LF対談
微生物の生産する化合物の面白いところは、
1つの化合物があっちにも効いてこっちにも効くこと No.64(2011.10)
(学)北里研究所名誉理事長
大村 智 氏
公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岸本忠三 理事長
微生物と化学を合わせた研究をしよう
岸本 微生物から抗生物質を見つけるというのは日本でもいくつか例がありますけど、その膨大な特許料で研究所の付属病院を作って、それから山梨には美術館を作ってというのは大村先生だけですよね。この財団は基礎的な研究をいかに創薬、企業の研究につなげるか、その橋渡しを趣旨の1つとしていますので、先生はぴったりやと思って今回は対談をお願いしました。先生の見つけられたエバーメクチンというのは家畜の寄生虫の薬ですよね。その発見に至るプロセスからお聞きしたいと思います。
大村 私がなぜ微生物とか抗生物質の領域に入ってきたかですけど、もともと私は有機化学といっても、物理化学に近い領域の研究をやっていたんですね。私の学生時代というのはいろんな新しい機械が入ってきて、それが面白くて自分たちで作った化合物の物性の解析をやっていたんですよ。たまたま縁があって山梨大学の発酵生産学科の助手になりまして、ブドウ酒やブランデー作りの研究をしている時に坂口謹一郎先生が講義にいらしたんです。話を聞くと微生物というのは面白い。化学と微生物を両方合わせたような研究ができれば意外と面白いんじゃないかと、それで1965年に北里研究所に行くわけです。北里研究所というのは抗生物質を見つけるとか、まさにそういう研究をやっているところで。
岸本 そうですね。
大村 初めのうちは、秦藤樹先生が見つけられたモノが私に回ってきてその構造決定をしていました。私は機器解析が得意でしたから、あっという間に構造決定はできる。ところが、隣の部屋でモノを見つけようとしている人たちは大変なんですね。1年やっても何も見つからんという仕事をやっているわけです。私も自分で見つけよう。人に役立つモノを自分で見つけて構造決定までする。それをやるべきじゃないかと思ったんですね。それで秦先生の了解を得て、私独自に微生物と化学のグループを一緒にしまして、モノを見つけることに入っていきました。そうすると、いろいろ見つかってくるわけです。
岸本 400種類ぐらい見つけられ、そのうち農薬や研究用の試薬を含めると20ぐらいが薬になっているとか。
大村 平均すると、毎年10個ぐらい見つけました。当時は抗生物質の全盛時代でしたから、他のところではなるべく幅広い菌に効くような物質を探していました。私はそういうやり方ではなくて、まず先にモノを見つけよう、それから活性を調べればいいんじゃないかという形を導入しました。その中の代表的なのがスタウロスポリン。プロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)の阻害剤で、生化学の試薬としてよく使われている。まずは他人があまりやらないことをやろうと思ったんですね。
岸本 スタウロスポリンも先生が見つけられたんですか。
大村 意外と私どもが見つけたことを知らない人が多いようですね(笑)。
最初から動物薬に狙いを定めていた
岸本 先生の一番有名なエバーメクチンはメルク社との共同研究ですよね。何かやるから研究費を出してくれと頼まれたそうですけど、まだ何もないのにメルクはよく研究費を出してくれましたね。
大村 1971年にアメリカに留学したとき、日本と研究者の環境を比較してみたんです。圧倒的にアメリカのほうが金もあるし、設備もいいですよね。やっぱりお金がなきゃだめだと、向こうにいるうちにいろんな会社を回って、新しいモノが見つかったら特許はカバーするけれど使用するライセンスはそっくり渡すということで頼んだんです。そしたら一番たくさん研究費を出してくれたのがメルクでした。
岸本 まだ何もないわけですよね。何を見抜いたんですか、メルクは。
