LF対談

躊躇することなく
これはというニュースを聞いたら、すぐ走りだしています No.104(2025.2)

イェール大学医学部免疫生物学部門 スターリング冠教授 
ハワード・ヒューズ医学研究所 正研究員
岩崎明子 氏

公益財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
審良静男 理事長

「自分を試したい。世界を見てみたい」
高校時代にカナダへ

審良 今回は世界的に著名な免疫学者となり、2023年には米国免疫学会の会長にもなられた岩崎明子先生に、日本に一時滞在しているお忙しいなかお越しいただきました。

岩崎 よろしくお願いします。

審良 まず最近の話題として、米国タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれました。どんな感想をおもちですか。

岩崎 まさか選ばれるなどとは思っていませんでしたのでびっくりしました。本当に光栄なことです。

審良 どのような業績に対して、選ばれたのだと思っておられますか。

岩崎 おそらく、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック時に免疫の研究を進めた点が一つと、それにサイエンス・コミュニケーションをおこなう者として貢献したという点、あとは女性研究者をサポートしてきた点かなと思っています。

審良 日本にこられたときも、おっしゃられたことを目的に活動されていますものね。
 岩崎先生のこれまでの歩みでは、高校1年生のときカナダに留学されたのですね。どういうお気持ちでしたか。

岩崎 海外で生活してどういう世界があるのかを見てみたいという気持ちがありましたし、女性として仕事ができる条件が日本より揃っているのではないかという思いもありました。それで、試してみよう、と。

審良 高校1年生のときでしたら、学問の知識を得たいというより、外国での生活を知りたいというのが大きかったでしょうか。

岩崎 そうでした。当時まだ科学者になりたいという気持ちはなく、「自分を試したい。世界を見てみたい」という思いが強かったですね。海外に永住しようとは、そのときは考えていませんでした。
 高校1年生での留学は1年間だったのですが、その後、日本の高校を中退して、16歳のときカナダの高校に入学したのです。大学もカナダでと思い、トロント大学に入学しました。

審良 大学ではなにを学ばれたのですか。

岩崎 生物化学です。数学や物理学も好きでしたね。それで大学4年生のとき、免疫学のコースに臨んで、「こんなにおもしろい分野があるんだ」と気づいて、大学院でも免疫学を専攻することになりました。

審良 大学院ではどんな研究を……。

岩崎 当時、話題となっていたDNAワクチンについて、メカニズムを調べました。T細胞の活性化を引き起こす抗原提示が、それまで考えられていた筋肉細胞においてでなく、免疫細胞においておこなわれていることを発見できました。当時は臨床研究が始まる前で、ヒトにも効くとみな信じていたのですが、残念ながらそうはならず……。

審良 マウスでは効くけれど、ヒトでは効き目を見出せていませんものね。Toll様受容体9(TLR-9)のはたらきで自然免疫系の活性化が起きると考えられていたけれど、ヒトでは異なるようにはたらくといった話もあり、すこしややこしいんですよ。

岩崎 でも後になって、審良先生が、TLR-9の活性化が、シトシンとグアニンのつながったDNAであるCpG DNAによって起こされることを報告された論文を読んで「わぁ!」と驚きました。

審良 当時、僕らはDNAワクチンの実用化より、自然免疫のしくみを解明したかったことがあり、応用には考えがあまり及びませんでしたね。けれども、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの開発では、カタリン・カリコ氏らが、免疫による炎症反応をむしろ抑制できればワクチンになるという考えで研究を進めて実用化させた。思いもよらなかったですね。

粘膜免疫研究で地位を確立
育児との両立に大変な時期も

審良 岩崎先生は1998年にトロント大学から米国立衛生研究所(NIH)に移られました。研究テーマも一新されたのですか。

岩崎 はい。粘膜免疫をテーマとしました。腸管粘膜の下にあるリンパ組織のパイエル板に特異的に存在する樹状細胞についての研究です。樹状細胞はT細胞に抗原を提示するはたらきをもっていますが、パイエル板に見られる樹状細胞は、ほかの場所のリンパ組織で見られる樹状細胞とちがって、食べ物などに対するアレルギー反応に関与するタイプのT細胞にのみに関与することがわかったのです。

