LF対談
ウナギの産卵場には、
まだまだ解き明かさなくては ならない謎が山ほどあるんです。 No.68(2013.2)
東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門 行動生態研究室・教授
塚本勝巳 氏
公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岸本忠三 理事長
私たちが「ウナギはマリアナ沖で産卵するんです」
と言ったら、漁師の方が「そんなはずはない、俺の家の目の前で卵産んでる」と。
岸本 去年は日本学士院エジンバラ公賞を受賞されておめでとうございます。
塚本 ありがとうございます。
岸本 以前に、当財団主催のフォーラムで会員を対象にご講演いただきましたが、それが非常に好評で、是非この対談にも、という事で今回ご無理をお願いしました。
塚本 よろしくお願いします。
岸本 先生は、岡山県の、瀬戸内海の近くですね、お生まれは。だから東京大学では水産学の研究にいかれたんですか?
塚本 遠因はそういうこともあるかも知れませんが、是非海の研究をしたいとか、魚の研究をしなきゃならんというわけじゃなかったんです。大学の教養課程のころは文化人類学をやりたくて… 例えばどこか南の島に行って、遺跡や村々を訪ね歩いて、未開の文明とか調査したいと思っていたんですよ。だけど、段々もっと自然に近い、海や海の生き物を研究したいと思うようになってきました。
岸本 それで海洋研究所へ?
塚本 ええ。東大の海洋研究所で大学院の博士課程の2年まで研究していたんですが、途中で助手に採用していただきました。
岸本 色々な専門の雑誌に書いておられますけど、最初はアユやサケ、マスから始められたわけですね? サケの回遊と言うと、川で産まれてから海へ出て行って、それから最後にまた産まれたその川に帰って来て死ぬと、これはよく習います。だけどウナギというのは、浜名湖で産まれるもんだと(笑)、僕らは川の魚、淡水魚だと思ってましたけど(笑)。
塚本 そういう方が多いですね(笑)。魚の生態をよく見ている漁師の方でも、我々が「マリアナ沖で産卵するんだ」と言ったら、「そんなはずはない、俺の家の目の前で産んでる」と。「実際卵を持ったウナギを獲った事がある」とか色々教えてくれるんですけど(笑)、「じゃ、証拠を」と言って送ってもらうと、卵をいっぱいお腹に持ったアナゴであったり、ウナギの子供と間違えた寄生虫がお腹から出てきたりとか。
科学ってそういうものじゃないですか 最初長い長い黎明期があって、
何かをきっかけに急激に色々分かって来る
岸本 どうしてウナギを研究しようと思われたんですか。
塚本 魚の回遊パターンは3タイプありまして、一つは産卵のために川をのぼるサケの仲間、二番目は産卵のために川を下るウナギの類、そして産卵とは無関係に海と川を行き来するアユに代表されるタイプです。回遊をテーマに選んだとき、これら全てを研究すれば「なぜ魚は回遊するか」という究極の問いに答えられると思ったんです。それで最初アユを研究して、数年たつと一定の成果が得られました。次にサクラマスを研究したんですが、こちらは欧米の研究でかなりのことがわかっていたので、これも研究に一区切りがついたところで一旦脇においといて、じゃ最後に残ったウナギだという事でウナギの研究に集中していきました。だけどウナギは謎だらけで、随分時間がかかってしまいました。
岸本 ウナギって、何千年も前にアリストテレスが調べていますが、海から川へ、そして最後にまた海へ戻って行くというのは分かってたんですか。
塚本 それがはっきりしたのは1920年頃ですね。それまで2000年間ぐらいは謎のまま来てたんです。泥から産まれたとか、あるいは馬のしっぽから抜け落ちた毛が池に入ってウナギになるんだとか(笑)。日本でも「山芋変じてウナギになる」とも(笑)。
岸本 山芋から?