大村 1つには私はすでにいくつかのモノを発見して論文を出していました。特にマクロライド系の抗生物質が得意で、それに関してはかなり論文を書いていたんです。それから当時、アメリカの化学会の会長をやっていたマックス・ティシュラー先生がいた。この先生が私をアメリカに招いてくれたんですけど、オレがメルクに話をしてやるからというようなことでした。どういう役割分担をするか、分厚い覚書きも交わしまして、我々は微生物を分離するところとインビボの評価までやりましょうとなりました。これは我々が一番得意とするところでしてね。
岸本 最初から動物の薬ということで始められたんですか。
大村 そうです。なぜかというと、我々のような小さなグループは大企業がやっているような人間の薬を見つけようとしたって太刀打ちできない。当時、動物薬はほとんど人間で使っていたものを動物にも使っているような時代でした。だから、動物を狙っていこうと、私のほうから申し入れました。どういう抗菌スペクトルを持っていれば、発育促進作用があるかとか、いろいろやっていくわけです。そして、我々は微生物を見つけて、これはこういう性質のモノを出している、培養はこういう方法でやるとか、そういうデータをつけてメルクに送っていくわけです。
岸本 それ以降のことはメルクがやるということですね。
大村 動物実験は向こうがやる。その動物実験でエバーメクチンの活性が確認されました。我々だけでは、こういう活性があるというだけで、それが本当に使いものになるかまでは確認できなかったと思います。エバーメクチンのすごさというのは、あらゆる動物の寄生虫に幅広く有効なことで、昔は動物薬の合成品というのは、ほんの狭い範囲の寄生虫にしか効かなかった。メルクも我々と共同でやらなかったら、あれだけの薬はできなかったでしょうね。
岸本 メルクは先生の可能性に賭けたわけですよね。日本の会社ではなかなかそうはいきませんよね。日本の中にいいものがあっても、その可能性に賭けられない。そこが今問題やと思いますけど。
大村 ティシュラー先生の部下がたまたまメルクの研究所の所長をやっていたこともあって、私に賭けてくれたんですね。他の会社も適当なお金は出してくれたんですけど、とにかくメルクは年8万ドルという当時としては破格の額でした。それでいろんな機械も用意でき、人も雇えてスクリーニング(選別)を始めたんですよ。
大村 智 氏
(学)北里研究所名誉理事長
1935年、山梨県生まれ。58年山梨大学学芸学部卒業。63年東京理科大学大学院理学研究科修了後、山梨大学大学院発酵生産学科助手。65年北里研究所入所。71~73年米国ウエスレーヤン大学に客員教授として留学。75年北里大学薬学部教授。84年北里研究所理事・副所長、90年理事・所長。2001年北里大学北里生命科学研究所所長・教授。02年北里大学大学院感染制御科学府教授。07年北里大学名誉教授、女子美術大学理事長。08年北里研究所名誉理事長、北里大学生命科学研究所スペシャルコーディネーター。専門分野は、天然物有機化学。熱帯の風土病であるオンコセルカ症の特効薬イベルメクチンの基となるエバーメクチンなど、数々の抗生物質の発見で世界的に知られる。受賞は、ヘキスト・ルセル賞、上原賞、日本学士院賞、藤原賞、ロベルト・コッホゴールドメダル、紫綬褒章、テトラへドロン賞、アリマ賞ほか。日本学士院会員、米国科学アカデミー外国人会員ほか。
世界中で2億人が使う薬へと発展
岸本 それが世界で一番よく使われた家畜の寄生虫の薬イベルメクチンにつながったわけですね。
大村 売り出して3年、1983年からNO.1の売上げになりました。ペットもしかり。世界中のペットというペットはすべてイベルメクチンを飲みました。イベルメクチンは我々が発見した放線菌が作るエバーメクチンと名付けた物質の誘導体です。
岸本 そっちのほうが効果が強いわけですか。
大村 メルクは合成のグループが強いですから、いろいろ改良してくれたんですよ。その中に水素を1個添加するだけで活性がすごく上がるものがあった。ただ、エバーメクチンも農薬用とか園芸用にはまだ使われています。イベルメクチンは動物薬として、それから人用にも使われるようになりました。人用になるきっかけは、これはメルクの総合力なんでしょうけど、目が見えなくなる熱帯のオンコセルカ症の原因となる線虫に非常に近い、馬の寄生虫にも効くことがわかったんです。ならばオンコセルカ症にもいいんじゃないかと。ところが、それから時間がかかりました。人とチンパンジーにしか感染しないので、その効果を評価する系がなかったんです。
