LF対談

見方をすこし変えるだけで さっと解けた。代数幾何学のそうしたところに 惹かれました。 No.95(2022.2)

京都大学高等研究院特別教授・院長
森 重文 氏

公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岸本 忠三 理事長

数学が好きになったきっかけは「ロールケーキ」と『大学への数学』

岸本 森重文先生は、2021年に文化勲章を受章なさいました。おめでとうございます。

ありがとうございます

岸本 森先生とのことで僕が覚えているのが、1990年におたがいに文化功労者に選ばれたときのことです。皇居に参るとき、僕は財団前理事長の岡田善雄先生から「皇居へはハイヤーで行くように」と言われてそうしたのですが、森先生はタクシーでこられて、帰りは僕のハイヤーでいっしょに帰りましたよね(笑)。

そんなことがありましたね(笑)。今さらですがありがとうございました。

岸本 『LFニュース』の対談ではずっと生命科学関連の研究者をお招きしてきましたが、果たしたかった数学者の方との対談をできればと思い、森先生におこしいただいた次第です。
数学といったら僕にはむずかしいイメージがあるけれど、そもそも森先生はなぜ数学をやろうと思われたのですか。

二つほどポイントとなる機会がありました。一つは、小学生時代、学習塾に通っていたことと関係しています。成績がよいわけではなく、算数への興味もなく、塾でただ過ごしていたんです。でも4年生のときだったでしょうか、塾の先生が鶴亀算のクイズを出して、「解けた人にはロールケーキをあげるよ」と言われました。ロールケーキは、何人分にも切ることができるから、よく考えられていましたね。結局、私だけ解くことができて、ケーキ1個を独り占めしちゃったんです。わざわざ先生が、家までいっしょにきて親にご褒美の説明をしてくれて。親がとても褒めてくれたんです。そのときの「算数ができた」という記憶が刷り込まれたのでしょうね。
 もう一つは、高校時代、本屋でたまたま『大学への数学』という雑誌を手にしたことです。「学力コンテスト」という読者参加型の企画があって、その問題を解くことができました。大学受験の問題とちがって、「これを解けるか! さぁ解いてみろ」といった類のもので、考える力が試されるんです。高校の先生とも解法について話したり、解法に感動したりというのがありました。2年生のころから本格的に学コンの問題の解答を出版社に送るようになっていました。

広中平祐先生の「絵描き」に心打たれる

岸本 数学の中でも、森先生は「代数幾何学」をやっておられるのですね。代数といったら、「x2+y2がなんぼ」といったもので、一方の幾何といったら三角形とかの図形が出てきて、といった印象です。「代数幾何学」はその合わさったものということでよろしいのですか。

そうです。代数と幾何とを両方組み合わせます。「幾何をやるのに代数を使う」ということです。たとえば、幾何で扱う「単位円」は、原点を中心とする半径1の円ですが、これを代数で「x2+y2=1」と表すことができます。

岸本 どうして代数幾何学を専攻しようと思われたのですか。

はじめは、大学時代の自主ゼミで代数の本を取り上げることになったんです。ちょうど京都大学に入学したときは大学紛争の只中で、授業が半年間なかったんですね。帰郷してしまった人もいたけれど、私は残って友人と自主ゼミをやったんです。そのとき選んだ本が代数関連のものでした。そのなかに「代数幾何学」の分野が載っていて、だんだんと興味が向かうようになりました。

岸本 僕なんかは、代数幾何学といわれても、正直おもしろさがわからないけれど、森先生は代数幾何学のなにがおもしろいと思ったんでしょう。

大学生当時、代数幾何学をやるか整数論をやるかで迷っていましたが、代数幾何学のほうは図形を見ることになるので視覚に訴えるものがあって、自分にはピンときたんです。大学3年生のときに、帰国されていた広中平祐先生が京都大学で「代数幾何入門」という集中講義をされていたんです。それで、射影空間とよばれる標準的な「入れもの」みたいなものに入らない3次元代数多様体があるという話は知っていたのですが、広中先生に講義後、「どうしてそういうものがあるのですか。どうやって証明するのですか」と伺ってみたんです。すると、広中先生は「それはこういうことだよ」と言いながら、さらさらっと絵を描かれたんです。その絵に「ああ、なるほど!」と妙に納得したんですね。それで代数幾何学にほれた感じです。

