LF対談
みんなで研究コミュニティを広めていこうという雰囲気が好きでした。 No.107(2026.2)
名古屋大学 名誉教授
北京脳科学研究所 特聘研究員
森郁恵 氏
公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
審良静男 理事長
「C. elegansで研究」を留学先で決意
審良 今日は森郁恵先生におこしいただきました。先生がどのような研究をされてきたかお聞きできるのが楽しみです。
森 ありがとうございます。
審良 森先生はお茶の水女子大学の理学部生物学科に入学されましたね。当時から理系に興味があったのですか。
森 そうですね。たぶん理系に進むのだろうなと思っていました。数学も好きでしたが、やはり生きものが大好きで、生物学を志すことにだんだんなっていきました。
審良 森先生といえば線虫C. elegans研究ですが、はじめはショウジョウバエの集団遺伝学をテーマにしていたのですね。
森 ええ。動物の行動っておもしろいと思っていて、それを研究するには遺伝学を学ばなければならないと考えたのです。上野動物園のサル山で雄ザルの子守りを見たりしながら、「血のつながりを見ないといけない。ということは遺伝学をやらないと」と。それで進路先を探したところ、当時の遺伝学といえばもっぱら集団遺伝学だったのです。それで、お茶の水女子大学に進み、石和貞男先生の研究室に入りました。
審良 そこで修士課程を修了し、1983年に博士課程として米国セントルイス・ワシントン大学に留学されたのですね。
森 日本の集団遺伝学のお歴々の先生たちが、米国で博士号をとっていて、なんとなく流れができていたのです。それに、お茶の水女子大学には当時、博士課程がありませんでした。集団遺伝学で高名な先生がおられたので、セントルイス・ワシントン大学を志望したのです。
審良 そうでしたか。それで、ショウジョウバエで研究していたのに、線虫に興味をもたれたのはどうしてなのでしょう。
森 博士号を取得するための配属先となる研究室を決める前に、三つの研究室をローテーションすることになっていたのです。一つめの研究室はショウジョウバエで進化遺伝学を研究しているところ。三つめは、私のなかで本命だった集団遺伝学の研究室で、ショウジョウバエを対象に転移性遺伝要素トランスポゾンの進化的役割を研究するはずでした。そして、二つめの研究室として、「ショウジョウバエ以外のモデル動物を扱ってみたい」と考えていたところ、メンターの先生から「C. elegansっていうモデル動物を研究している若い教授がきたので、そこはどうかね」と言われまして。
審良 線虫での研究はまだ黎明期でしたか。
森 はい。でも私は留学前、トランスポゾンについて調べていたなか、『セル』にC. elegansのトランスポゾンが発見されたという論文を目にしていて、留学先の研究室ローテーションで「やってみようかな」となったのです。若い教授がきたというのは、ロバート・ウォーターストンのことです。ローテーションの二つめとして彼の研究室に入りました。
審良 C. elegans研究の創始者がシドニー・ブレナーですね。
森 そうです。ウォーターストンはブレナーの弟子にあたる、ポスドク1世代目です。ほかに、ロバート・ホロビッツとか、ジョン・サルストンたちがいます。分子生物学で大家だったブレナーがC. elegansで研究を始めるとなり、弟子志望の人が殺到したそうです。生きものの発生・形成や神経の動作を研究するためのモデル動物としてブレナーがC. elegansを選んだということで、若い研究者たちが彼を慕って所属先だった英国のMRC分子生物学研究所に行ったということです。正直、はじめのうちはウォーターストンは怖かったですよ。
審良 怖いっていうのは、どういう……。
森 私が「事前に読んでおくべき論文があれば、教えてください」と言うと、「キミは論文を読むよりまえに、英語を勉強したまえ」ってジロリと(笑)。当時まだ、東洋人の留学生を受けいれる経験がほぼなかったのもあったのだと思います。私の研究に「結果、出てないよね」と言われ、「1か月、待ってください」と言ったら、「1か月しか待たないよ」と返されたり。
審良 なかなか、厳しいですね。