審良 2000年に、いまのご所属先であるイェール大学に移られましたが、研究テーマとしては粘膜免疫を続けたわけですか。

岩崎 はい。イェール大学で粘膜免疫学の研究者を募集していたのです。NIHに移ってまだ2年目で「ちょっと早いかな」とも思ったのですが、「私の研究と一致しているかも」と応募したら採用されました。

審良 以降、独立の研究室をもたれて……。

岩崎 はい。はじめは、私と大学院生2人とテクニシャン1人でした。

審良 そこから始めて、よい成績を出しつづけられて、研究室も大きくなっていったわけですね。日本の若手の研究者が海外で独立したものの成功しないというケースはけっこうあると思います。よい論文を一つ二つ出せてもあとが続かず、補助金をなかなか得られない。「波に乗れるか」は重要と思っていて、おそらく岩崎先生の場合、上り調子のときご自身の研究室をもてて、波に乗れたというのが大きかったのでは……。

岩崎 そうなのだと思います。幸い、私は波に乗ることができました。ただし、女性研究者という点では、波に乗れるかどうかという時期が出産と重なることもあります。出産や育児をしながらも、男性と同様に研究できる環境をつくっていかないと……。私もイェール大学にきてから結婚し、その後、子どもを生んでからの何年かは大変でした。大学にいまはチャイルドケア施設があるものの、私のころは遠くの保育所まで通いながらの生活でした。「科学者を辞めないといけないのかな」と思ったほどです。

審良 米国では、子育てしながら研究できる環境が整っているものと思っていました。

岩崎 かならずしもそうではないのです。男性の2、3倍がんばっても、時間がないという実状はやはりあります。たとえばテニュアトラック制度の期間を女性では長くとるなどのしくみづくりも大切と思います。

審良 大変な時期がありながらも、研究を重ねてこられたのですね。粘膜免疫の関連で性器ヘルペスウイルス感染についての研究を岩崎先生はさかんにされていましたよね。出された論文を拝見していました。

岩崎 女性器の粘膜免疫の研究はだれもやっていなかったのですが、性感染するウイルスは重要な研究対象になると考えました。

審良 粘膜免疫の知見をもとに、ヘルペスウイルス感染症の対策として「プライム・アンド・プル」というワクチン戦略を提唱されたとか。これはどういったもので……。

岩崎 二段階式のワクチン接種法といえます。まずワクチンを接種したあと、サイトカインの一種であるケモカインを使ってT細胞を局所に集めます。すると、集まったそれらのT細胞は、組織常在型メモリーT細胞となっているので、そこにいつづけます。こうすると発症しづらくなったり、再発を抑えられたりできます。

審良 臨床的に使われているのですか。

岩崎 ヘルペスに効果があるのではないかと期待しているところで、臨床につなげられたらいいなと思っています。

岩崎明子氏

岩崎明子氏

イェール大学医学部免疫生物学部門 スターリング冠教授
ハワード・ヒューズ医学研究所 正研究員

1970年、三重県出身。カナダ・トロント大学Department of Biochemistry卒業。98年同大学大学院Department of Immunology修了。98年米国立衛生研究所(NIH)Mucosal Immunity Sectionポストドクトラルフェロー。2000年イェール大学医学部助教、06年同准教授、09年同テニュアトラック准教授、11年同テニュアトラック教授、16年同Waldemar Von Zedtwitz免疫学冠教授を経て、22年同スターリング冠教授。14年よりハワード・ヒューズ医学研究所正研究員を兼務。専門分野は免疫学。ワクチンや粘膜免疫を研究対象に数多くの成果を上げ、2020年以降、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連の研究に注力。科学コミュニケーションや、女性・若手研究者などの活躍支援のための活動も積極的におこなう。23~24年度米国免疫学会会長に選任される。おもな受賞歴は、米国感染症学会Wyeth Lederle Young Investigator Award、米国免疫学会 BD Biosciences Investigator Award、米国微生物学会 Eli Lilly and Company Research Award、イェール大学 Charles W. Bohmfalk Teaching Awardなど。24年、米国タイム誌「世界で最も影響力のある100人」に選ばれる。趣味はヨガ、料理。

「これは絶対にくる」と
COVID研究、Long COVID解明、
新型ワクチン開発も

審良 岩崎先生は多くの研究者がまだ気づいていないような研究対象にいち早く着目され、よい成果をあげられています。そうした感覚をどのように養っているのでしょう。

岩崎 あまり躊躇することなく、これはというニュースを聞いたら、すぐ走りだしていますかね。2015年にブラジルでジカウイルス感染症の流行があったときもそうでした。多くの人が感染しだして、しかも、妊娠している人が感染すると、生まれてくる子が小頭症になるおそれがあると報道されて、「これはやらなければ」と。