岸本 僕は、「この病気はなんで起こるんや。どうにか治したい」という気持ちがあって生命科学の研究を始めたのですが、数学の場合は……。森先生はどう役に立つと思われたのですかね。こんなの聞いたら怒られるかもしれないけれど(笑)。

いえいえ。私には役立てるとか役立ちたいといった感覚は一切なかったんです。自分はなにもできないというところから始まって、そんな自分が興味をもてる分野が代数幾何学だったということです。

岸本 なんで興味をもてたんですか。

解けないと思っていたのに、見方をすこし変えるだけでさっと解けた。数学の、特に代数幾何学のそうしたところに惹かれましたね。

岸本 それはどんなことでしょう。

たとえば、初等幾何の話でいえば、補助線ってありますよね。あれはその真髄です。補助線を一本引いたとたんに解ってしまうという。
 あと、今日は図ももってきましたけれど、「正方形5個を十字形に並べます。これを2度切り、4つに分割し、それらを組み替えて正方形をつくれ」といった問題も、見方を変えることでさっと解けてしまいます。この問題、岸本先生だったらどう解くでしょう。

岸本 うーん。どうするかな……。

論理的に考えてみると、正方形5個を組み替えて出来る正方形の面積はもとの正方形の面積の5倍ですね。だから、面積5倍の正方形の1辺の長さは、5になります。すると、「直角三角形の斜辺の長さの2乗は、ほかの2辺の長さの2乗の和に等しい」という三平方の定理から、5というのは辺の長さが1と2の長方形の斜辺になるとわかります。こうして切る形を求めていくことができます。(答えはこちら

岸本 新聞に出されるクイズみたいなものですかね。

おなじようなものです。たんに数学的発想のおもしろさがあるだけで、こうしたものはなにかの役に立つという話ではないんです。

岸本 僕らは、病気の方の体を診ていて、まさにここに問題があるから「どうにか解決しよう」と思うわけです。けれども、数学では、ここに問題があるというのとはちがうでしょう。

でも数学にも、まだ答の知られていない問題は世の中に多くありますよ。「こういうことができるといいなぁ」と思われていながら、どうやればよいかわからないような問題が。

4次元、5次元、高次元は「あるものだ」と考える

岸本 図形というものも、なにもかも見えるものじゃないんですか。

平面上には描けないような図形は、あります。

岸本 平面に描けないとしたら、どこに描けるんですか。

たとえば、x、y、zという変数を並べて方程式を立てるとしますよね。その方程式の解全体を考えるとします。そのときwという変数を加えたら次元が1つ上がるわけです。こうして4次元、5次元と、いくらでも次元を高くすることはできます。でも、4次元や5次元を平面の上に描こうとしてもそもそも無理な話じゃないですか。

岸本 1次元、2次元、3次元ぐらいまではわかります。でも、4次元や5次元となるとわからなくなる。4次元や5次元は、いったいどこにあるんですか。

それはもう、「そういうものがあるのだ」と数学者は考えるものなんです。
あると思わないと、なにもかも「見えないものは存在しない」という話になってしまいます。たとえば、岸本先生も、医学の研究でいろいろな検査をして、患者さんの診断データを出しますよね。そのとき、3つや4つでは済まない、たくさんの変数が出てきますよね。その1個1個を見ていくと、全体のことが見えてきて「こういうことか!」とわかる病気もあるのではないでしょうか。そのとき、「この全体は実在しているのだろうか」なんて考えたりはしませんよね。おなじように数学でも、1個1個の点を考えていくと、高次元の図形が見えてきて答が見えるということがあるわけで、そのとき4次元や5次元が実在するかどうかという話にはならないのです。