塚本 ええ、そういう言い伝えがありますよね。かなり長い間、人類はウナギがどこで卵を産むか知らなかったんですね。
岸本 じゃ、先生が研究されるまでは、よく分かってなかったんですね。
塚本 科学ってそういうものじゃないですか。最初に長い長い黎明期があって、進歩が非常にゆるやかで、何かをきっかけに急激に色々と分かって来る。
岸本 そのきっかけというのは。
塚本 東大の海洋研究所(当時)が白鳳丸という大きな研究船を持ってたんですけど、それが本格的にウナギの調査に乗り出したのが一つの大きな転機だと思いますね。それが1973年です。1922年にデンマークのシュミット博士が大西洋のサルガッソ海、有名なバミューダ海域のちょっと南ですね、そこでウナギが産卵するんだという事を見つけました。日本でも1930年ぐらいに沿岸域で産卵場調査が行われていましたが、30年以上の間、ずっと進歩のない時代があって、漸く1967年に最初のニホンウナギの幼生のレプトセファルスが1匹採取されました。これをきっかけに白鳳丸が南洋へ調査に行くことになったんです。
ウナギの産卵場所の探索と言うのは、より小さい
ウナギの赤ちゃんを探し求める作業なんです
岸本 産卵場所が南の海だと言うのは、どこから出て来るんですか?
塚本 最初の1匹のレプトセファルスが、台湾とフィリピンの間のバシー海峡で採れてるんです。ウナギはおそらく黒潮に乗って日本にやって来ると想像されましたから。
岸本 1973年から本格的な調査が始まって、現在まで約40年たっていますが、その間に14年の空白と言うか、何も成果が出ない時期があったとの事ですが…
塚本 ウナギの産卵場所の探索と言うのは、端的に言うと、より小さいウナギの赤ちゃん、レプトセファルスを探し求める作業なんです。一番大きなレプトセファルスは大体60mmで、そのあと変態をしてシラスウナギになるんですが…
岸本 マスコミなどで、シラスが獲れなくなった、だから蒲焼が高くなったとか言われている、あれですか(笑)。
塚本 はい、あれです(笑)。レプトセファルスは、変態を終えてシラスウナギになって日本沿岸にやって来るわけです。産卵場所の探索は、最初一匹目の50数mmのレプトセファルスをもとに始まって、40mm、30mm、20mmと、より小さいレプトセファルスが順次採れてきました。1991年に10mm前後のものがとれたところまでは比較的スムーズにいきましたが、そこから先、数mm前後のプレレプトセファルスっていうステージが卵とレプトセファルスの間にあるんですけども、これがなかなか採れなかったんです。やっとプレレプトセファルスがとれたのが2005年ですから、その間、14年。
岸本 採る、というのは網ですくうわけですか。
塚本 ええ、0.5くらいの目の細かい、しかし口径が3mもあるバカでかい大型プランクトンネットで海の中を1時間ぐらい曳くんです。
岸本 いろんな魚、いっぱい入ってしまいませんか。
塚本 いやいや、目合いが細かいから大きな抵抗があって、ゆっくりしか曳けないんですよ。でっかい鯉のぼりみたいなネットがゆっくり近づいて来るわけですから、敏感な魚はそれを目で感知したり、振動を感じてピュッピュッと逃げてしまいます。本当に遊泳力のない、卵とか、産まれたての稚魚とか、ちっちゃなエビとかカニの幼生とか、いわゆるプランクトンのようなものだけが採れるんですよ。で、その中からプレレプトセファルスや卵を探すんですけど…
岸本 それを、毎年。
塚本 毎年はとても行けないです。数年前までは、白鳳丸が使えるのは予算の関係で1年間に185日だけでした。この船を使いたい人はたくさんいて、海水の成分を研究する海洋化学の人びと、プランクトンを調べてる生物海洋学の人たちもいる。いろんな分野の研究者が数少ない研究船の限られた航海日数を取り合いすることになります。
岸本 白鳳丸というのは、ウナギを研究するために造られた船ではないんですね。
塚本 とんでもない! 船の航海日数ってものすごく貴重なんですよ。それに分野間、研究者間の厳しい競合もあるし… 3年に1回、1ヶ月くらいの航海日数が取れれば良しとしないと。ですから14年間毎年産卵場調査に行ってたわけじゃなくて、数年空いた時期もありますし。
岸本 その間、何をしておられたんですか。
塚本 前の航海で採れた標本を解析したり、船が無くても河口で採れるシラスウナギや川の親ウナギを使った研究をしたりとか。それから、海洋研究所には外洋に出かける大型研究船の白鳳丸の他に、沿岸調査用の淡青丸という小さい船もありまして、これを使って沿岸域のウナギ研究を細々と続けてました。
塚本勝巳 氏
東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門 行動生態研究室・教授
1948年、岡山県生まれ。71年東京大学農学部水産学科卒業後、同大大学院農学系研究科博士課程を中退し、同大海洋研究所助手となる。以後、同所助教授、教授となり、現在に至る。専門分野は海洋生命科学、魚類生態学。73年から始まった東京大学の研究船白鳳丸によるウナギ産卵場調査に加わる。後に主導的役割を果たして、2009年5月、ついに人類史上初めてウナギ卵の採取に成功。主な著作は「旅するウナギ 1億年の時空を超えて」(2011、共著)「ウナギ 大回遊の謎」「世界で一番詳しいウナギの話」(2012)など。 2006年「ウナギ回遊生態の解明」により日本水産学会賞、以後日本農学賞・讀賣農学賞(「ウナギの回遊に関する研究」)、日本学士院エジンバラ公賞(「魚類の回遊現象に関する基礎研究ーとくにウナギの回遊機構の発見」)を受賞。
「新月仮説」とか「海山仮説」とか、非常に
ロマンチックなんですけど、それはまだ仮説ですか?
