LF対談
これだけは譲れない。
目の前の現象が当時の考え方では絶対説明ができない。 No.67(2012.10)
大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授
坂口志文 氏
公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岸本忠三 理事長
自己免疫病って面白いと思ったんです 二律背反的な複雑な生体メカニズムが
岸本 先生は今年の頭に朝日賞、次に日本学士院賞、次にアメリカ科学アカデミーの外国人会員になられて、一気に名声が押し寄せた感じですけど、いかがですか、感想は。
坂口 いろんな形で仕事を認めていただいて、名誉な事だと思っています。
岸本 京都大学から大阪大学へ移られて1年ぐらいなりますか。
坂口 正式には1年ですね。その前に2年間くらい招聘教授のポストでお世話になっておりますので。
岸本 京都大学と大阪大学とどう違いますか?
坂口 スクールカラーが違う所が面白いし、楽しませてもらっています。京都という所は学風でもあるんでしょうけれど、大体放っといてくれますので、一人で何かやってる分には良い所です。大阪は京都に比べて、より実学的な価値に重きが置かれているのは感じます。
岸本 先生は京大の医学部を卒業されて、すぐに愛知県がんセンターに行っておられますね。何で愛知県がんセンターへ?先生の研究の発端はそこから生まれてくる訳ですけど…。
坂口 私、卒業しまして、臨床へ行くか研究をやってみるか迷った時期があるんです。それで大学院では病理学教室に入り、1年ぐらい人体病理や実験病理をやってみたんですが、両方とも何となく中途半端な感じになってしまいました。そこで一念発起して、どちらかにしようと思いまして、当時愛知県がんセンターにおられた西塚泰章先生が、マウスの胸腺摘出で色々な臓器に炎症が起きる現象を研究されておられて、何か面白そうという事で話を聞きに行ってみました。自分なりに面白いと思ったものですから、ちょっとお世話になろうと、大学院を1年半で中退しまして愛知県がんセンター研究所の研究生として3年ちょっとおりました。
岸本 当時はそういう事は、そんなに知られてる訳でもなかったのに、どうしてそこを見つけられました?
坂口 医学部の教育を受けている時に、自己免疫病って面白いと思ったんですね。免疫系は、本来ウイルスとかバクテリアから自分を守るのですが、それが自分を攻撃する事がある。正常ではそうはならないようになっている。非自己は攻撃しても自己は攻撃しないという二律背反的なメカニズムが面白そうで、きっとうまいメカニズムがあるに違いないと思っていました。当時、研究手法としては2つくらいしか無くて、一つは自然発症の自己免疫病モデルマウスの研究、もう一つ世界中でやられていたのは実験性脳脊髄膜炎のように、自分の臓器をつぶして強力なアジュバントと混ぜてマウスに打ち返すとその臓器に炎症が起きるという実験系です。これが本当にヒトの病気と関係するのかな、と思っていたんですが、そういう時に訳は分からないけれど、胸腺取ると何故か卵巣に炎症が起こる、こっちの方が面白い、何かあるんじゃないかと思ったのが、西塚先生を訪ねた経緯でした。
岸本 それが世界の坂口につながる訳ですね。
坂口 (笑)、もう一つの動機はですね、丁度、高橋利忠先生という名古屋大学出身で長く米国のスローン・ケタリングがん研究所におられた方が名古屋に帰って来られました。当時の免疫学はモノクローナル抗体以前の時代でしたが、その頃、Ly抗原というものでリンパ球がT細胞、B細胞だけじゃなくて、T細胞もまたサブセットに分けられるというのが分かりだしていました。そこで、このアプローチで胸腺摘出で起きる現象を見ようという事にしました。それでせっせとLy抗原に対する抗体を作ってリンパ球を分けて、解析していった訳です。すると確かに、胸腺を摘出してもT細胞のサブポピュレーションを補うと炎症が起こらなくなる。しかも同じ抗体を使って胸腺のT細胞をサブセットに分けても末梢と同じサブポピュレーションで炎症を阻止できるという事で、胸腺で作られたそのようなリンパ球がずっと末梢にもいて、それが炎症を抑えているという事を確信しました。
サプレッサーTセルの巻き添えを食って-坂口研究冬の時代-
岸本 その頃、免疫を抑えるリンパ球、サプレッサーT細胞が存在するというのが、言われてましたね。それは先生が愛知県がんセンターでやってる頃より以前からでしたか?