岸本 頭の中で4次元や5次元が見えているわけですか。

なんといいますか。より見やすくするための工夫は要ります。低次元のうちはアナログ的に思考したり発見したりすることも多くあります。でも次元が上がっていくと図を描けなくなるので、そこは代数でデジタル的にきちっと証明するといった手順になります。

感受性と固執は強いほう

岸本 森先生のご研究について、その入口だけでもお聞きできればと思います。森先生はフィールズ賞を受賞されましたが、そのスタートとなる最初の業績はどういったものでしたか。

私はずっと代数多様体についての研究をしてきました。代数多様体とは要するに図形、言い換えると空間のことです。空間がどう曲がっているかを研究するのが基本です。プラスに曲がっているときは「シャボン玉」のような形になります。曲がっていないときは平坦です。マイナスに曲がっているときは「馬の鞍」のような形になります。
最初に取り組んだのは、「ハーツホーン予想」を証明するというものでした。その問題は、「もし、どんな方向に行ってもプラスに曲がっていたら、それはどういう空間の形か」というものです。それで、私は「至るところプラスに曲がっているような空間は、シャボン玉のような形のものしかない」ということを解いたのです。それは「射影空間」とよばれる図形です。
さらに「至るところプラスに曲がっている空間は射影空間でしかない」ということが、どんな次元でもいえるということを証明しました。

岸本 4次元でも、5次元でも、それがいえるわけですね。でも、4次元とか、5次元とか……。本当は存在しませんよね……。

存在します!

岸本 頭の中では、存在する。

頭の中で存在します!

岸本 うーん。やっぱりフィールズ賞を受賞されるような方は、頭がよいってことでしょうか。

頭がよいとは思いません。

岸本 なにがちがうんでしょうかね。

一つは、感受性の問題かもしれません。

岸本 感受性ですか。

はい。見たものを「好き」と思ったり、問題を前にして「こうやってみよう」と思ったりということです。岸本先生が研究されてきた生命科学にも解くべき問題は昔からあって、研究者はいろいろな見方をして取り組まれていますよね。そのとき「こうやってみよう」と思うのは、その人の感受性によるものではないかと思うのです。

岸本 感受性のちがいだけですか。

あとは、固執の傾向もあるでしょうか。数とかに極端に興味をもって固執するような。でも、これもやはり何に興味をもつかの話であり、人の体に興味をもてば「病気を治したい」と思って、そのことに固執するのではないでしょうか。

森 重文氏

森 重文氏

京都大学高等研究院特別教授・院長

1951年、愛知県生まれ。73年京都大学理学部卒業。75年同大学理学研究科修士課程修了。75年同大学理学部助手。77〜80年ハーバード大学助教授。80年名古屋大学理学部講師。82年同助教授。85〜87年コロンビア大学客員教授。88年名古屋大学理学部教授。90年京都大学数理解析研究所教授。91〜93年ユタ大学客員教授。2011〜14年京都大学数理解析研究所 所長。16年から現職。15〜18年国際数学連合総裁も兼務。代数幾何学の主要な研究対象である代数多様体に関する研究をおこない、同分野の難題「ハーツホーン予想」を解決。三次元代数多様体の極小モデルの存在を証明し、日本人で3人目となるフィールズ賞受賞者となった。受賞は日本数学会彌永賞、日本数学会賞秋季賞、井上学術賞、アメリカ数学会コール賞、日本学士院賞、フィールズ賞、文化功労者、米国芸術科学アカデミー外国人名誉会員、藤原賞、日本数学会賞小平邦彦賞、京都府文化賞特別功労賞、文化勲章ほか。日本学士院会員、トリノ大学名誉博士号、名古屋大学特別教授、ロシア科学アカデミー外国人会員、米国科学アカデミー外国人会員、英国ウォーリック大学名誉博士号。