森 私とのやりとりははじめそうでしたが、線虫を扱う研究者たちは気さくで仲がよくて、ホロビッツもサルストンも、それにマーティン・チャルフィーも他大学の人たちなのにウォーターストン研究室に普通に出入りしたり、電話をとりあったりしていました。「ああ、あの言っていた研究、『セル』に出たんだ」といった会話が聞こえてきたりして、みんなで研究コミュニティを広めていこうという雰囲気が好きでした。モデル動物として未来があるとも感じました。そんなわけで、本命だった三つめの研究室には「行かなくていいな」となり、大学に相談すると、「行かなきゃだめだ」と言われ、「そんな時間ありません」と返して断りました。はじめは怖いだけだったウォーターストンも「イクエはここで研究すべきだ」と歓迎してくれました。
審良 それで、線虫での研究をされることになったのですね。森先生はそこではどんなことをされたのですか。
森 トランスポゾンが転位する遺伝子株とそうでない遺伝子株の差異を調べるような研究でした。トランスポゾンが転位する株は重要になっていくだろうという見立てがありました。トランスポゾンタギングといって、個体にトランスポゾンを挿入して突然変異を起こし、それによって遺伝子のはたらきを調べるといった使い方が出てきたからです。結局、留学先で博士論文と筆頭著者論文を3本、書いて日本に戻ってきました。
温度走性の神経回路を解明
審良 帰国されて森先生は九州大学にいらっしゃったのですよね。お茶の水女子大学との関係はどういったものでしたか。
森 なんの関係もありません。
審良 大学から公募があった……。
森 そうです。九州大学の大島靖美先生が、線虫C. elegansで研究室を立ちあげようとしているという情報はお世話になった先生方から入っていました。助手の公募が出たので応募したら、大島先生に採ってもらえました。
審良 そこでは線虫でどのような研究を……。
森 神経科学です。
審良 そのころ、ショウジョウバエなどのモデル動物で神経科学といったら、突然変異を誘発させて表現型を探索するようなことがされていたと思います。
森 そうです。線虫でも基本的におなじです。エチルメタンスルホン酸(EMS)とかで突然変異を起こすといったものです。大島先生が「神経科学をやる」と方針を定めておられたので、「わかりました」と。考えてみたら、大学に入るころ「動物の行動に興味があるからには遺伝学をやらないと」と思っていたわけで、九州大学でC. elegansの行動を神経科学的に遺伝子を調べて研究することになったのですから、私のなかでジグソーパズルのピースがぜんぶ揃った感じがしました。漠然とやりたかったことをやれるようになるのだという思いがありました。
審良 いよいよ、C. elegansの温度走性の研究を始められたわけですね。温度走性とはどういったものでしょう。
森 C. elegansの場合でいいますと、たとえば17℃の温度で餌をあたえられて飼育された線虫はその後、温度勾配がある環境のなかでは17℃のところに向かっていきます。23℃で餌をあたえられた線虫は23℃のところに向かっていく。簡単にいうと、餌のあった温度が好きになるんですね。このように餌をあたえられたときの飼育温度へ向かおうとする性質を温度走性といいます。
審良 C. elegansにもいろいろな行動があるでしょうが、なぜ温度走性をテーマに……。
森 大島研究室で、化学走性と温度走性を主な研究テーマにしようとしていまして。研究室のメンバーで、だれがなにをやるといった話のなか「温度走性おもしろそうだから、私はこっちを担当します」みたいな感じで決まっていきました。
審良 それでテーマが温度走性と決まって、どのような研究をされたのですか。
森 九州大学では大島先生とともに1995年、C. elegansにおける温度走性の神経回路モデルを立てられたのが大きな仕事となりました。神経細胞をレーザー照射で個々に死滅させることで、温度走性に重要な神経細胞を同定していきました。AFDという感覚神経細胞を死滅させると、温度走性で移動するはずのC. elegansに移動のしかたの異常が出ました。こうしてAFDが主要な温度感覚神経細胞であることを示唆することができました。これらの情報が下流のAIYやAIZといった介在神経細胞に伝達され、AIYが好熱性運動を、AIZが好冷性運動を担っているという示唆も得られました。
審良 期間どのくらいでやられたのですか。