坂口 私が大学を卒業したのが1976年で、その頃免疫学会に行きますとそういう話が盛んだったですね。
岸本 それと一緒やと思われた訳ですか?
坂口 いやいや(笑)。当時、サプレッサーT細胞の研究というのは、なかなか複雑でして、この抗原を使って、こういうルートで免疫して何日目でT細胞を取ってくると抑える活性がある、その時に抗原特異的な抗体産生細胞を数えてみると下がっている、抑えているT細胞を除くと抗体産生細胞の数が上がってくる、そういう免疫反応を見ていました。私、病理の出身だったものですから、そこら辺の所がついていけなかったんです。もちろん、サプレッサーT細胞で説明できるのかなという懸念もあったんですけれども。ただ、私の見ているT細胞は病気を抑えるもので、別に抗原で誘導した訳じゃなくて、正常な個体の中に自然にいる訳です。それと、胸腺細胞の中にそのようなT細胞がいて自己免疫病を抑えます。しかも、この自己免疫病を阻止できる
T細胞をL y 抗原で見てみると、当時のLy1+Ly2-、今で言うCD4+T細胞でしたが、当時のサプレッサーT細胞というのはLy1-Ly2+、現在のCD8+T細胞でした。このような事が分かっていましたので、どうも皆さんの扱っておられるサプレッサーT細胞とは違うのではないかと思っておりました。
岸本 そこで自分のやってる事は、他の人とやってる事と違うと思われましたか。
坂口 感覚としてはそうなんですけれども。
岸本 ところがそれらが全部崩れて、サプレッサーT細胞なんてものは無い、という事になりましたね。あれは何年ぐらいですか?
坂口 少し後の1983年、84年の頃だと思います。それが崩れる直前に、サプレッサーT細胞の当時言われていたマーカーを調べましたが全部ネガティブでした。そういう結果で論文を出し、学位も取りました。それで、次の仕事としまして、胸腺摘出の代わりに普通の個体からそのポピュレーションを直接に除いたらどうなるか、という仕事をやりました。予想通り自己免疫病が起こりました。ですが、丁度その結果を論文発表した時が1985年で、サプレッサーT細胞の話がつぶれた時だったんです。タイミングが悪いですね。
岸本 まだそんな事続けてやってんのか、という風な反応になりましたか。
坂口 世の中そうだったですね。その時アメリカにおりましたが、アメリカはもうさっさとそういうリンパ球は無かった事にして(笑)、次に進んでいきましたけれども。
岸本 それで何で続けておられたんですか?
