LF対談

研究で大事なのは「当てたい」と
ずっと思いつづけていることのような気がします No.79(2016.10)

奈良先端科学技術大学院大学 特任教授、岩谷産業株式会社 取締役
村井眞二 氏

公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岸本忠三 理事長

企業での長期研究が少なくなり新たな形の産学連携に注目も

岸本 『LFニュース』の対談としては今回、初めて工学部ご出身の方として村井眞二先生をお招きしました。

村井 光栄です。

岸本 村井先生も私と同じ大阪大学出身で、私より1年先輩でした。その後、私が阪大の総長だったころ、先生は工学部長をしておられましたね。どんな研究をされていたかはよく知らなかったけれど。

村井 科学を大事に思っている方が総長で、研究はとてもやりやすかったですよ。でも、入学試験のあと工学部に来られて「あんたたちのとこね、あんな最低点で学生を入れたら阪大のレベル落ちるよ」とだけ言って帰っていかれて。なかなかなものでした(笑)。岸本先生のほうが先輩のような気がします。

岸本 いえいえ(笑)。それで、いま先生は岩谷産業におられるんですか。

村井 ええ。新設の中央研究所の所長を引き受けて、6月末からは社外取締役になりました。

岸本 奈良先端科学技術大学院大学にも所属されていて、以前は副学長もしておられましたよね。

村井 はい。副学長だったころ新型の産学連携を始めたんです。よくある大学のシーズと企業のニーズを合わせるという形でなく、ゼロベースで新しいアイデアをいっしょに考えていく形のものです。企業の研究所長や常務取締役レベルの方に話をもっていくと「予算が厳しくて」などと言われてしまいますが、経営トップに話をもっていくと「よしやろう」と二つ返事で言われることが多い。長い将来を見据えた研究が少なくなり、経営トップが焦っている現れではないかとも思いますね。

触媒のルテニウムに“仲良し感”を抱いていた

岸本 村井先生のご研究の話に移りますが、炭素と水素の結合というものはとても安定なものらしいですね。

村井 はい。

岸本 それで村井先生は1990年代、その結合を切って炭素のところに別の化合物をくっつけることに成功されたそうですね。

村井 はい、そうです。最初に発見したのは1993年でした。ただし、そのヒントは発見の30年くらい前に出ていたんです。

岸本 なんだか、遷移金属を大量に使うとか……。

村井 そのとおりでして、アメリカ、それにイギリスで、遷移金属元素というわりと重い元素を使えば、炭素-水素結合を切れることが見つかっていました。けれども、元素1つで結合1つしか切れないという効率の悪いものだったので、元素1つで結合が100も1000も切ることはできないかと世界の研究者が競争を始めたんですね。
でも、私たちがこの研究を始めたころは、もうすでに炭素−水素結合を効率よく切ることはできないのではないかという厭世的な雰囲気に満ちていました。すごい数の研究者がすごい時間をかけたけれど見つからず、疲れ果てていたと思います。それでも、私は見つけられたらいいなと思って研究を始めたんです。

岸本 それで先生は、少ない量の触媒で水素−炭素結合を切る方法を見つけられたわけですね。なんという元素を使われたのですか。

村井 ルテニウムです。

岸本 ルテニウム。これで炭素と水素の結合を切れば、切れたところになにかをつないで、ちがうものをつくることができるようになるわけですか。

村井 そのとおりです。元の物質より付加価値の高いものができます。

岸本 どうして、ルテニウムを触媒に使おうと考えたんですか。

村井 私たち自身、まったく別の研究でルテニウムを使っていたのですが、かなり前から、金属のなかでもルテニウムについては“様子がちがう”ことがわかっていました。それが発見の伏線にあったんです。

岸本 様子がちがうというのは……。

村井 その伏線となった研究では、AとBという分子と水素分子(H2)をくっつける反応があったのですが、H2を似たような反応を示すH-Si結合に置き換えたらどうなるかを研究しました。触媒としての金属をいろいろ調べた結果、3つをくっつける反応には、AとBに得意な金属とBとH-SiR3に得意な金属の重なりがあると分かりました。ルテニウムはBとH-SiR3をくっつけるのに有効だとわかっていました。でも、AとBをくっつけるのに有効かどうかはわかっていなかった。じゃあ、AとBをルテニウムでくっつける実験をしたらおもしろいことが起きるのではと考えて、実際やってみると、それまでとちがう新しい反応が見つかりました。
そんなことから、「ルテニウムは、頼めばいろんなことをやってくれる」って思っていて“仲良し感”をもっていたんです。

「当てたい」と思いつづけることが大切

岸本 村井先生がルテニウムを触媒にして安定な結合を切ることを見つけるよりも前に、ほかの人たちはパラジウムという別の金属を触媒に使う研究をしてきたのですよね。たとえば、ノーベル賞をとられた鈴木章さんとか、根岸英一さんとか……。