審良 COVID-19における一連のご研究も、驚くくらい着手が早かったですよね。2020年に流行が拡大して、僕らが日本で「みんなで研究をやらなければ」と言いだしたころ、岩崎先生は論文を出しておられました。

岩崎 COVIDでは中国で感染者が出たとニュースになり始めましたよね。多くの人はまさか自分の国には関係ないと思っていたでしょうけれど、私は「ああ、これは絶対にくる」と。早めに臨床実験ができるようにしておかなければと動きだしました。

審良 日本でも課題でしたが、ウイルスの研究にはさまざまな制限があり、試料を得るにも手間がかかりますよね。方々の関係者にコンタクトしないと進められない。

岩崎 それは私も思いました。はじめは手まわしばかりで。イェール大学のプロトコルを入れて、ウイルスの解明に必要なヒトサンプルを大学全体の研究者で共用するため、大学の研究者、医師、看護師、ポスドク、学生などさまざまな人物からなるYale IMPACTというチームをつくりました。

審良 何をどうするかをセットで決めていたのですね。これまで、COVID-19関連の論文を岩崎先生は何本、出されましたか。

岩崎 数えていないですね(笑)。

審良 岩崎先生のCOVID-19関連の研究の大きなものの一つに、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染後の慢性的な症候群である「Long COVID」についてのものがありますね。

岩崎 ええ。最近わかってきたのは、Long COVIDに自己免疫が関与しているのではないかということです。患者さんの抗体をマウスに投与すると、マウスでもおなじような症状が出ることがわかりました。

審良 そうですか。

岩崎 それと、Long COVIDの患者さんでは、副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンの一つであるコルチゾールの値が低くなることもわかってきました。

審良 僕は、ステロイドがあると免疫が抑制されるような印象をもつのですが。

岩崎 そうですよね。値が低いといっても、半分ほどなのです。コルチゾールは生体にとって大切なホルモンですから、その値が低いというのは、Long COVIDのさまざまな症状につながっていると見ています。

審良 コロナウイルスが体内に残るかどうかについてはいかがですか。

岩崎 Long COVIDの患者さんのなかには、たとえば腸管などでSARS-CoV-2がずっと存在し、複製されつづけている人がいるということもわかってきました。

審良 たしかにLong COVIDでは、体内にウイルスが残存したうえでの症状なのか、ウイルスがなくなってからの後遺症なのかは、気になっていました。

岩崎 実際はどちらもあるのだと思います。Long COVIDの患者さんの血液を調べると、3割ほどの人にSARS-CoV-2のスパイクタンパク質が見られます。回復した人の血液では、スパイクタンパク質はほとんど見られません。おそらくLong COVIDの患者さんの体内にはウイルスが潜んでいるのではないかと思います。けれども、すべてがそうでないとも見ています。残る7割ほどの方には当てはまりませんからね。

審良 それと、獲得免疫のはたらきも大事ではないのかなとも思っています。たとえばT細胞の機能とか……。

岩崎 私もそう思っています。Long COVIDの患者さんのT細胞にどのような反応の特徴があるのかを、さまざまなテトラマー試薬で調べています。するとコロナウイルス特異的なT細胞は疲弊していました。ですので、やはり抗原であるコロナウイルスが存在しつづけているのではないかと。

審良 ある意味、がんの発生時とおなじように、T細胞のような免疫細胞が活性化されない状態というわけですか。

岩崎 そのとおりです。T細胞や抗体が早くうまく出ている人はLong COVIDにかかりにくい一方、Long COVIDの人ではそれらが出ず、持続的に複製するウイルスをうまく処理できないのだと思っています。臨床試験でパキロビットという抗ウイルス剤をLong COVID患者に服用してもらい、プラセボ群と比べて回復するかを調べているところです。この抗ウイルス剤の効果があれば、やはりウイルスが存在しつづけている証拠になります。