岸本 アフリカには感染して目が見えなくなった人がたくさんいたわけですよね。そういう人たちに対して臨床研究するということになったわけですか。
大村 幸いにアフリカの牛に感染する寄生虫に非常に近いものがいたので、それを使って評価して、ある程度データを出したところで人にも使うようになりました。それにWHO(世界保健機関)が加わってきちんとデータがとれるような形で人にも使っていくわけですけど、成虫には効かなかったんです。ところが幼虫のミクロフィラリアにはバッチリ効く。そこでどうするか。ミクロフィラリアは皮膚に出てきてブヨを介して他の人に感染する。だから、ミクロフィラリアを殺せば感染はしない。感染しない状態を保っていれば、成虫を持っている人は減っていってやがて病気は撲滅できる。2020年にはオンコセルカ症は撲滅できるだろうという見通しができてきました。ミクロフィラリアを殺せば、成虫を持っている人の失明や皮膚の痒みも防げます。今、9000万人が年に1回この薬を飲んでいます。それをメルクが無償供与している。
岸本 イベルメクチンは世界中の動物に使われている。それで十分儲けたから、人にはタダでいいと(笑)。
大村 それに今度はリンパ系フィラリア症が乗っかってきた。
岸本 日本でも沖縄にありましたよね。
大村 80何カ国に蔓延していて、そっちのほうにも使い始めて1億人くらいが使っている。両方を合わせると、2億人の人間が世界中でこのイベルメクチンを飲んでいます。
岸本 なぜ効くのか。そのメカニズムはどうなっているんですか。
大村 グルタミン酸で作動する線虫の神経機構を非常に選択的に阻害するんです。面白いことにイベルメクチンは昆虫にも効くことがわかってきました。ダニにも効く。今、ダニによる疥癬が問題になっていますけど、日本でも2年ぐらい前から適用になりまして、とにかく皮膚科の先生が一番喜んでくれている。今までなかなか治す方法がなかったのが、1回飲むだけでいいわけですから。
岸本 そしてエバーメクチンの特許料の1つの果実として、北里研究所の付属病院もできたわけですね。
大村 私は医者でもないのに、埼玉県に9万坪の土地を確保して89年に440床の病院を作ったんですけど、好きなことをやらしてくれと、病院の中に絵を展示して美術館のような病院にしちゃったんです。それが今流行りのヒーリングアートになってきまして、いろんな病院が絵を飾るようになってきました。私はその先駆者なんです(笑)。
岸本 それがさらに進んで美術館も山梨県に作られました。
大村 あれはエバーメクチンじゃないんです。マクロライド系の抗生物質だけは化学的なこともやるよとずっといじっていたんですけど、ここをいじればいいんじゃないかというアイデアをデータとともにリリーという会社に渡したんです。それがものになりましてね。
岸本 それは何に効くわけですか。
大村 家畜の肺炎に。
岸本 やっぱり家畜なわけですか(笑)。
エバーメクチンは産学連携の典型的な成功例
岸本 そういうふうにして次々と薬を見つけていく。普通の人ではなかなかできませんよね。そのポイントは何ですか。
大村 それはよく聞かれますけど、やっぱり総合力ですね。微生物をやる人間、微生物から化合物をつかまえてくる人間、評価系を作って解析する人間、そういう人たちがそれぞれいい仕事をしなければものにはならない。だから、それぞれのグループに徹底して勉強してもらって、みんなが力を合わせてやれる体制を作りました。まず人のつながりをよくしたんですね。
岸本 日本の製薬企業にも優秀な人はたくさんいるわけですけど、なぜ大きなものがあまり出てこないんですかね。
大村 大きな会社になると、結局、セクショナリズムが強くなってくるんですね。協力体制というのが臨機応変にできない。捨てるものは早く捨てなきゃいけないときがあるわけですよ。ところが役に立たないと思っていても遠慮してしまう。もっと一体になってやれる体制を作らないといけないんじゃないでしょうか。