村井 そうです。鈴木さんや根岸さんの研究は炭素とハロゲン、特に炭素と臭素などの結合をパラジウムで切るというものです。

岸本 鈴木さんや根岸さんがノーベル賞を受賞されたのに、同じように安定的な結合を切ることに成功した村井先生にはノーベル賞は行かないんですかね。

村井 ノーベル賞には「4人目の悲劇」といった話がいっぱいありますね。でも私の場合、「10人目」にも入っていませんよ。

岸本 そうなんですか。なにか原理原則がちがうんですか。

村井 ええ。鈴木先生や根岸先生の研究は、安定な結合というより、むしろ切れたがっている結合を切って、そこに上手に別の化合物をつなげていくような感じです。私の研究のほうはというと、切られるのを嫌がっている結合を切ったわけです。そのことは初めてではありました。

岸本 私たちからすれば、結合を切って別の化合物をくっつけたのだから、みんないっしょだとつい思ってしまいます。

村井 そうですね。そう思えるかもしれませんが、化学の世界ではかなりちがうものなんです。炭素と水素の結合を切るのには、はるかに桁違いのエネルギーがいる。炭素と臭素の結合を切っている隣には炭素と水素の結合がいっぱいあるわけですが、びくともしません。

岸本 中学や高校で習った元素の周期表といったものは、もう忘れてしまったけれど、あの周期表のどの列の元素にどんな特徴があるかなどを考えながら、触媒とかを探していくわけですか。

村井 はい、それも基本的にはありますね。加えると、なにか大きな発見をしようと思ったら、見込みがあってとりかかる場合と、運を天に任せてとりかかる場合と、両方あるんじゃないかと思っています。

岸本 村井先生の炭素と水素の結合が切れる反応の発見は、どっちでしたか。

村井 どちらかといえば、運を天に任せていた要素はありますね。たとえば、XとYとZという物質を混ぜるとします。Xにあたる物質の種類を5つ替え、同じくYとZもそれぞれ5つ替えるとする。さらに溶媒の種類も5つ替えて、温度も5つ、反応条件も5つ替えるとします。それだけでもう1万通り以上を試してみなければならないことになります。
でも、大事なのは「これなら当たる」と思うよりも、「当てたい」とずっと思いつづけていることのような気がしますね。

岸本 そう思いつづけていると当たってくるわけですか。

村井 確実に当たります。だって、当たるまで「当てたい」と思いつづけてやめないのだから、最後には当たるでしょ(笑)。

岸本 ああ、やめないから(笑)。

研究者たちが前向きになった医薬・農薬分野でも応用進む

岸本 炭素と水素の結合を切る反応を村井先生が発見された成果は、どのような影響や応用をもたらしたんですか。

村井 結合が切れることがわかると、世界中の研究者たちは楽観的になったと思いますね。それまで「だめだ」「できない」と思っていたのが「よし」となって。

岸本 先生の研究室の方々にも「この研究のことはまだだれにも話さないように」と秘密にしておいて、それで『ネイチャー』で発表されると、研究者たちに広く知れわたってみんなが関連の研究をやりだしたんですよね。どんな広がりがありましたか。

村井 研究のことでいえば、たとえば中国出身の研究者たちだけで100グループがこの反応についての研究をしていますね。それだけの新しいことが続々と出てくる分野に育っています。

岸本 新しいものが開発されたといったことではどうですか。

村井 医薬や農薬の分野で、この原理をお使いになっているところはあります。あと、電子材料をつくるときにもお使いになっています。

村井眞二 氏

村井眞二 氏

奈良先端科学技術大学院大学 特任教授、岩谷産業株式会社 取締役

1938年大阪府生まれ。61年大阪大学工学部卒業。66年大阪大学工学部助手。67年米国ウィスコンシン大学研究員。89年大阪大学教授、2002年退官。この間、大阪大学先端科学技術共同研究センター長、工学部長を兼務。01〜05年関西TLO(株)取締役。(独)科学技術振興機構で01〜07年さきがけ研究「合成と制御」領域統括、01〜10年イノベーションプラザ大阪館長、03年研究開発戦略センター上席フェロー、06年同特任フェロー。01年(社)有機合成化学協会会長、05年(社)日本化学会会長、09〜13年奈良先端科学技術大学院大学理事・副学長。13年岩谷産業中央研究所所長、16年同取締役。15年文部科学省研究振興局技術参与。15年米国NPO法人Pacifichem.Inc.理事。受賞は、98年日本化学会賞、05年有機合成化学協会特別賞、06年藤原賞、10年日本学士院賞、16年朝日賞など多数。13年瑞宝中受章。専門は有機合成新手法の開発。著書に“Activation of Unreactive Bonds” Springer, N.Y.(1999)ほか。