岸本 ところで、ウナギは川と海を行き来するとの事ですが、淡水と海水では浸透圧が違うのにパッパッと切り替えられるんですか?
塚本 ウナギは河口などの汽水域にいっぱい住んでるでしょ。すると12時間を周期に潮が変わります。極端な話、巣穴に入ってたら、回りが真水になったり海水になったりするわけです。魚には、塩類細胞というものがエラの付け根にありまして、これで浸透圧を調節していますが、ウナギは特にこの能力が高いんです。この塩類細胞のあたまの部分に「ピット」って呼ばれる穴があって、河口に棲みついてるウナギは、この穴を閉じたり開いたりして外界の急激な塩分の変化に対応しているようです。そういう芸の細かい事をして(笑)、結構彼らはしたたかにやってるんですよね。
岸本 フォーラムでのお話しの中で興味持ったのは、いろんな仮説が登場してきたことです。例えば、耳石の細かい輪紋を調べて、ウナギが新月の日に産卵するのではないかとか、レプトセファルスの分布からマリアナ沖の海山で卵を産んでるらしいとか…。その「新月仮説」とか「海山仮説」とか、非常にロマンチックなんですけど、それはまだ仮説ですか?
塚本 いえいえ、もうそれは真説、定説と言っていいような状態になっていますね。
岸本 でも、ものすごい海広いわけですよね。しかもウナギがどのぐらい集まって来るのか知りませんけど、その広い海でね、なぜその辺りに集まって来ると、なぜそこでオスとメスが巡り合えるのか、そういう事はどこで分かるんですか。
塚本 その部分は、まさに未だに解けてない謎で、たくさんのウナギが日本や中国からマリアナ沖の海山域にやって来たとしても、さらに狭いピンポイントにオスメスが濃密に集まらないと、そもそも受精が起こりませんよね。マグロとかカツオとかアジ、サバは…
岸本 一緒にまとまって泳いでますね。
塚本 そうそう、まとまって泳いでいて、しかもその群れの中にオスもメスも入ってますよね。だけどウナギの場合、たとえ最初はオスとメスが大きな集団を作って回遊を始めたとしても、なにしろ移動距離が2千km以上ですから、しかも整然とした群れを作って泳ぐのが下手な魚ですから、長旅の内にきっとバラバラになると思うんですよ。そうした時に何かオスとメスが出会うための目印が必要ですが、その目印を与えるのが海山ではないかと言うのがこの「海山仮説」なんですね。実際には、ウナギは目で海山を認識するのではなく、側線や嗅覚、あるいは磁気感覚で故郷の海山域を認識するんじゃないかなと思いますが、こうした「しるし」を頼りにウナギは海山域のあるピンポイントに集まり、最終的にはオスメス相互にフェロモンで引き合い、産卵・受精が起こると考えています。
もう一つ、ウナギはサケマスのようにオスメス1:1でペア産卵するのではなく、大きな産卵集団を作り、乱婚状態で産卵するだろうと想像されています。こうした乱婚の場合、いつ産卵するか、タイミングを約束しておくと大きな産卵集団が出来やすく、しかも受精の成功率が上がります。ウナギの産卵期は長く、半年近く続くと考えられますが、レプトセファルスの耳石日周輪を調べてみると、この間だらだらと、適当な時に産卵しているのではなく、各月の新月の夜に合わせて一斉に産卵していることがわかったんです。これが「新月仮説」なんです。
岸本 どうして新月の夜に?
