまたまメチル化されない細胞も出てくると思うんですね。そういう細胞だけがiPSになるんじゃないか。4つの因子プラス偶然が重なってiPSになるんじゃないかという考え方がけっこう主流になってきています。

岸本 僕が思いますのは、完全に分化したものを何にでもなるような細胞に変えるというのは、がんになる細胞を作っているようなものじゃないかと。レトロウイルスベクターを使って遺伝子を入れるから、がん化するとか、そんなことではなしにね。だから、分化した皮膚の細胞を使ったらがん化しやすい。しかし胎児の細胞を使うとそうでもないと。そうじゃなくて、うまく作れるんやというのはありますか。

山中 びっくりしました。僕は岸本先生が言われることにまったく同感です。

岸本 だから、応用には外でちゃんと分化させたものをセレクトするとか工夫しないと。そうすると、がんにはならないということですかね。

山中 最初の頃は僕らもレトロウイルスで作っていて、そのあとレトロ以外の方法もいろいろ開発していますけど、僕もそれは1つの要素にすぎなくて、いかに完全に初期化させてES細胞と同じ状態にするかというのが大切だと思っています。そのために今のところベストの方法は胎児の細胞じゃないかと。ヒトの場合だと臍帯血ですね。まだまだデータを出しているところですけど。

岸本 iPSには、がん幹細胞によく出ているような分子が出ているともいいますよね。そういうのを区別することも大事ですよね。

山中 はい、その通りで、iPSには非常に不完全にしかなっていないiPSがたくさんありまして、それは区別できるようになっていますけど、ほんとに安全にするにはどうしたらいいのかというのが、今の僕たちの最大の研究テーマの1つです。ただ、iPSについてよくわかってきて怖いと思っているのは、1つの細胞からできたはずのiPS、だからクローンなのにその中に出来の悪い細胞が少し混じっていることで、それが非常にがんになりやすい。でも、クローンなので普通にやるとその他大勢にまぎれて見つけられない。それがESとの違いでもあって、そのちょっと変なやつをどうやって見つけるか、その方法をいろいろ調べているところです。

山中 伸弥 氏

山中 伸弥 氏

京都大学iPS細胞研究所所長

1962年、大阪府生まれ。87年神戸大学医学部卒業後、整形外科の臨床研修医を経て、大阪市立大学大学院医学研究科へ。米国グラッドストーン研究所に留学した後、96年大阪市立大学医学部薬理学教室助手。99年奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授、2003年教授。04年京都大学再生医化学研究所再生誘導研究分野教授、07年物質-細胞統合システム拠点教授、08年物質・細胞統合システム拠点iPS細胞研究センターセンター長、10年iPS細胞研究所所長。2006年、マウスの分化した細胞からES細胞に類似した多能性幹細胞を樹立したことを世界に先駆けて発表し、iPS細胞(人工多能性幹細胞)と命名。07年にはヒトiPS細胞の樹立にも成功したと発表した。iPS細胞研究の第一人者として安全で効率的なiPS細胞樹立方法の確立などを進める。受賞は、朝日賞、ロベルト・コッホ賞、ラスカー賞、ガードナ賞、紫綬褒章ほか。

種まき研究と開発型の研究は別の観点から支援を

岸本 今、先生ご自身の研究の一番の目標はどこらへんですか。

山中 大きく分けると2つありまして、1つは先ほどまでの話で、iPSをより均一にしてES細胞のレベルにまで持っていくこと。そして、もう1つはiPSを使った創薬です。特に単一遺伝子疾患で、そういうのはiPSを使うと非常に病態モデルを作りやすいんですね。薬理学にいたということもあって、iPSでアッセイ系を作っていろんなスクリーニングをやって薬を作れないかと。iPSの応用面での僕の夢としては、ぜひ創薬をやりたいというのがあります。

岸本 毒性の検定というのは簡単にできますよね。

山中 そうですね。毒性はもう実用化されつつありますから。たとえば、SMA(脊髄性筋萎縮症)という運動ニューロン病は、新生児から発症する、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の子供版のような病気で、それなんてiPSから運動ニューロンを作るのは今でもできますので、ぜひ運動ニューロンの変性を抑えるような薬を探せたらいいなと。そういう病気というのは患者さんが少ないですから、製薬会社はなかなか手を出せないのですけど、ぜひ協力していただいて。

岸本 最後に、iPSの研究にはものすごいお金が導入されていますよね。研究費をどう配分するか。大きな資金を重点的に出すのがいいのか、そうじゃなくてもっと少額の科研費の比率を上げるのがいいのか、僕は科研費の比率を上げろと、そうしたらその中からいいものが出てくると言うとるんですけどね。先生はどう思われますか。