「化学はこれからの分野」基礎にも応用にも多くの課題

岸本 村井先生は、化学の分野をずっと牽引なさってこられました。これからの化学で大事なことはどんなことになりますか。もう、だいたいのことは研究しつくされているのでしょうか。

村井 いや、そんなことはないと思いますね。私の感覚では、まだほんの一握りのことしか化学で明らかにされていません。できないこともまだいっぱいあるんです。

岸本 どんなことですか。

村井 たとえば、ベンゼンと酸素からフェノールをつくる。ベンゼンとアンモニアからアニリンをつくる。二酸化炭素とアミンからアミノ酸をつくる。これらはできません。できないことのほうがはるかに多くて、できればすごいと思えることもまだたくさんあります。
新しい方法で物質をつくりだすといった化学の上流の研究だけでなく、実生活にかかわることでもやるべきことはいっぱいあります。身近な例では、自動車を電気で走らせたり水素で走らせたりするという課題があります。こうした技術は、ほとんどが化学の話で成り立っているんです。
それと電子材料では、いま液晶テレビが市場を制覇していますが、液晶の挙動、色、耐用性などはすべて化学がかかわってきます。さらに、有機ELディスプレイも有機化合物を用いてエレクトロルミネッセンスという発光現象を起こすということで、化学がものをいう技術です。こうした家電の最終製品については、営業力や決断力の差で日本は韓国などに負けてしまっていますが、素材についてはやはりずっと強くありつづけています。素材の開発では、化学の貢献が大いにあります。
製品を作ったり動かしたりするのにも、原料をどうするかという課題があります。これも化学の話です。
岸本先生が携わっていらっしゃる創薬の分野では、まあたしかに分子量が小さい医薬は最近やや下火ではありますけれどね。

岸本 私などから見たら、創薬の3分の2くらいが培養によるものとなっていて、低分子化合物の合成の時代はもはや終わったような感じもしてしまうのですが。

村井 そういう感じなのでしょうかね。でもその一方、ジェネリック医薬品については、企業がもとの薬の10分の1の価格で売ることを目指そうとすれば、化学を駆使することが必要になってきます。
化学が解決すべき課題はやはり多くあるんじゃないでしょうか。

「元素戦略」で日本により大きな競争力を

岸本 村井先生はよく日本では「元素戦略」というのが大事とおっしゃっていますね。これはどういうことですか。

村井 簡単に言うと、元素についての知を極めていかなければいけないということです。

岸本 元素の話題だと、最近「ニホニウム」と名づけられた113番元素の成果が話題になりましたね。1000分の何秒というほんの一瞬だけ存在しているという……。

村井 ええ。これは純粋な科学の成果だと思っていて、たしかにこうした研究もやらなければならないと思っています。発見や合成をめぐる競争は“勝てば官軍”の世界ですが、そこで日本の存在力を示せたという点で、巨額の研究費を使った見返りは大きかったのではないでしょうか。ただし、私の考えている「元素戦略」とは範疇の異なるものです。

岸本 純粋な科学のほかに、社会での実用性という点での競争があるわけですね。

村井 そうです。歴史を見ると、人類の生活を変えるような役立つことは元素についての知を極めることで起きているんです。たとえば、シリコンという元素の知見が進んだからこそ、半導体の技術が高まり、携帯電話やスマートフォンが普及し、人びとの生活を一変させたんです。
ほかに、いまは「ネオジウム」という元素も強力な磁石としての性質がわかってきて、携帯電話やスマートフォンの着信時の振動などに使われたりしています。元素のことがわかれば、役に立つものが生まれる、効率性が高まるといった例はたくさんあるんです。日常生活は元素でできているといってもよいくらいです。

岸本 そんなにですか。

村井 はい。けれども、そうした元素のなかで、日本が産出できるものはほとんどありません。外国からのものに頼っているかぎり、供給量が不足するおそれはいつもあります。「これが使えないなら、この元素を使えばいい」といった状況をつくりだすためにも、元素についての知をもっと極めていかなければならないと思います。

岸本 さまざまな選択肢をもてるようにしておくわけですね。

村井 ええ。「技術ストック」といいます。これから先も技術ストックを増やしていかなければなりません。

生物学者や物理学者の化学ぎらいをつくってはならない

岸本 村井先生は「これからは化学の時代だ」とも述べておられますね。元素があらかた見つかって、化学の時代は終わったんだと思ってしまっていたのですが、先生がおっしゃるにはそうではない……。