審良 COVIDでは、ほかの感染症とちがって、体のさまざまな臓器に感染するというのも聞きますね。そのあたりに怖さがあると思います。それに日本ではいまも感染者は増えているし、米国でも新たなオミクロンの型が現れていると聞きます。そうしたなかで、ワクチンを何回打てばよいのか気になります。いま使われているmRNAワクチンでは、免疫細胞を活性化するためアジュバントが使われていて、作用が強すぎると自己免疫疾患を起こしうるし、使いつづけて体に問題はないのだろうかと。

岩崎 その点、私たちは鼻スプレー型のワクチンを開発しているところです。さきほど「プライム・アンド・プル」を紹介しましたが、このコンセプトを使った「プライム・アンド・スパイク」という手法によるワクチンで、アジュバントなしに使用できます。SARS-CoV-2では動物実験でワクチンの有効性を確認しています。

審良 そうでしたか。「プライム・アンド・スパイク」は、どういったものですか。

岩崎 ワクチンを筋肉注射したあと、コロナウイルスに由来するスパイクタンパク質を鼻孔にスプレー投与します。鼻腔や上気道の粘膜にT細胞やB細胞などの免疫細胞、それに抗体が出てくるので、これでウイルスの感染や伝播を予防することができます。

審良 アジュバント不要であれば、副反応を心配しなくてよさそうですね。臨床での使用に向けて、どのような状況ですか。

岩崎 ぜひ人にも使えるようにと思って、ザナドゥ・バイオという企業を設立し、ワクチン開発のためのシード資金を集められたのですが、その先のリード段階ではもっと資金が必要となります。世間的には「コロナの時期を脱した」という雰囲気もあって、立ち止まってしまっている状況ですね。

審良 僕もベンチャー企業に携わっているけれど、起業後の投資企業からのサポートや発展がないと、維持するだけになってしまう。むずかしさはありますね。ぜひ実用化に向けて進むことを期待しています。

女性も男性も同等に
がんばれるような環境を

審良 岩崎先生は、これからの科学のため、女性や若者など、さまざまな人がより活躍するための活動にも熱心でおられます。社会がどのような方向に進んでいくとよいと考えていますか。

岩崎 優秀な女性がなるべく活躍できるような環境をつくっていかないと、いくら才能ある人でも、なかなか伸びないと思います。そうした環境づくりをイェール大学のなかでしています。米国免疫学会としても、学会にお母さんやお父さんが安心して参加できるよう、幼い子どもを無料で預けられる保育所的な施設をつくるなど、力を入れているところです。

審良 研究室では男女比はどのくらいで……。

岩崎 だいたい常に50%以上は女性ですね。女性も男性とおなじように研究しやすいようにと研究室でやってきた結果だと思います。子どもを出産して、育児もしやすいような状況をつくっています。理想的には、女性も男性も同等にがんばれるような環境をつくるというのが目標ですね。

審良 日本の人は研究室におられますか。

岩崎 一人います。

審良 性別に関わらずですが、近ごろ日本人で留学する人がほとんどいなくなりました。内向きになって、外に出ていこうとしなくなってしまったなと。

岩崎 どうしてなのでしょうね。

審良 一つあるのは、大学院生が論文を書くのに手間暇がかかるようになったからだと思います。データをたくさん揃えるようになりましたし、補足資料を加えるということもありますし。そんなことで若い人たちがだんだん内向きになってきて。かたや研究室の側も、その人物が業績を上げていれば、留学未経験でもほしがろうとする。安全・安心なほうへ行こうとする傾向が強いのだと思います。

岩崎 若い人たちには、新しいところに行って、自分を試してほしいと思いますね。

審良 今日はさまざまなお話をすることができました。ありがとうございました。

(対談日/2024年7月17日 ※岩崎氏の日本滞在中におこないました)

EYES

ワクチンや粘膜免疫での研究成果をCOVID-19に注ぎ込む

研究環境改善の取り組みも評価され
「世界で最も影響力のある100人」に

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行では、免疫学の研究者たちが疾患解明やワクチン開発などで活躍しました。2019年12月に初めて人への感染が公式に報告されるといち早く、この新規感染症の病因解明などに向けて行動したのが、本対談に登場するイェール大学の岩崎明子氏です。それは、岩崎氏が培ってきたワクチンや免疫をめぐる数々の研究成果を注ぎ込んだものといえます。

