LF対談

生命、この素晴らしきもの No.9(1993.1)

NHK解説委員
行天良雄 氏

財団法人 千里ライフサイエンス振興財団
岡田善雄 理事長

長寿社会のライフサイエンス

行天 実は千里は私にとって、たいへん思い出深い場所なんです。万国博覧会の仕事のために大阪に転勤したのですが、万博といいますと1970年ですから初めて日本が高齢化社会に入った年でした。ところが、私は万博にちょっとうかれておりまして(笑)。また、例のオイルショックが続いて起こり、経済のほうに目が移ってあまり高齢化を取り上げませんでした。
しかし、その後すぐ追いかけるようにして高齢化問題を取り上げはじめました。医療がCTの導入などで急速な進歩を遂げると同時に、高齢化のためこれまでの疾病構造が大きく変わり、今後は「寿命」の問題にいくだろう。そして、寿命にいくかぎりは今までの医学の考え方には一応ピリオドを打って、その頃まだライフサイエンスという言葉はありませんでしたけれど、生命そのものにどのように迫るかということが重要になるだろうという見通しを立て、プロジェクトチームをつくりました。

岡田 ほう。

行天 その頃、やはりウイルスや遺伝子から生命現象にアプローチする研究が活発になって、それらは一見ものすごくわかりやすいんですが、少し中へ踏み込もうとすると、まったく高度な話になってちんぷんかんぷんになる。それが今日までずっと続いていると思うんです。

岡田 そうですね。ウイルス万能の時代になって、その流れが今も続いていますけれど、それよりも寿命というテーマが非常に大きな流れとして出てきたことになるのでしょうね。

行天 ところが、昨日、愛知の長寿科学センターで発表を聞いたのですが、もうほとんど社会的なテーマです。長寿科学というサイエンスの対象がものすごく変わってきました。設立の前はウイルスの研究などが主だったのが、一方に生命現象、一方に社会生活のこれからの大きな変動を置き、その両方をどう結びつけていくかというところにライフサイエンスの新しい問題があるのだという具合に、あっという間に変わりました。生命の問題を問う科学が激しく変わっているのです。

岡田 山村先生(元大阪大学総長・故山村雄一氏)がこの財団をつくるときにライフサイエンスと名付けられたのも、たぶんそこらへんを考えてのことだと思います。とにかく人間というのを中心に置いてくれという話でした。基礎研究の立場からはどうしても一般論で話が進んで、個々の人間が抜け落ちがちなんです。
しかし、ライフサイエンスという言葉があるかぎり、一般論でありますが、ある意味では個人個人の問題でもあると思います。国立循環器病センターの尾前総長にもあまり時流に流されないでくれ、と言われています。一般の人が健康も含めて自分自身の生きざまを見つめられるようにしてくれと。そして、そのバックグラウンドには人間の体というのは非常にうまくできているんだという考え方を定着させていく。財団は今、尾前総長に成人病関連の市民公開講座を担当してもらっていますが、それも一般の人が話を聞いて帰るときに来たときよりもちょっとでもいいからホッとできるようにならないかと(笑)、お願いしています。
情報社会が発達しすぎると、情報に一方的に流されて不安感も増大しがちになります。だから、そこで自分をもう一度見つめ直すことが必要だと思うんですね。そういう流れが今、財団で行っている公開講座から出てくればよいのですが。

行天 ライフサイエンスという広い分野の中で個々の研究を集約し、一般の人にも訴えかけていくような方向を考えていらっしゃるわけですね。

岡田 そういうことになります。急速に進歩を遂げる自然科学と、現実の社会に生きる人間との間に何かすきま風が通りはじめ、それがひどくなっているように思うのです。

行天 私は山村先生と「人間この素晴らしきもの」という未完に終わったプロジェクトを進めていたことがあります。そのときの山村先生のお話で印象に残っているのは、「やっぱり学問というのはそう細かく分けてはいけない。自分は最終的には臨床のことを考えたい」ということでした。そして、その「臨床」とは、自然治癒力というと一見神がかりのようだけれど、この人間の素晴らしい能力にキズをつけないような、本来の人間の力を支援するものでなくてはいけないとおっしゃっていました。