坂口 私がやっていた実験の重要性と言うか、自分なりにこれだけは譲れない所というのは、正常なマウスの末梢のT細胞から特定のサブポピュレーションを除いて、残りをT細胞を欠損しているマウスに入れるとちゃんと自己免疫病、しかもヒトの病気とそっくりのものが起きてくるんです。という事は元のマウスの末梢には自己免疫病を起こすT細胞がいたという事になります。
岸本 自分に反応する細胞は残っていると。
坂口 ちゃんと末梢にいると。
岸本 それが起こらないのは、抑えるものがあるはずやと。
坂口 そういう事なんです。そこだけは譲れなかったんです。病気起こすT細胞が正常な個体の末梢にいて、それが起こす病気がヒトの自己免疫病とそっくり、となりますと当時の考え方では絶対説明できない。
岸本 その頃の先生の履歴を拝見すると、ジョンズ・ホプキンスからスクリプス、それから日本へ帰られ、“さきがけ”の研究員、それから東京都の老人総合研究所ですか、と点々と動かれましたね。仕事が認められてなかった時代ですね。
坂口 そうですね。
岸本 それが80年代から90年代ですかね、この前の受賞の時に“坂口研究冬の時代”という風に言われてましたね。
坂口 はい。
岸本 だから抑える細胞やというのに、サプレッサーという言葉は使わないで、レギュラトリー(制御性)という言葉を使った訳ですか。
坂口 そうですね。ただ、決して主流ではないけれども、世の中には所々で同じ事を考えてる人がいたんです。アメリカで細々とやっていて、グラントが切れる前にポストを探していたんですが、その時にさっき先生がおっしゃった“さきがけ”の制度が始まりまして応募しました。その審査員のお一人が阪大の浜岡利之先生で、私のやりました実験を別の系統のマウスで追試されておられました。ですから、決して完全に無視されていたって訳じゃない(笑)。
岸本 僕もその頃は、その値打ちが分かりませんでした。まだそんなんやっとるんかいな、と言うてましたけど。
坂口志文 氏
大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授
1951年、滋賀県生まれ。76年京都大学医学部医学科卒業、同年同大学大学院医学研究科入学。77年愛知県癌センター研究所実験病理部門研究生。83年京都大学医学部博士号取得。83~87年米国Johns Hopkins大学、Stanford大学客員研究員。 Scripps研究所免疫学部助教授。92年新技術事業団「さきがけ21研究」研究員。99年京都大学再生医科学研究所生体機能調節学分野教授、2007年同大学再生医科学研究所・所長、現在、大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授。専門分野は免疫学。正常な動物が胸腺除去で自己免疫疾患を発症する現象の解明に取り組み、自己免疫反応を制御する特異なT細胞「制御性T細胞」の存在を証明。さらに自己免疫疾患や臓器移植、がんなどの免疫関連疾患における制御性T細胞の役割の解明に貢献する。受賞はWilliam B.Coley賞(米国)、武田医学賞、第13回慶應医学賞、上原賞、紫綬褒章、朝日賞、日本学士院賞ほか。米国科学アカデミー外国人会員。
2000年の中頃には免疫の3大話の一つに
岸本 どこから急にその展開が始まるんですか?先生の言っておられる事が本当やというきっかけは。
坂口 これも幸運だったと思うんですけれど、ジョンズ・ホプキンス大学におりました頃に、骨髄移植をやった後にサイクロスポリン、これはT細胞特異的な免疫抑制剤ですけれども、これを打ち続けて途中で止めますと自己免疫現象が起きるという事を言い出した人たちがいたんです。で、私は、これはひょっとしてと思いまして、生まれたてのマウスにサイクロスポリンを打ってみました。そうしますと胸腺を取るのと同じ事が起きたんです。面白かったのは、当時アメリカのNIHでサイクロスポリンと自己免疫病の研究をしていた研究者がいまして、この人はアメリカ免疫学会の学会誌のエディターでした。サプレッサーT細胞が大嫌いで、サプレッサーT細胞の論文が投稿されてくると全部落としていたという男です。彼が私のサイクロスポリンの仕事に注目して、その他の仕事も含めて自分のポスドクに追試させたんです。で、追試してみると本当やという事になりまして、そこから彼は序々に変わっていきました。すると、アメリカの免疫学会の中であれだけサプレッサーT細胞に反対していた男が改宗したものですから、みんなが驚きました。その後、彼はいろんな所で講演するたびにその経緯を皆さんに吹聴してくれました。それで1990年代末から何となく雰囲気が変わってきました。