村井 ええ。たとえば岸本先生が携わってきた生物学の世界でも、また物理学の世界でも、起きている現象を精密に描こうとしますよね。物質が細胞を貫通するとき、ここに引っかかる、ここに駆動力があって中に入っていく、と。そうした精密な描写では、化学の用語がやはり使われるんですよね。精密なメカニズムを解明したり制御したりしようとかしたら、やはり行き着くのは化学なんです。生物学の世界では、化学がまだまだ活躍できていない。私の考えでは、まだ幼稚園段階だと思います。

岸本 分野融合はこれからの課題ですね。

村井 ええ。生物学と化学の研究者どうしが、あるいは物理学と化学の研究者どうしが手を携えて取り組むべき領域は、いまとても広がっていると思います。
たとえば計測技術が発達して、生体の微細な部分まで観察できるようになってきましたよね。原子や分子のレベルのことを正確に表そうとすると、化学の用語を使わざるをえないと思うんです。だから、生物学の研究者に化学ぎらいをつくってはならないと思います。物理学の分野の人にも化学ぎらいは多い気がします。少なくとも、化学に対するアレルギーをつくったら、日本は世界に負けてしまうと思うんです。だから生物学でも物理学でも、もっと化学とのかかわりをもって教えていかなければなりません。

岸本 先生の化学への思いが伝わってきます。ありがとうございました。

EYES

結びつきの強い炭素−水素結合を効率的に切断
そこに新たな結合を付加して有機化合物をつくる

触媒に遷移金属元素「ルテニウム」を利用
研究と社会実用の両面で応用が進む

多くの物質は、原子と原子が結合して成り立っていますが、その結合のしかたによって物質の化学反応の起こりやすさが異なってきます。例えば、原子どうしがおたがい電子を提供しあうことで結びついている共有結合では、結びつき方が非常に強くなることが知られています。

有機化合物における結合として、炭素と水素の結合があります。これは、炭素原子が電子を1個、水素原子が電子を1個それぞれ提供しあう共有結合のひとつであり、やはり結びつきが強く、化学反応の起こりにくい不活性な結合といえます。そのため、炭素-水素結合を起点に新たな有機化合物を合成するようなことはまずもってできないだろうと長年、考えられてきました。

しかし、強く結ばれた炭素−水素結合を切断することができれば、炭素に水素以外の原子を結合させて、新たな有機化合物を合成することが可能となります。そこで、化学者たちは、炭素−水素結合を切断させることに挑んできました。1960年代には米国、そして英国の研究者たちが、遷移金属元素という、周期表の3族から11族までに位置する元素を触媒として用いることにより、炭素−水素結合を切断できることを見出してはいました。しかしながら、この切断のしかたでは大量の遷移金属が必要となるため、効率的ではありませんでした。

それからおよそ30年後、炭素−水素結合を高効率に切断して活性化する方法が確立されました。それが今回の対談で登場していただく、村井眞二氏による研究成果です。

村井氏は1993年、炭素−水素結合を高効率に切断するのに、遷移金属元素の一つであるルテニウムの錯体を用いました。ルテニウムとは、周期表の左から8列目にあたる白金族の遷移元素の一つで、銀白色をした金属です。また、錯体とは、金属元素(ここではルテニウム)などを中心にして、周囲にイオン、原子、分子などが規則正しく配置された原子集団をいいます。村井氏は、ルテニウム錯体を触媒として、芳香族ケトンという官能基のオルト位の炭素−水素結合を切断した上で、オレフィンという二重結合をもつ炭化水素に付加することのできる反応を発見しました(図)。この反応では、従来の大量に遷移金属を使用しては廃棄していた過程とちがって、多くの場合、選択性(必要な物質のみを得て不要な化合物を取り除ける割合)も大変高く、収率(理論的に得られると予想される化合物の量に対して実際に得られた量)も90%程度以上で、生成物を得ることが可能です。これまでにない画期的な効率で、炭素−水素結合を切断させることに成功したのです。

また、村井氏は、炭素ー水素結合だけでなく、利用がむずかしかった炭素−炭素結合、炭素−酸素結合、炭素-窒素結合、炭素−フッ素結合などの切断を経て有機化合物を変換する反応の開発にも成功しています。村井氏によるこうした研究成果により、化学の研究分野では新たな潮流が生まれました。それまでも、遷移金属錯体を触媒として用いた有機化合物の変換方法として、パラジウムやロジウムといった元素が用いられてきましたが、現在はルテニウムを用いる新たな時代を迎えています。
社会での応用も広まりつつあります。炭素−水素結合を切断し、そこに新たな結合を付加することにより、医薬分野では冠動脈疾患や高血圧などの循環器系治療薬の創薬開発が進められています。また、農薬分野ではこの反応を応用して園芸用殺虫剤が開発され、すでに発売されています。他に、電子材料の合成への応用なども有望視されています。

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