岡田 そうですか。

行天 私の仕事は「通訳」だと思っています。つまり、先ほど言いましたように非常に高度な専門的になった話を一般の人にもわかるようにする。それで、私がライフサイエンスについて一番感じますのは、人々は学問的に難しい話は知らなくても、自分の問題として十二分にわかっています。なにしろ自分の生命ですから。ただ、言葉にできないだけで、生命というのはみんなが持っているものですから。
高齢化問題にしても、一般の人たちが高齢化を強く認識しだしたのはここ2、3年です。私のところにくる質問の電話も、名医と有名施設の問い合わせから圧倒的に在宅の老人介護に移りました。今までは有名病院や名医の紹介が主だったんです。それが、長寿当然ならそれをどう生きるか、クオリティ・オブ・ライフの問題ですね。さらに寿命とは、生命とは何かというレベルにまでいっています。その隙間にある深刻な問題が高齢者の在宅ケアで、もうこれは悲鳴以上のものです。50万人ぐらいの方が本当に困っていらっしゃいます。国は「ゴールドプラン」だなんだと言っていますが、間に合いっこありません。本格的に社会が動きはじめたのでこれから大変ですね。
ただ、日本は大学にしろ医療制度にしろ旧態依然としてちっとも変わっていない。たとえば、今ようやく臨床の人もライフサイエンスに目を向けだしましたけれど、やっぱりライフサイエンスというのは臨床とは別個にある基礎学問の一つだと思われてるのではないでしょうか。

岡田 そうですね。

行天 私はそこが問題だと思います。ライフサイエンスといえば、もう一般の人々にとって一番大切なこと、端的にいって寿命についてだと思います。

岡田 医者が一番取り残されていますか。

行天 私がいつも力説しているのは高齢化の加速そのものなんです。行政はその加速に追いつけない。しかし、科学の場合、あなたの寿命は何年何月何日の何時と予知できるところまでいつかいくと思いますし、研究・学問というのはそこまで進んでいいと思います。
一方で、それとはまったく別に余計なことはやらないでくれと。人間としては、不確実性があるから人生楽しいんだという気持ちも強いでしょうね。先端的な研究も必要ですが、それを方向づけ、人間の問題として集約していくことがライフサイエンスの一番重要な問題だと思います。

人間の生命を司る脳の研究の可能性

行天 ライフサイエンスが人間の問題だとしますと、人間の生命を最終的にコントロールしているのは脳だと思うのですが、その総司令室としての脳の役割みたいなものをもうちょっときちんと解明していかなければならないのではないでしょうか。

岡田 そうですね。脳というのは非線形的で融通性があるものですが、日本では分子レベルの研究とか線形的な取り組みしかまだなされていません。肝臓だと細胞一つをサンプルとして取ってくると、肝臓の機能を発揮してくれる。しかし、脳の神経細胞を一つ取ってきても何にもわからないわけです。とにかく分子レベルの話じゃなく、脳全体での総合の問題なんですね。もう分子生物学というストリクトな学問からは脱皮しないとダメだと思っています。
今年4月に関西経済同友会が音頭をとりまして、関西サイエンスフォーラムというものをつくったのですが、そこで話をしているのも脳研究なんです。先進国の中で野生の猿山を持っているのは日本だけなんですよ。脳研究にとってのそういう地の利は日本が一番だと。ちょうど千里は近くの箕面に猿山がありますから、みんなで協力していくと面白い場所になるんじゃないかと思っています。で、僕自身もちょっと脳づいてきて、脳を研究している人たちと話をしはじめてみると、ずいぶん日本では脳研究が遅れているんです。研究者の数もアメリカの10分の1しかいないと言っておりました。だから、サイエンスフォーラムでは非常に幅広いことができるかもしれません。たとえば、今の縦型の行政の流れを変えていくことができるかもしれない。複数の大学で共同研究したり、一つの大学の中でも学部の横のつながりができたりと。脳専門の大学院なんかもできると面白いですね。それに脳といえば、尾前総長と話をしていて、国立循環器病センターで医者として手も足も出ないのは老人性痴呆だと言うんです。だから、その問題を抜きにセンターの将来はないとも言ってました。

行天 私のところに来る一般からの身近な問い合わせでちょっとお聞きしたいことがあるのですが、それは難聴なんです。要するに年をとれば耳が遠くなる、聞こえにくくなるんですが、今までだとまず中耳や内耳がどうだということになりますし、それに対して補聴器が入って、しかも耳管にピタッとあうようにする。しかし、一番の問題は、人間の脳と同じような音の選択ができないことなんです。だから、ノイズが多くって感度を上げれば上げるほど、どうも聞こえにくいということになって。では、いったい何が欠けているかと言いますと、入ってきた音を集約する脳の全体的なメカニズムなんですよ。

岡田 難しいでしょうけれど。

行天 それをなぜやっていただきたいかと申しますと、難聴というとすぐシナプスとか局部的な問題になりますけれど、たとえば宗教でお数珠を手で動かすのを見てますとね、これ、ボケを防ぐのにたいへん効果があると思うんです。手を常時動かしているのが、脳に逆刺激を与えているのでしょうけれど、そんな発想も必要だと思うんです。だから、竹踏みなんかもまったくバカにならない話で、そんなもの民間信仰だと言っているのは近代医学がまだまだ未熟なんです。

 

  行天良雄 氏

行天良雄 氏

NHK解説委員

1926年、東京都生まれ。49年千葉大学医学部卒業後、NHKに入社。以来、一貫して保健・医療・福祉に関する放送の企画制作に従事。77年、医学博士。81年のNHK特集「あなたのあすを誰が看る」は、来るべく高齢社会への準備を訴えたものとして高く評価され、多くの賞を得た。その他、「いま生命を問う」「問われる死生観」などを制作。厚生省医療審議会委員などを歴任。

個は種のためにある?