岸本 先生の例は、見事な産学連携の例ですけど、やっぱり何が一番大事ですか。
大村 企業とは、やっぱり文化、要するに考え方が違うんですよ。企業の人間と大学の先生方のそこのギャップを埋められるコーディネーターがまず重要だと思います。それから企業でも、1つでも2つでもモノを見つけ、最後までもっていった人のノウハウには大変なものがあると思うんですね。そういう人たちの知識、技術をもっと産学連携にも突っ込んでいったらいいんじゃないかと思います。私の場合も、たえずそういうことを意識的にやってきました。今も企業の研究所長をやった人に来ていただいて、若い連中と議論するようなシステムを作っています。
岸本 先生は今も企業との共同研究は続けられているわけですか。
大村 私は今もグループを持っていまして、目指しているのはマラリア、結核、エイズですね。結核もまだまだこれからは問題になってくる。企業とは、これまた農薬で申し訳ないけれどあと2年ぐらいで許可されるものがあります。初めは動脈硬化を防ぐ薬にならないかと、コレステロールにアシル基をつける酵素の阻害剤をやっていたんです。すごくいいのが見つかって、こっちのほうは目下、開発を進める企業を決めようとしています。一方、その化合物の別の誘導体がアブラムシにものすごく効くんです。売上げを試算してもらったらかなり大きい。
岸本 また病院ができますね(笑)。
大村 アブラムシは世界中で問題になっている植物病害虫です。今使われている農薬はリンの入った化合物が多く、環境問題にもなっている。微生物の生産する化合物の面白いところは、1つの化合物があっちにも効いて、こっちにも効くということでしてね。抗生物質で一番いい例はエリスロマイシンです。これはもともと肺炎球菌とかに効く薬だったんですけど、その作用とはまったく関係なくびまん性汎細気管支炎の素晴らしい薬になっていますね。そういうものがいっぱいある。我々のところには見つけた菌をたえず2500株はストックしています。新しい評価系が出てくると、その評価系にその2500をかけていくわけです。そうすると、わかっていた活性とはまた別の活性が見つかることがある。だから、今まで見つけた化合物もすべてストックしています。
岸本 すごいですね。だけど、エバーメクチンは本当に典型的な産学連携の成功例でした。
大村 メルクの人たちも北里とやってよかったと思っていますよ、絶対に。しかも、エバーメクチンを作る菌はいまだに他では見つかっていないんです。我々が持っているものしかない。
岸本 伊豆の山から見つけられた。それは運も良かったということですね。
大村 それを言いたかったんです、私(笑)。こういう仕事には運もなきゃだめだと。
岸本 上手にスクリーニングとかやっても、その菌がおらんかったら…。
大村 その通りです。結局、パスツールの“幸運は準備された心を好む”という言葉。本当にその意味がわかる人じゃないとモノは見つからないと思います。時にはもう止めようかとか、資金がなくなってこれで終わりだとかいうようなときにいかに頑張れるか。貪欲に前に向かっていくという心構えがないとモノには到達しないと思いますね。
岸本 研究というのは、若い頃にやったスキーであと少しのところをゴールまで頑張る気持ち、それと同じようなものが大事だと書いておられますね。
大村 そうですね。学生時代、私はクロスカントリーの選手で国体にも行きました。こんな道に入るとは夢にも思っていなかったですね。だけど、あの当時、山の中で先輩に夜中に叩き起こされてしごかれた。ああいうのがよかったと。今の若い子もどこかでああいう経験をしないといけませんね。そういうことをやっていると、研究なんて楽ですよ。
岸本 楽ですか(笑)。今日はどうもありがとうございました。
EYES
アフリカ・中南米の風土病の特効薬の基となる抗生物質エバーメクチンを発見
米国メルク社と共同研究を進め、
失明にも至るオンコセルカ症の特効薬イベルメクチンの開発に貢献