「役に立つ」数学もある

岸本 先ほどは、数学の興味と、役立つかどうかは別というお話がありました。そうすると、数学が役立つということはないんですか。たとえば、建物を建てるときに役立つとかいったことは。

数学がなにかの役に立つという話は沢山あります。

岸本 たとえば、どんなものですか。

「フーリエ変換」という数学の手法がありますが、これが医療の画像診断で使われている核磁気共鳴映像法(MRI)に役立てられています。フーリエ変換は、イメージ的に説明すると、重ね合わせの波から一つ一つの波を見つけ出せるものといえます。オーケストラでいえば、いろいろな楽器の音が合わさっているなかで、その音楽を聴いて1個1個の楽器の音を取り出せるような感じです。
それで、MRIは強力な磁場を出していて、その磁場の中に、人の体が置かれることになります。人の体は水素が満たしているので、磁場の中に置かれると電磁波を出すんです。電磁波には周波数と振幅がありますが、周波数は、水素が磁場中のどこにいるかで決まります。振幅のほうは、水素原子の数に比例します。水素がたくさんあれば、振幅は大きくなります。
そうして出ている電磁波の全体をコンピュータがフーリエ変換します。すると、水素原子がどこにどれくらいあるかがわかります。それを計算することでMRIの画像が出力されるというわけです。

岸本 フーリエ変換があることによって、MRIがつくられたわけですか。

はい。フーリエ変換そのものがなにをするという話ではないですが、フーリエ変換を使ってMRIを開発した人がいるわけですね。ノーベル医学生理学賞を受賞されていました(2003年、米国のポール・ラウターバーとピーター・マンスフィールド)。

岸本 ほかにも数学が役立つ例はあるんですか。

はい。数学の「リーマン空間」が、物理学の相対性理論に役立ったという話も紹介できます。リーマン空間というのは、抽象的な図形や空間で距離や面積を論じるために導入された空間のことです。これがアインシュタインが相対性理論を記述する基本的な言語の役割を果たしたのです。アインシュタインが空間を考えるときは、リーマン空間の概念がないとできませんでした。
ほかにもわかりやすい例では、「巡回セールスマン問題」という数学の問題の応用もあります。セールスマンが多数の都市をすべて巡回するのに、その最短の巡回経路を求めるというものです。応用数学の研究者が考え出したものですが、これがじつはコンピュータの基盤配線や中央処理装置(CPU)などのデザインに役立てられているのです。配線を短くできれば効率は高まり、熱は下がりますからね。

やり残していることを解決したい

岸本 僕と森先生は年齢では一回りちがいますね。僕は80歳を超えて、物事の理解も発想も昔のようにはいかなくなってきました。数学者の場合はどうなんでしょう。フィールズ賞の受賞者だって、40歳までと決まっているでしょう。

たしかに新しい発想が求められるという点では、若い頭脳が必要ということはありますね。ただし、50歳を過ぎて数学の素晴らしい成果を上げるような人もいます。

岸本 先ほどの、「ハーツホーン予想」を森先生が証明したのは何歳ぐらいのときでしたか。

あれは30歳直前ぐらいですね。

岸本 いまも、数学はやっておられるのですか。

はい。まったく新しいことをやるような自信はありませんが、やり残していることはあって、それは解決したいと思って取り組んでいます。

岸本 どんなことですか。

三次元の話になりますが、端収縮射というある種の写像をすべて分類しておきたいと思っているんです。以前は、そこまで細かい分類をしていませんでしたが、後にいろいろなことが知られてくるようになったので、これは自分の手できちっとやっておきたいという思いはありますね。

