第2回
「ピロリ菌と胃癌」
講師:畠山 昌則 東京大学大学院医学系研究科・医学部 病因・病理学専攻 微生物学講座 教授
開催:平成22年5月25日(火)
胃がんは全世界部位別がん死亡の第二位を占め、毎年約70万人がこの悪性腫瘍で命を落としている。なかでも我が国は胃がんの最多発国として知られ、毎年約5万人が胃がんで死亡する状況が続いている。遺伝性胃がんなどごく一部の例外を除き、胃がんの発症にはヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)、中でもcagA遺伝子を保有するピロリ菌株の慢性感染が決定的に重要な役割を担う。cagA遺伝子がコードする分子量130〜145-KDaのCagAタンパク質はピロリ菌の菌体内で産生された後、菌が保有するミクロの注射針(IV型分泌機構)を介して胃上皮細胞の細胞質内に直接注入される。ピロリ菌感染の場となる胃粘膜は、頂端側-基底側極性を有する単層上皮細胞層から成り立っている。極性化上皮細胞内に注入されたCagAは、細胞極性制御のマスター分子であるPAR1/MARKと結合しそのキナーゼ活性を抑制することにより上皮細胞の頂端側-基底側極性を破壊する。胃上皮細胞内に侵入したCagAはさらにSrcによりチロシンリン酸化された後、ヒトがんタンパク質として知られるSHP-2チロシンホスファターゼと特異的に結合し、そのホスファターゼ活性を脱制御する結果、異常な細胞増殖シグナルを生成する。加えて、CagAによるPAR1の不活化は細胞分裂時の紡錘体を構成する微小管機能障害を誘導し、発がん関連遺伝子への変異蓄積を加速する染色体不安定性を惹起する。これら発がんに関連した一連の生物活性を反映し、cagA遺伝子を全身性に発現するトランスジェニックマウスでは胃がん、小腸がんならびに血液がんが発症する。ピロリ菌CagAは胃上皮細胞のがん化に必要な複数の細胞内シグナル系を系統的に脱制御する多機能性がんタンパク質として分子進化してきたものと推察される。
【講師略歴】
1981年 北海道大学医学部卒業
1981〜1982年 北海道大学医学部付属病院内科研修医
1982〜1986年 北海道大学大学院医学研究科博士課程内科系専攻
1986〜1994年 大阪大学細胞工学センター・助手
1991〜1994年 米国マサチューセッツ工科大学(MIT)
ホワイトヘッド生物医学研究所博士号取得後研究員
1995〜1999年 (財)癌研究会癌研究所 部長(ウイルス腫瘍部)
1999〜2000年 北海道大学免疫科学研究所 教授(化学部門)
2000〜2009年 北海道大学遺伝子病制御研究所 教授(分子腫瘍分野)
2008〜2009年 北海道大学遺伝子病制御研究所・感染癌研究センター長
2009〜現在 東京大学大学院医学系研究科 教授(微生物学分野)
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