森 AFDを同定するまで1年ほど、全体像を示すまで3年半ぐらいですね。『ネイチャー』に論文を出せたのですが、表が一つしかないんですよ。
審良 表が一つで『ネイチャー』に通ったのですか! 内容が素晴らしかったという証ですね。反響もあったのでは……。
森 レーザー照射で細胞を死滅させると表現型が異常になるというのが一つの成果であり、おなじくレーザーを使って化学走性の研究をしていたコリ・バーグマンと学会で意気投合し、友人になるなど、いい雰囲気で研究の話をできるようになりました。この研究成果をもとに1998年に名古屋大学に独立助教授として移りました。
審良 名古屋大学に行かれてからはどのような研究を進められましたか。
森 まず、AFDとともにもう一つ、AWCという、においを受容するとして知られていた感覚神経細胞が温度を感じるられることを明らかにしました。このAWCからの温度の情報はAIYに行きうることがシナプスの結合でわかっていました。先ほど話したとおり、AFDからの情報もAIYに行くことがわかっています。これらから、AFDがグルタミン酸を放出して、AIYの活動を低下させて、C. elegansを低い温度へ促す一方、AWCがおなじくグルタミン酸を放出して、AIYの活動を上昇させ、C. elegansを高い温度へ促しており、こうしたシグナルの「せめぎあい」が温度に対する応答としての行動を決定することがわかりました。
審良 感覚神経細胞と感覚介在細胞の関係がわかってきたのですね。
森 ええ。一方で、私自身としても驚くべき結果だったのは、2016年に、AFD細胞は単一で温度を記憶していることを解明できたことです。大学院生だった小林曉吾さんが、AFD細胞がほかの神経細胞とシナプス結合をつくれないような状態にしたうえで、AFD細胞が温度を記憶しているかカルシウムイメージングで検証してみると、単一の細胞として温度を記憶していることがわかりました。さかのぼること2004年に、AFD細胞が温度上昇に反応して、細胞のカルシウム濃度を高めるということを研究室にいた木村幸太郎さんが見出していたのです。名古屋大学でカルシウムイメージングのシステムを構築したり、米国におられた宮脇敦史先生をお訪ねして、カルシウム指示タンパク質「カメレオン」をご提供いただいたりして間もない頃のことです。それはそれで論文にしたのですが、木村くんと「結局、AFDって温度を記憶しているんですかね」「まさかね」などと話していました。10年以上の歳月を経て、その通りだったとなったわけです。
審良 長らくの疑問を解明できたわけですね。感覚神経細胞からの情報を受ける下流の細胞のほうも研究をされたのですか。
森 はい。AIYやAIZやRIAなどの介在神経細胞の学習にインスリンが関与していることが、大学院生の児玉英志さんの研究でわかりました。AFDなどの感覚神経細胞による温度の記憶と、空腹や満腹といった記憶を介在神経細胞が統合させていて、そこにインスリンが関与しているのです。
神経細胞と非神経細胞の相互作用を研究
審良 森先生は2017年に、名古屋大学ニューロサイエンス研究センターの初代センター長に就任なさいましたね。どういうコンセプトで発足させたのでしょうか。
森 ショウジョウバエで脳の情報処理の研究をしている上川内あづささんが36歳で教授になったり、ゼブラフィッシュでグリア細胞などの研究をしていた坂内博子さんが大学にこられたりしていました。私も線虫で研究していますし、「小さなモデル動物を使って脳研究できる研究所があっていいのでは」と思って、大学に申請したところ認められたのです。企業に寄付講座をつくっていただいたり、医学部と連携したりして、研究の視野が広まったと思います。マウス以外の小型モデル動物を集めた脳科学研究所は世界的にないと思います。
審良 その後、2024年より、森先生は中国・北京脳科学研究所に招聘されたのですね。どのような研究をされているのですか。