行天 私は日本人の一般的な寿命はもう少し延びると思うんです。しかし、いずれ限界はあって、今それに近づいていますでしょう。そうなると、まずそれまでをいかに充実させるかという問題が出てきます。また、寿命というのは遺伝子構造が3分の1ぐらいを決定していると言われていますが、私はちょっと極端で80〜90%だと思うんです。どうしてかと言いますと、これまで人類は長い歴史の中で強烈な淘汰を繰り返してきたわけで、そのレールの上に乗っているのが今の私たちなんですから。そしてあとの十数%が今後いじくれる余地で、食事やら環境要因だとかが入ってきます。そのあたりをライフサイエンス全体の中でどのように考えてらっしゃいますか。

岡田 そのあたりは学問的には何も言えない立場なんですが、原則論として昔から思っていたことは、医学は決して不老長寿を願う学問ではないということです。自然科学の立場からいいますと、個は寿命云々というより種を継続させていくためにあるんだということが原則でして、非常にあっさりしたものなのです。だから、何ていいますか、個々の人が生物というのはそういうものなんだということをもっと意識して自分の生きざまを自分自身で考えていく、それがベースになるんじゃないでしょうか。
それと僕は意外と宗教、特に仏教を非常に面白いと思ってましてね。どうも仏教というのはあの時代の自然科学的発想に基づいているんじゃないかと。あれは絶対神というのを想定しませんよね。それで体系化していったときに一種の諦観のレベルまで到達しています。そういう風呂敷の大きさがあるんです。だから、地球がどうなるとか、寿命がどうなるとかいうような問題とは少し距離を置いたところで、それとは別にある種の諦観までいく道筋が存在しているような気がするんですよ。

行天 種全体の一つの生命の流れの中では個自体の存続より種の維持をずっと繰り返してきたというのはそうだと思うんですが、一方で個をいかにすくいあげるか、どう位置づけるかというのもこれまで築きあげてきた文化体系の中にあると思います。それでも、大きな流れの中で個は切り捨てられてしまうことを是認しなければならないのでしょうか。

岡田 きついもんですね。

行天 きついですね。でも最近、唐の時代の法律の話を聞いて腰が抜けるほど驚いたんですが、80歳を過ぎたら必ず一人介護者がつくとか、90歳を過ぎたら5人だとか、すみずみまで規定してあるんです。すると、今ごろ日本で高齢者対策として在宅ケアだなんだと言ってるのは実にナンセンスな話ですね。

岡田 本当にそうですね。結局、生命ということを考えた場合、はっきりと白黒をつけるのではなく、生命は素晴らしいということは動かせないこととして、老人も子供も大切にしていく、そういうふうに考えるべきでしょうね。先日、国際日本文化研究センター教授の河合隼雄さんと話していても、社会というのは、人生というのはすべて対症療法で、根治療法というのは死ぬことだと言うんです。確かにそのとおりだと思います。すべて対症療法的に考えていくしかないんじゃないでしょうか。

自然科学に対する誤解を解く

行天 千里ライフサイエンス振興財団は今言ったような個に活力を与える方向も最終的には当然めざしてらっしゃるわけでしょうか。

岡田 まずは若い研究者に活力を与えるというのが大原則です。それでスタートしました。その活力の中には、やはり生物的活力もないとやっぱりダメなのではないかと(笑)。お茶の作法のように定型化するとクリエイティブなことは何もできないので、少しハチャメチャな生物的迫力に富んだ若い人を育てられるような雰囲気が日本にないと、どうも先行き心配だという考えが山村先生にはあったんです。

行天 そうですか。

岡田 それに、どうも自然科学の報道の仕方が気になります。たとえばガン遺伝子というと、人間というのは非常に悪いものばっかり持っているというイメージを一般の人に植えつけているような気がします。もしも自然科学がそういう脅しのような表現でしか生きていけないようなら情けない。まず人間の体というのは本当にうまくできているんだという科学的認識を一般の方々に伝えていきたい。それが土俵です。
しかし、そうじゃなくて被害者意識だけがオープンに出てくると、それは生物的な活力をそぐ方向にもなりますよね。悪いよ悪いよというのは。生物的な活力をどうひっぱりあげられるか。それにいささかの、山村先生がよくこの「いささかの」という言葉を使われたんですが(笑)、いささかの貢献ができればいいなと思ってます。