ペニシリンやストレプトマイシンなど、20世紀前半からの抗生物質の発見は、結核など感染症の治療において人類に多大な恩恵をもたらしました。抗生物質という名前は、ストレプトマイシンを発見したワックスマンが微生物の生産する化合物の中で、病原菌などの増殖を抑えたり、死滅させるものを「アンチバイオティクス」と名付けたことから来ています。その後、1960年代からは有機化学の発展によって微生物由来の化合物の構造を少し変えて、より幅広く効果的にした半合成(誘導体)の抗生物質も開発されるようになりました。
抗生物質の多くは微生物の中でもカビや、土の中に生息する放線菌と呼ばれるカビ状の細菌から発見されています。最初の抗生物質であるペニシリンは青カビから、次に発見されたストレプトマイシンは放線菌からでした。日本でも抗生物質は数多く発見されています。その代表は、日本の抗生物質研究のパイオニアとされる梅沢濱夫氏が1957年に放線菌から発見したカナマイシンです。結核の治療薬として大きな業績を残しました。日本の細菌学の父・北里柴三郎によって大正時代に創立された北里研究所でも、秦藤樹氏らにより抗生物質ロイコマイシン、抗がん剤マイトマイシンなどが発見されています。そして、北里研究所で抗生物質の発見に取り組まれ、アフリカ・中南米の風土病の特効薬イベルメクチンの基となるエバーメクチンを発見されたのが、今回、LF対談にご登場いただいた大村智氏(北里研究所名誉理事長)です。
大村氏は山梨大学の助手を経て、65年に北里研究所に入所。71~73年に米国のウエスレーヤン大学に客員教授として留学された際にメルク社など製薬会社を回り、共同研究を提案されます。それが実って研究費を獲得、帰国後に本格的に抗生物質の発見に取り組まれました。その成果の1つであるエバーメクチンは、75年に静岡県伊東市の土壌から採取された新種の放線菌から得られた化合物でした。そして、エバーメクチンを基にメルク社が家畜やペットの抗寄生虫薬として開発した誘導体のイベルメクチンは、81年の販売開始後、翌々年からは動物用の薬として世界でトップの売上げを20年以上続けることになります。
イベルメクチンは、82年にアフリカや中南米の風土病オンコセルカ症の原因となる線虫にも有効であることが発表されました。人間の感染症にも利用できることがわかったのです。オンコセルカ症は、河川盲目症とも呼ばれ、世界的にはトラコーマに次ぐ主要な失明原因になっています。ブユを介して人から人へと皮膚にいる線虫の幼虫が移ることによって感染しますが、激しい皮膚の痒みや失明にも至ります。そうした症状は、体の中に入って成虫となった線虫が大量の幼虫を産み、それが皮膚や目に移動することによって引き起こされます。イベルメクチンはその幼虫に効果があり、その結果、症状の悪化や感染自体を防ぐことができるのです。
88年からはWHO(世界保健機関)を介して、感染地域の人々にイベルメクチンの無償提供が始められました。オンコセルカ症撲滅プログラムもスタートし、2006年には年間7000万人に投与されたといいます。イベルメクチンは、熱帯を中心に広範囲な感染地域を持つリンパ系フィラリア症、またダニによって引き起こされる疥癬にも有効であることがわかり、その利用範囲は広がりを見せています。
大村氏はエバーメクチン以外にも微生物から様々な化合物を発見されています。医薬、動物薬、農薬、研究用試薬として利用されているものだけでも20種類余になるといいます。研究用の試薬で有名なのがスタウロスポリンです。77年に発見されましたが、86年にプロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)Cの阻害剤であることが他のグループから発表され、盛んに利用されるようになりました。細胞内のタンパク質を分解する仕組みにユビキチン・プロテアソーム系がありますが、このプロテアソームを阻害するラクタシスチンも91年に発見されています。
このように大村氏は、抗生物質の枠を超えて、人に有用な化合物を微生物から見つけることに精力を傾けてこられました。またメルク社との共同研究など、産学連携の早い時期からの実践者で、現在もなお研究に携われておられます。今後の研究の進展が期待されます。