山中 少なくとも2段階あると考えていまして、1つは種まき研究というか、何も生えていないところに水をやる、やっと生えてきた小さな芽に水をやる研究というのは絶対必要で、そういう研究には広く薄くでもいいので、これまでどおり、これまで以上に支援していただきたい。僕も最初は何百万の科研費、先生に何千万単位の研究費をいただいてここまできたわけですから。 ただ、iPSとかスーパーコンピュータとかロケットとかある程度技術が確立されたときに、それをさらにどうするのか、かなり取捨選択して、やると決めた研究には相当に集中投資しないと伸びるものも伸びなくなるんじゃないかと。今、iPSの研究というのはもはや論文をどんどん出すという段階ではなくなっていまして、ほんと面白くない研究がいっぱいあるんです。裾野の研究というのは、僕らがやっていたわくわくするような研究とはちょっと違って毎日同じことの繰り返しだけど大切な、開発型の研究というもので、それには別の観点からの支援が必要で、その2つは同じ土俵でディスカッションできない。
僕もよく言われるんです、iPSにばかりお金がいくと(笑)。それは別の観点からの支援として、2段階に分けて予算を組むべきで、そこを混同されると非常に僕も辛い面があります。また、iPSにも思ったようにお金が来ているわけじゃなくて、まだまだ足りないというのが現状です。

岸本 なぜiPSばっかりにとみな思いますからね(笑)。

山中 日本の今の経済状況でいうと恵まれているのはほんと感謝していますけど、ただアメリカとの競争を考えるとなかなか…。

岸本 そんなにお金がなかった時代にいいことをした人で、たくさんの研究費をもらうようになってからもそれを続けられた人がいるか(笑)ともいいますけど、どうですか。

山中 今、僕たちがいただいている金額というのは論文を出したらいいとか、そういうレベルとは全然違うと感じています。いかにちゃんと実用化するかということですから、確かにうまくいかない可能性も非常にありますけど、でもやらなければならないと思っています。

岸本 今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

 

EYES

分化した細胞をES細胞と同じ状態に初期化したiPS細胞の作製に成功

ES細胞で活発に働いている遺伝子の中から初期化に必要な遺伝子4個を探し出す

ヒトの体は約60兆個の細胞で構成されているといいますが、それらは臓器や組織ごとに専門分化して特有の役割を果たしています。これら特有の働きをするように分化した細胞においては、活発に働く遺伝子の組み合わせが異なり、それは遺伝子の本体であるDNAのメチル化など細胞核内の化学的変化によって固定化されていると考えられています。たとえばDNAがメチル化されると、その部分を含んだ遺伝子は読み取れなくなります。かつては、こうした分化に伴う細胞核の変化は後戻り(初期化)することはないとされていました。

ところが、1997年、クローン羊ドリーの誕生が報告されます。ドリーは、乳腺細胞の核を取り出し、核を除いた卵子に移植することによって生まれました。卵子の中の何らかの因子によって、分化した細胞の核が、受精卵の核と同じ状態に初期化したと考えられます。それがヒトと同じ哺乳類である羊で証明されたのです。そして、この細胞核の初期化というテーマに取り組まれ、分化した細胞をES細胞(胚性幹細胞)と同じ状態に初期化したiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功されたのが、今回、LF対談にご登場いただいた山中伸弥氏(京都大学iPS細胞研究所所長)です。

ES細胞は、受精卵が6~7回分裂してできた初期胚(胚盤胞)の内側から細胞を取り出して培養したもので、無限に増殖し、胎盤以外の体のどんな細胞にも分化しうる能力(多能性)を持つとされます。1981年にマウスで培養条件が見つけられ、98年にヒトでも培養できるようになりました。山中氏は、99年に奈良先端科学技術大学院大学にご自分の研究室を持たれてから、このES細胞で活発に働いている遺伝子の中には、分化した細胞をES細胞の状態に初期化する遺伝子もあるのではないかと、その探索に取り組まれました。ES細胞と融合させた細胞の核が、ES細胞内の成分によって初期化されるという報告がそのきっかけとなりました。

まず山中氏は、ES細胞で働いている遺伝子のデータベースの利用やノックアウトマウスを使った実験から、ES細胞の多能性の維持に関わる遺伝子など24個をその有力な候補として選び出されます。その2 4 個全部をマウスの皮膚細胞に導入すると、ES細胞によく似た細胞ができました。この中に初期化に必要な遺伝子が含まれていることは明らかでした。しかし、1個ずつでは初期化は起こっていませんでした。そこで、1個ずつを除いた23個を導入して、初期化に必要な遺伝子の組み合わせを探すことにされました。その1個を除いたときに初期化が起こらなければ、それは必要な遺伝子の1つだということになります。こうして、4個の遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)に辿り着かれます。その4個を導入すると初期化は起こりました。このiPS細胞と名づけた細胞をマウスの初期胚に導入して成長させると、全身の細胞へと分化していることもわかりました。

2006年、この結果が報告されると、同じテーマに取り組んでいた世界中の研究者が驚きました。たった4個の遺伝子で細胞が初期化される―。翌07年には、山中氏はヒトのiPS細胞作製も発表されました。再生医療などへの応用が期待されるため、その後は世界中で国を挙げての競争が繰り広げられています。しかし、そうした臨床応用を考えると、まだまだiPS細胞にはがん化の問題など、安全性や作製効率などで課題は残されています。山中氏も、4個の遺伝子のうち、がん化を引き起こす恐れのあるc-Mycを除いたり、遺伝子の導入方法の改良などを試みられています。また、ES細胞と同じ状態に十分に初期化されているか、その評価方法の確立にも取り組まれています。分化した細胞がどのようなメカニズムによって初期化されるか、そうした研究も世界で進められています。世界に先駆けて日本から発表されたiPS細胞研究の今後の一層の進展が期待されます。

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