岩崎氏は中学1年生のとき、物理学者である父の長期休暇(サバティカル)で米国メリーランド州で8か月ほど過ごします。高校1年生になるとカナダに短期留学。その後、カナダの高校に入学し、以降、海外でキャリアを積みます。トロント大学4年生のとき、免疫学の講義で免疫のしくみに惹かれ、講義をしていたブライアン・バーバー氏の研究室に所属。ここでDNAワクチンの研究に着手し、樹状細胞がウイルスのDNAを取り込み、T細胞を活性化するというしくみを解明しました。T細胞の活性化は、そのころ考えられていた筋肉細胞でなく、免疫細胞で起きることを発見したのです。

その後、1998年から2000年まで、岩崎氏は米国国立衛生研究所(NIH)のブライアン・リー・ケルソール氏の研究所に博士号取得研究員(ポスドク)として所属し、腸内のリンパ組織の一つであるパイエル板における樹状細胞が、ほかのリンパ組織のものと異なる反応を示すことを発見します。

2000年、岩崎氏はイェール大学に移籍して自身の研究室をもつと、樹状細胞の主要なはたらきであるウイルス認識と抗原提示にオートファジーの機構が重要な役割を果たすことを解明します。オートファジーを介してウイルスの遺伝物質をエンドソームに送達し、樹状細胞のToll様受容体7(TLR-7)に認識される経路を明らかにしたほか、TLR-9がDNAウイルスを検出することを明らかにしたのです。なおTLR-7やTLR-9は、対談者の審良静男氏がそれぞれ固有の機能をもつ受容体であると発見したことでも知られます。

そして、ウイルス感染部位における免疫応答の調整のされ方について研究を進めます。そのなかで、「プライム・アンド・プル」とよぶ二段階のワクチン戦略を設計。第一段階で、ワクチン接種(プライム)によりT細胞の免疫応答を引き出し、第二段階でT 細胞を所望の組織に誘導(プル)し、免疫のはたらきを持続させるというものです。女性器ヘルペスや子宮頸がんの予防などへの応用が期待されています。

感染症が流行するたびに、岩崎氏は機敏にその病態のしくみ解明を果たしてきました。インフルエンザにおける高齢者の免疫細胞における抗ウイルス活性の低下、ヒトライノウイルス感染症におけるマウスの気道上皮細胞の非低温における抗ウイルス防御反応の開始、そしてジカウイルス感染症におけるマウスの胎児発育遅滞や流産に対する母親の免疫反応の関与などです。

これらの研究を重ねてきた岩崎氏にとって、のちにSARS-CoV-2と命名される新型コロナウイルスの流行初期からのいち早い研究着手は、当然の行動だったのかもしれません。イェール大学でCOVID-19関連の研究体制を整えると、流行拡大初年の2020年、194人のCOVID-19患者のうち重症度の最も高い人々では自己抗体活性が高いことがわかったと報告します。
その後、多くの患者たちの罹患後の経過がわかってくると、少なからぬ感染経験者で見られる後遺症の持続「Long COVID」の原因解明に着手します。後遺症が1年以上ある人、後遺症がない人、また感染しなかった人など268名の血液成分を分析し、後遺症のある人では、B細胞やT細胞の増加、体内潜伏ヘルペスウイルスの活性化、コルチゾールの半減があることなどを見出しました。

さらにSARS-CoV-2ワクチン開発をめぐって岩崎氏は、前述の「プライム・アンド・プル」を応用した「プライム・アンド・スパイク」を提唱します。第一段階でメッセンジャーRNAワクチン接種(プライム)をしたあと、第二段階でSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を鼻腔で吸引させ、体の全体でつくられていたメモリーT細胞やメモリーB細胞などの免疫細胞や、免疫グロブリンA(IgA)抗体を、鼻腔や気道の粘膜に寄せ集め、免疫のはたらきを持続させるというものです。動物実験でウイルス感染を効果的に阻止できており、ヒトでの実用化が期待されます。

免疫学における数々の先駆的な成果を挙げてきた岩崎氏は、研究の周囲にある環境をよりよくする活動にも積極的に取り組んでいます。女性、若年者、有色人種たちへの支援を通じて、科学をはじめとするさまざまな分野の未来を希望あるものにしようとしています。これらの活動が、研究自体の成果とともに評価され、2024年4月、米国タイム誌の「世界で最も影響力のある100人 2024」に選出されました。ほかに、米国免疫学会において、2023・24年度の会長に選出されるなどし、リーダーシップもいかんなく発揮しています。

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