塚本 一つには真っ暗闇ですよね(笑)。まず、視覚で餌を摂る捕食者の被害は避けられます。それに、受精の成功を高めるための同期ですね。新月とか満月に決めて産卵する海洋生物は結構多いですよ。ゴカイの仲間は満月の夜、生殖巣だけ一斉に浮き上がらせて海表面で繁殖行動が始まりますし、造礁サンゴもそうですよね。それはやはりオスとメスが繁殖のための約束事をもっていて、それをきちんと守っているということでしょうね。
岸本 で、その鍵は暗いか明るいかですか。
塚本 はい、ウナギの場合、特に光に影響を受けます。暗い方を好むというのがウナギの特徴ですね。
岸本 月の満ち欠けでは重力とかも変わりますよね?そうではなくて明るさですか。
塚本 ウナギは水深何百メートルか、毎日定期的な浅深移動をしてますから、潮汐を水圧で感じとるというのはちょっと無理だと思います。やっぱり一番確からしいのは光だと思いますね。満月のタイミングを視覚で感じとり、そこから数えて15日目が新月という風な計算を彼らはしているのではないでしょうか。新月の暗い夜は外敵が少ないし、大潮で潮の流れも強いですよね。受精卵やその後孵化したプレレプトセファルスを危険分散させるには大潮は好都合です。放卵・放精時には、オスとメスは接するばかりに集まっているはずです。それが例えば10万尾の親ウナギがいたとして試算してみると、一辺が10mの立方体にスッポリと収まってしまうくらいにかたまっています。ここに産み出された膨大な数の卵も最初はこの空間に入っていますが、新月の大潮に乗って速やかに分散していくのです。
起源した場所っていうのは、種の記憶として残ってるんじゃないですか
岸本 実際にウナギが集まってるところ、見られた事はあるんですか。
塚本 いや、それを見たくて。まだ産卵シーンも見ていないし、産卵場所への回遊ルートもわかっていないので、是非知りたいですね。さらには親ウナギたちが産卵地点を認識する目印は何なのか、特異点を特徴づけるものは何なのか、磁気異常なのか、重力異常か、それとも海流の乱れなのか、何かその場所にだけある特有の匂いなのか、さらには、どうやってオスとメスが分かれるのかとか、そういう基礎的なことが何も分かってないんです。
岸本 ウナギが南へ行くっていうのは、やっぱりふるさとへ帰るという事ですか。
塚本 そういう事です。起源した場所っていうのは、やっぱり個体にとって強く記銘され、一生忘れられない場所になるし、種の記憶としても遺伝子の中に保存されてるんじゃないでしょうか。ウナギはサケとは逆の回遊パターンをもっていて、海で産まれて淡水にやって来て、そして産卵のためにまた南の海に帰って行きます。こういう生活を何千万年とくり返してきたわけですから、南の外洋という環境はウナギの生態を考える上で重要な意味をもっています。
岸本 ウナギが外海を泳いでるのを見られた事は?
塚本 外海ではないですが、天草でウナギに超音波発信機をつけて追跡した事があるんですよ。沿岸を旅立ったウナギがどういう行動してるかっていうのを調べたかったんですね。そうすると、沿岸では夜間は表層を泳いでたんですね。それが沿岸を離れ、水深が深くなると、昼間は数百mぐらいの深さを泳いでいて、夜は水深100〜200mの浅い層に上がって来ます。一日の内に光にコントロールされて、規則正しい浅深移動をしているんですね。これも一種の回遊です。上下にジグザグの運動しながらマリアナ沖まで回遊します。ですから、日本からマリアナの産卵場まで水平距離は2千〜3千kmと言われてますけど、実際に泳ぐ距離はもっと多くなるかも知れません。
岸本 シラスが日本にやって来る場合、海流はこっちに向かって流れてるから、自然にやって来ますよね。ところが親ウナギがマリアナへ帰って行く時は海流に逆らって行くわけですよね。
塚本 ウナギの生活史の中で一番分かってないのはそこなんです。親の回遊ルートなんですね。日本から産卵場に行くルートは諸説ありましてね、直接目的地に向かってまっすぐコンパスコースで行くんだとか、あるいは海底山脈沿いに迂回して行くんだとか、先生がおっしゃったようにレプトセファルスがやってきた海流を遡って行くんだとか、いろいろありまして、どれが本当なのかまだ分かってないんです。
岸本 ずーっとウナギについて行くわけにはいかないんですか?