行天 遠慮しながら、胸をはってらっしゃるようでもありますが(笑)。

岡田 まあ、非常に抽象的ではありますけれど、今一番気になっている問題は、自然科学は悪だというようなイメージを定着させてはいけないということです。本当は違う。科学的思考こそがこれからの光明であると言いたいわけです。

行天 そうですね。さっき言いました「人間この素晴らしきもの」ですとか「生命この素晴らしきもの」と言えるようなお仕事を今後やっていっていただきたいですね。

岡田 今日は長時間どうもありがとうございました。

 

EYES

生命この素晴しきもの
高齢化社会とクオリティ・オブ・ライフ

長寿のための必要条件とは心身と、精神的な人格の存在が保障された社会の創出

日本において、総人口に占める65歳以上の高齢者の割合(老齢人口比率)をみますと、昭和30年頃までは5%程度で推移してきました。しかし、昭和45年に7%を超え(国連によれば65歳以上の人口比率が7%以上の場合に「高齢化した社会」として分類される)、「老年の国」の仲間入りをしました。

平成4年9月現在での65歳以上の高齢化人口は1,622万人で、総人口に占める割合も13%(総務省調べ)に達し、過去最高で、平均寿命も男性76.11歳、女性82.11歳に到達し、世界一を維持しており、日本における高齢化社会の進行を浮き彫りにしています。

65歳以上の人口を海外と比較すると、スウェーデンが17.8%、英国とデンマークが15.6%、ドイツ14.9%、米国12.5%となりますが、しかし、厚生省の推定によれば、平成17年(2005年)にはスウェーデンを抜き世界一の人口高齢化国になると予想しています。

また、日本が14%に達するのは平成7年(1995年)で、昭和45年に7%を突破してから、わずか25年で、これは世界に例をみない急速な速さです。ちなみに他国と比べてみると、スウェーデンは85年、イギリス・旧西ドイツは45年かかっています。アメリカは70年(2015年)、フランスは130年(1995年)かかるだろうとみられています。

日本の高齢化がこの速さで進むと、平成22年(2010年)には20%を超え、平成26年(2014年)には、昭和22年から24年に生まれたいわゆる団塊の世代が65歳を超え、3,000万人を突破し23%に達します。またこの世代が70歳代になる平成32年(2020年)には高齢者は3,197万人になると見込まれています。

高齢化社会とは寿命が伸び長寿の社会が現出することですが、これには長寿社会を維持する社会体制がなければなりません。高齢化社会に突入している各国は、国それぞれにその対策に懸命に取り組んでいますが、今もっとも力が注がれているのは、この高齢化社会でそれぞれの人が健康で生きがいを持ち、安心して生涯を過ごせる、クオリティ・オブ・ライフをいかにして確保するかということです。そのためには高齢者の保健・福祉の分野でのサービス基盤の整備が一日も早く望まれるところです。

「スウェーデン方式」といわれるように、スウェーデンは福祉国家のモデル的存在ですが、同国の「医療福祉計画合理化研究所」がまとめたレポートは「老人のための保健・医療が目的とするのは可能な限りできるだけの範囲で老人の心身ならびに精神的な人格の存在を保障することである。病院をはじめとする医療は“ハイテク”だけでなく“ハイタッチ”(福祉介護方向の含めた)との共同事業(連携)を深めていくことが非常に重要である」とクオリティ・オブ・ライフを確保するためのガイドラインを示しています。さらにその中心とすべきことは在宅ケアであるとし「老人人口の70%が自宅に住む背景を考えると、総合された医療と福祉のサービスの投資は在宅が中心になってくる」と指摘しています。

日本でも福祉先進国に施策をよきモデルとして、21世紀まで(平成2〜11年度)に緊急に取り組み、達成したい施策を「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」として策定し、官民一体となって取り組んでいます。具体的施策としては(1)在宅福祉事業十か年事業 (2)「寝たきり老人ゼロ作戦」の展開 (3)長寿社会福祉基金の設置 (4)施設対策推進十か年事業 (5)高齢者の生きがい対策の推進 (6)長寿科学研究推進十か年事業 (7)高齢者のための総合的な福祉施設の整備などを掲げ、国としての予算措置なども行われ、着々とこれらの施策目標に向かって進んでいます。平成4年11月12日厚生省発表の「平成3年10月1日現在の社会福祉施設調査の概況」によれば10年前とくらべると、老人ホームなど老人福祉施設数は2倍に増え、在宅福祉施設サービスもここ数年急速な勢いで伸び約3倍になっていると報告されています。

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