岸本 うまくいくことを願っています。今日はありがとうございました。

EYES

「代数幾何学」を20世紀の 代表的な数学分野にした大きな成果

「極小モデル」理論の確立で、3次元代数多様体の
分類問題の研究が大きく発展

今回は数学についてのお話です。数学の一分野に、「代数幾何学」があります。20世紀の数学で最も活発な研究分野となったともいわれます。
みなさんの年代によっては「代数・幾何」という高校数学の科目を習ったことを覚えている方もいるかもしれません。「代数」とは、数の代わりに文字を使って計算の法則や方程式(代数方程式といいます)の解法などを研究する分野です。また「幾何」は、図形や空間の性質を研究する分野です。では、「代数幾何学」はというと、高次元空間において、いくつかの代数方程式で定められた図形を扱う数学といえます。

代数幾何学の研究者たちは、「代数多様体の分類問題を解決したい」という大きなテーマをもっていました。代数多様体とは代数幾何学における主要な研究対象であり、「多項式=0」で定義される図形のことを指します。たとえば単位円、つまり半径1で座標原点を中心とした円は、「x2+y2=1」という方程式で表されますが、これは「x2+y2−1=0」となります。つまり、代数多様体の一つであるといえます。
こうした代数多様体の性質をさまざま調べようとするなかで、研究者たちは、「代数多様体一つ一つを調べていては切りがないので、よく似ているもの同士をまとめて、各グループの代表を調べていこう」という考えに至ります。これを分類と言います。

これまで、曲線と呼ばれる1次元の代数多様体と、曲面と呼ばれる2次元の代数多様体については、歴史上の研究者たちがそれぞれの構造を究明し、分類問題の研究を発展させてきました。しかし、3次元の代数多様体となると、複雑な連立方程式で表さなければならず、分類がとてもむずかしくなります。
この3次元代数多様体の分類問題の研究で大きな功績をあげたのが、対談に登場する森重文氏です。

森氏は、3次元多様体の分類問題において、「極小モデル」とよばれるモデルの理論を確立しました。極小モデルとは、代数多様体を分類するとき、代表として調べるために「それ以上は簡単にできないモデル」を指します。1次元と2次元の代数多様体ではすでに研究者たちは「極小モデル」を得ていました。極小モデルがあると分類の整理が進むため、研究者たちは「3次元代数多様体でも極小モデルを構成できないだろうか」と考えていました。こうしたなかで森氏は1988年、極小モデルの存在を3次元の場合で示すことに成功したのです。

森氏の「極小モデル」理論の端緒となったのは「ハーツホーン予想の解決」でした。ハーバード大学の助教授だった1978年に、米国の数学者ロビン・ハーツホーンによる「接束が豊富な代数多様体は射影空間のみである」という予想が正しいことを証明したのです。そして、このとき開発した証明の技法を応用して、森氏は1982年、6年後の3次元代数多様体の極小モデル存在証明につながる「端射線の理論」を発表します。これは、代数多様体から「本質」を抽出して、円錐と多角錐をくみあわせた「曲線のコーン」という図形をつくりだし、その稜線である「端射線」を調べることで、図形の性質を明らかにしようとする理論です。この「端射線の理論」により、3次元などの高次元代数多様体の構造の研究を進め、端射線を用いて極小モデルを見つける極小モデル理論を確立したのです。つまり、3次元代数多様体の分類において、最も簡単な代表例を得られることになったのです。

森氏は1990年、数学上の業績に対して原則4年に一度あたえられる「フィールズ賞」を受賞しました。受賞理由は「三次元代数多様体の極小モデルの存在証明」です。森氏の功績は、3次元多様体の分類問題の解決に向けた大きな進展をもたらしました。3次元の問題を突破できたことで、現在の代数幾何学では4次元以上の分類理論も大きく進展しています。
森氏の「分類」をめぐる研究はいまも続いています。3次元多様体の分類問題を完全に解明するため、「端収縮射」とよばれる写像の分類を目指しているところです。

LF対談一覧に戻る