塚本 現在AUVという無人の自動追尾潜水艇の開発も行われているんですが、勝手気ままに動く親ウナギをずっとマリアナまでつけていくロボット船の開発にはまだしばらく時間がかかるでしょうね。その代わりに今我々がやっているのは、ホップアップタグという、ブイとアンテナがついているデータロガー・タグをウナギの背中にくっつけて人工衛星を使って位置を知ろうという方法です。セットされた日時に電流を流し、自動でウナギからタグを切り離すと、タグは海面にホップアップしますが、それを1ヶ月後、2ヶ月後、3ヶ月後という風に切り離しの時期を変えておいて、浮き上がって来た位置をつないでいくと回遊ルートが分かると言う寸法なんですけど、いかんせんまだタグのサイズが大き過ぎて、ウナギの遊泳の大きな負担になるものですから、なかなか正常な回遊行動をしてくれなくて、まだマリアナの産卵場まで到達した個体はありません。
岸本 先ほどの産卵場の目印の話に戻りますが、熱帯の海には海水の濃度が急激に変わる領域があり、それが親ウナギの回遊と産卵に関係しているのではという話も聞いたような…
塚本 あっ、そうです、それ、「塩分フロント」って呼んでるんですけど、ウナギの産卵場付近には、塩分濃度の違う大きな二つの水塊が南北に位置して接してるんですよ。その境界の領域がおおよそ東西に走る「塩分フロント」です。北から回遊してきた親ウナギはこれを超えて、より塩分濃度の低い水塊へ入ったとたん、推測ですが、恐らくその水塊に特有な匂いをかぎ取って自分の故郷に帰ってきたと気づき、回遊を止め、産卵モードに入るのではないでしょうか。我々はこの水塊を「ウナギ水」と呼んでいますが、これは西に流れて行く北赤道海流の一部なんです。だからここで親が産卵すると、孵化したレプトセファルスは自動的に西に流されて、フィリピン沖で黒潮に乗り換えて自然に日本にやって来られるということになります。
岸本 なるほど、そうなると、サケだったら産まれた自分の川へ帰って来るけど、ウナギは親が出て行った川へ帰って来るわけではないんですね。
塚本 そのとおりです、みなマリアナ産ですから(笑)。マリアナこそ正確に帰って行かなくてはならない故郷なんです。実は今、シラスウナギの大不漁が3年間も続いてまして、我々研究者も何とかしなきゃいけないと強く思い、色々動き始めました。一つは、台湾と中国と韓国と日本、これらの国の研究者と業界の人が集まって、ウナギを守ろうという「鰻川計画」というのを始めました。シラスウナギの接岸量の長期定量モニタリングと、マリアナに回帰する親ウナギを保護しようというウナギの保全運動です。もう一つは、国がウナギの完全養殖の実現と事業化を目指して「ウナギ統合プロジェクト」という計画を進めていますが、我々大学の研究者もそのお手伝いをしています。海におけるウナギの産卵生態の基礎研究の成果を、ウナギの保全や養殖などの応用に役立てたいと思っています。
岸本 今日は本当に面白いお話し、ありがとうございました。
EYES
ウナギの産卵場所を巡って、 人類は長年探索を続けて来ました。
日本の食文化の三本柱「寿司」「天ぷら」「鰻」、
この一角の灯が消える事のないようにすることが、ウナギの生態研究に携わった者のつとめ。
ウナギは淡水魚? 海水魚? ウナギはどこで産まれる?