岸本 序々に上がって来ましたか。
坂口 そうですね。うそやないんや、と。
岸本 2000年か2001年でしたかな、ストックホルムで国際免疫学会があった時にね、朝ホテルの食堂で会いましたよ、奥様と。えらい制御性T細胞が盛んになっとるでしょ、て言うておられましたわ。その時分がパーっと盛り上がって来る始まりでしたか。
坂口 はい。ただ、当時はまだ旧来の考え方が多数派でしたね。国際免疫学会でT細胞制御のセッションを任せられた人が、僕をシンポジストに呼ぼうとしたのですが、他の人達が「やっぱり止めとけ」、と。だから僕はあの学会には行ったんですけれども、何も発表してないんです。
岸本 そうでしたか。それでも、あの当時にはそういうセッションがあって制御性T細胞なんて言い出してましたね。
坂口 そうなんです。僕より後にそれをやった人達がシンポジストをやったりして。ただ有難かったのは、当時アメリカの大御所達が私をシンポジストにしないのはおかしい、と学会に言ってくれました。ですから自分達の感覚としても、世の中の流れが変わりつつあるのかな、というのが2000年ぐらいですね。
岸本 丁度その頃が、制御性T細胞と審良君のトールライクレセプター(TLR)が盛り上がり始めた時ですな。
坂口 そうですね、まだ2000年の段階では、TLRの方がまだまだ先を行っていました。
私達のキーになる論文が出たのは1995年なんですが、それはCD25分子が制御性T細胞のマーカーとして特異的であるという内容でした。それを先ほどのアメリカの研究者が追試して活発に展開し始めた。ただ、その頃は一部の人が始めただけで、その人達の論文が本格的に出始めるのは2000年頃です。2003年に私達がFoxp3という転写因子が制御性T細胞に重要である事と見つけまして、そこから急速に盛り上がっていきました。Foxp3は機能を持つ分子マーカーで、しかも転写因子ですから、Th1とかTh2という他のT細胞と同じレベルまで急に行き着いたんですね。そこからは分子生物学の素養のある人達も入って来ましたし、ヒトで同じ細胞がいるという事で、ヒトの免疫学をやってる人達も入って来ました。2000年の中頃には、TLR、樹状細胞と一緒に、免疫学の3大話の一つという所まで論文数が増えていきました。
どれだけヒトの病気を治す事につながるか?
岸本 樹状細胞、TLR、自然免疫は去年ノーベル賞に入りましたね。T細胞サブセット、制御性T細胞、Th1、Th2の発見、そういうとこが、その次の可能性ありますか?
坂口 これ、どうでしょうか。(笑)難しいと思います。と言いますのは、医学研究の成果というのは、ヒトの病気やなんかに結び付くようなとこまで来たという評価、社会的な意味があって、そういう大きな評価も確定するんだと思います。制御性T細胞はどうかとなりますと、私の次の世代ぐらいには(笑)。
岸本 実際にすでに何が治療でうまくいってるとか、ここをこうすればええんやとか、いうようなものはありますか。
坂口 はい。まず移植ですが、アメリカ、ヨーロッパで行われていますのは骨髄移植の後の移植片対宿主病(GVHD)で、骨髄移植やる時に同時に制御性T細胞を入れますとGVHDを抑える。もう動物実験では確実で、ヒトでも臨床試験が始まって論文が出始めていますが、結構効くという事でその方向へは間違いなく動いていきます。次に自己免疫病ですけれども、致死的な自己免疫病、例えば子供のⅠ型糖尿病に対してアメリカで行われているのは、制御性T細胞を体外で増やして元へ戻す、あるいは体内で増やしてやるという試みです。最近ですと、少量のIL2を投与すると制御性T細胞が増え、それが治療に効果があるという報告が出てきています。がんになりますと、これが一番シンプルなんですけれども、制御性T細胞を減らしてその後ワクチン療法をやる、というのが欧米でも多くの施設でやろうとしている事です。例を挙げますと、サイクロフォスファマイド、これは制御性T細胞を減らします。で、それを投与してその後ワクチン療法をやると確かに顕著な延命効果がある、という結果が出ています。このように、制御性T細胞を安全にうまく減らす方法をまず作る。それと既存のがんのワクチンと組み合わせて、どこまで免疫療法を効果的にできるか、というのが世界的なトレンドだと思います。