森 エストロゲンの情報伝達を介した神経ペプチドの情報処理について研究しています。ヒトの女性ホルモンとして知られるエストロゲンが線虫の筋肉細胞から出ていて、温度走性の神経回路に関与していることがわかっていました。ヒトでは、更年期の女性においてエストロゲンの分泌が減ると、視床下部における神経細胞と神経ペプチドの作用を介して、「ほてり」や「のぼせ」などを呈するホットフラッシュが起きやすくなります。線虫をヒトの更年期とおなじような状態にさせたら、ヒトがのぼせて暑いと感じているときのような異常行動をとるのではないかと名古屋大学時代に考えたのです。我々の研究室では、エストロゲンの受容体がC. elegansではAFD細胞にあることがわかっていたり、ヒトのホットフラッシュをもたらす神経ペプチドのニューロキニンBがC. elegansのAIY細胞で発現することが、別グループの研究者によって報告されたりしていました。神経ペプチドの発現を、非神経細胞から放出されるエストロゲンがもたらしているわけで、神経回路だけを見ても脳のことはわからないと考えるようになりました。線虫はすごい数の神経ペプチドをつくりだすことができ、それら神経ペプチドはなにか重要な役割をもっているのだろうと思います。そもそもなぜ線虫はエストロゲンをもっているのかも含め、北京では神経ペプチドの情報処理の研究に取り組んでいきます。
森郁恵 氏
名古屋大学 名誉教授
北京脳科学研究所 特聘研究員
1957年東京都生まれ。80年お茶の水女子大学理学部生物学科を卒業。83年お茶の水女子大学大学院理学研究科修士課程修了。88年Washington University in St. Louis生物医学系大学院博士課程修了。89年九州大学理学部生物学科助手、98年名古屋大学大学院理学研究科独立助教授、2004年同教授。17年4月〜23年3月名古屋大学大学院理学研究科附属ニューロサイエンス研究センター初代センター長・教授。23年4月名古屋大学大学院理学研究科シニアリサーチフェロー、名古屋大学名誉教授。24年より北京脳科学研究所特聘研究員。モデル動物の一つで遺伝学解析に適する線虫C. elegansを用いて、記憶・学習・意思決定に関する神経科学研究、組織間相互作用や老化に関する研究を行う。主な受賞歴は、猿橋賞、井上学術賞、時実利彦記念賞、日本遺伝学会木原賞、中日文化賞、紫綬褒章、東レ科学技術賞、津田梅子賞。趣味はピアノ。
女性研究者のより一層の活躍へ
評価軸の多様化を
審良 森先生は日本のライフサイエンスにおける女性研究者の活躍も推進してこられました。現状をどう捉え、どんなことを望んでおられますか。
森 多くの方が活躍するようになったと思います。名古屋大学では、かなり率先して教授や准教授といった高い地位に女性を積極的に採用してきました。日本中で、そうしたポジションでの女性の数が増えていってほしいと思います。
審良 欧州に行くと女性の研究者が多いなというのを感じますね。学会での聴講者は半分が女性といった印象です。日本では女性がぽつぽつで、米国も男性のほうが多い。
森 日本がもっとも遅れていますけれど、米国もまだ男性社会ですね。でも米国の女性研究者もがんばっていると思います。
人の評価のしかたについても、これまで男性が多く評価者となった結果、男性優位な状況がつくられてきたと思います。これからは多様な評価軸をもっと認める社会になってほしいと思います。選考する側に女性が多くいると女性の研究者を採用したり、それまでの男性による評価と異なる評価や人選が増えてくるでしょうから。
昔、女性の博士課程の大学院生たちと教員ら30人ほどで合宿したことがありまして。男性教員3人にも参加してもらったのですが、端っこのほうで固まっておられました(笑)。女性はすぐ固まるというけれど、比率が比率なら男女関係ない。やはり数の多さは必要ではないかと思っています。
審良 僕らの研究センターでは、女性のメンバーたちの元気さを感じています。若い女性研究者たちにメッセージはありますか。
森 あなたたちがいることは大事なんだと伝えたいですね。社会が変わっていくはずですから。大変なことがあっても抱え込まず人に相談したらいいと思います。たとえ女性だけでも固まりたい人たちで固まればいいし、やりたいことをやりたい人たちでやればいい。それでいいのだと思います。
審良 今日はありがとうございました。
(対談日/2025年10月21日)
EYES
線虫C. elegansの温度走性を神経回路モデルで提示
定説と異なる記憶のしくみも発見
さまざまな動物を代表するモデルとして「モデル動物」が研究に使われています。哺乳類のマウスはその代表例です。飼育が簡単、構造が単純、世代交代が早いといった、研究に都合のよい特性をもっている種がモデル動物に選ばれやすくあります。