日本で年間10万tも食されているウナギ。蒲焼、白焼、ひつまぶし、う巻、肝吸など鰻料理のバリエーションは知っていても、自然界での生態は長年の間ほとんど知られていませんでした。なかでも最大のミステリーがウナギの産卵場所で、2000年余りもの間、人類はウナギの産卵場所を探して来ました。
その探索に決着をつけたのが、東京大学大気海洋研究所教授・塚本勝巳先生です。
ウナギは約1億年前の白亜紀に現在のインドネシア付近の海域で誕生し、その後、種が枝分かれして、現在では19種が熱帯から温帯まで広く分布しています。
ヨーロッパでは、約2400年前、ギリシアの哲学者アリストテレスが「ウナギは泥から生まれる」と考えていたことが記されています。それから約2000年の空白を経て、17世紀にイタリアの医学者フランチェスコ・レディがウナギの稚魚シラスウナギの生態を研究、さらに19世紀末、同じくイタリアの動物学者ジョバンニ・バッチスタ・グラッシィらは地中海メッシーナ海峡でレプトセファルス(透明な柳葉形の幼生)を採取、これがウナギの幼生である事を示しました。
1922年、ウナギ研究において大きな進展がありました。デンマークの海洋生物学者ヨハネス・シュミットが、孵化後2〜3週間経った体長10mm以下のレプトセファルスを大西洋バミューダ島南東の海中で発見、ヨーロッパウナギの産卵場が大西洋のサルガッソ海である事を突き止めたのです。ヨーロッパから数千kmも離れたウナギの産卵場発見に当時の人々は驚嘆しました。しかしここでは、ヨーロッパウナギの産卵場所はサルガッソ海らしいとわかっただけで、まだウナギの卵も親ウナギも発見されてはいませんでした。
一方、日本のウナギ「ニホンウナギ」については、1967年にレプトセファルスが一匹台湾とフィリピンの間で採取された事がきっかけとなり、1973年、東京大学海洋研究所(当時)が擁する研究船「白鳳丸」による本格的な産卵場探索が始まりました。この船に一人の若者が乗り込んだ事が、ニホンウナギの産卵場探索を大きく前進させることになりました。その若者が前述した塚本勝巳、その人です。
ウナギの内耳にある耳石(じせき)には1日1本ずつ刻まれる同心円状の輪紋「日周輪」があります。この日周輪を計数してその個体の日齢を知り、これを採集日から逆算して個々の孵化日を推定することができます。塚本先生は日本にやって来たシラスウナギの耳石から孵化日組成を調べ、それまで冬と思われていたウナギの産卵期が夏であることを見いだしました。また、産卵推定海域を碁盤の目状に分けて網羅的にデータを取る手法(グリッドサーベイ)を導入し、地道で組織的な調査を実施しました。
その結果、1991年の調査航海において、マリアナ諸島西方海域で、孵化後2〜3週間で、体長が10mm前後のレプトセファルスを約1000匹も採取することに成功しました。この海域がニホンウナギの産卵場所であることが明らかになったのです。採取された大量のレプトセファルスの写真は、その翌年、著名な科学雑誌「ネイチャー」の表紙を飾りました。
さらに、ピンポイントで産卵地点を特定するために、ウナギ卵採集を目標に調査研究は続きました。採取したレプトセファルスの耳石の解析から、孵化日のピークが各月の新月にあたる日であることを見いだしました(新月仮説)。また、レプトセファルスの採集場所、体サイズ、海流データ、海底地形など統合的に検討して、産卵場所はマリアナ諸島の西方に位置するスルガ海山、アラカネ海山、パスファインダー海山の存在する海域ではないかと考えました(海山仮説)。これらの仮説を組み入れた調査航海を実施し、2005年6月には、スルガ海山の西、約100km地点で孵化後2日目(体長5mm以下)のプレレプトセファルスを発見し、2009年5月には、上記3海山を含む西マリアナ海嶺の南端部で、ついに世界で初めて、ウナギ卵の採取に成功しました。人類史上、誰も手に出来なかった天然のウナギの卵です。
産卵場所は解明されたが、日本から遠く離れた西マリアナ海嶺にある産卵場所まで、どんな経路を通って回遊しているのか、その際、何を目印にしているのか?広い海の中でオスとメスはどのようにして出会うことが出来るのか等々…まだまだ沢山の謎が残っていると塚本先生は言っておられます。
近年、国内で捕獲されるシラスウナギの数が激減しており、ウナギ養殖のみならず、種の保護の観点においても大きな問題になっています。日本の食文化の三本柱は「寿司」「天ぷら」「鰻」、この一角の灯が消える事のないように、ウナギの有効な保護のために研究成果を活用することが、ウナギを研究した者が社会のお役にたてること、と先生は話しておられます。
塚本先生の今後のご活躍に期待がかかっています。