岸本 制御性T細胞のマーカーに対する抗体で、というのはどうなんですか。
坂口 重要なのはそこだと思います。日本では、協和発酵キリンが名古屋市大の上田龍三先生のグループと組んで、成人T細胞白血病(ATL)のCCR4陽性の白血病細胞を抗CCR4抗体でたたくと、顕著な延命効果がある事を示しまして、今年、抗CCR4抗体はATLに対して認可されました。ATLというのは、制御性T細胞がHTLV-1ウイルスでがん化したもので、これを抗CCR4抗体でたたくと制御性T細胞も減らす事になります。そうしますと、他のがんに対しても、抗CCR4抗体で制御性T細胞を減らして同時にがんワクチンとうまく組み合わせれば、日本で確立されたがんの免疫療法として世界に出せるのではないでしょうか。
岸本 今日はどうも有難ございました。
EYES
免疫が自分の体を攻撃する不思議
重要なのは人口の約5%が何らかの自己免疫病にかかっているほど頻度が高いこと
モナリザの指は関節リウマチの人のように腫れている。ルノワールは関節リウマチがひどく、指が変形して、亡くなる直前には、絵筆が握れないため包帯で指に巻きつけてキャンバスに向かっていたと言われている。
関節リウマチは、免疫システムが正常な自己抗原に反応して自己組織を破壊する、いわゆる「自己免疫病」です。正常な免疫システムでは、体内に忍び込んだ病原微生物(ウイルス)などに反応して、これを排除しようとしますが、正常な自己組織に反応することはありません(これを免疫自己寛容と言います)。しかし時にリンパ球が正常な自己抗原に反応して、自己組織を破壊することがあります。
Ⅰ型糖尿病、関節リウマチ、脳の神経が壊れる多発性硬化症、甲状腺の組織が侵される甲状腺炎、バセドー病といった多くの難病が自己免疫病です。こうした自己と非自己を識別する免疫の仕組みの解明は、免疫学・医学生物学の重要課題として受け止められてきました。
重要なのは人口の約5%が何らかの自己免疫病にかかっているほど頻度が高いこと、と大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授の坂口志文博士は言います。
免疫システムは、体内に侵入したウイルスや細菌などに対し最初に攻撃する「自然免疫」と、一度かかった病原体を記憶し、二度目の攻撃に備える「獲得免疫」に大別されます。
獲得免疫の主役は、抗体を作る「B細胞」と、いろいろな生理活性物質を出してB細胞を含む種々の免疫細胞に指令を与える「T細胞」です。
B細胞は病原体一つ一つを攻撃するよう自らの遺伝子を組み換えて、様々な抗体を作ります。一方のT細胞には機能の異なるいくつかのグループがあることが知られていますが、正常な自己組織に対する免疫反応を起こす「自己反応性T細胞」を抑制することで免疫自己寛容を維持するT細胞の存在が長年議論の的になっていました。
この議論に終止符を打ったのが、坂口博士です。坂口博士は1980年代、正常マウスから、細胞表面抗原を指標に分別した特定のT 細胞サブセット「制御性(Regulatory)T細胞」を除去すると、自己免疫疾患が発症することを示されました。これは、当時提唱されていた「サプレッサー(Suppressor)T細胞」とは異なるものでした。1995年には、制御性T細胞を判別するマーカーとしてCD25(IL2受容体のα鎖)を同定されました。2003年には、ヒトの遺伝性疾患の一つで自己免疫病・アレルギー・炎症性腸疾患がすべて現れるI P E X 症候群の原因遺伝子であるFoxp3が、制御性T細胞で特異的に発現し、制御性T細胞の分化と機能を制御するマスター遺伝子であることを示され、制御性T細胞が免疫自己寛容の維持に重要な役割を果たすことを明らかにされました。さらに、坂口博士は、臓器移植やがんなどの免疫関連疾患における制御性T細胞の意義や活用法の研究にも取り組まれ、次々と成果を上げられておられます。
現在では、制御性T細胞は、免疫制御の新たなターゲットとして世界中で研究が進んでおり、制御性T細胞をうまく操ることで、多くの人を苦しめている様々な自己免疫病、炎症性疾患、がんの治療が可能になりつつあります。この分野のますますの発展に大きな期待がかかっています。