1960年代、モデル動物に仲間入りしたのが、線虫綱の線形動物である線虫の一種カエノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans、C. elegans)です。南アフリカ生まれで米英などで活躍した生物学者シドニー・ブレナーの手により、動物の発生や神経系の解析に適したモデル動物として選ばれました。ほとんどが雌雄同体で、細胞数は成虫でも959個、うち神経細胞が302個とすくなく、単純なつくりであること、また孵化から成虫になるまで4日と短いことなど、先を急ぎたい研究者たちにとってこの上ない存在といえます。ブレナーは、細胞の計画的な脱落死であるアポトーシスの解明で、2002年に米国のロバート・ホロビッツおよび英国のジョン・サルストンとともにノーベル生理学・医学賞を受賞していますが、これらの研究でもC. elegansが貢献しました。
C. elegansには、「温度走性」とよばれる行動特性があることが、1975年、米国のエドワード・ヘッジコックとリチャード・ラッセルにより報告されます。温度走性とは、生物が外界の温度刺激に対して一定の方向性をもって運動する性質をいいます。C. elegansは15〜25℃の温度範囲のなかの一定の温度下で、餌のある条件で飼育されたあと温度勾配上に置かれると、飼育されていた温度に向かって移動するのです。たとえば、20℃で餌をあたえられたあと、15〜25℃までの温度勾配上に置かれると、20℃のところに向かいます。25℃で餌をあたえられたら、25℃のところに向かいます。逆に、一定の温度下で飢餓の危機に晒された個体は、その温度のところを避けるようとします。
ヘッジコックとラッセルの報告から約20年。単純ながら興味深いC. elegansの温度走性のしくみを、包括的な神経回路モデルとして提唱したのが、前述の対談に登場した森郁恵氏です。米国留学先で、ブレナーの弟子の一人ロバート・ウォーターストンの研究室に所属し、C. elegansを研究対象としていた森氏は、帰国すると九州大学で助手として採用され、その走性の研究に着手します。そして1995年、研究室を率いる大島靖美氏とともに、『ネイチャー』に「C. elegansにおける温度走行性の神経調節」(Neural regulation of thermotaxis in Caenorhabditis elegans)を主題とする論文を発表。線虫類の感覚神経細胞として知られていたAFDが、C. elegansでは主要な温度感覚神経細胞であることや、下流の介在神経細胞であるAIYとAIZが、それぞれ好熱性と好冷性の運動を担っているとする神経モデルを提唱したのです。温度刺激の受容という入力から、温度走性行動という出力までを包括した動物行動神経回路モデルの提唱は世界初です。
さらに森氏は移籍した名古屋大学で、C. elegansの走性の研究を発展させます。嗅覚神経細胞として知られていたAWC細胞が、温度も受容していることを発見。AFD細胞とともに温度を記憶する神経細胞と位置づけました。そして、AFDもAWCもともに下流の介在神経細胞であるAIYにシグナルを伝達し、AFDはグルタミン酸を放出することでAIYの活動を低下させた結果として線虫を低い温度へ促し、一方のAWCはおなじくグルタミン酸を放出することで今度はAIYの活動を上昇させた結果として線虫を高い温度へ促すことを見いだしました。AFDとAWCという二つの温度感覚神経細胞が、AIYという一つの介在神経細胞に作用することから、この二つのあいだで移動をめぐる「せめぎあい」が起きており、その結果がC. elegansの温度に対する応答行動を左右することを明らかにしたのです。
ほかにも森氏は、名古屋大学の貝淵弘三氏らとの共同研究チームで、記憶のしくみをめぐる定説と異なる新たなしくみを発見しました。従来、記憶は、いくつもの神経細胞によるネットワークが担うことがわかっていますが、森氏らは温度感覚神経細胞のAFDが、ほかの神経細胞とのつながりを絶った単一細胞の状態でも、記憶を形成できることを突きとめたのです。
これらに代表される森氏のC. elegansの記憶学習行動をめぐる研究成果は、動物行動の理論を理解するための足場を提供したものと評されています。